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……崩壊?

 「おはようございます!」

「ん?」


 目を開けると、そこには弾けんばかりの笑顔を湛えた、咲菜の顔が覗きこんでいた。


あれ? 昨日寝るときには……。


 「夕食を家で取らないかもしれない」という話をしたとたん、見ていて、距離を置こうと画策している俺だったが、それでも可愛そうなことをしたなと後悔させるぐらい、落ち込んでいた咲菜だった。

 だが今朝は打って変わって、まるで踊っているみたいに飛び回り、全身で喜んでいる。

 一体何があったんだろう。昨日のあの状態からのいきなりの復活に首を傾げてしまう。

 咲菜はそのテンションのまま朝食を整え、俺と一緒に食べた。そして、いざ学校という段になって、そそくさと台所に行ったと思ったら、後ろ手に何かを隠して近づいてくる。


「草葉さん、両手を出してください!」

「ん?……こう?」 


俺は手のひらを上に、両手を彼女の方に伸ばした。


「はい!」


その掌には、大きな弁当箱が乗せられた。


「お弁当作りました。学校で食べて下さい!」


 白いほっぺたをピンク色に染めて、文字通り弾けんばかりの笑顔を湛えた咲菜に、不覚にも朝からキュンキュンしてしまった。

 俺はしまったと、咳払いをして顔を引き締める。いったい何を考えてるのかと、眉間にしわを寄せて見せる俺に、彼女は更に屈託ない、輝く笑顔を持って応答した。



 



 昼が近づくにつれ、俺は微妙に緊張してきた。何でも慣れないということとは、事の大小にかかわらず、思いのほか緊張するものだ。

 それにしても、弁当なんて何年ぶりだろう。小学校の時の運動会以来かもしれない。それ以後、弁当持ちの時は、いつもコンビニ弁当だったから。

 それにしても、今日持たされたのは相当大きな弁当だ。そのお蔭で今日はカバンがいっぱいいっぱいだったが、一体、どんなものが入っているのだろう。

 朝から言い匂いが部屋いっぱいに広がっていたが、あれは間違いなく肉料理が入っている……。としたら、かなり期待できるな。色々と期待は膨らむ。


 弁当のことを考えると、同時にそれを渡した時の咲菜の顔が浮かんでくる。それにしてもあのハイ・テンションなんだったんだと、首を傾げる。


「おい、どうした? なににやけてる。良いことでもあったか?」

「そ、そうかぁ?」


 例のごとく前の席に座って、俺の顔を覗きこむ安三である。


  何?にやけてた? 


 いかんいかん、ここはにやけるのではなく、考え込むとこだ。それにしても、いつも心配してくれているだけあって、いちいち突込みが鋭い。

 

「これ終わったら、学食行くか?」

「俺、今日、ここで食べる」

「パンでも買って来たか? やけに用意、良いな」

「……そういうわけじゃないけどな」

「……?」


 てな感じでやっているうちに、次の授業が始まる。


 昼食が近づいてきて、腹が減るほど、あの弁当箱が俺の思考を占める割合が更に大きくなり、結果、咲菜の顔がやたらに浮かんでくる。

 いつもなら、あんなやつ!!と、頭の中で舌打ちをして終わりなのだが、今日はそうはうまくはいかない。 


「じゃあな」

「おお」


 学食へ行く安三を見送って、俺はカバンの中にある、弁当箱をおもむろに引っ張り出した。

 改めて見ると、弁当は淡いベージュ色がベースになっている、小さな花柄の柔らかいハンカチに包まれていた。俺は内心、うわぁと声をあげた。


 ……これ、完全に女ものじゃん。安三とかに見られたら何言われるか。


 こんな若い女の子が好みそうな柄の包みを見たら、色々と何を言われるか分かったもんじゃない。

 そのような危ないものはさっさと取り払い、そそくさと机の中にしまった。続いて弁当箱のふたを開けにかかった。

 この完全に女の子趣味な流れに、一抹の不安がよぎる。これはかなりレディースな内容かもしれない。

 一体何が入っているのか。なんかドキドキが激しくなってきた。まず、おかずの入っているであろう、二段重ねのランチボックスの上の段のふたを恐る恐る開けた。

 そこには丁寧に巻かれた卵焼きと、小さなハンバーグ、サラダ。ウィンナータコになっていて、リンゴはウサギになっている。それが見事な芸術品のように並んでいた。

 不安は杞憂に終わった。かなり俺好みのメニュー。しかもこの盛り付けの美しさ。俺は思わず、芸術品の様な出来栄えに見惚れてしまった。


 ……コンビニ弁当やホカ弁とは違うな。


思わずため息が漏れる。


 一人、感動して弁当を眺めていると、目の端にちょっと向こうでグループで弁当を食べている女子の姿が入ってきた。

 ハッと見ると、俺の様子をうかがっている。ビックリして、咳ばらいをした。


 ま、まずい。


 今まで、転校からこの方、女子とはほとんど会話をしていない。

初めはたまに声をかけられることもあったが、いつもろくな返事をせずにいたら、最近はそんなこともなくなってしまった。

 女子というものは、結局は俺みたいなノン・イケメンは、キモイとか言って敬遠し、変な世間話の種にするに違いないだろうから、敢えて関わりを持つことはしないことにしていたのだ。


 それなのに、妙なことで目立ってしまったか?


 俺は身を潜めて、女子の視線が俺から離れるのを待つ。そしてその女子たちの会話が再開される待って、今度はご飯の入っているボックスを開けにかかる。


 それでは……


 ……


 俺はそれを覗いて、絶句した。


 巷で良く見る「マーク」が、弁当箱の真ん中に鳥ソボロ描かれていた。それを確認した瞬間、一瞬、意識が飛んだ。


「うわー、ハートマーク!!」

「なにそれ、かわいい!」


 ビクッとして声の方を見ると、さっきの女子たちがすぐそばまで近寄って来ていた、俺の弁当箱を覗いて目を丸くしていた。

 

「草葉くん、これ、ヤバい」

「いやだ、凄い手作り弁当、彼女が作ってくれたの???」


 その声を合図に、なになにと教室に残っていたクラス中の人間が、ワラワラとやって来た。


「おまえ、羨ましいやつだ」

「ママ弁当じゃないの?」

「んなわけないよ、こんなに手が込んでるんだから」

「そうだよ、これ、そうとう手間かかってるよ、ねえ、チコちゃん」

「だよねー。なんか眺めてるだけで、なんか胸熱くなるよ」

「こんなん、ママってこと有り得ない、彼女彼女!」

「逆にこれママだったら、キモ」

「アハハハ」


  ……そ、そうなのか?


 凄いクオリティの弁当だとは思っていたが、そんなにも手間がかかってるのか? 


 料理のことなんかまったく知らない俺は、集まった女の子たちの弁当評にドギマギする。

 俺の弁当を中心に、集まって来たやつらがワイワイと盛り上がっていく。そしてああだこうだと言っているうちに、最後は、俺は前住んでいたところに、ラブラブの彼女がいて、遠距離恋愛をしているのだという事になってしまった。


「なんか、草葉君さ、全然周りの人間相手しないって感じで、近寄りがたいって感じだったけど、なんだぁ、そうだったんだ。」

「そっか、彼女に一筋って? ……いいねえ」

「おい、草葉! マジかよ!」

「そっか……そ、そうだったんだ」


俺は出来上がっていく話に、めまいがしてくる。


「いや、違うって、これはな」


必死に抗う俺の言葉は、完全スルー。


「草葉、照れるなって。」

「あーあ、仲間だと思ったのによお」


 ほとんど話すらしたことのなかったクラスメイト達の言葉に、俺は右往左往するしかなかった。


 …… しかし、俺、そんな目で見られてたのか。


クラスメイトの話を聞いて、ショックというかビックリだった。


 

 俺は昼食どころではなかった。俺の頭の上で、弁当のことや俺のことで、勝手に盛り上がりまくってしまった。

 今まで、良くも悪くも、目立たないという俺のキャラ付けが、ここで一挙に崩れ去った。

 その日から、俺はクラスで都会から来たリア充扱いとなり、良く分からん憧憬とか、時として、微妙に嫉妬的目線もまた送られ始められる始末。頭抱えるしかない。





「おい、聞いたぞ。なんだ、あれ?」

「いや、誤解、誤解だって」


 更に安三も周りの人間からそんな話を聞き、「おまえ、話違うじゃんか」と呆れられる。俺は必死に言い訳した。

 そしてこれは色々と深いわけがあって、弁当は「今日に限り」持って来たこと。そして、みんなが言っているようなものじゃなくって、全くもって「事故」であり、真意はみんなが言っているのようなことは絶対ないんだと力説した。

 幾らかごまかしが混じっているけれど、そう外れていない。流石にまるっきり話すのは、俺には出来なかった。


 バイトを終え、いつもより遅く最寄りの駅に降り立った。

 バイト先を出てから、ずっと渋い顔をしていた。忙しさから解放されると、今日の学校でのことが思い出され、これからどうしたら良いのかと、頭を抱えてしまう。そしてそんなことに追いやった、咲菜に対して腹が立ってならない。


 調子に乗って、弁当なんか受け取るんじゃなかった。すっかり咲菜に乗せられて、酷い目に合ったと、ため息が出る。


 しかし、何で急に弁当作る気になったのか。一番不思議なのはそれだった。


 兎に角決めたのは、金輪際、あいつが作った弁当もって行かない。帰ったらはっきりと言わなければならないと思った。

 あんな美味い弁当、断るっていうのはちょっともったいない気がするが、それどころじゃない。転校以来、学校は安住の場所とは言えないまでも、ごたごたした家から逃げ出すことのできる、やっとのことで確保している所なのだから、そいつが根本から失われるかもしれないというのは、全く持って頭の痛い話である。


 そんなことを考えながら、俺は家の前まで行き着いた。


 ドアを開ける前、咲菜に宣言する文句を再確認し、良しと気合を入れるとドアのかぎを開ける。


「ただいま」

「お帰りなさい!!」


俺が帰宅を告げると、エプロン姿の咲菜が、顔を笑みでいっぱいに満たして飛んできた。


「お弁当どうでしたか?」


俺は彼女の笑顔に、思わず喉を鳴らした。

   

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