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魔法少女は信じちゃいけない・完全版  作者: 夜光始世
第三章★桐津羽衣児
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桐津羽衣児のくだらない日々5




 テスト二日目も無事乗り切り、ホームルーム終わってから速効家帰って手配したおかげで、根回しは九割がた成功した。あとは結果待ちだ。割合簡単な作業だった。

 小島博次は、不良仲間の間でも馬鹿にされるようなしょうもない男だ。弱いくせに見栄っ張りで、チキンでこずるい。マジでパシリ以外に使いようがない。

 じゃあクラスメイトの中では? 親戚の間では? ろくな評判じゃないんだろーなぁと調べてみたら、案の定だった。『イケてる不良』ぶって顰蹙を買っているらしい。

 偶然にも俺は、小島の叔父だという警察庁室長の娘の友達と繋がりがあった。生徒会メンバーとして、合同でやる学校行事の打ち合わせを何回かしたことがあったのだ。

 最初は、何も知らないようなふりをして全く関係ない話題から始める。

「久しぶり、佐々木さん。去年の秀英祭ぶりだね。今大丈夫かな?」

「あ、うん、平気平気―。どしたの?」

「いきなりごめんね。実は情けない話なんだけど、去年の秀英祭を参考にしようと思って予算表引っ張り出してきたらさ、たまたま遊びに来てた親戚の子供がコーヒーこぼしちゃって、読めなくなっちゃったんだ。それで、佐々木さんのとこに残ってる予算表を見せてほしくて」

「うん、いいよー。スキャンしてメールで送ろっか?」

「そうしてくれると助かる。ありがとう佐々木さん、ほっとしたよ」

「いいっていいって、困った時はお互い様だしー」

 朗らかに佐々木さんは笑う。

 ほかにいくつか使えそうなルートがある中この女を選んだのは、以前会った時に話好きでイケメンに弱そうという印象を持ったからだ。生徒会の打ち合わせ中にも、控えめにだが俺の方をちらちら見ていた。まぁ女子高にいるからには男が珍しいのはわかるが、会長と書記だって男だったのにな。顔がいいってのは何かと得だ。こればかりは両親に感謝する。

 電話する口実の用件から自然に世間話にシフトさせ、和やかに盛り上がったのち、ちょっと悩んでることがあったんだけど佐々木さんの声聞いたら元気出たよ、と言ったら途端に食いついてきた。

「なになに? えー、桐津くんでも悩むこととかあるんだ! 何でも出来そうなのに。私でできることがあれば協力するよ?」

「ありがとう、佐々木さん。うーん、学生の俺達がどうこうできる話じゃないんだけど、良かったらちょっと話聞いてくれるかな? 誰にも話せなくて辛かったんだ。誰かに話したら考えもまとまるかも」

「そうだね、いいよいいよ、全然、言っちゃいなよ。私相談とかよくされるし、話ならいくらでも聴くよ!」

 この子簡単に詐欺とかに引っ掛かりそうだな―と思いながらも、いかにも嬉しそうな声でお礼を言う。そこから俺は言葉巧みに、ほんの少し事実を脚色して悩みを打ち明けた。

 ――俺の友達で空手やってる奴がいて、そいつは普段は喧嘩なんて全然しない奴なんだけど、小島って男に絡まれて、つい反撃してしまったらしい。小島がナイフを持ってかかってきたので危険を感じたそうだ。しかし負けた小島は逆恨みして、自分の親戚の警察官に話し友達を傷害罪で逮捕させようとしている。友達のことが心配だが何をしてあげればいいかわからない。

 『優しくて面倒見のいい』佐々木さんはころっと騙され、「えーひどい、その小島って奴、さいてーだね!」と同情してくれた。

「私の友達のお父さんも、警察の人なんだ。どういうふうになるのか聞いたげよっか?」

「本当? うわ、助かるな。その友達って、なんて人?」

「雪菜っていうの、私の親友なんだよ。すっごくいい子だから、多分雪菜も桐津くんのお友達が逮捕されないように協力してくれると思う」

 ビンゴ。まーじで佐々木さんチョロい。

「それは心強いな。佐々木さん、本当にありがとう。佐々木さんに話してよかったよ。友達は気がいいから、自分が応戦しちゃったから悪いんだって後悔してたけど、不良に絡まれたら怖くなって反撃しても無理ないよね」

「うん、そうだよ! お友達かわいそう。よくわかんないけど、雪菜のお父さんって結構偉い人みたいだから、きっと力になってくれるよ。そうじゃなくても対策とかわかるかもだし」

 その後は、うんうん、そうだね、ありがとうを多用し、若干思わせぶりなことも匂わせつつ、良い雰囲気のまま電話を切る。赤子の手を捻るかのような簡単さだった。

「不肖の甥より可愛い娘ってな」

 事実なんてどうだっていいのだ。問題は、誰が伝えるかだ。全治二カ月の診断はキツいが、今まで得た情報から見るに、雪菜嬢の父親は直接甥の見舞いに行って確かめるほど事を重要視しないだろう。

コネにはより強力なコネで返す。俺ができるのなんてこんなことぐらいだが、単純な手の方が案外有効だったりするものだ。

 動画撮った小原の処理は、橋間隊の一員である教師に協力を頼んでなんとかしてもらった。橋間の人望ハンパないな。あいつはあんまり活用する気はないようだが、橋間の言うことなら何でも聞く橋間隊は使いようによってはかなり便利だ。俺も何人かパシリっぽいのがいるけど、心酔度が違う。

 あとはことの経緯を瀬田さんに報告して、遠藤のこと注意しといてもらうだけ。

 つーことで昨日はどこの店にも行かないで家でおとなしく寝てたから、今はかなり爽快な気分だ。さして苦労せず、ぴんと背筋を伸ばして授業を受け続けることができた。

まぁ、俺のやる気に反して今日の授業は全体的に気が抜けてたけどな。テスト期間が終わったんで教師も生徒もだらけてるんだろう。締め付けられるよりはいいか。

 帰り支度をしていたら、むすっとした顔の男が横に立った。

「桐津、昨日なんで先帰ったんだよ? 俺ら捜したんだぜ」

 中島か。中島と渡辺、俺とは成績上位仲間だ。電車も途中まで乗り合わせるのでよく一緒に帰ってる。昨日はとにかく早く帰りたかったから、声をかけられる前に走るように教室を出たが。

「あー、ごめんな。俺テスト終わってホッとして、なんかぼーっと帰っちゃったみたい」

 すまなそうに謝ると、「お前抜けてんなー」と呆れた目で見られた。

「俺は週一でテストあるから、テスト慣れしちゃって今さら疲れるとかないよ。お前も塾通えばいいのに」

 中島と渡辺は有名進学塾に通っている。俺の家だって通えるだけの余裕はあるが、特に必要も感じないので行ってない。だって塾始まるのが九時ってなんだよ。そんな時間になってまで勉強してたくねぇよ。

「はは、だって塾ってみんなすげー真剣にやってんだろ? ちょっと怖いかなって」

「馬鹿、お前入試の時は嫌でも真剣になんなきゃいけないんだから、今のうちに慣れてた方がいいんだよ」

「やめろよ中島、桐津なんか入ってきたらライバル増えちゃうだろ」

 渡辺がちゃかすように言う。こいつは中島よりは柔軟性があって接しやすい。

 三人であの先生は教えるのが上手いとか下手だとか、あのアイドルが可愛いだとかそうでもないとか、くだらないことを話しながら歩く。

 駅に通じる歩道橋を上ろうと階段に足をかけた時、「てめぇぶっ殺す!」という怒声が聞こえた。

 思わず三人で顔を見合わせ、おそるおそる声がした方を伺うと、ちょうど階段の影になってる場所でいかにもという感じに制服を着崩した不良が三人、誰か気の毒な犠牲者を囲んでいた。

「慰謝料出せってんだよ、クソガキ! 日本語わかんねぇのかてめぇ、あぁ?」

 カツアゲか。てことはうちの配下じゃないな。一度でも三森の逆鱗に触れればどうなるか、『神国』の奴ならみんな知ってる。もしうちの奴だとしたら相当な命知らずだ。

 被害者は果敢にも何か口答えしたようだが、殴られて簡単に吹っ飛んだ。鍛えてないと踏ん張れねぇよな、早く逃げるか財布渡すかしろよ、って、おい!

 あいつまさか――

「とりあえず金出せばいいのにな、怪我するよりはましだろ」

「警察呼ぶ? 不良ってほんとクズばっかり――」

 声をひそめて会話する友人二人の言葉なんかほとんど耳に入らず、俺は咄嗟に飛び出していった。

「えっ、桐津!?」

「待て、やめろって!」

 待てない。待たない。待てるか、こんなん。警察なんかあてにならん、いつ来るかもわからない、その間にあいつが酷い目にあったらどうすんだよすでに一発殴られて痛い思いしてんだろうに、あいつこういうの全然慣れてねぇんだよ!

「静弥!」

 叫んで不良との間に割って入った。不良は突然現れた俺に吃驚したようだったが、進学校の制服を着た眼鏡くんだと見てとるや、またにやにやと笑い出した。

「なんだよおめぇ、ヒーロー気取りか? 俺たちはただへーわ的に慰謝料要求してただけだぜ、なぁ?」

 仲間に相槌を求める。その隙に俺はそいつの股間をけり上げた。間髪いれず顔に拳を叩き込み、地に捩じ伏せて残りの二人を見据える。

「弟に手を出すな!」

「お、とう、っはぁ!? んだよお前、HAD舐めんじゃねぇぞ!」

 一人が殴りかかってくるが腰が引けてる。あんなにイキがってたくせに喧嘩慣れしてねぇんだな、こいつら。鳩尾に一発入れて耳元でどすの利いた低い声を出す。

「だからなんだよ、雑魚が。消えろ」

「ひ……」

 明らかにビクついたそいつは、震えながら俺を見ると、転げるようにして逃げていった。捩じ伏せてたやつともう一人も、放してやると凄い勢いで頭を下げてから走り去っていく。三人もいたのに俺程度に敵わないのかよ。ぶっちゃけ負けるの覚悟してたのに……マジでHADなのか?

 にしても、俺にもう少し力があればな……もっと痛めつけてやれたんだろうか。あいつら静弥殴りやがって。今ならちょっと三森の気持ちわかるかもしれない。つーか三森にみつかってたらこんなもんじゃ済まなかったんだから、あの不良どもにはむしろ感謝してほしいぐらいだ。

「……兄さん」

 振り返ると、静弥が殴り飛ばされて尻もちをついたときの体制のまま俺を見上げていた。瞳が戸惑うように揺れている。

「……あの、」

 右手を差し出し、引っ張り上げる。抱きしめて背中を軽く叩いたら、ぐす、と鼻を啜る音が聞こえた。怖かったんだろうな。ごめんな、すぐ気付いてやれなくて。

 少し離れたところでぽかーんと口を開けて見ている友人たちのことは構わず、俺は静弥を連れて家に帰った。

 あー、後であいつらごまかすのめんどいだろうな……。俺、なんでこんなことしてんだろ。なんでとか思ってるわりに別に後悔はしてねぇしなぁ。まぁだって、静弥は弟だ。俺は両親は嫌いだが静弥のことは嫌いなわけじゃない。静弥には何にも恨み事なんてないんだ。こいつは俺よりもっとずっと『守られるべき』対象だったんだから。

 最近はうっとおしいって思うことも多かったけど、それは俺が捻くれてるからで、静弥が悪いんじゃない。俺の弟はあんなゴミどもに殴らせといていいような軽い存在じゃねぇんだよ、クソが!

 道中ずっと無言で俯いていた静弥は、家の中に入り、俺が切れた頬の皮膚を手当てしてやると、ようやく口を開いた。

「――ありがとう」

「いーよ、あいつら弱かったし。災難だったな。お前が抵抗するなんて珍しいんじゃねぇの?」

 わざと明るい口調で言うが、静弥の表情は晴れなかった。

「……病院から連絡があったんだ。それで動転してて――」

 病院? ていうと、母親か。

「お母さん、もう駄目だって」

「駄目、って……え、マジで」

 マジでヤバいのか。だってまだギリ三十代だぜ。それで死ぬなんてある……のか? ちょっとしたことですぐ寝込んでたわりには、決定的に重い病気は罹ったことがなかったのに。

「助かんないんだって言われた。でもお父さんは――」

 その先は言わなくてもわかる。見舞いに行く気すらないんだろう。だって父親は母親を愛してない。ほんの少しの好意すらない。

 結婚して子供まで作ったというのに。でも愛はなくともそういう行為はできるってこと、俺は身をもって知ってる。

「今さらじゃん。お前だってもう親父には期待してなかっただろ?」

 だからそんな辛そうな顔をするな。いつまでも苦しむな。お前にはどうにもできないんだから。お前のせいじゃないのだから。

「あの人だって親父には来てほしくないんじゃねぇの」

「違う……兄さんもわかってるだろ。お母さんはお父さんが好きだったんだよ。俺たちじゃ慰められないほど」

静弥の言葉に、苦い気持ちが蘇る。

 物語のお姫様みたいに美しくて儚げだった母親は、いつも遠くを見つめていた。見えないものを見ようとするかのように切なげな表情で、細く折れそうな指を堅く組んで。

 俺はそれが、凄く嫌だった。俺なんかはまったくあの人の視界に入っていないと思い知らされるようで。

「兄さん、俺はさ……お母さんに腹を立てたこともあったよ。なんで俺にこんな思いさせるんだろう、どうして守ってくれないんだろうって……でも病室で青い顔して横たわってるの見たら、やっぱり泣けてきて――死んだらどうしよう、生きててほしいってそればっかり。優しくされたこともあったんだよ。たった一人の母親なんだから。どうしたって好きなんだ、お母さんを守りたいんだ……」

 静弥の目からぼろっと涙が零れた。一度出ると止まらなくなったようで、制服の袖で拭おうとするのを止めさせて、ハンカチを差し出す。

 あの人が見てるのは最後まで自分で、どんなに母親の幸せを願おうとする息子がいても顧みることはなく、ひたすら小さい世界に閉じこもって嘆き暮らしているばかりだ。それでもお前はそんなことを言うのか。お母さんと――呼べるのか。

 しゃくりあげながら泣きやもうと努力している静弥を見下ろしていると、不思議な感覚が湧き上がってきた。静弥は俺じゃない。俺だったけど、俺じゃない。俺はもう完成してしまった。だけどこいつは――こいつの可能性は。

 じわじわと、胸の奥から暖かい感情が広がっていく。ぎゅうう、と心臓が引き絞られ、頭が痺れる。でもそれは、母親が泣いているのを見た時のような激しい苦しさじゃない、もっと静かで、もっと愛しい。大切にいつまでもしまっておきたくなるような。

 夕暮れの朱が窓ごしに部屋を赤く染める。郷愁的なぼんやりとした明るさの中、

俺は自分の意識が着実に塗り変えられていくのを感じていた。静弥はやっと泣きやみ、詫びるように俯いている。 

 こいつだってきっとかつての俺と同じぐらい虚しさを覚え、絶望して、求めても得られないものに涙しただろう。 

でもまだ諦めていない。楽な方に逃げたりはしない。

静弥は馬鹿だけど、きっとそれは俺よりずっと優しくて、我慢強くて、真面目だからなのだ。俺が居られなかった場所に踏みとどまっている。まっとうであろうと、努力している。

 ――眩しいなぁ、と思った。眩しくて可哀想で切ない。こいつがいつか報われればいいのに。そのまっすぐな眼で選んだたった一人を、手に入れることができたなら。

 幸せで暖かい道を歩めたなら。

 誰かに対してこんなことを思ったのは、初めてだった。

 俺はふっと笑って、静弥の頭をそっと撫でた。静弥は曇りのない眼差しで俺を見上げる。見なれているはずなのに、その姿はとても美しく見えた。

 世界の色が変わる。ずっと心の隅で燻っていた倦怠感や苛立ちが少しずつ消えていく。見えない枷が外れたかのような解放感。三森を守ると決めた時、佐上もこんな気持ちだったんだろうか。今でもこんな気持ちでいるんだろうか。だとしたらあいつは、なんて幸せなんだろう。

 静弥がいて良かった。愛がなくても、母親が産んでくれてよかった。こいつは俺の弟だ。俺が守らなくちゃいけない。その存在が、俺を救う。唯一の、家族なのだから。 

「お前は俺みたいになるなよ」

「……え?」

「俺はもう汚れちゃったからさ。『お前』には戻れない……だから」

 お前に託すよ。全部。俺が持っていた夢も希望も優しさもすべて。

「俺は誰にも守られなかった。だからお前を守ってやる」

 久しぶりに、清々しい気持ちで心からの笑顔を浮かべて見せる。

 静弥は驚いたように俺をみつめ、しばらくしてから、「……うん」と嬉しそうに微笑み、頷いた。





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