桐津羽衣児のくだらない日々2
テストのできはあんまり良くなかった。そりゃそうだ。俺は天才じゃない。日々コツコツ勉強してるからテスト前に詰め込まなくてもいいだけであって、睡眠不足とか不安定な感情とかに簡単に左右されちゃうような凡人なのだ。
まぁそれでも十位以内には食い込めんだろ。テスト用紙が回収され、折よく鐘が鳴って教師が教室から出ていく。あーねみー。
バタリと机に突っ伏していると、山口さんに声をかけられた。山口さんの席は俺の席からかなり離れてるっていうのに、わざわざ歩いてきたらしい。
「今回ちょっと難しかったね。桐津くんどうだった?」
「俺もマズいかな。今回は山口さんに負かされそう」
「やだ、そんなこと言っていっつも桐津くんのが上なのに」
拗ねたようにじとりと俺を見る山口さんは、生徒会副会長である優等生だ。華やかじゃないけどまぁ可愛い方。でもお堅そうだから告白されにくいだろうな。
この人は俺のことが好きだ。
「山口さんに負けないようにって思うから頑張れてるんだよ。ライバルがいるってやっぱありがたいな。山口さんが同じクラスでよかった」
爽やかスマイルを向けると照れたように俯いた。耳が赤くて可愛い。わかりやすいなぁ。
でもプライド高いから簡単には告白してこない。扱いを間違えなければずっと『いいお友達』ポジでいてくれる便利な子だ。
学校ではピアス穴を髪で隠してセルフレームの伊達眼鏡かけて真面目くん気取ってる俺だけど、たまに告白されることがある。もちろん学校で恋人作る気なんてさらさらないから全部丁重にお断りさせていただいている。「ごめん、気持ちは嬉しいけど俺ずっと好きな人がいるんだ……」って。
誠実な一途キャラでいけばそんなに角は立たないし俺のイメージも守られる。ただやっぱり振ったばかりの子とうっかり二人きりになっちゃったりすれば多少気まずい空気が流れてしまうので、なるべく告白自体を避けるようにしているのだ。
なおも話したそうにしている山口さんを適当にあしらいつつ、俺は今日のストレス発散場所を考える。
マギダンはうるさくなくて楽だけど、最近は験也さんが恵登に過保護過ぎて居辛い。瀬田さんとなんかトラブったせいらしい。と言っても験也さんが一方的に嫌ってるだけだが。
験也さん――験也実仁は、結構な財閥のお坊ちゃんだ。親父に聞いたら、お前あんな人と交流があるのかと喜んで教えてくれた。
跡取りではないが、一生食うに困らない莫大な財産と豊富な人脈を持っているようだ。マギダンは道楽なんだろうな。表の店を放って俺らのためにカクテル作ってくれたりすることも多々あったし、どう見ても儲かってるとは思えない。
あの人は多分『理解のある大人』でいることが好きなんだ。未熟な俺らの面倒を見て楽しんでる。未熟の塊みたいな恵登と相性がいいのも当然だ。
反対に、俺は恵登が苦手だ。一応波風立てず仲良くしてるけど、できれば近寄りたくもない。あんな小さくてかよわい少年相手に、って言われるかもしれないけど、だから嫌なのだ。
か弱くて儚げで守ってあげないといけないなんて虫唾が走る。――まるで母親みたいで。
誰かが助けてくれないと何もできなくて、すぐ傷ついて泣いて、慰められるのを待って、頼りなげに微笑んでいる、あのめんどくさい女。
絶対に弱いのはあっちで、どうしたって悪者はこっちで、そんな人間を相手にするのは死ぬほど疲れるのだ。
幸い恵登は母親ほど弱々しげじゃないし、験也さんが全面的に面倒見てる――つーか溺愛してるから、俺はなんも求められない。だから優しいふりして表面的なつきあいをする。それで今までうまくいってた。
けど、マギダンの裏手で死体が発見されて以来、恵登の不安定さと験也さんの庇護欲がグレードアップしちゃって、近くにいるとそのキリキリした雰囲気になんだか居た堪れなくなるのだ。
まぁテキトーにどっかの店に行けばいいか。
今度はちゃんと女の子見極めよ。今日妙にもやもやしてんのは、昨日の不完全燃焼を引きずってるせいかもしれない。
「……って思うんだけど、どうかな、桐津くん」
机に肘をつき、上目遣いで同意を求める山口さんに、「そうだね」と返事すると、ぱぁっと表情を明るくした。
「だよね! ありがとう、桐津くん」
なにが、だよね!なのかはわからないが、求められていた返事ができたようで良かった良かった。
あー早く学校出たい。
「……マズ」
日本のビールは苦いばっかで嫌いだ。マギダンを避けた俺は、ナイトメアという名のありきたりなクラブに来ていた。
照明も音楽も超うるさいし踊ってるやつら観てると馬鹿みてぇだなと思うけど、未成年でも滅多に咎められない貴重な店なのでありがたい。辛気臭い家にいるよりはましだ。
隅のソファに座ってだらけていると、『神国』の下っ端の奴らが俺を見つけて寄ってきた。木山と後藤と……あと誰だっけ。まぁモブだ、モブ。
「白狐さん、久しぶりっす!」「うちの妹が白狐さん見たいってうるさいんすよ! アイドルじゃないっての、ねぇ?」「HADの谷野倒したってマジすか?」「白狐さんなんでそんなモテるんすか?」
「えー? なんでだろーね~」
ジッポで煙草に火をつけながら、適当に返す。白狐っていうのは俺の通り名だ。最初のころ髪真っ白にしてたらいつの間にかそう呼ばれてた。厨二臭くてイタいけど身バレするよりはまし。
「レンアイしたいと思ってないからじゃない?」
「や、だから、それはモテてるからですって! 俺らはモテねーからモテてーモテてーって思うんスよ」
「違うよぉ、そーいうことじゃなくてさぁ……」
俺は気だるげに煙草をふかし、目線は木山達にやったままソファにもたれかかった。
「俺、デートとか、長く続く恋人とかヤなの。一瞬の気まぐれで遊びたいわけ。だからかっるーい女の子探してるし、あっちもそーいう空気発してる俺に惹かれんの。とりあえず普通以上の顔で気の利いた言葉言えて、洒落たとこに連れてってあげられるセンスとかがあれば十分なんだよぉ。あとはホテルとか泊まってさよなら~で後腐れなく別れる。だからモテるってのとは、ちょっと違うんじゃねーかなぁ」
そう、俺は縛られるなんてごめんだ。好きなように動いて好きなように生きる。責任なんか持ちたくない。いずれは社会に出て、仕事をして結婚してしっかりせざるを得なくなるんだろうから、今は思い切り好き勝手にしたっていいだろう? せっかくのモラトリアムなんだからさ。
自由で気まま。そんなスタンスを貫けていることを、俺は瀬田さんに感謝している。
俺が瀬田さんと出会ったのは、一年ぐらい前のことだった。
歓楽街をふらついてたら派手な女に抱きつかれたので、そのままノリでホテルに行こうとしたらいきなり強面の男に斬りかかられたのだ。
キレた目でナイフ振りまわす男は逃げても逃げても追ってきて、わけわかんねぇことを喚きながらついに俺を路地裏の壁際に追い詰めた。
いくら俺が多少は喧嘩できるって言っても刃物を滅茶苦茶に振りまわす奴の相手は無理がある。血走った目でナイフを振りかぶる男にヤバイヤバいと思いながらも何もできないでいたら、ふっと男が視界から消えた。
「……え?」
どこ、に?
虚空をみつめたまま固まっていると、足元から呻き声が聞こえてきた。見ると、さっきの男が腹を押さえ蹲っている。
……な、何が起こったんだ。てゆーかナイフ男の手を踏みつけてるこの黒コートの男はいったい? もしかして俺のこと助けてくれたのか? 全然見おぼえないんだけど誰だっけ……。
混乱した頭でナイフ男と黒服の男を交互に見る。厳つくてガタイのいいナイフ男と違い、黒コートの男は俺より少し背が低くて、一見まったく強そうには見えなかった。でもこんな一瞬でやっつけちゃったということは、武道の達人かなんかなんだろう。
黒コートの男はナイフ男を蹴り転がして追い払い、愛想のかけらもない顔で俺を見た。
「今みたいなことはよくあるのか?」
拍子抜けするぐらい普通の声。歳も俺と同じぐらいだし、ほんとどこにでもいそうな奴。
「え、あ、あーうん、たまぁに、ね。助けてくれてありがとぉ。あんた初対面だよね?」
「あぁ」
「今のどやったの」
「何もしてないさ。あいつが勝手に転んだんだ」
「んなわけないじゃん」
「世の中には理解できないことの方が多い。自分の見たものを信じろ。お前は俺があいつと戦ったところを見たか? 俺は何もしていないがあいつは倒れた。そうだろう? これが俺の『力』だ」
「……は?」
なにそれ。超能力的な? この人ちょっと危ねぇ奴?
後ずさった俺を見て男は笑った。次の瞬間、鼻がくっつきそうなほど近くに男の顔が現れる。
「……っ!?」
なんだこれ。瞬間移動でもしねぇと無理だろこんなん。なんなんだよ――こいつ、なにもんだ!?
「お前は賢いな。それに強い。でも絶対に負けないわけではないだろう。さっきみたいに」
男は静かな口調で言い聞かせるように言う。長めの前髪から覗く目が、俺をその場に縫い付けた。
「後ろ盾があればいいと思わないか。その名を聞けば誰も戦いを仕掛けたいとは思わなくなるような、強い後ろ盾が」
「後ろ、盾……?」
「あぁ。と言っても拒否権はない。嫌だと言うならそれ相応の対応をするまでだ」
「……脅し、てんの」
「そうだな」
俺は拳を握りしめた。わかりやすい脅威からは逃れられたけど、どうやらもっと面倒くさいものに捕まってしまったらしい。どこにでもいそうなんてとんでもない、こいつは支配する側の人間だ。
悪あがきをするように、俺は呟いた。
「俺、縛られたくないんだよね」
「大したことは求めない。お前の人脈と情報網が欲しいだけだ。誰かと喧嘩しろとか金を出せなんてことは一切ないさ。お前が損するようなことはなにもない」
だから、俺の下につけ。
有無を言わせぬ迫力で男は言った。
俺に選択肢はなかった。気づけば、この得体の知れない男に畏怖のような気持ちを抱いていた。
射抜くような視線から目をそらせぬまま、微かに頷く。男は満足げに目を細め、俺を手招いた。
――それが、俺が『神国』に入ったきっかけ。
瀬田さんが言った通り、『神国』の一員と名乗り始めた途端、俺は面倒なトラブルに巻き込まれることが減った。俺一人ならともかく組織を相手にしたくないという奴は多いらしい。もっとも、俺より前にメンバーになっていた橋間と三森を敵に回したくないという理由の方が大きいのかもしれないが。
俺のすることといえば定期的に瀬田さんに今の街の情勢とか目立った出来事を書いてメールし、たまにくる電話の質問に答えるだけだ。実に平和的。全然不良チームに属してるという気がしない。
まぁ、三森の傍にいると一気に暴力が身近なものに感じられるけどな……。あいつはちょっと極端すぎる。
「マジ神国のトップの人ってみんな超クールっスよね! 俺こないだ遠藤さんが喧嘩してるとこ見たんスけどありえねぇ動きしてて、もうほんと獣!つう感じでハンパなかったっス」
後藤が目をきらきらさせながら言う。あぁそうだ、遠藤も戦闘系だったな。瀬田さんの悪口言われない限りはおとなしいが、目つき悪ぃし上背あるから悪目立ちしてよく絡まれてる。で、あっという間に返り討ち。
あいつはスイッチ入るとマジ理性飛ぶっつーか、人間じゃないみたく、それこそ後藤が言ったように獣じみた暴れ方をする。爪で切り裂き歯で噛み砕き、恐ろしい素早さで懐に飛び込み一撃で急所を突くのだ。ついたあだ名が狂犬遠藤。瀬田さん以外には飼い慣らせない、厄介な犬。
「あいつまた喧嘩してたんだぁ。誰とやったの?」
一応聞いてみると、後藤は何故か誇らしげに「小島っす!」と言った。小島? どの小島だよ。
「小島は元々リゲラのパシリしてたんスけど、解散したあと偽露鎮に入ったんス。もうすげーうぜぇ奴で、イキってるわりに弱ぇし、親がサツの偉い奴だとかで自慢すっし、遠藤さんがキレたの当たり前っスよ、俺あいつがやられたの見てめちゃくちゃすっきりしましたもん」
……あー、小島博次か。親がサツ? いや、確か警察庁の室長かなんかが小島の叔父だったはずだ。それだって充分マズいけど。
あ゛―もう。めんどくせぇ奴潰してくれたなぁ、遠藤。これほっとくと神国全体が目ぇつけられっかも……。結局は瀬田さんだって迷惑被るんだぜ。わかってんのかね、あいつ。わかってねぇんだろーなぁ。なんせ中学もろくに行ってない底辺だ。物事の裏を読むとかできっこない。
しょうがねぇから俺が後始末しとくか。一応情報通気取ってるわけだし、この程度の根回しはな。
幸い当てがないわけじゃない。携帯を取り出してアドレス帳を呼び出す。
「あれっ、白狐さん、携帯変えたんすか?」
「あー、うん」
「へー、かっこいっすね。前のも黒系で良かったけど」
うん、あれ見た目は一番気に入ってる。だから別に変えたわけじゃない。四つの携帯を使い分けてるだけ。でも携帯四台持ちなんて胡散臭さ極まれりだから、あえて言わない。
『あ、ハイジさん!? きゃー久しぶりー! えーどうしたんですかぁ、ちょー嬉しー』
携帯越しに響く黄色い声に適当に返事して、知りたいことを聞き出す。
木山達は「やっばモテるんじゃないスかー」という羨望の眼差しで見てくるが、だからそんなんじゃねぇんだって。本気で俺のことを好きになる奴なんていないんだよ。俺が差し出すのは上面だけで、それでもいいって奴しか俺に惹かれたりしないんだから。
「お前らにさぁ、今度可愛い子紹介したげよっかぁ」
通話口を塞いで小声で囁くと、木村達はマジすかぁと色めきたった。たーんじゅん。だからちょっと席外してねと手で払う仕草をすれば、すぐに察して立ち上がり、音楽に合わせて踊りの輪に加わっていく。
さて、何日で片付くかな。相手によって携帯と声色と言葉づかいを使い分けながら、俺は裏工作を進めていった。




