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北狄伝奇  作者: 夏実歓
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第十四章


 そこは半地下の造りになっており、丸天井が屋根を覆っていた。外観は円を描く亀の甲のようであった。人を並べて入れれば、ゆうに五十人は入りそうなほどの広さがあり、深く地面を掘り下げてあるので、外から見たよりもずっと天井は高い。これはマードゥ族の墓所のつくりとほぼ同じである。そして、その規模は普通の墓所のそれよりも既に大きい。この建物を囲うように古老の屋敷が立ち、さらにそのぐるりを漆喰の塀が囲っている。ここは元来マルドバシュ帝国時代の離宮であった。皆壌は広大な都である。よって、その内にいくつかの帝王の居城があった。実際に頻繁に使用されたのは三つほどで、それは中央の本宮とこの北の離宮および西南にある離宮である。現在、マードゥ族の手にあるのは北の離宮および西南離宮のみであって、本宮は嵩国の府として使用されている。ちなみにいくつかの離宮があったのは儀式のためであった。騎馬遊牧民であったマードゥ族は夏営地と冬営地を行き来する生活を送っていたが、その習慣を踏襲して都のうちで大規模に臣下を引き連れて季節ごとの移動をしていたのだ。家屋は主には石造りの宮殿であるが、寝殿は中庭に張られた天幕であった。巨大で華麗な天幕が庭園の中の一段高くなった台の上に張られていたのだ。

 さて、この施設であるが、今は仮喪がりをするための施設であるが、先程述べたようにその形においては貴族以上の使う墓と大体同じである。本来はこれも墓所として用いられるはずであったのを、六代皇帝の命令で、墓所は祖先に近い場所へという事になり、より壮大な皇帝陵墓が、都の西北、およそ馬で一日の辺りに作られた。それ以降、ここは皇帝の遺体を安置し、儀式を行い、その外見や魂を整えるための場所となった。葬儀が執り行われるのも、ここが主であって、最後の納棺の儀式だけが、陵墓で行われるのだ。

ちなみにマードゥ族はこの時代に嵩国の風を大いに取り入れ、祖先伝来のそれとの融合、または差別化が図られた。新しい時代になったのである。玄たち道巫が生まれたのもこの時代であった。当然新旧の勢力の交代劇など、新しい価値観の導入は様々な出来事を伴った。彼らには彼らの物語があるのだが、それはまた別の話。

 ここには本来マードゥ族の一部の人間しか入れないはずなのだが、今回はティキ族の者が二人いた。包突と兎朴である。遺体が何者かに狙われていて、それがどうもこちらの理解の範疇を超えている事と、そもそも輸送時にマードゥの儀礼だけでは遺体の力をを鎮め切れなかった事から今回は儀礼監督役兼護衛役として特別に中に入る事になったのだ。本来は虎魁も招致されたのだが、ティキ族が彼を手放さなかった。彼はまだ狄鏢で拘束されたままだった。クトウは正式なメンバーとしてそもそも勘定に入っていなかった事、および昨日突然姿を眩ましてしまい、結局見つけることが出来なかったため、ここにはいない。ただ、再来の二字が習字用の盤に書きつけてあった。

「クトウのやつはどこへ行ってしまったんでしょうね?」

兎朴は包突に訊ねた。

仏頂面で、安置された遺体を眺めていたが、若干、神妙な面持ちになって答えた。

「知らん。が、そう遠くへは行っていないだろう。なにかやることでもあるんだろうさ 」

実を言えば、先日、包突の夢枕にクトウが現れていた。姿を消す前に挨拶に来たのだ。ただ、それは他言すべきこととは思われなかった。クトウの話では事が起こる時には必ずやってくるという話だった。包突は何も言わずにそれを信じた。

 いつの間にか、彼はクトウを信用していた。そして何故だか解らないがクトウがただものではないと言う感触が染み付いていた。それは他の者も同じだろう。ある種、安心感のようなものがあった。それと同時に何か気に掛けてしまうような愛嬌もあった。さらに、包突にはあの不思議な女の事もあった。まだあの女の頼み事(ほとんど脅迫に近かったが)が達成されていない限り、必ずこの事件の線上にクトウの姿は現れるのだ。

 そして、包突はそのあたりを読み違えるような人間ではなかった。この事件が、いったい誰の思惑によるのかは実際のところよくわからない。もしかしたら誰の思惑でもないのかもしれない。もっと遠く深くに原因がある。あの女が出てきているからそう思う。あれは人間ではなかった。くらぶれば、あの奇怪な爺は、人の成れの果ての感はあっても、まだ人間だったように思う。所詮は盤上の駒に過ぎないのだという気がした。

 神妙に考え込む、その横で兎朴は不思議な顔でそれを眺めていた。その様子に包突はふっと顔を上げる。目の前では相変わらず葬儀が続いている。

ティキ族の二人から見ると、マードゥ族の祭祀はティキのそれとはよほど違った。同じ北方民族で嵩からは一緒くたにされる事もあるが、その習慣はよほど違いがある。嵩化の進行具合も形も違う。もちろん似通った点もなくはない。例えば、この丸天井の建物にも、やはり八角形の祖先の棲家が飾られている。ただ、その豪華さはまさしく王家のものといった風情ではあった。

石を積み上げた祭壇が部屋の中央にあり、そこに豪華な絨毯が敷かれていた。石はすべて翡翠であり、隙間無くきっちりと組み合わされている。そして、その台上には棺が置かれている。棺は金の枠に特別なヒノキの板をはめて作られていた。まだ、遺体はきちんとした処置を受けておらず、呪符でぐるぐる巻きにされたままである。これから開封して、清掃して、然るべく盛装させねばならぬ。それも含め、七日かけて儀式を執り行うのだ。まあ、実際は七日といっても遺体を置いておく時間がほとんどなのだが・・・・・

すでにしっかりと準備をなされて、供物を捧げられた状態で、巫の代表者が死者に対して、故人がいなくなったことの悲しみを切々と述べていく。この後も度々述べられることになる祭文である。儀式の進行は道巫団にゆだねられているが、儀式の中心は親族である。この度は親族を揃えるわけで無く耶尭申と兎朴のみで行う。彼は死んで長く時間が経っているため、異例の措置である。再葬といっても良い不思議になそう儀だ。

 親族、特に家長たるものは本来、その長い葬儀の期間に遺体を正視して目をそむけてはならない。そして、家族は別れを惜しみ、哀哭しなければならないのだ。声を上げることと涙は重要な要素であり、泣く役を務めるものは特殊な薬物を使って、その期間中は涙を絶やさない。本来は伝統的なマードゥのあり方ではそんなに時間をかける葬儀は執り行われないのだが、皆壌周辺のマードゥの執り行う葬儀はそうなっている。マードゥ族の風俗は残しつつ、嵩の風俗の影響を強く受け、今の形に整えたのだ。だから、今でも遊牧に強く依拠している西のマードゥでは、彼らのもともとの習慣を保持していて、ごくあっさりと死者を葬る。マードゥの古俗では故人の業績を称えて死には敬意を払いはするものの、逝く者を引き止めるようなことはしないのだ。これに比して皆壌あたりは帝国時代の新しい形が正統として力を保っていた。国が分裂してもとの生活に帰ったものたちは、やはり元の形に正統を見出し、新しい土地にとどまったものは新しい形を正統としたのだ。生活が習慣を変えたのかもしれない。

 しかし、包突たちはそんな事を知りもしない。ほとんどのマードゥもそんな話がある程度の認識だ。もはや、正統も伝統もこういう時で無いと表にあらわれきらない。それはつまり、今も更新され続けている人々の生活があるということでもある。


そして、儀式は続いていく。


 まだ何かが起こる気配は無い。全て恙無く進行していくのだ。本当にそんなことが起り得るのだろうか? 包突は疑問に思っていた。水面下で事態は進行していて、気がつけない自分たちがいる。ちょっとやそっと能力があるからといって、それらに見通しが利くわけではないのだ。残念ながら、潜ってもより深みが待ちうけ、潜れば水面の微細な動きは見辛くなる。所詮、感じられるものなど、わずかに自分の周りの事に過ぎないのだろう。流れは深みを増して、一見静かでありながら、渦を隠している。そしてその渦に日常は飲み込まれようとしている。いや、元々がすべて流れの中なのさろう。静けさは破られる。その確信だけが胸にある。

 そして、そう思えば、今日でもう三日目にもかかわらず、儀式に気分が入り込まなかった。折り返し点を過ぎてなお、儀式の白々しさが感ぜられるというのは、もはや葬儀としては失敗したといっても過言ではない。それでも続けられる。しかも、誰も気がついていないのだ。手順に狂いは無く、御霊も荒れない。なのにすでに失敗している。

 そして、その確信は正しく、皆壌のあちらこちらで準備は進んでいった。そう、包突も虎魁もマードゥの連中もクトウも、そして、包突や兎朴は知る由も無いが、湘阮も曹懐もである。中でも曹懐は既に街に設けた網の目を通じて、マードゥ族の動向を掴んでいた。いまだ手出しをしていないのは、予想以上にマードゥ族の守りがしっかりしているのと、クトウに奪われた左腕の傷の治療に手間取ったためだった。

 そのため、周閨一人をあちこちに動かして用を済ませていた。謎の男がついに街中にも出るようになったと巷で噂になっていたが、誰もその正体には迫れなかった。なぜなら姿を目撃はされても、積極的に人を襲うような事も無く、気がつくと薄ぼんやりとした霧とともに現れて当たり障りの無い挨拶をする程度だったからだ。それでいてその間に要件は済ませていたのだが、相手はそのことは覚えていない。怪談じみた話をあちこちに残してまわった。そして相変わらず彼の心の中には虎魁がいたが、その思いが成就する事はまだなかった。




――場所は変わって鏢局の本部である。


「ふむ、わずかに街を出ている間に、何だか色々あったようだな 」

虎魁がいう。話の焦点はニ黒幣との抗争と嵩の役人達との会合だ。

「ああ、まあ、しょうがない。祭りが近いんだ。嫌でも事は起こる。忙しくなるっていうのに嫌なもんだが、忙しいってのはそういう事でもあるのだ 」

虎魁が話しているのは局の中堅である。県令の馬大人との話し合いも進んでいて、はるか西の方から来る同胞達との調整も着々と進んでいる。彼はそのために奔走しているのだ。いわば今回の影の功労者だ。その彼は一連の事件の話を聞いて、虎魁と話しているのだった。もちろん、局にいればしょっちゅう顔をあわせるので、なんとなく話すことが多くなると言う事もあった。

「だから、そっちの問題はそっちで処理してくれんと困るんだよなぁ。こっちからは人を裂けん。本当は手伝ってもらいたいくらいだからなぁ 」

彼は今大きな起きたら手が回らないと言った。本当のところ、虎魁はいざという時の為にこちらに勾留されている節もあるのだ。少なくとも、上の連中はそうできればと考えていた。虎魁としてはここにいることによって仲間の危機に間に合わないどころか、気付く事すらできないのではなかろうかと心苦しく思っていた。虎魁は霧の中での出来事をかいつまんで話した。それを聞いた相手は、最近怪しい霧が始終街のどこかで起こっているのを虎魁に話した。それを聞いた虎魁はこう答えたのだった。

「やはり、俺は動く事にする。大丈夫、すぐに駆けつけられる辺りの事さ。すまんがよろしく頼む。すまんな、ティキの血がそうさせるんだ 」


           ○         ○


――俺は動く事にする。ティキの血がそうさせるのさ――


 そう言って、栄啓は寝台から身を起こした。温い体温の心地よさから揺り起こされて李如が不快そうに栄啓の胸をつねった。

「わかってるだろう? まだ始まってもいない。前哨戦だ。乗り遅れちゃあ困る。そういう時はいつも俺は自分の足に頼るんだよ 」

お前だって、わくわくしないわけじゃないだろう? と目で問いかける。

「知ってるか? 今年は祭りの年だ。なぜ皆壌が皆壌なのかがわかる年だ。そんな時に街中で異変があるんだ。俺は大体知っている。部下共が走っているからな。俺もこの眼で見たよ。お前の元親分も、怪しい煙も虎魁の馬鹿の話も……試練を抜けたやつがいる。このご時世、俺の他にお山の穴を抜ける奴が出るとは思わなかった。全部見たいと思わないか?」

非難するように見つめる李如の目に手で目隠しをする。さっきまで情けなく腰にすがっていた男と同じとは思えないと李如は思った。

「ダメよ、そう今はダメ。あなた勝った気でいるんですもの。だけどね……」

そう言ってゆっくり接吻(くちづけ)た。


“どうもかなわん。こういう時はまるでかなわんな ”


栄啓は苦々しく笑って答え、しかし、頭の中では次の算段が動き始めていた。



翌日、まだ空が白まぬうちに栄啓は住処を抜け出して行った。




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