一場 凡才の憂鬱
夏への扉を開くには、乗り越えなければならない壁がある。そう、一学期の期末試験だ。しかも、今年は受験を控えた高三。志望大学を受けるには内申点がギリギリっぽいから、正直、焦ってもいる。
内申点を上げるにはどうしたらいいか? 単純だ。テストでいい点を取ればいい。ただし、実行できればの話だが。
中学ではそこそこ優等生だったものの、高校から凡才の仲間入りした俺にとって、テストでいい点を取るコツはひとつしか存在しない。級友の秀才に頼み込んで、テスト範囲の要点を個人レクチャーしてもらうことだ。
(あーあ、古豪の名門校になんて入るんじゃなかったな。まさか、文系コースでこんなにみっちり理系教科をやらにゃならんとは)
俺は典型的な文系人間だ。理数系の教科は教科書に触れることすら勘弁願いたい。
しかし、嫌だ嫌だで対策を怠れば、赤点を喰らって内申点を大きく落とすハメになるのは、火を見るより明らかだ。
試験準備期間に入ると、大抵の部活は休みになる。そこで早朝に登校し、教室で自習やら個人レクチャーやらを繰り広げるのが我が校の風物詩だ。
そんなわけで、早朝から活気にざわめく十葉中央高校の校門を、俺はくぐった。
生徒昇降口で自分のゲタ箱を開けたら、上履きの上に手紙が一通、置いてあった。
普通の白い縦長封筒に、丁寧な字で「灰塚冬也様」。紛うことなき、俺の名前。隣近所の奴と間違えたわけではなさそうだ。
差出人は誰かと思い、裏に返してみると、心持ち小さな字で、「伏見初」と書いてあった。
(フシミ・ハジメ?)
そんな名前に覚えは無い。
(入れ間違いか? この学校で俺と同姓同名の奴と? 下の「冬也」の方はともかく、「灰塚」なんて名字はゴロゴロ転がってるわけじゃあるまいに)
取り敢えず、推理の真似事は中断し、その手紙をバッグの中に放り込んで何喰わぬ顔で教室へ向かった。