ちゃりんこ。
友達の後輩の友達、なんていう殆ど他人の君のことがずっと気になってた。
初めて話したときから、エロくてチャラくてどうしようもないけれど、でもどこかキラキラしてる子だった。
知っているのは学年と苗字だけで、下の名前は知らないけれど気が付いたら、
よく廊下を友達とバタバタふざけ合いながら走っている姿を目で追うようになっていた。
ときどき会えば後輩や友達を挟んで話すし、お互い嫌いというわけでもないけれど、それ以上でもそれ以下だった。
そもそも私には手の届かない星みたいな存在だし最初から諦めてた。
4月のまだ肌寒い空気を全力疾走で走っていく。イヤフォンは片耳だけ。
耳にはまっていないもうひとつのイヤフォンは、肩の上でぽんぽん跳ねている。
春のちょっと生暖かい匂いのお陰で、なんだか今日は1日良い気分になれる気がした。
いつもの路地を通りコンビニを過ぎ、久しぶりに出会った友達に手を振り、遠く見える交差点の信号が青なのを確認してから一揆に加速していく――つもりだった。
体制を元に戻そうと立ち止まると、ちょうど真横を見覚えのあるタンポポ頭が自転車で自分を追い越していった。
「あ…」自然に声が漏れ
誰だっけ。人の顔思い出せないって老化かな。むむむと思考を巡らしながら走り出そうとすると相手のほうも止まって振り返った。
どきん、と体がしびれた。「先輩じゃないですか」数ヶ月聞いたときよりも低い声。手を振り声を上げて、こちらに戻ってくる。
「戻らなくていいよ」
不思議そうな顔をする後輩に「私、遅刻しそうだから走ってるのー」というと、納得した顔で速度を落としてあわせてくる。
「先輩、寝坊っすか」
「そ、そうなの!」
「先輩、可愛いー。駅まで乗っていきます?」
「はっ、えっ、いいよ、大丈夫。多分、ま、間に合うしっ」
「遠慮しないで、遅刻しそうなんでしょ?先輩へろへろじゃん」
はひはひ息が上がって声ならない声で返すと、はにかんでこちらに手を差し出した。
甘えさせてもらおう。
「先輩乗ったー?行きますよー」 「う、うん大丈夫。」
後輩が少し力をいれてペダルを漕ぎ出す。
ゆるゆると車輪が回って風景も一緒に動き出す。
こうやって誰かと二人乗りするなんて、久しぶりだ。
「先輩はこの辺りの学校なんですか」 「電車で3つのとこ」
「俺ね、バスケ部入ったんですよ」 「私は園芸部」
「先輩、彼氏いますか」 「非リア充ですけど」
なんでもない会話。
あくまでも涼やかに、笑顔でこちらに顔を向けて反応を伺ってくる。
モテる所以はこんなところにあるんだろうなあー…
お願いだから前向いて運転してくれ。事故りそうだ。
そろそろ駅に着きそうだというところで
「先輩、僕ね、魔法使いなんです。先輩付き合ってくれませんか?」
爆弾を投下してきた。
「先輩、ぼくどうですか。付き合いませんか。」
硬直する自分に小さい子に目線を合わせるように、目を合わせてくる後輩。
か、かっこいいなあ。ほれぼれするぜ。
現実逃避するかのように幽体離脱していた私の手をがしっと掴み
「先輩、僕のこと好きですよね。僕も先輩のこと好きですよ」
「え…えっえっえっ」
整った顔の眉の角度が上がり、さらに凛々しく言葉を吐く。
「先輩、さっき言ったとおり僕、魔法使いなんです。だから先輩の思っていることが全部分かるんです。」
「先輩、ぼくと付き合ってください。」
自分の目の前にイケメン一人。自分が恋焦がれて焦げてしまった人が一人。
綺麗な目には今。私しか写っていない。
言われてビックリしてフリーズしてる自分に後輩が噴出して笑い出した。
自分、なにか面白いことでもしただろうか…
「ごめんなさい、先輩。そんなに悩むと思ってなかった。ごめん魔法使い、冗談。冗談にしといて。あーあ、やっぱ無理かあ。」
「結構好きだったんだけど、冗談でOKもらえるのかと思ったんだけど…もー先輩は可愛いなあ」なんて自分の頭をくしゃくしゃする。
冗談?冗談にしちゃう?今の言葉もう一回言って。
お願いだから前を向いて運転してくれ。
今度は泣きそうだから。
後輩はとまどいながらも自転車を漕ぐ。ときどきフリーズしたままの私をチラ見してくる。
安心させるためか、まだ後輩の手は私の頭にのっかってる。
「…冗談」
私がぼそっと呟くと後輩はびくついて「なんですか」という具合に振り返ってくる。
「冗談にしないで。あたし、ずっとアンタのことが好きだった。」
「へ?」
「名前も知らないけど、あんたのことが好きだったのー!」
「うそだろー!!付き合って先輩!!」
叫ぶと周りの通行人が振り向く。恥ずかしくなって後輩の背中に顔をうずめる。
お互いギャーギャー騒ぎすぎて自転車は蛇行運転だ。
後輩は振り返る。
「え、あ・・・の。めちゃくちゃ嬉しい。下の名前で呼んでいい?付き合おう?いや付き合ってください。」
「いいよ。こちらからもお願いします!!けど。これだけはお願い。」
前を向いて運転して?
あなたの顔を見るのがとても恥ずかしいから。