スキマ時間に異世界いかがですか ~三十二歳独身会社員が時給で始めたスキマバイト生活は想像以上に楽しそうです~
深夜一時、眠れない夜は布団の中でスキマバイトアプリ「スキミー」の求人を見る。
塩谷なの花 三十二歳 独身 しがない会社員
転職を二回して勤めている会社にはこれといった不満もない、しかし、この先生き抜くほどのやりがいもない。自分にはもっと違う人生があったんじゃないかと考えると苦しくなってくるので、単発バイトの案件を見て脳内をぼやかすことにしている。
デリバリー経験者のみの配達バイト1,800円
未経験大歓迎!の謎の面接バイト 三時間で7,350円
見知ったスーパーの早朝バイト 1,230円
楽しかったバイト情報サーフィンも、最近は見慣れたラインナップになってきてしまった。よく見てみれば、私が応募できるものはあまりない。そろそろ眠らないと、と思ったその時、スクロールする指が止まった。
【急募】王都冒険者ギルド 受付補助 25:00〜27:00
時給:4200ゴールド
「……なにこれ。時給高……いのか? あ、日本円じゃない……」
運営の遊び心か、新手の詐欺か。でも店舗の評価欄にレビューが二件ついている。
「初めての異世界でしたが丁寧に教えてもらえました」
「ドラゴンが見れました。神案件」
……記念スクショでも撮っておこう。そう思って画面に触れた瞬間、指先から光が溢れた。
「えっ、あっ、ちょっと、待っ!?」
* * *
視界が真っ白に染まった次の瞬間、私は石造りの大広間に立っていた。壁には依頼書がびっしり貼られた掲示板。そして目の前のカウンターでは……エルフ耳のお姉さんが手を振っていた。
「こんにちは!スキミーさんですね!お待ちしてました〜」
「え、あ、スキミーさん? わたし?」
「?スキマ時間労働者の方をそうお呼びしてるんです。さぁさぁ、こちらへ!業務説明は五分で終わりますよ〜」
流されるままに渡された黄色いエプロンをつける。胸にはスキミーのキャラクターであるパンダのバッヂがついていた。
スマホを見ると圏外のくせにスキミーのアプリだけは動いていて、画面には「勤務開始の打刻をしてください」の文字が表示されている。ええい、ままよ!私は勤務開始のボタンを押した。
思いの外、仕事は単純だった。
冒険者が持ち込む討伐証明の受け取りと台帳への記入。前職で総務という名の何でも屋をやっていた私には楽勝の部類だ。冒険者が人間ではなく、持ち込まれるものが初めて見るものだらけなこと以外は。
「ひっ、スライムの核が三十個ですね、う……はい確かに」
「ゴブリンのみ、右耳……ちょっと、あ、これは左かと……はい」
一時間ほど仕事をすると、だいぶ客層にも慣れてきた。某ダンジョンのご飯モノのアニメを見ていたからかもしれない。
筋肉モリモリの戦士のおじさんは見た目に反して字がきれいだったり、猫耳がついた女の子は毎回領収書の宛名を「上様」にしたがる。
「上様はだめなんです。パーティー名を書いてもらってください」
「えー、経費で落ちないニャ」
「すいませんが規則ですので〜」
こういうやりとりも前の会社でさんざんやった。世界が変わっても雑用係の女は同じらしい。あっという間に二時間が過ぎ、アプリが退勤を打刻しろと通知してきた。
【本日の給与:8400ゴールド】
退勤後、受付に戻るとギルドの受付嬢セレネさんからずっしり重い革袋を。中を覗くと。金貨が八枚と銀貨が四枚入っていた。
「ありがとうございました。明日も案件出しますから、よかったらきてください」
「あの、これって、その、帰れるんでしょうか? 元の世界に……」
「はい!帰りの転移門はいつでも開いてますよ」
セレネさんはあっさり言った。
「スキミーさんは日々の労働力ですので、拉致とか、魔王を倒してくれとか、そういうのはないんですよ〜」
「勇者とかにされないんですか?」
「ああ、勇者さんは正規雇用です!あれは王宮の人事マターなのでうちの管轄外ですねぇ。それこそ、福利厚生はいいらしいですけど魔王討伐がノルマなので、離職率がすごいって聞きますよぉ」
本当にここは異世界か?言っていることが現代社会のようだ。聖剣も宿命もなくて、あるのは時給と即時払いと……星の評価だけ。
その後、私はちゃんと自分のマンションのベッドに戻った。時計は夜中三時半を過ぎていて、今すぐに眠らないと明日の仕事がまずい。変な夢でもみたのかもと思ってしまうが、枕元の革袋は現実に存在していた。
アプリのプッシュ通知が光ったので眠い目を開けて確認する。
【評価:★★★★★】
【コメント:台帳の字が読みやすい、計算が速い、また来てください! 】
* * *
それから私の毎日は少し変わった。
革袋のゴールドは中に入っていた案内の紙に買いてあった駅前の金券ショップで日本円に換金できた。こんなところにこんな店、あったっけ? 換金してくれた店のおじさんは何も聞かなかった。あの店も多分いろいろ抱えている。
さすがに夜中三時まで働いていた後は眠く、翌日はスキミーを見る間もなく眠ってしまった。そして金曜日の夜、再度スキミーを見ると……ある。そしてまた、軽率に押してしまった。だって、明日は土曜日、休みだし。
今日の勤務内容は、ドラゴン厩舎の掃除。馬小屋のでっかい版でしょと思ったけれど規模が段違いだった。小屋が体育館サイズで住人が観光バスサイズ。
「新人さんは尻尾側から近づかないでくださいね。あと、闘志出さないでください。誘発されちゃうので」
教育係のドワーフのおじいさんはそう言って私に巨大なブラシを渡した。闘志なんてかけらもないけれど、出したらどうなるのか正直興味はある。
「かわいいだろ。こいつはメスのフローラってんだ。鱗の間の苔を落としてやってくれ、気持ちよかったら喉を鳴らす、嫌だったら鼻から煙が出る。煙が出たら一回やめて、落ち着いたら再開する」
わかりやすい労働安全マニュアルだった。
恐る恐るブラシをかけると、フローラはすぐに地鳴りみたいな音で喉を鳴らした。巨大な金色の目が薄く閉じられて、寛いでいるようだ。よかった。
時給3800ゴールドで竜を撫でているなんて、人生はなにがあるかわからない。鼻から煙がでることなく作業は終了すると、帰り際にフローラは私の背中を鼻先でつついて、ぽとりと自分の鱗を一枚落としてくれた。
「おお! お嬢さん、フローラに気に入られたな、竜の鱗は買えば金貨二十、いや今だと三十枚にはなるぞ!」
嬉しい!目の前のフローラにありがとう、とハグをすると、満足そうに鼻から煙をだしてくれた。金貨にすることはないよ、大事にとっておくね。
* * *
週に二回の異世界スキマバイトを始めて一か月が経った頃、ギルドで小さな事件が起きた。
その日の仕事は受付補助で、昼下がりのカウンターはのんびりしたものだったのだが、そこに王宮の紋章をつけた役人がずかずかと入ってきた。
「監査だ! 過去三年分の討伐報奨金の台帳を出せ!」
ギルドの空気が凍る。セレネさんの耳がぴんと立って 奥から出てきたギルド長は顔色が土みたいになっていた。どうやら前任の職員がやめてから台帳がぐちゃぐちゃで、誰も全容を把握していないらしい。
三年分の台帳が奥の倉庫からでてくる。全部で二十冊ぐらいだろうか。中をパラパラと見てみると、羊皮紙に手書きのインク、ところどころ数字がかすれている……。
「何一つまとまっていないじゃないか! これじゃあ不正をしていますと言っているようなものだ。即刻解散してもらう」
「ま、待ってください! 今、いいいままとめます!」
数回スキミーしただけの私でも、このギルドは不正をしていない、健全な運営を回しているとしか思えない。とにかく管理が杜撰だっただけだろう。
「三時間まってやる。それでこの状態のままだったら、上に報告、このギルドの未来はないだろう」
「さ、三時間……?!」
泣きそうなギルド長にセレネさん……。
……あれ。これ、見たことある景色だ。
前の前の会社で、決算前に段ボール三箱の伝票と格闘したあの夜と同じにおいがする。
「……セレネさん、そろばんみたいなのってありますか? あと大きい紙と、人手を二人。テキパキした人だと嬉しいです。あ、人じゃなくてもいいです。」
そこからは無心だった。年度ごとに仕分け、依頼種別ごとに集計、かすれた数字は前後の記録から突き合わせて復元。電卓もエクセルもないけれど、やることの本質は「証憑と記録を一致させる」だ。
ちょうど三時間の五分前、私は集計表を役人の前に置いた。
「三年分の報奨金支払い、総額と内訳です。二か所だけ帳尻が合いませんでしたが 原因はこの依頼書の写しの日付間違いです。原本と突き合わせれば確認できます」
役人はしばらく黙って表を眺めて、それから初めて鬼のような表情が解けた。
「……すばらしい。王宮の会計官でもここまで速くないぞ。君、名前は?」
「しおた……あ、違う。スキミーです」
「スキ、ミー……? ああ!近頃始まった隙間労働者か、ほう?」
「あああ!うちの登録ワーカーなので引き抜きは困りますぅ!」
セレネさんが慌てて役人を説得しようとすると「まぁいい、一度持ち帰る」と帰っていってしまった。労働、二時間契約だったけど伸びちゃったな。ギルドにペナルティがないといいが。
* * *
その日の評価画面にはこう書いてあった。
【本日の給与:9600ゴールド+特別報酬20000ゴールド】
【このワーカーへの評価:★★★★★】
【コメント:危機を救ってくれました。女神さんかもしれません。彼女以上の人はいません。ありがとうございました!またお願いします 】
女神ではない。ただの雑用係。でも……悪い気はしない。社会人で培ったスキルが、剣と魔法の世界でこんなにも感謝されている。ああ、そうだ、私は仕事で“ありがとう”と言われたかったんだ。
その夜、ベッドの中でアプリを開くと、新着案件の欄にどきりとする文字が並んでいた。
【超急募!】魔王城 事務経理スタッフ(長期歓迎)
月給:48万ゴールド(年二回賞与あり)
備考:社会保険完備(魔王は温厚です)
長期、月給、社会保険に賞与……?
指が止まる。これはもはや「スキマバイト」ではないじゃないか。規約違反じゃないのか? けれども気になる月給の高さ、このままの人生が続くのであれば、あちらの世界で正社員を目指すのもありなんじゃないか。
星4.7で、二十件のレビュー……。
<魔王様は本当に温厚です! 残業を頼むとき申し訳なさそうにします>
<四天王の経費精算が地獄ですが、やりがいがあります>
<城内恋愛ありです。結婚相手が見つかりました>
「……ちょっと詳細見るだけだから、ね」
そう呟いて私は応募ボタンに指を伸ばしたが、タップする前に指先がまた光り始めた。
「え? ちょっと、まだ押してな」
視界が真っ白になる直前、画面に一行だけ通知が見えた。
【 魔王様があなたに指名オファーを送信しました 】
異世界も現世も、人材の争奪には容赦がない。




