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二場 不幸の手紙

 昼休み、弁当を提げて文芸部の部室へ行った。と言っても、運動部と違って文化部に正式な部室などありはしない。印刷室の隣、物置を兼ねた国語準備室が俺たち文芸部の根城だ。

 備品の中にテレビやら据え置き型ゲーム機やらが紛れ込んでいたり、本棚の奥に市販の漫画本やラノベ本が隠されていたり、天井裏に18禁同人誌が秘蔵されていたりする。

 人呼んで、「ヲタの魔窟」。もっとも、俺だってその恩恵に与っているのだから、他人事のようにとやかくは言えないが。

 その「部室」に入ると、先客が一人いた。去年の秋から部長になった、同じ三年の中村好だ。

 部室には空調が無いから、窓を全開にして一心不乱に原稿用紙に向かっている。期末間近なのに執筆活動に打ち込むとは、いい根性だ。

 手元に置かれたバスケットのサンドイッチはひとかじりしたまま放置されているようだが、ペットボトルの無糖午後ティーは八割方飲み干されている。

「ちぃーっす、中村」

「……ちぃーっす……」

 中村は返事をオウム返しで済ませ、こちらを見ようとすらしない。小説の執筆がノッている証拠だ。部誌は先月末に刊行済みだから、恐らく自分の趣味の方だろう。

 一方、俺はテーブルのはす向かいに着席して弁当を広げ、中央の道具入れから生徒名簿の小冊子を取り出した。

 昨今、個人情報がどーとかで煩いから、一般の生徒に名簿の類は渡されていない。この小冊子は生徒会に配布された部外秘の品を、俺が懇意にしている生徒会長から特別な配慮で譲り渡されたものだ。

 そこ! 横流しとか言わない!

 それはそうと、原稿用紙のマス目を埋める中村の鉛筆の滑らかな音をBGMに、俺は名簿を眺めながら昼飯をつっつき始めた。

 けれども、俺のチェックが一年の三クラス目に差し掛かったところで、

「ああ、トーヤ、全校名簿で調べても無駄よ」

と、思いがけず中村から注意された。

「へ?」

 不意を突かれて間抜けな声になってしまった。

 箸を止めて顔を上げると、中村は相変わらずこちらを見向きもせず、俯いたまま作業を続けている。

「ハジメは他校の生徒なんだから、うちの名簿を幾ら探したって、載ってるはずなんか無いの!」

 俺は勢い込んで中村に問い質した。

「ーーなんでお前が知ってるんだ!?」

「知ってるも何も、だって、差出人は私の親友だもん。そして、あんたのゲタ箱にあの手紙を入れといたのは、何を隠そう、この私だから」

 原稿が一段落ついたのか、中村は面を上げて俺を見据え、ニヤッと笑った。

「で、中身は読んだ?」

「いや、読むわけ無いだろ。差出人の名前に心当たりが無いんだから。まだ封すら開けてないって。でも、正真正銘俺宛てだったら、確かに全部無駄骨だよな、アハハハハ……ハ。……って……それじゃあ、そいつは一体、俺に何の用があるんだ?」

 中村の笑顔の背景に毛筆書体の「にやり」が浮かんで消えた。

「うんうん、そう現実逃避したがる気持ちはよお〜く判るわよ。なにせ、男が、男から、ラブレターもらっちゃったんだもんねえ〜☆」

 まるで、初めての献血で緊張し過ぎて失敗した時のように、頭から血の気がサァーッと引いた。

「じょ、じょ、冗談じゃねえ!! 俺はノンケだ!! 女の子しか好きにならん!! 大体、縦長の白封筒でそんなもん送る奴がいるか!?」

「現にいたじゃない」

中村の笑いの擬態語が「にやり」から「ニタニタ」に変わったような気がした。

「……お前、楽しんでるだろ?」

「あら失礼。でも、よく言うでしょ? 他人の不幸は蜜の味、って。オマケに私は小説書き。ネタの収集に貪欲なのは、言わば一種の職業病みたいなものよ。ふふふふふふふ」

「……だから伏見とかゆう奴の依頼を喜んで引き受けた、ってーのか……?」

「そのとおーりっ!」

 中村は右手に握っていたHBの鉛筆の先をグッと天に突き上げたかと思うと、わざとらしくブリッコポーズをとって乙女チックに瞳を輝かせた。

「これからはボーイズラブ! BLよ、BL! スピリチュアルでプラトニックな禁断の愛から、腐女子の妄想渦巻く背徳の愛まで、ニーズは多様、ソースは無限、市場効果も絶大よ! これに乗らない手は無いわ! ガッポリ稼いで裏金捻出、狙うは夢のノートパソコンよォーッ!! ーーっと、いけない、ついヨダレが……」

 中村は素早く口元をハンカチで拭った。

(……何だか、めまいがしてきた……)

「ま、そんなわけで、取材の方、よろしく。受けと攻め、両方とも体験して来てくれると非常に助かるわ。あ、そうそう、シカト決め込んだりすると、かえって身のためにならない事態に陥ると思うから。私の親友を可愛がるなり、あんたが可愛がられるなりして来てね。吉報を待ってるわ。よろしくねぇーん♪」

 そこで俺ははたと気付いた。中村がタダで頼まれ事を実行するわけが無いと。

「……報酬、何だった?」

「駅ビルん中のCD屋の百円券、十枚!」

 にこやかに速答してから、中村は作業を再開した。

(……せ、千円……俺の後ろの貞操が、たったの千円……)

 一方、暫くの間、放心状態だった俺は、昼飯がまだ途中だったのを思い出し、もそもそと再び喰い始めた。味なんて全然判らない心境のままで。

 その日は寄り道する気になれず、放課後、真っ直ぐ帰宅した。チャリンコを押してトボトボ歩く俺の後ろ姿は、少し傾いでいたかも知れないが。

 自分の部屋であの手紙を開封してみたら、入っていたのは市販されている縦罫の一筆箋が一枚きりだった。その内容も、

【今度の日曜の午前十時、十葉駅東口の案内板にてお待ちします。】

という、しゃちほこばった字の一文だけだった。

 それを読んだ俺は事態を認めるしか無かった。トドメを刺された感じだ。いや、まだ刺されてはいないが。

「果たし状か脅迫状の方がナンボかマシや……」

 思わず、エセ大阪弁で呟いてみた。そうしたところで、状況が好転するわけじゃないけれど。

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