巫子守とは
とりあえず寒いので、詳しい話は朝食でしようということになった。
着替えて湯を沸かして顔を洗ったり、干し肉を焼いたりしていると、もう太陽は登っていた。
三人が居間に座って食べることができたのは、ちょうど半キほど経った頃だった。
巫子守の本部は〈表〉と〈裏〉の間にある〈狭間〉という世界にある。死んだ魂がそこにある谷に生前の記憶を捨てて、生まれ変わるための〈裏〉での浄化の旅の準備をする場所だ。広さは〈表〉と同じぐらいだ。しかし、〈表〉から行くには重なった二枚の紙のうち表面の一枚だけを切るぐらいに難しい。それで、巫子もほとんどその世界の存在を知らないようだ。ナフバ教から逃れるには絶好の場所と言える。いつでも夜のように暗いらしい。
巫子守に入団するには、生きたまま〈狭間〉に入れる巫子ならば基本的に許可するそうだが、少しでも待遇やその中の暮らしを良くするには試験を受ける必要がある。未成年である三人は試験に受かると、まず、いくつもある門下から一つを選んで入り、学徒となる。普通は十五になる春に入って、成人の十七になるまでが見習いなのだが、三人はもう十五の春を迎えている。そういう者には、学期制が取り入れられ、二年で勉強する内容を一年でする。そのほとんどが巫子と繋力についてだ。繋力については感覚でわかるものの、詰め込むのはなかなか大変そうだ。
さらに、門下の制度で、〈師上の家族〉というものがある。門下は巫子同士の夫婦(巫子は本来生まれながらに結婚できないが、巫子守に入ると巫子は還俗したという扱いになる)を親とし、その門下に入った順番が早いほうが兄姉となるというものだ。一旦〈師上の家族〉になった者同士は、団員になってからも血縁関係の者同士と同じ扱いになる。
団員になる試験に受かれば、巫士(〈裏〉に生きる魔霊を討伐し、〈表〉に影響する異常気象を収める役職)や巫官(魔霊や巫子について研究し、民衆にも役にたつものを作る役職)、巫守(巫子がいなくなっても滅びていない村に赴き、村の民衆と信頼関係を築く役職)のいずれかを選んで就く。落ちてもラクンラ(成年団員の予定の調整や執務の助手を担う側仕え。ほぼ主と同程度に扱われる)として保護される。来る者は基本的に拒まない。そしていつかの巫子の地位の向上を目指す。それが巫子守の姿勢らしい。
「で、入るってことでいいか?」
確認のように二人は聞く。
「うん」
「じゃあ、勧誘書に了承の記名と、生い立ち、簡単でいいから志願理由を書いてほしい。記名は未毘古でつけられた名前の神聖体でな」
シニエが紙を差し出してきた。
未毘古王国には二種類の文字がある。普通使うのは簡体だが、契約書など正式な書類には簡体より複雑な神聖体を使う。サキが検問所でもらった旅券も、神聖体が使われていた。
旅券の『ソルカ』の文字を写した。そして、少し考え込む。思い出したくないが必要だと割り切って、生い立ちをなるべく淡々と書いた。多分ここで、二人と同じところに行きたいのだと書いたら、微妙な反応をされる。それらしく、かつ、嘘は言っていない内容……。
(自分が巫子に生まれたことが、どういうことかが知りたい。知らない自分を生きるのがわだかまりが残って気持ち悪い……のだろうな、私は)
これほどするすると出てきた理由に自分でも驚いたが、これまでぐちゃぐちゃしていた気持ちがすっと言葉で整ったような気がして、すっきりした気分で紙に書いた。
シニエはもう記名が終わっていたようで、何やら白い紙を折り曲げている。少し見ていたが折り方は複雑で、自分では絶対にできないと思った。
「ヨルザ、小刀くれ」
ヨルザが渡すとシニエは途中まで折り曲げた紙に切り込みを入れた。また折っていく。
出来上がったのは、朝方見たままの小さな紙製の馬だった。
「書いたか?」
「うん。どうするの?」
貸してくれ、と言われるがままにシニエに紙を渡す。シニエはこの場を完全に仕切っている。もう彼に任せるしかないと悟ったような表情で、ヨルザは肩をすくめていた。
サキが書いた紙を含めた、三人それぞれの記名がある勧誘書を封筒に入れ、封をすると、封筒は小さくなった。それを作った馬の腹に入れたところで、シニエが何をしていたかわかった。
(なるほど。巫子守に送り返すんだ。馬はその手段なのか)
馬の腹にシニエが何か記すと、馬は透明な殻のようなもので覆われて、頑丈になる。
「これを撚ってくれ。俺ばっかり頼るな」
差し出されたのは、薄い紙だった。ヨルザと二人、しめ縄を作るように丁寧にこよって糸にし、撚り合わせて紐を作っていく。
「できたか?」
「もうちょっと」
「できたらこの玉で片っぽ留めて、俺に渡してくれ」
シニエの指示通り渡された玉で紐の片方を留め、彼に渡した。シニエはその紐に鈴を通し、馬の首につける。
「これは速達の標だよ。そうしないと、この手紙の確認が遅れてしまう」
シニエは寝室に向かって、何かを握って出てきた。金色の不揃いな玉だ。
「これを馬に強く押し付けろ」
一つずつ渡された玉を手に、強く馬の体に押し付ける。ものすごい勢いで自分の繋力が玉に吸われていく。
と、金色の玉が溶け出してきた。透明な殻にそれが吸収されていく。
溶けてドロドロとした感覚がなくなって指を離せば、金色だったのは青くなって、むらのある模様のように殻に張り付いていた。ヨルザが押し付けていた位置には緑のまだら、シニエが押し付けたところには橙色のまだらがあった。
三人が手を離すと、馬は颯爽と駆けていく。
筵の下を通り抜けてしばらくすると、それは煙に巻かれるようにふっと消えた。
「あとは、あの人が来るのを待つだけだ」
「あの人?」
「紹介してくれた勧誘委員、イナーグアさんだ」
イナーグアと名乗る勧誘委員がこの穴に来たのは、それから数日過ぎた頃のことだった。
申請しました。
次は、イナーグアが現れます。




