今でも不思議に思うの。どちらが見た夢だったのかしらね
(注意)
事故表現があります。苦手な方、トラウマをお持ちの方はバックをお願いします
泣きながら学校から帰ってきた、あの日。叔母はいつものように迎えてくれた。
◇ ◇
あら、いらっしゃい。
また姉さんはお出かけ?
どうしたの、あなた。
すっかりしょぼくれて俯いちゃって。
学校で何かあったの?
さあさあ、上がっていらっしゃい。
おばさんと一緒にお茶でも飲みま
しょ。あ、ランドセルは玄関に置い
ておいてね。
今日はクッキーがあるのよ。
あら、食欲が無い?
あらあら。じゃあ、紅茶は?
少し頂く?
ミルクを沢山入れて欲しい?
あと砂糖三杯?
はいはい、分かりましたよ。
ミルクたっぷりに角砂糖三つね。
さあ、どうぞ。
あら、よかった。
顔色が少し良くなってきたわね。
これね、おじさんのお土産なのよ?
見て、このクッキーの缶。
外国のお菓子みたいでしょ。
大事なお客様の所に商談に行く……
そうよね、分からないわよね。
ええっと……そう!
とても大事なお話をする時の
とっておきなんですって。
何週間も前から予約するか、開店前
から何時間も並ばないと買えないの
ですって。
あら、いらないの?
……そう。
え?友達に勝手に自分の夢に
出てくるなって言われたの?
あなたは大好きな友達が夢に
出てきてくれて嬉しかったのに?
それで悲しくなっちゃったのね。
お友達にそんな事言われたら、
ショックよねえ。
お友達、何か嫌な事があったのかも
しれないわね。
――私専用の白いマグカップにたっぷりのミルクティー。マントルピースに並ぶ写真立てを眺めながら私は紅茶を啜った。その音だけがやけに響いていたのを今でも覚えている。
◇ ◇
おばさんもね、似たような事が
あったわ。学生時代に仲良くして
いたお友達と同じ夢を見た事が
あるの。
そうよ、あなたと一緒ね。ふふっ。
嘘って。本当にあったのよ。
何年も経つのに未だに忘れられない
わ。
おばさんが高校生の時にね、
とても仲良しのお友達がいたの。
二人とも読書が大好きで。
好みのライトノベルが同じだった
から仲良くなってね。
お互いにお勧めの本を読んで感想を
言いあったり、小説が映画化された
ら映画を観に行ったりもしたわね。
帰りもいつも一緒でね。
おばさんはバスで。友達はバスで駅
まで行ってたわね。
どんな夢だったかって?
その夢ではね。
おばさんは友達と旅行にでかけて
いてバスで山道を登っていたの。
山を登るにつれて右、左とカーブが
きつくなってね。左右の揺れが激し
くなって、そのうちバスがガタガタ
と不自然に揺れだしたのよ。
ゴトゴトどころじゃないわ。
ガタンッ、ガタンッ、ガタガタッ
て地面から突き上げるように凄い音
を立てて揺れるの。
おばさんはね、すっかり怖くなって
しまったわ。このままでは事故が
起きると思って。
「このバス、危ないわ。早く降りま
しょうよ」
と隣にいた友達に声をかけたの。
目的地に着くだいぶ手前だったから
友達は
「え?ええっ?ちょっと待って」
とだいぶ戸惑ってたわ。
落ち着いて慎重な子だったから、
いきなり私が突拍子も無いことを
言うからびっくりしたのね。
なんとか次のバス停で友達と一緒に
バスから降りたの。
「怖かったわね」
と友達の方を振り返ったら友達が
いない。降りたのは、おばさん一人
だけだったの。
それから必死に走ってバスを
追いかけたわ。山道を登ると
崖の上にでて。
恐る恐る崖の下を見おろしたら、
おばさん達が乗っていたバスが
崖の下で横倒しになっていたの。
友達は?
……おばさんの友達はバスの近くで
血まみれになって倒れていた。
どうしてあの子を置いて降りたの!
自分が信じられなかった。
どうやって崖を降りたのか分から
ないけど、気がついたら頭から血を
流してぐったりしている友達の側に
いたわ。
私は泣きながら友達の身体を抱きつ
いて必死で友達の名を呼んでだわ。
何回か呼びかけたらあの子は
うっすらと目を開けてくれた。
良かった!生きている。
そう思った瞬間に目が覚めたの。
身体中が汗でびっしょりになって
いたわ。
――そう言って、叔母はおもむろにクッキー缶の蓋に手をかけた。
ねえ。せっかくだから。
クッキーを頂きましょうよ。
おばさん、話していたら少し怖く
なっちゃったから甘い物を食べたく
なったわ。付き合ってくれない?
ほら、蓋を開けただけでバターの
香りがする。
まあ。相変わらず、ぎっしりと
クッキーが入っているわねえ。
ここのお店のご主人はね、外国で
修行されたのですって。
本場の味なのね。
ほら、このショコラサンド。
食べてみない?
叔母の勧めとバターの香りに負けて、私はしぶしぶ小花模様の皿からショコラサンドクッキーを手に取り、
一口齧った。
さくりとしたクッキーの生地。口の中に漂うココアとバターの風味。少し甘いチョコクリーム。こんなクッキー食べたことない。
そんな私の様子を見て叔母はいたずらっぽく微笑んだ。
あらあら。目が丸くなったわね。
ふふふ。気に入ると思ったわ。
ショコラベースのクッキー生地は
さくっとして、中のショコラクリーム
はしっとり……うん、良いお味。
良かったわ。
すっかりいつものあなたに戻って。
ええ、ええ。落ち込む事があったら
甘いものを食べるのが一番よ。
もう少し食べたらどう?
おばさん達、二人きりでしょ。
なかなか食べきれないのよ……
あ、姉さんには内緒ね。
勢いよくクッキーを食べだした私の様子を見て安心したのか叔母はミルクティーをもう一口飲んで。おもむろに話を再開した。
◇ ◇
夢を見た朝はなんとも後味が悪かっ
たわ。そんなつもりは無くても友達
を見捨てて逃げてしまったから。
しっかり友達の手を握って逃げれば
良かった。
そんな事を考えながらお教室に
入ったの。そうしたらね、友達が私
の顔を見るなり言ったわ。
「ひど〜い、私を置いて行っちゃう
なんて」
友達は冗談ぽく笑っていたけど。
目の奥は笑っていなかった。
え?と思ったの。
友達は私が出てくる夢を見たって
言うのよ。聞けば聞くほどそっくり
の夢だった。
私と一緒にバスに乗っていたら、
突然私が「降りる!」と言って一人
で勝手にバスから降りてしまったの
ですって。
バスに残った友達はそのままバスに
乗っていたのだけど、バスは崖から
落ちてしまったと言うの。
バスから投げ出されて呆然として
いたら私がやってきてね。
「バスから降りないからだよ」
と友達に言ったのですって。
ショックだったわ。
あの子には私がそんなに冷たい
人間に見えていたのだって。
でもね。私が見た夢の中ではそんな
つもりが無くても友達を置いて
いってしまったでしょ?
後ろ暗くて言い返すこともできなく
てね。
「夢の中で置いていってしまって
ごめんね」と謝ったけど。
なおさら言えなかったわ。
私も同じ夢を見ていたって。
叔母は寂しそうに微笑んだ。甘いはずのクッキーが少ししょっぱい味に変わった気がした。叔母は慌てて声をかけた。
あらやだ。
しんみりしちゃったわね。
この話、まだ続きがあるのよ。
お茶、おかわりする?
はい、どうぞ。二杯目だからミルク
をたっぷり入れましょうね。
眠れなくなると困りますからね。
友達と夢の話をしてから割とすぐだ
ったかしら。いつものように学校
から友達とバスに乗っていたの。
学校の前から出るバスで同級生や
上級生も一斉に乗るからいつも
バスは一杯でね。
その日はたまたま席に二人座れて
ラッキーだねと喜んでいたの。
でもね、しばらくするとバスが
ガタガタと音を立てて揺れ出した
の……。あの夢みたいに。
思わず、お友達と目をあわせて
頷いたわ。今すぐ降りようって。
「「降ります!」」
次のバス停がすぐだったから声を
上げてすぐにブザーを押して。
今度こそお友達と二人で手をつない
でバスを降りたわ。同じように降り
た子も数人いたかしらね。
次のバスはすぐに来たからぎゅう
ぎゅう詰めの所をなんとか乗り込ん
で。いつも通る橋の手前に来たの。
おばさん達が乗ってきたバスが停
まっていて、中はがらがら。橋の
たもとにある停留所で沢山の子達が
並んでいたわ。
後で皆に聞いたら、バスの故障で
全員次のバス停で降ろされたの
ですって。良かったわ。夢の様に
ならなくて。
ふう、と一息ついた叔母は紅茶を飲み干して、アーモンドクッキーをつまんだ。
それから、その子とはしっくり
いかなくなってね……お互い別の
子と仲良くするようになって話をする
ことも少なくなって。卒業してからは
会うことも無くなったわ。
今でも不思議に思うのよ。
あの時、友達と一緒にみた夢。
あの子と私、どちらが見た夢だった
のかしらね。
おばさん、かわいそうって。
あらあらあら。ごめんなさい。
そんなつもりじゃなかったのよ。
そんなに泣かなくてよいのよ?
ハンカチ、ハンカチ。
ああ、ティッシュ、ティッシュ。
ほら鼻をかんでちょうだい。
いいのよ、その子とは合わなかった
だけだから。きっと夢のことがなく
ても離れてしまったと思うわ。
ああ、そうそう!
それからしばらくしてね、
別の子に声をかけられたの。
昨日は夢に出てきてくれて
ありがとうって言ってくれたの。
もちろん、その時は同じ夢なんか
見なかったのだけどね。
それが普通だから、なんだかほっと
したわ。
それから、おばさんはその子と仲良
くなって。今でもそのお友達と遊ぶ
のよ。
あなたもきっと良いお友達と出会え
るわ。
今は世界が壊れてしまったみたいに
悲しくて辛くても、明日は続くの。
人生ってあなたが思うよりずっと
ずっと長いから。
だから、元気を出してね。
クッキー、もう少し食べたい?
いいわよ、召し上がれ。
こういう時は甘い物でも食べて忘れ
てしまうのが一番よ。
◇ ◇
こうしてクッキーを食べ過ぎた私は、お腹を壊して母にばれ。叔母と一緒に叱られたのだった。
(独り言あるいは独白)
「じゃあね、おばさん。ごちそうさまでした〜」
ランドセルをカタカタ言わせて元気に家路につくあの子を見てほっと息をついた、
「姉さんの言う通り、私に似でしまったのかしらね……」
友達と同じ夢を見たというあの子。
あれから聞き出してみると、夢の中の友達は一人で仲良しな家族を見つめていたという。それで声をかけて一緒に遊んだ夢だったという。
あの子にとっては友達と遊ぶ楽しい夢でも、その子にはどうだったのだろう。意図せず、あの子は友達の日常を覗いてしまったのかもしれない。
あの子には言えなかったけど。
あのバスの故障以来、友達が私を見る目――化け物か異物をみるような眼差し――に私は耐えられなかった。
あの子には私の様な思いをさせたくない。
病弱に生まれたからか、家族に笑われるぐらい私は臆病な子どもだった。幸い家族は危機察知能力が優れていると私を受け入れ、夫は非科学的な事は信じない現実主義者で私は救われている。
自分が周りとは違っていると知ったのは幼い頃だった。いつもにこにこと私達を眺めているおばあさんが本家の写真に飾られている人とそっくりなことに気がついてうっかり従兄弟たちの前で話してしまった。
そこで初めて、普通は亡くなった人は見えないのだと知った。
以来、私は目を閉じて耳を塞ぐ。常識という覆いを使って。
見ようと思えば見えてしまう。
聞こうと思えば聞こえてしまう。
それが怖くてたまらない。
あの時、私が見た事故の幻影は単なる思い込み。失踪した子どもの写真と目があって聴こえた声は気のせい。たまたま声の通りの場所から発見されたのはただの偶然。そう自分に言い聞かせる。
そう。私は少しばかり勘が良いだけ。
いつもの通り、私は私の蓋を閉めた。
おしまい
最後までお読み頂きありがとうございます。




