第二十章
曹懐が街に入る頃、街は大いに混乱していた。先ごろの不審火を契機に暴動が起こったのだった。曹懐のような哀れな老人などに目を向けるものはいなかった。火が起きるとまず北郭の一部より武装した一隊が蜂起し、それに遅れず街のあちこちで似たような集団が立ち上がり中央の知府をめがけて進攻した。進攻途上で狄鏢や警邏中の都尉と遭遇して鎮圧される集団も多数あったが、その幾つかはそれを打ち破り県令のいる知府、中央広場に達してその周辺を包囲してしまっていた。
湘阮は忸怩たる思いであった。決起が早まってしまったのだ。予期せぬ出来事であった。全てはあの突然の火事が原因だった。あの火事が偶然にも最終決起のための潜伏場所のひとつを焼いてしまったのだ。それが悪いことに合図の狼煙に引火して、一斉決起が始まってしまった。さらに街は警戒体制下にあった事で話はどんどん悪い方に転がった。その中で動き出したものはあえてここに至ってこの流れに乗らなければ先はなくなってしまった。本来はもっと祭りの喧騒にあわせて決起す予定だったのだ。湘阮はただし、一度波に乗ってしまった人間や、暴動に巻き込まれて興奮している人間を彼にとって簡単に手に入る手駒へと変えるべく用意した術を使いこの騒ぎを拡大させた。これは怪我の功名とでも言うのだろうか? これが功を奏したのか、一時に騒ぎが大きくなって、警邏の都尉を飲み込み、彼は合流地点にすんなりと到着した。やがて他の部隊も合流して、彼の元に集まった連中は中央の広場へと駒を進める事となった。
しかし、流石に元の王城を縮小改築した知府はおいそれと暴徒の進攻を許さなかった。平和の長かった街は久方ぶりの騒動にすっかり飲み込まれてしまっても、頑としてそびえ立ち、その硬い門を閉ざしていた。彼らはここで釘付けにされた。
この報せに敏感に反応したのは、当然嵩国の役人連中もそうだったが、それ以上に狄鏢だった。彼らはこの街のことに関しては特に敏感に反応する。さらにいえば、知府の奥に関わる事になるとなおさらだった。それがどうしてそうなのか? という事はティキ族の間では有名な話だ。
知府の城中には大きな中庭がある。そこは高台にある知府の真ん中にぽっかりと空いた竪穴があるのだった。普段立ち入りを禁止されている、昔からの彼らの聖地であった。四年に一回の祭祀のにおいてのみ、その禁は解かれて一部の限られた人間だけが、そこに入ることを許される。奥壁の地下にある試練の穴が地下に通じているのもそうだが、ティキ族に代々続く大地への崇拝の一環なのだろう。ティキは元来大地に強く尊崇を憶えた民だったのだ。そして、折りしも、今年は例祭よりも遥かに大きなスパンで繰り返されている特別な祭りの年だった。ティキ族の特に狄鏢の神経は過剰なほど敏感になっていた。彼らは皆壌の守役にして聖地と各地をつなぐ役割を自認していたからだ。
実際、同じく北方の民であり、もともとの出自が騎馬遊牧にあるマードゥなどと比べても、なぜ皆壌のティキ族がこれだけの都市の中でティキとしての習俗を保っているのかについてはこういう理由が濃厚だった。もちろん、定住のティキ族のもっとも多い土地だというのも関係はあるのだろうが……
だから、この都市での秩序の乱れは狄鏢にとっては看過することのできない事だった。まして精緻に迫ろうとするものはティキ族の危機感をあおる。かつてマードゥ族との間にも似たような確執があった。今でも二つの民族はどこか因縁めいた対立感情を抱えている。そして、今その聖地に居を構える知府の側は、もちろんそういった感情を理解しているから、表向きは関係ない風を装っていても、ティキ族との深い付き合いと連携が成立していた。現地徴収の兵員はティキ族が多く含まれていたし、知府の重要な役職にもティキ族やそれと深く交流のある嵩人が何人もいた。それが条件でこの地方は治められ、その為にティキ族のほうも名前や言葉などの面で嵩文化の混交が起きている側面もあった。
さて、このような事情が湘阮には理解できていなかった。辺境のこの土地のことである。それも半分以上異国のような土地でなら王国に対する反乱も成功しやすいに違いないと思っていた。実際にマルドバシュ帝国が崩壊した時、ティキたちは激しく抵抗し、マードゥ族はそこから落ち延びるしかなかった。だから、勢いに乗ってこの北の大地に大反乱を起こす計画だった。
それが官民一致で向かってくる。それも手ごわく反抗してくるのはティキ族だった。中央広場に至る街路は即席の防護柵で塞いでいたが、一気に第一門を突破しきれなかったことで少々まずい事態になっている。想像以上に頑丈な門は衝車でもないと打ち破れそうになかった。用意の品にはもちろんそういった物もあったが、何しろまとまった行動が取れなかったために、こちらに着かない道具が多かった。大掛かりな道具は街の外に準備して合図とともに外からの手勢と一緒に搬入される手筈になっていたからなおさらだった。
そして本来、街の外からも搬入されるはずだった物資については、現状ではせいぜい見張りがいる程度で、人員の配置すらまともに成されていなかったのでとても運び込むどころではない。弓、丸楯、刀槍、剣に鉄鞭、大木槌など、個々人が持てる物、もしくは目立たないように保管された一通りの物以外の補給はない。今ある簡易な武装では、軍隊に本格的に攻め立てられれば鎮圧は時間の問題であった。現状では手勢も二千足らず、狄鏢だけでもこれに匹敵する数がおり、皆壌の兵の数は五千が常時駐留している。嵩の本体は実際には奥壁に防御の要を置いていて州都であるにもかかわらず、皆壌にはそれほどの兵員は常駐していなかったが、それでも予備兵まで動員すれば一万近くにはなるのだった。包囲は時間の問題だった。そして、包囲されたが最後、ここでは抵抗らしい抵抗も出来ずに終わるだろう。官軍の装備はこちらとは違うし、錬度も違う。黒社会といっても、遊撃ならいざ知れず、正面きって正規の軍隊と戦う力はなかった。
さらには、市街での小競り合いでは現地の人間に押されていた。ここで一気に知府を取って、宣言し、混乱のうちに手配して近隣に潜ませてある部下たちを集結させなければ全く持って勝ち目がない。本来は内外呼応で六千の兵を準備したが蜂起途中に敗れ、あるいは皆壌外にいて半数近くが動けないでいる。今のうちに、もし今のうちにもう一隊でも援軍が繰るならば、進退の取りようもあるだろう。湘阮は一番近くにいる一隊に対して伝令を飛ばしていたが、なかなか音沙汰がなかった。何より先ほどまでの混乱が彼の不安を煽った。




