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目力令嬢ステラは巻き戻りに気付かない  作者: 青木薫


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6/9

6.短かった学生生活の思い出

第6話となりました。

本日もどうぞよろしくお願いいたします。

 8歳を目前にしたアーネストは、流石に自分が他の7歳児とは大きく違っていること、周りからいろいろな意味で距離を取られていることに気付いていた。そしてそれは仕方がないと理解していた。


 自分はあまりにも他の子どもと違いすぎる。


 でもメルヴィンは違った。いや、メルヴィンとアーネストも大きく違っていたが、メルヴィンだけはアーネストの側を離れなかった。


 アーネストは1度目の人生を思い返す。


 そんなつもりは無かったが随分とのんびりしていたものだと今では思う。両親が頑丈で先が長そうだったこともあるだろう。


 1度目の人生で知っていたのは自領のできごとと、それに関係する領地や貴族、他国のことだけ。遠く離れた王都のことはよく知らなかった。辺境では、強く、領民や部下に信頼されることこそが重要だった。


 メルヴィンと二人、領地で父親たちに教えられながら貴族として、また領主としての責任をそれなりの速度で学んでいた。


 幸せな子ども時代。


 良く遊び良く学ぶ。大人たちからは愛され、守られていた。ずっとここで生きていく、そう思っていた。辺境伯としての心構えや実力は辺境伯(父親)やメルヴィンの父親を含む優秀な部下たちから徹底的に教え込まれるはずだったから。


 そうは言っても後々辺境伯となるのだから、王都で顔を売る必要はあった。


 年頃になれば、いつ王都の学園に行くかという話が出た。


 それについては、


「卒業すればすぐに領地に戻るのだから、次期辺境伯としての最低限の社交ができていれば良い。武力をもつ者が上位貴族とあまり懇意にするのも考えものだ」


という父親の考えもあり、結果として学園に入ったのは最後の1年間だけだった。


 正直なところ、アーネストの学園での1年間はフォード公爵家を中心とした貴族たちがふんぞり返る姿にうんざりして終わった。


 時折、令嬢たちから熱い視線を投げかけられることはあった。でもその相手をするほど女性に興味があるわけではなかった。


 時期が来れば親から話があるはずだ。それで良いと思っていた。


 メルヴィンはそれなりに女の子たちと出かけていたようで、それをしないアーネストによく言った。


「主(アーネスト様)も少しは女性に慣れておいた方がいいですよ。


 そうじゃないとトンデモない相手に夢中になったりするんで。


 …うわ、想像すると怖い。主が女性に激重愛を捧げる姿が目に浮かぶ…」


「うるさい。俺は先に帰る。あまり遅くなるなよ」


「はーい…でも本当に多少は慣れておいたほうが…


 俺が誰か紹介しましょうか?」


「いいからさっさと行け!」


 肩を竦めて廊下で待っている女の子のところへ向かうメルヴィンを何度も見送った。


 アーネストだって学園で知りたいことが全くなかったわけではないが、自分から動いてその結果、何かしらの面倒事に巻き込まれるのは御免だった。


 第一に、学園で話題にのぼるのは、大して勉強もできず魔力も少なく使い方も禄に知らない都会の学生同士の格付けや恋愛の話が多かった。それらには興味がもてなかった。早く領地に帰りたかった。


 それでも、学園の歴史のある立派な建物は嫌いではなかった。


 夕暮れに人気ひとけのなくなった校内を歩くのは考え事をするのに丁度良かったし、校舎を出て馬車停めまでの道には辺境にはない植物があり物珍しさを感じた。


 時々は猫や犬を見かけることもあり、魔獣ではない動物を『可愛いな』と思ったりもした。抱き上げたり撫でたりはしなかったが。


 そんな学生生活もあと僅かとなった時、いつも通りメルヴィンと教室で話した。


あるじ〜、今日は授業が終わったら街に出ませんか?


 卒業パーティー後はすぐに領地に戻るんだし、街が混まない今のうちに土産を準備しておきたいんですよ。


 俺、母親からは刺繍の図案集、親父からは酒を頼まれてて。あーでも、学生の俺が行って売ってくれるのかな」


「事情を話して直接送ってもらうようにすればいいんじゃないか?」


「ああ、そうか!うん、そうします。主は?」


王都こっちの保存食は味がいいから…そうだな、実物と、その作り方が載っている本でもあれば買いたい」


「あ、賛成!軍の先輩達にも喜ばれそう。遠征時の飯は大事ですからね〜。たくさん買いましょう。御者に言って家に帰る前に回ってもらうとして…楽しみですよ」


「戻ったらまたすぐに訓練でしごかれそうだな…まあ学園ここよりはマシだが」


 そういう時、教室にいる他の生徒から『どこかに行くのなら一緒に』などと声をかけられることはまずなかった。


 寮生活の生徒が多い中、自分たちは学園の近くにタウンハウスを借りて馬車で行き来していたので知り合いも少なかった。


 寮暮らしをしている生徒はいろいろあっただろうが、アーネストはそれを体験したことはなかったし、たまに他の生徒が『洗濯物の管理が』『寝過ごして朝食が』『家からの仕送りが』と話しているのを聞いて『寮というのは大変なことがあるようだな』と感じた。


 成績が良い同じクラスの中にも苦労している者がいることには多少の驚きがあった。知ったからといってアーネストが何かをするわけではなかったが。


 けれども。


 あの日は…門の近くまで行った時に、エイベルたちの集団が騒いでいるのが目に入った。どうも家格の低い生徒たちに何かを命じて笑っていたようだった。アーネストとメルヴィンは横目で見ながら通り過ぎた。


 小突かれていたのは、以前教室で『寮暮らしでやり繰りが大変だ』とぼやいていた生徒の一人だった。よろけた拍子に樹にぶつかり、上着の背中が擦れて破れ、オロオロしていた。


「あーあ。チェスターの奴、もうすぐ卒業だから新しいものなんて準備できないだろうに」


 メルヴィンの言葉にアーネストが立ち止まる。彼がボールデン子爵家の子だったのを思い出し、またチェスターという名だったのかと思った。


「まさか制服が一枚ということはないだろう」


「そうですね。でも上着あれ、まあまあきれいだから、痛手でしょう。


 卒業式では小さい古い方を着ることになりますよ。直しに出してもお金はかかるんで。


 まあ魔法が得意な友人がいればやってもらえるかもしれないけど、生活魔法が得意な人はそれなりに対価を要求しますからね」


 メルヴィンはそう言った。周りを良く見ているメルヴィンのことだから、おそらくその見立ては合っている。


 アーネストは振り返って戻ると集団に近付いた。


「おい、チェスター、ちょっと教えてもらいたいことがある。急だがこれからいいか?」


 集団の馬鹿笑いが止んだ。


 特にチェスターは驚きで固まっている。アーネストが自分の名前を覚えているなんてあり得ないとわかっていたから。


 実際アーネストが彼をきちんと認識したのは今だった。


きみ領地ところは香辛料が取れるだろう。そのことだ」


 アーネストとメルヴィンは、王都でも目をひく長身の二人だった。銀の髪に薄い紫色の瞳のアーネストとアンバーの瞳を輝かせ黒髪を揺らして笑うメルヴィンとが堂々とした様子で連れ立って歩けば他の生徒はいつでも道を譲った。


 特に自分から社交をしなくても必要な時は相手が挨拶に来た。そういう対応をされるのがアーネストにとっては普通のことだった。


 そのアーネストが自分から子爵家の子に声をかけた。周りはびっくりするに決まっている。


「フォード公爵の。楽しい時になんだが、いいだろうか」


 そう下手に出られて、いつもは偉そうにしているエイベルも思わず


「あ、ああ」


と答えてしまった。


「チェスター、行くぞ」


「え…あ…はい。エイベル様、皆さん、すみません、今日はここで失礼します」


 チェスターはエイベルたちに頭を下げると先に歩き出したアーネストの後を走って追いかけた。メルヴィンは『あーあ』という顔をしていたがエイベルたちには見えなかった。


「急で悪いな」


「いえ…あの…」


 アーネストに何と言えば良いのかわからないチェスターだったが、メルヴィンの


辺境うちは遠征やなんかの時に保存食を持って行くんだけど、あんまり美味しくないっていうか、正直不味くてね。


 王都の保存食は味がいいから、レシピ本を土産にしようって話になったんだ。


 でも多分載ってる香辛料なんて、俺らにはわかんないだろうから教えてもらえると助かる。


 チェスターのところは香辛料の生産が盛んだろう?」


という説明に『ああ、そういう…』とわかったようなわからないような顔をしてついて来た。


 結局、店では本を選ぶところからチェスターに世話になり、香辛料もチェスターが自分の親に連絡して領地から直接送ってくれることになった。


「急なことだったのに、いろいろとやってもらったな。礼を言う」


「そんなこと!こちらこそ領地うちの香辛料を辺境伯に紹介できるなんて、光栄です!


 任せてください!これで気に入ってもらえたら、これからもぜひお願いしたいところです」


 笑顔でそう言ったチェスターにアーネストは逞しさを感じた。


 さっきまで大人しそうにしていたが、それは処世のためで、必要とあれば辺境伯に売り込む度胸があるのだなと思った。そして、あまり他の生徒と交流を持たなかった自分に対するほんの少しの後悔を。


 入学前に、父親にあまり高位貴族と懇意にするなと言われたが、もっと自分自身で判断しても良かったのではと思った。


 その後、卒業前にお礼としてチェスターには制服の上着を贈り、卒業後は保存食作りに必要な香辛料を領地から定期的に購入した。チェスターは苦笑しつつ『ありがたく』と上着を受け取って卒業式にもそれを着た。


 ひとまとめにせず、一人ひとりを見ていたら。自分がそう考え、卒業後は学園時代よりも人とのつながりを重視するようになったのはあの時からだったなとアーネストは思う。


 たった1年。社交も、情報収集も、鍛錬も、十分ではなかった。


 だからステラのことも知らなかった。気付かなかった。


 ステラは早くにフォード公爵家に連れ去られ、婚約を結ばされ、魔眼をいいように利用されていた。学園に通うなんてことはなかった。家から出ることさえ出来なかった。


 会ったこともなかったし、想像もできなかった。知ろうともしなかった。知る手立てもなかった。


 だが2度目の人生を生きていて思う。


 こうして注意深く学べば、1度目もフォード公爵家の隆盛に不自然な点があったことに気付けたかもしれないと。


 自分が馬鹿みたいにのんびり自由に過ごしたあの1年間を振り返り、不甲斐なさを感じる。そしてあの頃、ステラはどれだけ辛い目に遭っていたのかと想像する。


 学園内で見えていた、公爵家に引き取られたエイベルの傍若無人な態度とそれが許されていたこと、犯罪さえももみ消してもらえるといった噂。


 既に婚約者がいるのにとも言われていた。


 あれらも公爵家がステラの魔眼でさらに勢いを増していく前兆だったのだろう。


 自分がフォード公爵家の暴挙を止める。国を守る。ステラを救う。そう決めたアーネストはのんびりなんてしていられなかった。


 1度目の自分の若者らしい愚かさを悔やんだ。

お読みくださりどうもありがとうございました。


次は日曜日(3月1日)に投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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