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魔法少女は信じちゃいけない・完全版  作者: 夜光始世
第三章★桐津羽衣児
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桐津羽衣児のくだらない日々3



 ……げ。

 大道路の数メートル先に見えた見覚えのある可愛い顔だちと髪型に、思わずくるりと踵を返す。

 電話を掛けまくる作業にもひと段落ついたので、ちょうど逆ナンしてきた女とホテルに行き事を済ませ、あとは帰って寝ようとしていたところだった。

 が、無駄に健康体な知り合いは視力も抜群に良く、「あ、ハイジ!」普通に声をかけてくる。さすがに無視はできないのでにこやかな笑顔を貼りつけて振り返った。

 駆け寄ってきたのは、茶色のダッフルコートとスキニ―ジーンズでも野暮ったく見えない爽やかな系美少女だ。外見だけならな。

「三森ちゃん、奇遇だねぇ」

「そうだね。今さ、神楽東小学校の裏手で制裁してきたとこだから、行かない方がいいよ」

「あ、うん。わかったぁ」

 別に元々行く用事はなかったが、絶対ふらりとでも行かないようにしようと決意する。三森の制裁はヤバい。ちょっと喧嘩慣れしてるぐらいじゃ太刀打ちできないグロさだ。いっつもくっついてる佐上はよくあれに耐えられんな。

 そういえば今は、あ、やっぱ佐上も一緒だ。目立たないうえ三森の後ろにいたから気付かなかった。背は佐上のが高いんだけど、存在感が薄い。お互い目礼して済ませる。

「ハイジは……また女の子かー。香水の匂いがする」

「あー。俺も香水つけてるよぉ?」

 こんな甘ったるい匂いのやつじゃないが。

「ハイジがつけてるやつとは違うでしょ。別に責めてるんじゃないよ、私自由恋愛にまで口出さないもん。ハイジは女の子利用したり貢がせたりしてないからね。でも一人に決めたらどうかな、って思うけど」

「はは」

 そうだね~、じゃ、と早々に別れを告げようとしていると、三森に腕を掴まれじっと見上げられた。相変わらず目力すげぇ。

「ハイジってさぁ、私のこと避けてる?」

「えぇ? そんなことないよー、みもりんかわいーし」

「みもりんはやめて」

「あやのんのがいい?」

「どっちもやだ。普通に呼んで。ねぇ、でもやっぱ避けてるでしょ。ていうか苦手に思ってる感じ」

「……うーん。俺って言うかぁ、三森ちゃんの方が苦手なんじゃない? 俺のこと」

 こんなチャラチャラしててさ、と苦笑してみせる。問いかけに問いかけで返すのはズルいが、はっきり苦手と認めるよりはましだろう。

 そうだよ、俺はこの子が苦手だ。というより怖いんだよな、ぶっちゃけ。

 そりゃ相手は女の子だし本気で喧嘩したら勝つ自信はあるけど、いざとなったらどんなに怪我しても起き上がってくるゾンビみたいになるんじゃないかと思うと……あんまり考えたくない。だからなるべく怒らせないように、近づかないことにしているのだ。

 三森綾野は、普通に育ってきたなら自然に備わってるはずのモノがない人間だ。ネジが何本か抜けてるっつうか、焼き切れてる。みんなあの健全な雰囲気と見た目にごまかされてるが、多分遠藤よりイっちゃってる奴。遠藤はあんなだけどまぁ背景知れば納得できるし、そーだねーありがちだねーかわいそーによしよしって頭撫でてやれるぐらいには底が知れる。

 けど三森は、違うのだ。トラウマも暗い過去もない。尊敬できる父親に育てられて人生に満足してる。そんな奴が、なんでああいうえげつねぇことできんのか不思議だ。片親で行き届かなかったとかは説明にならない。まぁもしつきっきりであいつのこと見ててやる親がいたらもう少し違ってたかもしれないとは思うけど、違わなかったかもしれない。

 つまり奴は、突然変異なのだ。

 アヒルの中の白鳥ならぬ鷲。

 どうしたって捕食者になる運命だ。しかもなまじ倫理観を植え付けられてるものだから、変な方向にまっすぐ進む。

「さっきも言った通り、私はハイジが遊びまわってるのあんまり好きじゃないよ。だけど仲間だとは思ってる。なんかあった時は協力できるってね。その認識は合ってる?」

 なんかってなんだよ、と思いながら、「もちろん。三森ちゃんの仲間なんて光栄だなぁ」と我ながらまるで真実味がない言葉を吐く。

 三森は複雑そうな顔で、「ならいいけど」と言った。

「ハイジってほんと読めなくてめんどくさい。恵登ぐらい素直なら楽なのに」

「……ごめんねぇ」

 馬鹿じゃなくて。

 眉尻を下げて困ったように笑い、三森の手をそっとはずした。

「じゃあ三森ちゃん、ばいばい。あんま夜更かしすると肌荒れるよぉ?」

 まぁ、おそらく世の女性にとっては腹立たしいことに、今のところその兆候は全く見られないが。化粧水のCMに出られそうなほどシミ一つない美肌だ。宝の持ち腐れ過ぎる。

「夜更かしはハイジが言えることじゃないでしょ。まぁもう帰るとこ、さすがにね。ばいばい」

 ひらりと手を振って歩き出した三森に、佐上が「三森、俺ちょっとハイジと話したいんだけど」と言った。

「え? 何? すぐ済む?」

「いや、ちょっと長くかかるかも」

「そうなの? じゃ、ここで別れよっか」

「おう。気ぃつけてけよ」

「当然。フル装備だし」

 にっと笑った三森は、「また明日ね!」と言うが早いか弾丸のように駆けだして、あっという間に遠くに行ってしまった。なるほど、ありゃ痴漢する気になれねぇわ……。

「で、えーと、佐上、何の用かなぁ?」

 よく見かけはするがあまり交流のない地味男くんに向き直る。こいつと会話したことなんて数えるほどしかない。それだって挨拶とか短い連絡程度のもんだ。佐上が俺と話したがる心当たりが全くない。

 内心首を傾げていると、佐上は「たいした話じゃないんだけど」と切り出した。俺相手でも腰が引けてないのは、さすが三森の傍にいるだけある。

「遠藤が乱闘起こしたから言っとこうと思って」

「あぁ、それねぇ。聞いてる聞いてる~。小島博次が全治二カ月の大怪我だって?」

 打撲骨折裂傷のオンパレード。よく二カ月で済んだなっていうほど全身怪我していたらしい。まぁ俺は三森の制裁でその辺の感覚麻痺しかかってるからそれほど驚かなかったが、被害者の見た目の悲惨さでは多分遠藤のが上。

 佐上は頷いて、

「やっばハイジは知ってたか。お前のことだから色々手ぇ回してるとは思うけど、今回は難しいぞ。なんか遠藤が暴れてるとこ動画に取ってた奴がいたらしくて」

「マ、ジで?」

 そりゃまずい。計画が台無しだ。くそ、目撃情報があるって時点でその可能性考えとくべきだった。

「そいつ誰かわかる?」

「森垣中二年の小原。下の名前は知らない」

「充分。ありがとぉ、佐上。助かったぁ」

 致命的なミスをするところだった。携帯とかデジカメとか今は超便利なものが沢山あるけど、便利なだけにこういう問題も出てくんだよなぁ。ネットに流されでもしようもんなら取り返しがつかない。

「後始末任せて悪いな。お前以外でこういうのできる奴いれば負担も減るんだろうけど。話はそれだけだ」

「え? 『長くかかる話』じゃなかったっけ?」

 まだ何か言うことが残っているのではないかと尋ねると、佐上はいや、と目を伏せた。

「三森に聞かせたくなかっただけ」

「あぁ、そういう……」

 確かにあいつ裏工作とかめっちゃ嫌がりそう。

 佐上、そういう気ぃ使うんだな。ただの地味男じゃないってことか。いや、地味男とかの問題じゃなくて単に――

「あのさぁ、佐上って、みもりんのこと好きなの?」

「え?」

 佐上は目を見開いて俺を見た。そんなこと聞かれるとは思ってもみなかった、って顔だ。俺は逆に驚いてたじろぐ。

「や、だってさ、いつも一緒にいるし。佐上もともと喧嘩ラブ野郎じゃないのに、結構エグい喧嘩するみもりんの近くにいるってぇ、やっぱ恋心ゆえ?とか思って」「あー……そっか。まぁそう見られても仕方ないよな、うん」

 なるほど、と佐上は頷く。

「違うの?」

「いや、そうかも」

 なんだそれ。

「俺、恋愛とかよくわかんないんだよな。今まで誰とも付き合ったことないし。小さい頃は好きな人いたけど、告白もできなくて、当然されることもなくて、そのうち自分はそーいうのには縁がないんだって最初から諦めるようになった。三森にだって本当は関わるはずじゃなかったんだ。あいつと俺じゃ種類が違いすぎる。でも、なんかほっとけないっつーか――ほら、三森は……あんなだろ。あいつの『正しさ』は頑な過ぎて、絶対いつか崩壊する。そのあと三森が脱け殻みたいになっちゃったり、壊れちまうのが嫌なんだ。だからその瞬間、絶対俺はあいつの横にいて壊れるのを止めようって決めてる。……そのためだけに、側にいるんだ」

 ――思わず、ほあぁ、という声が漏れた。

 これは作ってるキャラとは関係なく、俺の心からの感嘆により出てきた声だ。

 こいつは、この地味で平凡で簡単に雑踏に埋もれてしまうような男は聖人かもしれない。あれほど無茶苦茶で狂ってて要取り扱い注意な女を本気で守りたいと思ってるとは。

 しかも当の三森は佐上の気持ちに全く気付いていない。むしろ私が佐上を守ってあげなきゃとか思ってそうだ。

「佐上、お前それ恋っつうかボランティアなんじゃ?」

「まさか。そんな綺麗なもんじゃないよ。俺がしたいからしてるんだ」

 佐上は苦笑した。

「ただの自己満足だよ。本当に三森のことを考えるなら、今すぐあいつを止めてやるべきなんだ。どんな御託を並べたってあいつがやってるのは私刑(リンチ)だ。正義とは言えない。でも俺は、あいつのまっすぐな所に救われたから……どんな障害もぶち壊して、ひたすら正しくあろうとしてるあいつを見てるのが好きで、間違ってるなんて言い出せない。――だから俺は、三森と同罪だよ。直接手を下してなくても、あいつと同じ罪を背負ってる」

 自嘲するように、けれど後悔や迷いなど微塵も感じさせぬ穏やかな表情で、佐上は言った。

「恨まれる覚悟はできてるんだ」

 ――その瞬間、俺は。

 茶化してやろうとか、からかってやろうという軽い気持ちで佐上にこの話題をふったことを悔やんだ。これは俺がやっているお遊びはもちろんのこと、周りで繰り広げられてる恋愛ごっこなんかよりもっとずっと深い次元の話だ。

 こいつはきっと、三森に対する自分の気持ちを、何度も繰り返し考えて確認し続けてきた。今さら誰に何を聞かれても動揺なんかしないだろう。だから佐上に失礼なことを聞いたとは、全く思わない。そうじゃなく、ダメージを受けているのは――俺だ。

 俺は、腹に倒れそうなほど重いパンチを喰らった気分で、呆然と佐上をみつめていた。佐上の三森に対する感情は未知なるものだった。それは俺が知っていた恋じゃなく、優しさと言うには重すぎた。

 佐上は三森に対して盲目につき従ったりはしない。尽くしまくって甘やかしたりもしない。

 でも大事に大事に、本人には悟られないよう、周りを柵で囲って綿でくるんで、傷つかないよう気をつけている。

 その感情を、何と呼ぶのだろう。相手の幸せを願い自己を犠牲にできるほどの強い想いを。

 本当はもうとっくに、俺は答えを知っている。




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