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王都カリスの噂

 その世界にあるミズガル大陸では、百年の長きに渡り、いくつかの国に別れての争いを繰り返していた。

 その大陸の中央からやや南に位置するティーバ国も周辺の国々と国境を巡る争いを繰り返していたが、”大いなる王”と呼ばれるレオニダス王の登場により、遂にかの国に平和が訪れ、人々は忘れかけていた安寧な生活を送るようになっていた。


 安定。それは、ティーバのみならず、ミズガルの人々が待ち望んでいたものの到来である。

 

 さて、静かな日々を取り返したティーバであるが、レオニダス王と北の国から嫁いできた王妃フレイアを頂点とした、貴族階級が支配をする国である。戦いの終わった中で、近頃の貴族たちの中で噂を独占しているのは、令嬢たちの熱いまなざしを独占しているゼノン侯爵の一人息子アレウスが結婚相手に誰を選ぶのか、である。

 人々は王宮で、サロンで、舞踏会で、戦場で勇敢に戦い、王の信頼も厚いアレウスの噂を絶えず繰り返し、中には誰が花嫁になるかとそれを賭けの対象にまでしている者まで出る始末だ。

 そんな王都の真ん中、しかも貴族が多く住むエリアの一角とくれば、話題は、おのずと決まってくるというものだ。

「アレウス様って、背もお高くて、よく通る澄んだ声をなさっておいでなのでしょう?」

「そうらしいわね」

 ティーバの王都、カリスに住む令嬢は皆、アレウスに焦がれていると噂の中で、何故か子爵令嬢のヘルミオーネは、嬉しそうな顔を少しもせず、無表情で頷いた。

 手に持っていたインゲンマメのスジがその白い手によって、難なくスルリと取れたところを見ると、焦がれているというより、この令嬢にとっては、対岸の火事を眺めているようなものらしい。

「お嬢様は、興味がおありでないので?」

「誰に?」

 大きなザルに山盛りになっているインゲンマメの筋を取っているこの二人の少女は、同じ年頃で、同じ背格好なのであるが、この二人の服装は大きく違う。

「アレウス様ですよ」

 その話題が出たとたん、お嬢様、と呼ばれた少女の手の中でインゲンマメがプチンと音を立てて二つに割れた。

「ああ、それ。ホント、最近、どこ行ってもその話ばっかりよねぇ」

 そして、”お嬢様は”うんざりとした表情で息を吐いた。

「お嬢様はよろしいのですか?皆さま、アレウス様に見初められようと新しいドレスや指や顔の手入れに勤しんでいるそうではありませんか」

「エウリュナこそ、手入れをした方がいいんじゃない?アレウス様にどこかで会うかも知れないじゃない。玉の輿よ?」

 お嬢様、つまり、エレア子爵の一人娘ヘルミオーネはそういうと、大きな木のボウルの中にスジを取ったインゲンをどこか優雅な軽い手つきでポンと投げ込んで、向かいに座るエウリュナに向かって微笑みを見せた。

「私なんかとんでもない。貴族でもありませんし。冗談はやめてください」

「そうでしょ?私も同じ」

「お嬢様は、このエレア家の令嬢ではありませんか。私とは違います」

「乳母から同じ母乳ものを飲んで育ったというのに、何が違うのかしらね?」

「まぁ、確かに、普通の貴族のお姫様は、台所に入り込んで豆のスジを取ったりしませんけどね」

 そう、貴族令嬢というものは、大抵は綺麗に飾られた部屋の奥で刺繍をしたり、静かに本を読んでいるもので、小汚い台所に入り込み、ましてや手伝うことなどありえない。

 そう言う意味では、このヘルミオーネは変わり者だ。

「でしょう?だから、私には関係のないことだわ。ね、ね、このインゲン、何に使うっていってた?」

 だが、そんなことを少しも気にしないヘルミオーネは、楽しげにインゲンのスジを取る。

 そんな主人を持つ侍女のエウリュナは、少しだけ困ったような笑みを見せると、手を止めて台所の奥を覗き込むような仕草をしてから「さぁ?」と首をかしげた。

「聞いてませんが…何か、リクエストがおありですか?」

 二人の年の頃は、見た目は同じような年の雰囲気なのだが、その口調から、侍女のエウリュナの方がひどく大人びているように感じられる。

「この間のスープが美味しかったの。キュニスにそう言ってくれない?」

 落ち着いた侍女とは対照的に、楽しそうにヘルミオーネは声を弾ませた。

 キュニスとは、このエレア子爵家に長年勤めるシェフである。

「聞いてみましょう」

 エウリュナは、そう言うと、木製の粗末な丸椅子から立ち上がると大きな白いエプロンで手を拭きながら台所の奥へと歩いていった。

 それからしばらくヘルミオーネは、鼻歌交じりにインゲンのスジ取りをしていたが、エウリュナが戸口で大きく手で丸を作ると、パアッと顔をほころばせた。

「やったっ!キュニスにありがとうって、いっておいて。お礼にこのインゲンのスジを全部取っておくから」

 楽しげにスジ取りに励み始めたヘルミオーネに、その侍女であり、乳姉妹でもあるエウリュナは、呆れるような、でもどこか嬉しそうな笑みを見せて再びインゲンの山の前に座ったのであった。


「お嬢様は、お部屋に戻ったのかい?」

 エレア子爵家のシェフであるキュニスが顔を出したのは、昼食が終わってしばらくしてからであった。

「ええ、ピアノのレッスンの時間ですからね」

「なんだ、せっかくクッキーを焼いたのに、つまらないな」

 キュニスはそう言って、本当に残念そうに肩を落とした。

「もう、キュニスが甘やかすから、お嬢様がいつまでもこうやって台所になんか顔を出すのですよ?もう、お年頃なんですから、令嬢らしくしないと」

 口を動かしながらも手を休めることもない。それはエウリュナが有能な侍女の証だ。

「やれやれ、エウリュナは厳しいなぁ」

 からかうような口調のキュニスをエウリュナはキッときつい目で睨みつけると、二人でスジとりをしたボウルいっぱいのインゲンをやや乱暴な手つきでキュニスに突き出してこう言い放った。

「もう!奥様も旦那様もお嬢様に甘いから、いつまでも子供みたいに無邪気なんですよ!いいですか?世間では、アレウス様の花嫁選びで話題が持ちきりなんですよ!お嬢様だってチャンスがあるのに」

「そりゃあ…お嬢様は、綺麗にすればお綺麗な方だからな…」

 天井を見上げながら、何か思い出すようにキュニスは視線を泳がせ、そして思い出したのか、年に似合わずパッと頬を染め上げた。

「そうですよ。お嬢様だって、アレウス様を射止めるだけの魅力をお持ちなのに、インゲンのスジ取りに夢中なんて!」

 言葉の勢いとは逆に、エウリュナは、がっくりと肩を落とした。

 しかし、そんなエウリュナをキュニスは笑う。

「ま、俺らはお嬢様が手伝ってくれれば助かるし、いつまでもこの屋敷にいてくれれば楽しいし、嬉しいけどな」

「キュニス!」

 エウリュナが、大きな声を上げて咎めると、キュニスはさっと肩を竦め、インゲンの入ったボウルを抱えながら「お嬢様のスープ」と繰り返しながら、逃げるように台所の奥へとそそくさと入っていった。

 その後ろ姿を腰に手をついた姿勢で見ながらエウリュナは、大きく息を吐いた。

(そりゃあね、私だって…)

 誰も居なくなった部屋で、エウリュナは、今頃、上の階で令嬢らしくピアノを弾いているであろう主人のヘルミオーネを見つめるように天井を見上げた。 

 いつまでも、こうして、楽しい時間が過ぎていければ、と思う。だが、そうはいかないのが、現実というものなのだ。

(お嬢様だって、判ってらっしゃらないはずないのに)

 エウリュナは、もう一度、一人ため息を吐いた。 

 

  

西洋風ファンタジー…。読むのも書くのも好きなのですが、カタカナ名前がどうしても苦手です(笑)間違えましたら「優しく」指摘してください。

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