代引き
「人体で、一番きれいな箇所はどこだと思う?」
「おっぱ……髪とか?」
反射的に出そうになった答えを飲みこみ、僕はそう答えた。
「髪? 髪だって?」
すると、彼は「こいつは何を言っているんだ」とでも言いたげな表情で首を振った。
「髪なんて、どこがきれいなんだ。どうしたって頭皮の油がつくし、フケも出る。空気中の埃だって巻き込み放題じゃないか」
「え、そういう意味でのきれい?」
「他にどういう意味のきれいがあるんだ?」
なるほど、確かに言われてみればそうかもしれない。
一番きれいなんて言っても、見た目の造形なんて主観的なものだ。
髪には髪の、おっぱいにはおっぱいの美しさがある。
それに優劣をつけようなんて行為はおこがましい。
「しかし一番きれいな所か……手とかはどうだ?」
女の子の白魚のような指先。切りそろえられた爪。
柔らかな手の平はいかにも清潔そうに思える。
「手の平なんて細菌だらけだろ」
そこまで気にするのか。
「しかしそうとなったら、身体の表面は殆ど駄目じゃないか」
「そりゃそうだ。よく言うだろう、人間は中身が大事だって」
彼は得意げな顔をして、そう言った。
その言葉はモツ的な意味ではなかったと思うけどなあ。
「でもさ、内臓と言ってもやっぱり綺麗なものはないんじゃないかなあ。臓器の中には大体細菌がいるし、消化器系なんて食べたもののカスが内側にべっとりついてるじゃないか」
「ううん、確かに……」
「目玉なんてどうだろう。水晶体は無色透明だし、流石に中に菌が入り込むなんてこともないだろ」
「駄目だな。生まれたばかりの赤ん坊ならいざ知らず、育っちまうと目もやっぱり濁るし汚れる」
注文が多いなあ。というか結局、見た目の美しさも結構重視してるんじゃないか。
「じゃあ骨だ。真っ白な骨。健康ならきれいだろ」
「ふむ……悪くはないけど……上手い事骨だけ取り出す事なんて出来ないだろ」
「出来ないのか?」
そのくらい出来るもんだと思ってたので、僕は驚いて尋ねた。
「化石や骨格標本なんかだと、上手い事骨だけになってるじゃないか」
「出来ないさ。ほら、骨を取り出せばどうしたって肉や血や油が引っ付いてきちまうだろ? そういうのを取るには焼くか腐らせるかしかない。どっちにしたって骨は痛む」
「なるほど。なかなか上手くいかないもんだなあ」
消化器系以外の内臓……肺なんかも、煙草を吸う人なら真っ黒だろうしなあ。
と、突然僕は天啓を得るかのように思いついた。
「心臓はどうだろう? あそこなら、余計な汚れもないし、菌なんかも付着しないだろ。それに、常に動いてて水での掃除もあるから清潔だ」
「さっすが、冴えてるな!」
彼は嬉しそうにいって、早速心臓を取り出した。
その手の平に収まった心臓はまるでルビーの様に真っ赤でキラキラと輝き、まだ力を失わず健気にとくとくと動いていた。
「素晴らしい……じゃあ、報酬はこれって事で!」
「おい、ちょっと待てよ!」
うっとりとした表情でそういうと、彼は制止の声も聞かずにばさりと蝙蝠の翼を翻して飛び立った。
「やれやれ」
残された惨状を目に、僕は深くため息をつく。
千切られた髪に引きだされた臓物、隣には目玉と骨が打ち捨てられ、最後には心臓を抉りだされた彼女の血で、部屋は酷いことになっていた。
全く、潔癖症って奴はミクロな綺麗さにはこだわるくせに、マクロな綺麗さには全く無頓着で困る。誰が掃除するんだよ、これ。
「おや」
眺めていると、僕はある事に気付いた。見開かれたままの彼女の目元を、指ですくう。
よく見たら、涙の方がもっときれいだな。