三森綾野の有意義な日々4
「……?」
昇降口で私は固まった。
上履きがない。え、な、なんで。
昨日私は持ち帰ったりしてない。でもここにはない。てことは誰かが持ち去ったとしか考えられない。
――イジメか?
そんな馬鹿な。
いや、イジメっていうのは簡単になんの脈絡もなく始まるものらしいっていうのは知ってる。たまたま今回は私がターゲットになったのかもしれない。でも本当に、本当にここまで前兆なく始まるものなの?
ショックなのとわけがわからないのが混じってしばらく混乱してその場に立ちすくんでしまった。
「三森、おはよー」
クラスメイトに声をかけられてはっと我に返る。そうだ、早く教室行こう。そしたら体育館履きがあるからそれで代用できる。
無視を覚悟して教室に入ったが、みんな普通の態度だった。私が話しかければ応えてくれるし、頼みごとしてきたりする子もいるし、鈴木さんは実行委員の仕事の説明をしに来るし。
何も変わらず、どこにも異変は見えず、ちっともイジメられてるなんて感じぬまま、時間は過ぎていく。
「……何?」
ならあの上履き消失はなんなんだろう。私が忘れてるだけで無意識のうちに自分で持って帰った? それともうっかり誰かが自分のと間違えて履いてる?
三時間目の体育、バスケは好きな種目なのに悩んでばかりで全然集中できなかった。それでもなんとかシュートを決め、仲間とハイタッチをする。さすが三森、とはずむ声には敵意なんか微塵も含まれていない。
体育の授業が終わり、教室に帰り服を着替え、次の授業の準備をする。
――と。
「……消し、ゴム」
なかった。二時間目までは確実にあった消しゴムが、どこを捜しても見あたらない。
「ええええぇ」
何が起こってるの一体。途方に暮れていると、気づいた前の席の篠田さんが「私二個持ってるから」と貸してくれた。
「ありがとう。体育の前まではあったんだけど」
「そうなの? 三森ちゃん忘れ物しないのに珍しいなーって思ったんだ。どうしたんだろうね」
篠田さんは普通に親切だった。
つまりこれは、二つの可能性が考えられる。一つ、私のうっかり。二つ、単独犯が嫌がらせしている。
イジメというと集団なイメージがあったけど、上履きや消しゴムを隠すのなんて一人で十分できる。誰か私のことを気に食わない奴がやったんだとしたらおかしくない。
そんなに、私のことを嫌ってる人がいるんだ……。ショック、だけど……それより滅茶苦茶腹が立つ。言いたいことあるなら直接言えっての! なんでこそこそこーいうことするかなぁ!?
――いや、落ち着け私。まだ確定したわけじゃないんだから、もうちょっと冷静でいよう。全部ちょっとした偶然で、本当は何もなかったって可能性も、ないわけじゃない、よね?
「いややっぱおかしい」
学祭の段取り確認をしながら私は呟いた。上履きはまだ戻ってこない。ちょうど授業に空きができたというので、授業時間の一部を使って学年中で学園祭準備をしているところなのだが、私の気持ちは完全にイジメ事件(確定)に向いていた。
気のせいなんかで済む段階を超えている。
なにせあれから、シャーペン、体操服、髪留めと日が経つにつれて次々私の持ち物は消えてゆき、極めつけは四日目の今日。ベランダから植木鉢が降ってきたのだ。幸い当たりはしなかったけど、私はついに悟らざるを得なかった。
犯人は明確な害意を持っている。あの高さから植木鉢が直撃したら私は死ぬかもしれなかった。つまりは殺人未遂だ。
自分の周囲にそんな悪人がいるとは思いたくないけど、現にこれだけ恐ろしいことが起きてる。なんとしても突き止めて、制裁をしなければならない。
でも――どうやって? どうやってつきとめる?
友達を巻き込むわけにはいかない。『神国』の仲間ならともかく、学校の友達はこういうきな臭いことには――いや、待って。そういえばいた。
一人黙々と薄紙の花飾りを作っていた佐上の前に立ち、言う。
「協力して、佐上」
佐上のぎょっとしたような顔は無視し、腕を掴んで階段の踊り場まで引っ張っていく。最初はいきなり目立つことをした私に抗議していたが、事情を話したらわかってくれた。
「私以外に必要なの。見張っててくれる人が」
「植木鉢はひでぇな……だから最近あんなきょろきょろしてたのか」
佐上は眉をひそめた。
「まぁできるかぎり気をつけてるよ。お前も学校だからって油断すんなよ」
「もちろん」
誰かが自分を狙ってるってわかってるのに気を抜いたりしない。強く頷くが、佐上は心配そうにため息をついた。
「お前の中の悪人像ってすげぇはっきりしてるからな……今回は先入観捨てたほうがいいと思うぞ」
「一見そうは見えない人が怪しいってこと? 心当たりあるの、佐上」
「いや……わかんねぇよ、俺も。ただ三森、絶対一人にならないようにな」
「わかってる」
私はスカートのポケットの中に入っているメリケンサックを握り締めた。スタンガンはさすがにかさばるから持ってこられなかったけど、いざってときはこれで殴りつければいい。
集団のイジメじゃなかったのは救いだったとはいえ、相手が一人であろうとあからさまな悪意を向けられるのはキツい。きっとやってる奴はこれがどんなにひどいことなのか考えもしないんだろう。ただ私のことが気に入らなくて、ちょっとした嫌がらせのつもりなのだ。
でも私は泣き寝入りなんかしない。学校っていう枠の中で行われてるからって、イジメなんていう軽い言葉で済ませはしない。これは犯罪でれっきとした悪だ。
悪は裁かれねばならない。教師に知らせて終わりになんてするものか。正義の味方に手を出したこと、必ず後悔させてやる。
「用件はそれだけか?」
「うん。いきなりごめん」
「しょうがない、非常事態だもんな」
佐上は苦笑し、私の背を押した。
「教室戻ろうぜ」
「うん」
しかし教室の中に入る直前、佐上は私から離れてすたすたと来た道を戻り始める。
「え? なに?」
「トイレ」
振り返りもせずに言うが、さすがに私もなんとなく察した。私と一緒に教室に戻る所を見られたくないのだ。そんな気にしなくてもいいのになぁ。
席に戻ると、篠田さんが不思議そうに聞いてくる。
「三森ちゃん、佐上となんかあったの?」
「いや、別に。ちょっと学祭のことで話が」
気が咎めつつもごまかしたら、篠田さんは簡単に納得してくれた。
「実行委員だもんね。大変だねー、いろいろ忙しそう。でも三森ちゃんがやってくれるなら安心だなぁ」
「うん、頑張るね。一緒に楽しい学祭にしよっ」
「うん!」
よし、ちょっと気分直ってきた。善良な人と話してると癒されるな。学祭絶対成功させよう。
黒板に最優先事項を書き写そうと立ちあがったら、ちょうど教室に入ってきた仙波くんが私を見てほっとしたような顔になった。
「三森、俺野島に聞いたんだけど、柏が映像管理室にあるフィルム取ってこいって言ってんだって。なんか一昨年の学祭でやった劇の映像があるらしいぜ。俺、映像管理室ってどこにあんのか知らなくてさ」
「映像管理室? わかった」
返事したあとで、私ははっとした。そういえば一人にならない方がいいってさっき言われたな。どうしよ。ほかの人に頼もうか。でもみんな忙しそうにしてるし、もし襲われるようなことがあったら私一人の方が対処しやすいんじゃない?
うーん、と考え込んでいると、「あの、三森さん」と控えめな声がかけられた。
「あれ、えーと」
「鈴木です」
こないだ告白してきた子だった。おっとり可愛らしく微笑んでいる。
「ちょうど通りかかったら、三森さん、困ってるっぽく見えたから。俺、今暇だからなんか手伝う事あったら言って?」
「わ、ホント?」
良かった、助かった。鈴木くんはこの前会った時みたいにかちこち緊張してる感じじゃないし、敬語も使わなくなったから、多分私への気持ちはふっきったんだろう。それでもこうやって親切にしてくれて嬉しいな。
「じゃあ、映像管理室ってわかる?」
「映像管理室? えっと、何階?」
申し訳なさそうに眉尻を下げて、鈴木くんは聞いてくる。まぁ仕方ない、滅多に行く用事なんかないし、知らない人の方が多いのだ。
「二組の横の階段を下りて右に曲がって一旦外に出てから古い木の扉を開けて……うーん、聞いただけじゃわかんないかも。そだ、一緒に行ってくれる?」
二人でなら問題ないよね、と私は鈴木くんを誘う。鈴木くんはぱあぁっと顔を輝かせてから、嬉しそうに頷いた。あれ、これ、やっぱまだ好かれてるかも……。
まぁいいや、鈴木くんそんなに押しが強い子じゃないし、ほっとけばそのうち自然消滅するよね。
私たちはそれぞれのクラスでやる出し物を紹介し合いながら、映像管理室に向かった。
「三森さんのクラスって、出し物なにやるんだっけ?」
映像管理室に向かって歩いている途中、鈴木くんが聞いてくる。
「男女逆転白雪姫。私なんでか、王子役に選ばれちゃって」
「え! そうなの!? 凄い、俺観たいな! 三森さんの王子様なんて絶対かっこいいよね」
「そんなことないよ、背もそんな高くないし。鈴木くんは?」
「えっと、俺のクラスは、体育会系の人が多いから演武をすることになって」
そして少し照れ臭そうに笑って、鈴木くんは、俺は手芸部だから衣装を作る係なんだ、と言った。
「そうなんだ。器用なんだね。凄いなぁ」
私は家事全般できるけど、衣装を作れるほどの裁縫の腕はない。こーいうタイプの男子と知り合うのって初めてかも。賞賛を込めて言うと、鈴木くんは、控えめにありがとうと返してくる。
そうこうしているうちに、映像管理室についた。映像管理室と言えば聞こえはいいが、よく使われる視聴覚室とは違い、古いビデオとか破れた教材とかが置かれている、要は物置部屋だ。場所も校舎の端っこだから、こんなことでもないとまず行くことはないだろう。
ドアの前に立って、そういえば鍵が必要だったかも、と今さら思い出す。……職員室かな。取りにいくのめんどくさい――あれ、開いた。
試しに回してみたノブは簡単に動いた。
部屋の中には、黄ばんだ紙束とか時代物のテレビとか、予想通りのガラクタが積まれていた。あちこちに灰色の埃が積もっている。こないだ入った空き教室なんか比じゃないぐらいに埃っぽい。ていうか、カビ臭いの域だ。ひえぇ。早くフィルム探して戻ろう。
埃を立てないようにそっと足を踏み入れ、ビデオが詰まっている棚に手を伸ば――
「――っ!!」
ビリリリリ、と突然痺れるような衝撃が内臓を襲った。
「……な、」
なに、が―――――――――――…………




