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北狄伝奇  作者: 夏実歓
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第八章


話は少し前にさかのぼる。クトウたちが最初の宿場町を出た頃の話だ。皆壌周辺では不思議な事件が起こり始めていた。何者かが狄鏢の部隊を狙っているらしい。まだ、確実にそうと決まったわけはないが実際に何かに襲われて荷に被害が出る話が増えていた。そして、これが奇妙なところなのだが、なぜか、そのなかに虎魁を探す者がいるらしいということだ。徒党を組んで覆面で急に襲い掛かる一団と一人で話しかけて来るものがいて、その一人のほうが虎魁を探しているようだ。前者は荷もさらっていくが、後者は局員を打ち倒し、虎魁を出せと告げると去っていくのだそうだ。被害にあった者の話だと、隠していないにもかかわらず、何故か顔がよくわからないのだそうだ。

なるべく手配をして備える事になったのだが、謎の男のほうはなにしろ神出鬼没で、まったく尻尾もつかめないのだった。現れる時も、どこにひそんでいたのかすら分からず、気がつくとすぐ横に並んでいるというような話ばかりでますますわからなくなる。

とりあえず手を打つなら早いうちにと、対策府を局内に作り、そこの頭目には栄啓をすえた。

栄啓はいつになくご機嫌だった。好きにやってよいと言われたからだった。思う存分腕をふるえるのは彼のイラついた人生の中では最高の楽しみだった。頭の中ではいくつもの計画がとびかっていたし、未知なる相手への期待も大きかった。ともかく、三人組みの間者を怪しそうな場所に放つと再び事件が起きるのを待っていた。数日がたった頃には、覆面の一団のうち、数人を捕まえる事に成功した。さすがに、栄啓が選りすぐった部隊だけあって実に優秀だった。最初に捕まえた何人かはすぐに自害してしまったが、やはり、すべての者がそうとはいかなかった。そう言った連中は拷問室では栄啓がてぐすねを引いて待っていたので結果は無残なものだった。ぼろぼろになった人間が半死半生の様で叩き出される頃には敵が何であるか知れた。

すぐさま、その敵に対する討伐隊が結成される。敵は最近南からやってきた黒社会“二黒幣 ”だ。しかし、どうやったのかは知らないが、相手は所在がいっこうにつかめない。アジトを転々としているにしても皆壌の中では狄鏢に勝るものはないのだ。いったいどうなっているのか? 計画的なものであるのは既に疑いようが無かった。流石につかまるのは時間の問題だろうが、中々頭を悩ませる問題であるし、なにより、もう一つの犯人である一人で襲ってくる男についてはなんら手がかりがないどころか、栄啓の部下たちの中にもその男にやられたものがでていた。怪しい影が街を包んでいた。


         ○         ○


奥壁の南側は緩やかな裾野にしたがって森が続いている。王命で伐採を戒めているからだ。いくつかの集落はその森の中に飛び地のように存在しているが奥壁の第一関に達するまでには暫く街らしき町は無い。勿論、長く使われた道も何本かは通っているものの、細かな枝道がいくつも伸びて迷いやすい事この上も無い。クトウら一向は第一関を出ると、そこから森の小道に入るとある場所につないであった今までよりもより小型で頑健そうな奥壁馬にまたがり旅を続けた。クトウたちが目指す場所もやはり曲がりくねった、先の見えない小道を進んだ先にあった。到着までは“もうあと少し”道の先は見えないが先導役の三人がそう告げて、みなの緊張感は増した。

三人の話では、どうしても昼間の間につきたいということだったが、クトウと包突にはその理由が分かっていた。

“あれは夜起こるのだ ”と……

そして、包突は三人に向かって、そろそろ、そこで何が起こっているのかを説明するべきだと告げた。すると三人を代表して黄が死体の事について訥々と話し出した。

「何処から話しましょうか? そう、あれは死体を輸送しだしてから三日目の夜のことでした。思い出すのも恐ろしい。無念の死を遂げたものが暴れだすのは良く聞く話ですが、それ自体は早々起きることはありません。それにきちんとした手順を踏めば本来なら十分に問題が起きない様に出来るはずでした。そして、皆壌に運び込んでから、時間をかけてきちんと埋葬する手筈になっておったのです。ところが事は起きてしまったのです。その日、我々は道を急ぐあまりぬかるみの道を選んでしまったのですがそれがいけなかった。その夜、厳重に閉じられていた棺に突如ひびが入りました―― 」

どうしたものか、血で施した封印の印章が泥跳ねによって一部が消えてしまっていたのだという。棺は宙に浮びだし、道巫たちを跳ね飛ばした。すでに長年ほうって置かれた事、無理やり棺に押し込まれ運ばれた事で死体の怒りは燃え上がっていた。あわや、棺が砕け散ろうというその瞬間、道長のとっさの機転により魔よけの蚊帳を投網のように投げつけて地面に引きずり落としたが、それを押さえ込むために駆けつけた四名が深手を負ったのだという。一晩必死の攻防を繰り広げ、夜が白んでくる頃にようやく騒乱は収まったものの、もはや、棺はピクリともその場を動かなかった。

そこで、道巫たちは結界を張り死体を封じ込める事に決めたのだった。その時に、深手を負って動けないもの達が自分は死んでも結界が破れないように自らに呪いをかけて札を貼り結界の機構の一部となったのだった。それからも棺は夜な夜な暴れ、二人の仲間が死んだのは見届けたものの、今はどうなっているのか分からないということだった。その後に後二人のものが死んだのをクトウと包突は知っていたが黙っていた。特に言う事でもなかったからだ。

そして、目の前になだらかに広がる丘に沿って隘路を行けば、もう半時ほどで目的地に着くのだった。丘の側からジワジワと水の染み出す湿った道だった。しばらく行くと馬が怯えだし、俄かに道幅が広がり始め、その奥に疲れ果てた人が死んだように倒れ伏していた。クトウたちに先んじて道巫の三人が馬から飛び降りると駆け寄り助け起こした。

「おい! 帰ったぞ!! 大丈夫か!!」

それに反応して、倒れていた男が言った。

「私は平気です。それより、道長の手当てを……」

そうやって指差した先に、片腕を黒く焦がした髭面の男が座っていた。体中傷だらけである。その様子に黄たち三人は涙を流した。黄が悲しげになでた右腕は肘から下がほぼ真っ黒の炭になっていた。そして、残ったほうの腕で泣いている三人を抱き寄せてから、クトウたちのほうに向きかえった。

「私は玄と申します。すまない……わざわざ、出向いてもらうような事態になるとは。私が付いていながら 」

起きているのが精一杯の様子であったが、夜になる前にやる事だけはやっておかねばと、黄に後の指示を出してその場を任せると兎朴と庚楊を見ていった。

「そちらのお若い方は、遺体の外戚の方ですな……」

玄はどちらか一方の血を頂きたいと言った。このようにと、先ほどの倒れていた男と後ろで休んでいる青年のほうを見た。よく見ると二人の腕には刃物で傷つけた痕が幾筋もついていた。それから、包突にティキ族の祭りをするように頼むと、そこで力尽きたのか、頭を落とし動かなくなった。ただを気を失っただけとわかって黄たちはもちろん、虎魁らも安心した。彼抜きにしてこの仕事をやり遂げるのは難しいことは彼を見たときからみんなわかっていた。

日が暮れる前にすべてを済まさなければならなかった。その為にはどうしなければならないかはさっき玄が言った事がすべてだった。そして、日暮れまでの短い時間にすべてを終えるべく包突がまず動き出した。それに応ずるように黄たちも準備に掛かり、血を抜くのは兎朴より体の大きい庚楊の体からと決まった。また、道服に身を包んではいるものの先程倒れていた男は名を耶尭申と言い、彼がマルドバシュの皇族の血を引く者であることもわかった、耶尭はマルドバシュ王家の姓であるからだ。

 黄は祭壇を作るように指示を出して、自らは先程の血を混ぜた墨で札を書き、供え物の穀物や肉などを並べて、酒を地に注いだ。また、一人一人の道巫立ちの髪を結いなおし、そこに赤い榊の簪を挿していった。黄はすべての準備を終えると祭壇の前に立ち、線香に火をともした。すると、後ろに他の三人が並び、一歩進んでは足を引き寄せ、また一歩進んでは足を引き寄せてを三度繰り返した後に跪いて祈りをささげた。

「偉大なる道と共にあれ

 陽に陰にわけへだつもの無く

先祖の御霊よ

汝が同胞の供物を受けたまえ

 手に携えて取ってみよ

 神は天より

 祇は地より

 我が成す技をみそなわせ

 間に栄える鬼どもよ

 汝らの力を伸ばす事なかれ

 我が祖に捧ぐ―― 」

黄は高らかに魂鎮めの歌を歌い上げた。

青は後ろで長く一息に笛を吹き、白は鉦を乱れ打った。

それから、先祖の生前の偉業を並べて讃え、それを復唱していった。

それが終わると黄は三度長く嘯くと静々と三歩さがり、そこで跪き三度頭をたれた。皆もその後ろで跪きそれに従った。

「今ひとたびその怒りを静め、我等が頼みに応じたまえ

再び故郷に帰るために―― 」

“力よ!! ”

黄は強く叫び顔をあげると木剣を抜き放って札を貫き燃やした。

そして、その灰を水に溶くと一気に飲み干した。それから、ウンと唸ると地を強く踏み、祭壇を跳び越え、鉦を叩いて拍子をとり、再び最初の歌を歌いながら右回りに三度棺を回る。最後に四方を拝み、祭壇の前に戻るとさらにもう一回魂鎮めの歌を歌い一同深く礼をして儀式を終えた。

ちょうど、それが終わるのを見計らったかのように先ほど準備のために森に入った包突が帰ってきた。既にその出で立ちは呪術師らしい格好に変わっていた。包突は兎朴と庚楊、そして耶尭申を棺の前に座らせてナガバヒイラギの枝で水を振り掛けた。それから犬の毛皮を地面に広げ、杖でバシバシと叩くと、三人を順にその毛皮の上に額づかせた。そして、三人に線香を三本ずつ渡すと棺の周りを三ヶ所しめして、そこに線香を立てさせて火を着けた。それから、腰に下げたデンデン太鼓を抜き取るとパタパタと打ち鳴らし、棺の周りを回りながら天地を慰める歌を歌うのだった。

第一の儀式はそれで終わった。その後は一晩かけて、数時間ごとに休息をとり交互にティキとマードゥの歌いあげをして鎮めるのだ。

異変に最初に気がついたのは虎魁だった。なぜなら虎魁は魂鎮めの儀式には参加していなかったからだ。正確には守護というこれはこれで儀式全体を見守る役目なのだが、儀式用の格好で離れたところを決まった手順でうろうろしするだけなのだった。それは本来、儀式中に招かれざるものが進入しないように周囲を威圧するのが目的である。ともかく、昼間の間はまったく暇なもので、むしろ、気が抜けるような思いだった。しかし、そんな彼も巻き込むように夜は来た。日が傾き、影が長く伸びる頃、じっとりとして、どこか薄ら寒い風が地をすべるように吹き始めた。

――なんだか、重心が変だ

虎魁は思った。足を何かが擦り抜けるような違和感があった。烏がギャーギャーと鳴き羽ばたく、連れてきた馬もどこか怯えた様子だった。

ふと、休息していた黄たちが目を覚ました。

「おい、何かおかしいぞ! 」

虎魁は黄に向かって言った。

「ああ」

苦い顔をして黄は答えると、儀式はそのままにしろ! と言い、怪我人を木の陰に集めた。

今までそろそろと吹いていた風がピタリとやんだ。

バリバリと轟音が轟く。空気に亀裂が入ったように稲光が走り包突が吹き飛ばされた。

「!!! 」

空気が凍りつき、棺が怪しい光に包まれていた。しかも、その上には怪しげな “もや ”が立ち昇って、それが徐々に形を成していく。

「いかん!! 青、白!! 三才の陣だ! 」

黄が言うか早いか、手に長い針を持って三人が棺を囲うように三角に散った。その隙に虎魁は包突の元に駆けつける。意識はないものの目立つ外傷は見当たらなかった。包突はただ衝撃で吹き飛ばされただけだった。ただ、胸に下げた首飾りが粉々に砕け散っていた。

「いくぞ!、3、2、1! 」

合図とともに黄たち三人は地面に針をつきたてた。すると、うねうねと怪しくうごめいていたもやがピタリと動きを止め、その中から一つの顔が浮き出してきた。

「縛!! 」

黄が強く叫ぶと、顔は苦悶の表情を浮かべた。

虎魁たちにはどうしようもなかった。成り行きを見ているクトウは玄を腕に抱き、木陰で様子を眺めていた。その時、“もや ”がクトウに気がついた。“もや ”はグリグリと目玉をまわすと口から炎を吐き出した。爆炎が黄たち三人を吹き飛ばし、もやは一直線にクトウに迫った。まさにもやがクトウを捉えようという時、玄が何かを耳打ちした。クトウは咄嗟に黒曜石のナイフを投げつけた。ナイフはもやに当たると跳ね返りクトウのすぐ横に突き刺さった。

その瞬間、もやがひるんだ。

「今だ!! 血ヲかけろ!!」

クトウが叫ぶ。誰もクトウがそんな声を上げるのを聞いたことがなかったので驚いた。

「ハヤク! なにヲやっている!」

その声に我に返った虎魁は祭壇から庚楊と耶尭申の血の入った竹筒をひったくると、栓をあけ竹筒ごと投げつけた。竹筒はもやの上で爆裂して血が飛び散った。血が雨のように降りかかりもやはシュウシュウと音を立て静まっていった。

「黄よ! 棺の蓋を針で留めろ 」

「は!」

いちはやく体勢を立て直した黄が懐から先程の針を取り出して、棺の蓋に打ちつけていく。続いて青と白が木剣の柄でその針を叩き、蓋と棺を張りつけていった。

瞬く間に、蓋が釘付けられた。その間も棺はガタガタと暴れ続けた。

玄は残った腕で懐を探ると、札を取り出して呪文を唱えた。

「来たれ! 雷神。王命に従いその威力を示せ! 邪な念を避けたまえ 」

中空に投げられた札から稲光が棺の針に落ちた。不気味な唸り声が響き、辺りはシーンと静まり返った。

「お、終わったのか?」

虎魁が誰に言うともなくポツリとこぼした。

間に合ってよかった。そう言って玄がにやりと笑った。

「棺を動かしてみろ 」

玄が指示し、みんなはおそるおそる棺を持ち上げてみた。するとどうした事だろう?今まで微動だにしなかった棺が嘘のように軽く担ぎ上げる事が出来た。

「これでもう大丈夫なのか?」

兎朴が玄に尋ねると玄はいった。

「当座は……封が出来ている間は大丈夫だ。夜が明けたら荷台を作り直して馬に引かせよう 」

そしてその夜はそれ以上何も起きる事はなく無事夜明けを迎えたのだった。




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