ハッピーエンド希望!
(1)このお話は癖の強い一人称+状況説明なしでお送りします
(2)恋愛カテゴリですが恋愛感は薄味です
以上2点につきましてはくれぐれもご注意ください
久しぶりに学校に登校したら、何かざわざわしている。
「おはよー」
教室に入って挨拶しながら友達とひさしぶりーなんて会話をしてそういえば知ってる?って聞かされた事実に驚愕した。
「え、え、それ、マジですか」
「ほんとほんと、びっくりでしょー」
本当にびっくりしたので思わず、よろけてしまった私を見て楽君が笑っていた。さては知ってたな楽君!
この学園には権力組織がある。笑っちゃいけない。学校という場所は小さな社会だ。特にうちみたいに家柄のいい名だたる名家名士のお坊ちゃまお嬢様があつまる伝統の進学校ともなれば、その小さな社会が現実に大きな影響を及ぼすことだって多々あるのだ。というわけで大事なことだからもう一回。この学園には権力組織がある。
生徒の人気投票で選ばれる生徒会執行部、先代の指名で選ばれる生徒会風紀部。
どっちも正直超人気、もーまじね、この二つにファンクラブついてるくらい人気。なんせほら、美男美女の上にどちらも家柄いいのが揃っているもんで、今流行のスクールカーストって奴? その頂点に君臨している彼らに、同調行動と長いものにまかれる主義の日本人はへいこら追従する。ほらほら、場の空気ってやつを読めない奴は社会からハブかれるのですよ、村八分ってね。
だからね、困ったもんだけど、トップが揺らぐとこの学園、途端にぐらぐらになっちゃうわけです。
そもそもの始まりは、とある一人の転校生だった、らしい。らしいっていうのはあたし恥ずかしながらことの次第を全く知らなかったのだ。っていうかぶっちゃけ、今学園がぐらっぐらだということを知ったのがつい最近だったわけで、被害の確認だなんだで事の始まりまで手が回らなかった。もう多方面に土下座しなきゃいけないレベルだが、それはまあ、全部終わった後で全校集会ででもお披露目しようとおもう。
「だからこうして俺が説明してやっているわけだ」
「ありがとありがと。感謝してます。おせんべおいしいです」
「話を聞け」
あたしの前でハンキングチェアに揺られながらうらやましいほど長いおみ足を組んでいらっしゃるこの方は高代楽様高等部二年普通科A組出席番号十七番。白い肌と垂れた色っぽい灰色の目、日本人離れした高い鼻梁の堀の深い顔立ちに天パの癖におしゃれ黒髪、パーフェクト長身細マッチョな美男子だ。普通科のくせに旧財閥系高代グループ会長の孫で成績は学年五位以内かつ剣道部副将という執行部風紀部進学科体育科という全方面に喧嘩を売っているような全く持ってけしからんあたしの頼れるお友達である。ちなみに同じクラスです、そうじゃなきゃよっぽどのことがない限り楽君と仲良くなれなかっただろう。
楽君はあたしを怒りながらもあたしが持ってきた歌舞伎揚げの小袋を二三個無造作に片手で掴んだ。袋を開いて口に煎餅を咥える姿もイケメンな楽君と、タイルに正座しながら煎餅を貪り食っているあたしのぼりぼりという音が温室の天井に響き渡る。温室はここの卒業生である楽君の叔父さんが学校内に勝手に建てた私物で、色々な人の手を経て現在は甥である楽君の私物と化している。なんか色々突っ込みたい部分はあるが現在こっそり悪だくみを進めるにあたって楽君の温室ほど向いている場所はないので見ないふりをしている。
「うまいな」
「うまいっす」
ぼりぼりぼりぼり。腹が減っているのでお見苦しい姿は少々ご勘弁いただきたい。何せこれ、あたしのおひるごはんである。ここ一週間忙しすぎて優雅に昼飯食っている暇がない。なのでこういう乾きものが便利なのだ。食べたい時に食べれるので最近のあたしの食事はおせんべいとなんとかインゼリーとサプリメントである。ただでさえない胸がこの粗末な食事によってなくなってしまう恐怖におびえているのだがとにかく今はせんべいうまい。
ぺろりとあっという間に三枚せんべいを噛み砕いた楽君は手を払いながらあたしをみおろした。
「さて、早い話がこれはトロイア戦争だ」
あたしはぼりぼりと口の中のせんべいを噛みながら首をかしげる。木馬が何だって? スパイウェアのことはよくわからんからノートン先生にお任せしてます。そんな間抜けたあたしを一瞥して楽先生は非常にバカにした笑みを浮かべた。
「要するにこのバカ騒ぎはなんてことはない、ただのバカガキの恋愛が原因だ」
―――楽君曰く、バカガキの恋愛というのは転校生、姫野美優ちゃんが学校に来たその日から始まっていたらしい。
姫野美優ちゃんの名前はいくらあたしでも知っている。ちょう可愛い美少女で進学科二年に転入を果たした期待の新人。目くりっくりの髪の毛ふわっふわのお人形さんみたいな女の子だ。普通にめちゃくちゃ可愛い。アイドル目じゃない。
その姫野さん、名字の通り姫野製薬の社長令嬢だった。家柄よく進学科編入、しかも美少女ということでスカウト狙った執行部が執行部副長を校内案内という名目で派遣した。その副長、うっかり姫野さんに一目ぼれしてしまったのだという。
「ありゃさては童貞だな」
楽君の楽しげな名誉棄損はおいておこう。副長はなんというか堅い性格の人だったので今まで浮いた噂一つなかった。その副長が恋愛で大変身、姫野さんを四六時中連れまわし始めたので大変なことになった。何せ副長、執行部所属である。執行部に姫野さんを連れて行った。そこで姫野さんはなんという魔性の女! 執行部長、書記、庶務にも惚れこまれた。女性である会計も姫野さんに射抜かれたらしくそれはそれは仲の良い親友になったのだという。
「ひゃー! 姫野さんってばマショウのオンナー!」
「お前言い馴れてなさすぎだろそれ」
まるで少女マンガじゃないか! うっかり楽しくて叫んでしまったあたしを楽君はかわいそうなものを見る目で見ながら、嘲笑う。
「それにあれはファムファタールだろ」
「やだ運命の人!? 相手は!?」
「傾城の方だろうな」
楽君の長くてお美しい指にデコピンされた。痛い。傾城ってどういうことだ。ハンキングチェアをぐらぐら揺らしていつの間にかとっていたせんべいをばりばり食べながら楽君の話が続く。
姫野さん執行部に溺愛された。やれ一緒に食事しようだやれ一緒に帰ろうだ、モッテモテの姫野さん争奪戦状態。楽君いわく「バカですげー面白い」状態だったらしい。(あいつらあんなに面白いんだったら澄まして出し惜しみとかしてんじゃねーよあほかと酷い言い草が聞こえたがスルー!)
楽君曰くマジコントな姫野さんモッテモテ状態はしかし深刻なシリアスモードも齎していたという。
シリアスモードその一、ファンクラブの絶望。執行部のファンクラブは女子が多くて何せ熱い。追っかけ出待ちは当然、持ち回りの差し入れや執行部長ハーレムなど健気からちょっと不健全までどのファンクラブ会員も執行部大好きだった。執行部も自分たちの影響力を分かっていたのか皆に平等に距離を置いて接していた、そんなところにいきなり魔性の女、姫野さん投入! 嫉妬噴出で阿鼻叫喚。噴出した嫉妬が向かったのは、うーん、やっぱり姫野さんだった。嫉妬からファンクラブ会員たちは靴隠しから持ち物盗難、果てにはハブやら足を引っ掛けるやら……ってそれいじめです! あちゃー!
執行部員はそれに激怒、いじめよくないね、うん。んでもって姫野さんに怪しからんことしている生徒を呼び出しては罵詈雑言ってえええええ! 注意じゃだめなの!? なんでなんで!?
「バカだろー、もう俺その一連の流れが面白くてやばかったわ」
「楽君違うでしょ! そこは注意して仲直りでしょー!?」
罵声を浴びたファンクラブ会員は当然ショックだ。んでショックを受けた会員は2パターンの行動を起こす。
「うわーあいつらマジ引くわーもうファンクラブやめよー」
「……楽君、棒読み棒読み」
これが大多数。ファンクラブ会員がごっそり減った。その数およそ三分の二。そして残りは―――。
「われわれが、人生で当面する憎しみの大半は、単に嫉妬か、あるいは辱められた愛に他ならない」
楽君は一瞬だけ、まるで天使様のようなきれいな顔で微笑んだ。
「愛情が深かったことを喜ぶべきかそれとも悔やむべきか、まあどうでもいいわ。その結果がアレで風紀部がああなってお前が動くようになった原因だ」
「ええー」
唇を尖らせる。時々楽君は本当にきれいに微笑む。タイミングがわからないのであたしはただ茫然と口をあけるだけだけど楽君の笑顔はすぐに元通り意地の悪いものになるんだよね。もったいないような贅沢なような、むむむ。楽君はあたしを一瞥して唇をつまんで引っ張って、何でもないように話を続ける。
シリアスモードその二、風紀部の怒り。今までさっぱり話に聞かなかったけれど本来姫野さんに対するいじめは当事者でもある執行部ではなく風紀部が裁くはずだ。それが話に出てこなかった理由を楽君はあっけらかんと言い捨てた。
「執行部の仕事押し付けられてたんだろ」
「わーお」
現在、学園において生徒会のお仕事というのははっきりと分類されている。執行部は通常の生徒活動の運営、風紀部は生徒活動の管理だ。つまり悪いことしたら風紀部にとっつかまります。その風紀部が執行部の仕事を押し付けられるとは、これいかに。
話は簡単、書類がぜーんぶ風紀部採決になっちゃったんだねこれが。
姫野さんとの時間をどうしてもねん出したかった執行部の面々は実に簡単に時間を作り出した。仕事放棄である。ううーん、学生主体の学園の気風上誰かが割を食うこのシステムはやっぱりどっか不自然だし仕事放棄したいって生徒が出るのも分からなくもない。わからなくもないんだけどさー……。
風紀部は当然大混乱。何せ今まで触ったことのない書類がガンガン流れてくる。しかもその資料やデータがあるのは執行部。執行部に文句を言うも執行部は知らぬ存ぜぬ。仕事しろよてめえ知らないってどういうことだふざけんなおいちょっと待てくっそああでもこれを処理しなきゃ学校が大混乱だどうしようしゃあねえやるしかねえじゃねえかこの野郎!
うわわわわ、そういう経緯だったのか!
風紀部がやたらと責任感があったのがまずかった。なんと風紀部、全力でもってどうにか執行部の処理をこなしてしまえたのだ。だがそこは畑違いのお仕事、本末転倒なことに本来の風紀部の仕事に手が回らなくなってしまった。まあ一つで処理できないから組織を二つに分けてたんだから当然だね!
そんでもって本来の仕事ができなくなった風紀部は、知るのです。罵られた執行部のファンクラブの暴走を。
そしてぶっちんきて。
「これかー」
「これだなぁ」
おせんべい、ぼりぼり。のどかな空気に響き渡るせんべいの音。楽君、さりげなく何枚食べるんだろう、おいしいよね歌舞伎揚げ。
「さあて」
せんべいを咥えたまま楽君が笑う。
「姫野美優は大怪我、ファンクラブ会長は退学寸前、執行部はリコール目前」
ぼりぼりぼりぼり、せんべいを噛み砕いて楽君は楽しくて仕方がないご様子。
「全部終わりかけでこっからどうする雛」
楽君は笑う。全部見てて全部知ってて、バカにして笑いながら騒ぎを眺めて、それでもなお動かない楽君はそうしてきれいにきれいに笑うのだ。
ぼりぼり。タイルが冷たい。足痺れそう。お茶飲みたい。
口の中のものを飲み込んで、あたしは考える。ゆっくり立ち上がり屈伸運動。膝オッケー、足痺れてない。がさがさ足元に散らばった小袋をまとめてごみ袋代わりのコンビニ袋に突っ込んどいた。後片付けできる女がいい女ってお兄ちゃんが言っていた。だからあたしに片付けするなって、ん? あれおかしくない? そこはだから片付けしなさいって所じゃない?
まあ、それはさておき。
(ときどきすっごいたまにぶっちゃけ結構恐れ多いけれどだ、)
あたしは楽君をぶん殴りたくなる時があるのでその時は何も考えないで結構ためらわず殴ってしまうよ!
「ばっかちーん!」
あたしのフルスイングの平手、楽君にジャストミート! 楽君のほっぺをはたいた衝撃でハンキングチェアが大きく揺れる。
楽君、ちょっとだけ目を見張ってる。レアな顔! ああでもごめんなさいね!
あたしは堂々と胸を張って、実は内心結構ビビッているけれど、楽君に向かう。
「まだ何にも終わってません! こんな状況になっちゃったのは! ぶっちゃけ手を打つのが遅れたあたしが六割、いや七割くらいは悪いけど! でもまだなんも終わってないよ! そういうネガティブ発言はあたしがくじけるから禁止!」
「……へぇ」
楽君ここで怖い笑顔。ふぅんって言いながら、あたしに殴られたほっぺ撫でている。ちっ、ちょっと悔しいことに楽君の白いほっぺはちょっと赤くなるだけであんまりダメージがなさそうなことだ。綺麗な顔にちょっとダメージ入れたかった正直!
「雛が俺を殴るってか? ふぅん」
「殴るよ! おともだちだかんね!」
怖い怖い、楽君、笑ってるけど白けている。怒ってるね、あたしも怒ってるけどね!
「あたし試されるの嫌いだよ! 楽君、あたし試すためにガッコ放置したでしょ! あたしだけ試すなら、ええっと、あたしと楽君がガチでなぐり合えば済む話だからいいけどね多分あたし負けるけど! でも他の人、巻き込むのはやっちゃダメ!だと思います! でも叩いたのやりすぎたかもしんないのでごめんなさい!」
楽君は白けたような笑顔のまま、少しだけ黙り込んだ。そしてため息を吐く。
「俺に万が一でも殴り合いで勝つ気でいるのか、バカ」
「わかんないです、窮鼠猫を噛むから楽君がへろへろの所を狙えば!」
「鼠が人間様に刃向うなんてこれはもう巣ごと潰すしかないな」
「ごめんなさいお家は勘弁してください」
天下の高代グループにちょっかいかけられたらしがない従業員三十人のうちなんてぷちっと潰れて跡地にはぺんぺん草も生えないだろう。うむむ、何とも歯がゆい格差社会。友達と喧嘩するにもお家の事情が避けて通れないのはこの学園にいる以上はどうしようもないけれどもどかしい。あたしは考えた。そして名案を思い付く。
「楽君、あたし殴って勘弁してください!」
「普通に女に手は出さない、どれだけ俺を下種なイメージで見てんだお前は」
「楽君に結構頼ってるあたしがいうことじゃないけど、楽君結構下種いと思います!」
「減らない口」
立ち上がった楽君にいらっとした感じで頬をつねられる。何か今までお兄ちゃんとかに抓られた感じと違って唇引きつるし頬痛い! 思いっきり引っ張られながら捩じられて言葉出せないほど痛いです。あれもしかして全力で抓られてませんかこれ。しばらく痛みに耐えていると、飽きたように鼻を鳴らして楽君が手を放してくれた。
「これで勘弁してやるわ」
「ごめんなさいぃぃ」
痛い。本当に痛い。頬を撫でながらあたしは涙目で謝る。先に手を出したのはあたしだ。でも痛い。
「まぁいい。そんだけ大口叩けるんだったら相応の仕事見せろよ」
楽君はまたゆりかごに座って足を組みながら詰まんなさそうに眼を閉じた。
「任せろ、一応これでも森谷雛、生徒会監査部としてお仕事するよ! 楽君あんがとね!」
えっへん。胸を張ってあたしは踵を返した。まだ間にあう、はず、いや間に合う! 青春にシリアスモードは勉強と進路だけで十分です。こうなんかこう、姫野さんが怪我しちゃったのがもう取り返しつかない感じだよね、女の子だし怪我だし……けど、ええと、ううんと、それはそれで後で考える! とにかく今はハッピーエンドフラグを立てるため頑張る! 頑張る!
楽君の温室を飛び出して、あたしは一路、リコールのための全校集会が開かれている講堂に向かって走り出した。あったかい空気と初夏のスカーンと晴れた青い空の下、いや、ちょっと間に合わな……嘘嘘全力疾走するよ! 結構ギリギリとか言わないで!
この学園には権力組織がある。笑っちゃいけない。学校という場所は小さな社会だ。特にうちみたいに家柄のいい名だたる名家名士のお坊ちゃまお嬢様があつまる伝統の進学校ともなれば、その小さな社会が現実に大きな影響を及ぼすことだって多々あるのだ。というわけで大事なことだからもう一回。この学園には権力組織がある。
生徒の人気投票で選ばれる生徒活動運営を行う生徒会執行部、先代の指名で選ばれる生徒活動管理を行う生徒会風紀部。
そして誰もが忘れているけどもう一つ。生徒手帳にも載っている、けど影が薄すぎて誰も気にしていない組織がある。
教員、理事長からの指名で選ばれる執行部風紀部の管理を行う生徒会監査部。
「はいちょっと待ってね! 生徒会監査部です! この集会、校則第三十二条第三項において差し止めます! はい、これ許可状、という訳で退学云々の監査も差し止めるよ! うそじゃないよ監査部だよ!」
―――まあっていうかあたしだけなんだけどね、監査部!
まあ、その後については長くなるから色々あって全部ハッピーエンドに終わったってことと、姫野さんの怪我がきれいに治ったってことだけお伝えしておこう。
あたし? 今全治一か月の診断を受けて病院です。楽君に思いっきりバカにされているけどそれはまた今度ね!
恋愛までお話が行きませんでしたが学園モノはやっぱり楽しいです
われわれが、人生で当面する憎しみの大半は、単に嫉妬か、あるいは辱められた愛にほかならない。
カール・ヒルティ『眠られぬ夜のために』