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デートの約束

 ティマイアは、翌日、約束通りベリーのジャムを持ってヘルミオーネの屋敷にやってきた。

 初夏の涼しい風が吹きこむテラスにお茶を運ばせ、ゆっくりとお茶を楽しんでいると「夕べは少し帰るのが早かったと思うわよ?」ティマイアが少し悪戯っぽい目をしながらヘルミオーネの瞳を覗き込んできた。

「なにか面白いことがあって?それは残念なこと」

 言葉とは裏腹に澄ました顔でお茶の香りを楽しむヘルミオーネをティマイアはふふと意味深に笑う。

「そんな涼しい顔して。驚くんだから」

 ティマイアの話しぶりはどこか得意気で、優越感さえ感じた。

「どうかしたの?」

 その雰囲気が気になったのか、ヘルミオーネも顔を上げて、ティマイアに目を向けた。

「あなたが帰ったのと入れ違いぐらいにアレウス様がいらしたのよ」

 驚いたでしょ?と言わんばかりのティマイアの強い光を放つ瞳をみたヘルミオーネだったが、生憎ティマイアの期待通りに表情は変わらなかった。

 むしろ、そんなことか、と冷めていく感じだ。

「そうなの。よかったわね」

 そのリアクションがティマイアには面白くなかったらしい。

「ああ、もう、もう少し残念がってくれなきゃ」

 その言葉に今度は、ヘルミオーネの方が少しだけ得意げに目を細めた。

「それは残念だったこと。噂のアレウス様を拝見できなくて」

 余裕を持ったヘルミオーネの口調は平坦で、ティマイアの期待する口惜しそうな感情の欠片もない。

「そんなこといって。あなたも実物をみれば、態度が変わるわよ?」

 実物…と言われて、ヘルミオーネはため息が出そうだった。そんなものいつも見ている。身なりだけはきちんと整えてある退屈そうでうんざりした、横顔。

 それこそ、あの暗い雰囲気がこっちにまで移りそうなくらい、たくさん。

 ヘルミオーナは素知らぬ顔をしつつも、心の中でつぶやきながら、お茶をひと口楽しんだ。

「でも、私が熱をあげたら、あなたのライバルが増えることになるわよ?いいの?」

 ただでさえ競争率が高い案件なのだ。倍率をあげることは得策ではないはずだ。

「そうなのよね…。傍に近づくことすら既に難しいのよね…。でもね、いつもは気を使って、毎回違った方と踊ってくださるのよ?だからお会いする度に期待を…。でも、昨夜は少し違ったのよね…」

 ティマイアは思案をするように目を泳がせながら、持っていたレースを張った扇子をパチンとならすとその先端を頬につけた。

「違うって?」

「昨夜は一通りの挨拶はしてくれたけれど、誰とも踊らなかったのよ。ずっと、誰かと話してばかり」

 なんだ、そんなこと、別に普通じゃないかとヘルミオーネは思ったが、それが意外なくらい普段のアレウスは、誰かと精力的に踊っているらしい。

 退屈しのぎの女遊びですか。いい趣味をお持ちよね。アレウス様は。 

 アレウスに興味のないヘルミオーネは心の中ではとことん冷静で冷淡だ。

「そうなの。それは残念だったわね」

 どうせの遊びなんだから、出し惜しみしないで踊って差し上げればいいのに。

 元々アレウスに何の期待も夢も抱いていないヘルミオーネにしてみれば、踊ろうとそうでなかろうとどうでもいいのだ。

 しかし、ティマイアの方も実は、口で言うほど残念なことではなかったようだった。

「あ、それで思い出した」

 ティマイアは、すぐに気を取り直したように明るい声でそう言って、扇子を持った手を軽く合わせた。

「今度はどうかしたの?」

 カップを受皿に戻すとヘルミオーネは、向かい側のティマイアを見つめた。

 表情がクルクル動くティマイアは、とても可愛らしい雰囲気を持っている。例えるなら血統書付きの子犬、だろうか。

「ほら、昨日ダンスに誘われたでしょう?その方が、今度、遊びにいきませんか?って」

 アレウスと踊れなかったことがさほど堪えてないのは、デートのお誘いを受けたからだったらしい。

「良かったわね」

 ヘルミオーネは友の恋に心の奥から祝福を贈った。友人の幸せそうな顔を見れば、こちらも幸せになるというものだ。

 しかし、他人事のような口ぶりのヘルミオーネの答えがティマイアは、意外だと思ったらしい。

「どうして?あなたも誘われたのよ?」

「え?」

 改めてヘルミオーネはティマイアの顔を見つめた。ダンスを踊った相手など、顔も名前も覚えていない。

「いやね、一緒にダンスに誘われたじゃない?だから、お友達も、って」

「お友達…そうだけど…あなただけじゃないの?」

 頭の中に「面倒くさい」その文字だけが浮かぶ。だいたい一晩経過しただけだというのに、恋どころか顔も名前も覚えていない。

「ねぇ、行きましょうよ。ほら、王が王家の土地を一つ開放して公園を作ってくださったでしょう?あそこに誘われたの。行ってみたくない?ね、ね?」

「…そうね…」

 戦争が終わり、王は民の憩いの場として、王都の中央に大きな公園を作った。そこの温室とバラ園を散策するのが今の貴族たちの間での流行になっている。今の季節なら緑も眩しく花も咲き乱れているだろう。

(でも、自然ならテラクロの方が豊かだわ)

 豊かなテラクロ村の自然を思い浮かべたヘルミオーネの頭の中で黒い髪が風になびいた。違う、冗談じゃない。あんな失礼な男。

「是非行きたいわ」

 それは、エウロスに対しての当てこすりのようなものだったが、その返事は少なくとも向かいに座るティマイアを喜ばすことではあった。


 そして、もう一人、デートの約束をしたヘルミオーネを喜んだ人がいた。

 母だ。

 ランプの灯りが煌めく夕食の席で、ヘルミオーネは、ティマイアに聞いたことをそのまま伝えた。

「まぁ、どんな方?」

「ラコニア・アンティス様ですわ。お母さま」

 名前すら覚えていなかったヘルミオーネは、ティマイアに教えてもらったままに答えた。

 しかし、この名で夕食の場は一気に華やぐことになった。

「アンティス…といえば伯爵家じゃないか」

 相手は父も満足したようだ。

 貴族の娘として社交界にデビューをして、舞踏会で恋をして、結婚をする。そのレールの上の歩き始めた娘に両親は素直に喜んだ。

 その光景を見るのは、自分が両親に愛されている証拠にも思えて嬉しいと思う。

 でも、それだけだ。

 ヘルミオーネの初デートを喜んでくれた両親は、そのまま自分たちの出会いの頃の話で盛り上がっていた。

 今でも恋の途中のような幸せそうな二人を見ながら、いつかはあんな日が自分にも来るのだろうか。とヘルミオーネは思った。

 そうだといいのに。

 でも、そのときめく相手が今度のデートの相手だとヘルミオーネはどうしても思えなかった。

 違う、私は……。

 そう思ったヘルミオーネの脳裏に忌々しいはずの黒い髪がなびいて、思わずヘルミオーネは身震いをしたのだった。


「浮かない顔ですね」

 食事が終わり、身を清め終わり、最後の就寝前の支度としてエウリュナに髪を整えてもらっていたヘルミオーネは、鏡越しにエウリュナを見つめた。

「そんなことはないわ」

 そう繕ってみたが、乳姉妹のエウリュナには通じなかったらしい。

「見ればわかりますよ。そんなに嫌な方だったのですか?」

 エウリュナがいっているのはデートの相手だ。 

「嫌な方…ではないわね。顔も覚えていないのだから」

 正直に答えたヘルミオーネをエウリュナは少し驚いた目で見た後で、プッと小さく吹きだした。

「お相手の方はデートに誘いたいと思うほどお嬢様を気に入ったのでしょうに、気の毒ですね」

「ティマイアのついでよ、どうせ。二人の方が誘いやすいと思ったんじゃない?」

「わかりませんよ?そんなこと」

 エウリュナは、クスクスを笑いながら、丁寧にヘルミオーネの髪にブラシをかけていく。ブラシが通るたびにヘルミオーネの髪に艶が出て、それが灯りに煌めく。

「まぁ…いいわ。私はバラを見に行くの。とても美しいと聞くわ」

「ええ、王妃様がお好きなバラですから。陛下は手入れを怠らないそうですよ」

 ティーバ国王レオニダスと王妃フレイアは、政略結婚で結ばれた二人だ。しかし二人の仲の良さは国中で知らぬものはないほどで、特に王妃は外国の姫でありながら、最後の戦いの時にティーバの為に自国の父と対立したと民の中での人気も高い。その王妃が愛でたバラを王は公開したのだから、人気が出ないはずはない。

「明るい陽の下でみれば、案外素敵な方かもしれませんよ?」

 その後で「バラの効果もありますし」とエウリュナは付け加えた。

「バラの効果ねぇ…」

 確かに舞踏会のむせ返る香水よりもいいかもしれない、ヘルミオーネはとりあえず、そう思う事にしたのだった。

  

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