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北狄伝奇  作者: 夏実歓
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第十三章


例の遺体は秘密の安置殿に厳重に封印されている。今は、魂鎮めの儀式が行われている。この後にこれを馬で曳き、祭礼のために郊外に張った天幕までもっていかなければならない。儀式は何事もなかったかのように恙無くしめやかに進んだ。

あのあと、街から駆けつけた虎魁と白は数人の道巫を引き連れてきて、遺体に封印を施した。英雄の遺体は呪文を書いた布でぐるぐる巻きにされて、まるで蚕の繭のような状態になって、その日の内に安置殿に運ばれていった。空模様は崩れかかっていたが、迅速に作業は進められ、降り出す前に片がついてしまった。迎えの一隊はついでに傷ついた玄と気絶したクトウも馬車に放り込むと一足先に連れて行ってしまった。


 倒れたクトウは丸二日目を覚まさなかった。目を覚ました時には彼はは嘘のように静かだった。しかし事態は大変な事になっていた。そもそも依頼人が皆死んでしまった。あの時、霧の向こうに消えてしまった虎魁は同じ皆壌の中の屋敷にいたことはわかったが、その屋敷自体は消え去ってしまった。白と虎魁が出会った怪人も、あれ以来その姿を現さない。一行の前に突如現れた老人の正体は分からずじまいだ。

 ティキ族の方はでは祭りの準備及び、栄啓が持ち帰った情報を元に二黒幇の処置の為に忙しく、今回の仕事の不始末――つまり、例の遺体の問題――については包突と兎朴に一任される事になった。それが包突の望みであったし、彼の発言は局内でも、ある程度の優先されるべきものとして扱われた。もちろんの事ながら、兎朴は死んだ庚楊の為にも、この事件の解決に全力を尽くす気でいた。虎魁は今回の件の責任者として局本部に預かりの身になりお沙汰を待っていた。


マードゥの連中は跡目相続の問題と葬儀の段取りで忙しく、包突と兎朴は特例で遺体の世話役としてマードゥ族の奥深くへと召致された。そのおかげで彼らはマードゥ族以外は入れないはずの安置殿に入ることを許された初めての異民族となった。


 クトウはこの二日の間というもの寝込んでいた。その間に事態は彼を置き去りにして進んでいた。みな忙しく立ち回り、所在が無いのはクトウだけだった。

 そこでクトウは考える。自分が起きたところでこの街に来てやるべきことというのはない。俺は所詮はよそ者だ、そして旅人だ。旅人というのは土地の事件に関わらない方が良い。旅人はそもそもが自らの目的を求めて旅から旅に消える、生きている時間も、価値観も、そしてもちろん目的も違うのだから、意識の共有などは一時的なものだ。それを強く共有してしまえばそれはすなわちそこに定着することになる。それは新参者であってよそ者ではない。

 クトウは故郷を思った。俺はあそこではよそ者であったのか? 母はあの時、確かに探してくれた。仲間もいた。俺はあそこにいられたはずだった。

しかし、俺は結局が呪術師の弟子、つまり別の世界に生きるよそ者になったのだ。故郷では来訪者としては幼すぎた。赤ん坊などどこでも最初はよそ者だ。どこから来たかは問題でなく、みんな例外はなくどこかからここへやってきたのだ。クトウはコルキセ族の一員だ。物心付いた時からのコルキセの一員であり、親も――もちろん育ての親だが――そうであるのだから、帰る場所も仲間もいる。身につけた技はまさにコルキセ族の呪術師の持つそれだったが、その事については多族と比較する術をほとんど持たない辺境の一族として、ただ、こちらとあちらの違いがあり、自分があちら側に片足を突っ込んだもので世界は一つ出ないとよく知っていた。

 街に来てよりこちら、図らずとも二つの血の混ざり合ったエイリク――彼女は居場所も二つの場所を自らの意思と関係なく移ることになった――や一度自分の死んだ(ことになった)場所に帰ってきた虎魁、そして、自らもそうなのだが、彼岸につながる術を扱う包突やマードゥの術者と知り合った。さらに言えば、この大きな都市自体が錯綜する世界の交差点として、また行き交う旅人たちの共有意識として、クトウには思いもよらない世界を見せてくれた。あることしか知らなかったものが目の前にはあった。広がった世界、一方的ではない常識、数々の出自が作り出す不可思議な均衡。

 その中にはクトウの持つ小さな負い目を一時的にでも忘れさせる何かがあるように思えた。そして、頭の中にある空白を埋める手立て――すなわちそれは師匠に求めているものと同じであったが本人は気がついていない――も、この先のことに関わりがあるのだとじわじわと理解してきつつあった。何かが迫っているのを知ったのだ。クトウは、だからもう少し、こちらに関わることに決めた。もちろん自分の目的と言うものはある。むしろ、それは強まっていた。なぜなら、あの時、あの霧の中でクトウは確実に全てを思い出していたからだ。自分が何故この街に来たのか? その理由とともに本来の目的を思い出していたのだ。それは、今となっては再び失われ、あの一瞬に記憶がよみがえったと言う感覚でしかなかった。何故、あの時、思い出せたのだろうか? そのためにはもう一度あの霧と対峙する必要があった。

 霧の源はおそらくあの老人だろう。あの老人は遺体を求めていた。遺体を追えば、またあれと出くわすに違いない。クトウはそう思った。

そう思えば、クトウはこの街を去るわけには行かない。それは師匠に会うことよりも優先するように思えた。


 なぜなら、師匠に会わなければと思った理由はその記憶についてだった。それにきっと先に進む手がかりが、そこには待っている。そうすれば、俺は最後の試練を乗り越えられる。俺は一人前の力を手に入れられるのだ。

突如、強烈な(かつ)えがクトウに去来した。記憶を取り戻し、一人前になる。それはいささか個人的な話ではあったが、彼にとって重要なことだった。そうしなければ、誰も彼に気がつかない。いや、そうでなければ、自分の居場所は手に入らないように思えたのだ。そして、心のどこかでこう思った。


“俺は知らしめたいのだ! ”



そして、クトウは再び動き出した。それは何処かに影を引いていた。その影は暗く長く彼の主人のように伸びていた。


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