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岩穴での秋

 サキはこの二人と過ごすことに決めた。復讐しようという気も、薄れてもきていた。何より、あの村の人々は自分が思っているより大切ではなかったということを、あの二人によって自覚できたのがありがたかった。たとえ巫子という同胞であったとしても、異国の者に迷わず手を差し伸べられる人はそういないと思う。未毘古にも優しい人はいるのだ。そのなかで自分が生きていくのも良いものだと、ある程度受け入れられた気がする。


 季節はもう晩秋になって、冬になったら碌な食料が得られないというから、三人は怒涛のように森で狩りを始めた。狙うのはもっぱら冬備えで食べためをしている兎や鳥で、夕方近くに穴に戻れば血を抜いて干し肉にする。三人だから村でやっていた頃よりは早くはないが、毎日少しずつ食糧部屋に食べ物は溜まっていった。流石に飯にする穀物類は自給自足というわけにはいかないから、当番制で髪を隠し、街の市場に買いに行く。金は、サキが持っていた分と、二人が本綴じの仕事で得た分を合わせて、冬はどうにか越えられそうな量はあった。


 肉類の調達をヨルザとシニエは狩りで毎年の冬を越してきたらしく、なかなかの腕前だった。サキも野宿にはとっくに慣れて、狩りでも二人の動きを見よう見まねで試した。初めてしなやかなケルテヤ(細く丈夫な木)の矢が兎を仕留めた時は、二人は褒めてくれた。


「お前、筋いいな。俺の時なんか、二季節分かかってもまだ取れなかったからな」

「シニエはどうだったの?」

「十日」


 衝撃発言に固まってしまう。


「あいつはなんでも覚えるのが早いんだ」


 ヨルザは肩をすくめていた。

 その日はシニエがちょっと奮発したのか、夕飯の干し肉の量が少し多かった。



 朝は夜明けと共に起き、自然に生えている枯れかけの豆をとったり、来年の草履を編むための蔓をとったりして採集をする。夕方には小川の水で身を洗い、夜は夕飯を食べただけで寝る。今日の暮らしを組み立てていくうち、そうして日々は過ぎていく。


(あのまま村で自分のために働く〈若〉達を虚ろに見ているだけの日々よりずっといい)


 と、サキは思った。

 



 そんなある明け方のことである。

 寒くなってくるから、寝る時居間に雪や風が入ってこないよう、入り口を摘んだ草で編んだ筵で覆っていた。こうすると意外にも暖かい。


 それがわずかにはためいたのだ。


 一番に気づいたのは、居間側に寝ていたサキだった。


(さむ……)


 それで目が覚め、着替えるのも億劫で夜具をキルナのように羽織って、居間に出る。


「え?」


 一瞬で眠気が吹き飛んだ。


 小さな馬が床にいた。しかも、紙で作られた馬だった。かろうじて立っているが、指で少し突けば倒れてしまいそうだ。紙の尻尾はピンと伸びて、まるで幼子が作って遊ぶような馬である。


「……何、これ」

「何だ」


 ヨルザがサキと同じような格好で出てきた。ささやくような声で言ったのに、感づいてきたのが不思議だ。予想していたのだろうか。


「来たか、ついに。おい、シニエ」


 なぜか嬉しそうなヨルザの声で、シニエが出てきた。手に何かを握っている。

 シニエは馬の前にしゃがむと、握っていない方の手を差し出した。くるりと馬は足を上にしてひっくり返り、その腹の中のものを彼の手に落とす。小さく折り畳まれた紙だった。馬が体勢を戻すと、シニエはもう片方の手に握ったものを腹に入れた。手紙のようなものを運んだ駄賃のようである。それを腹におさめると、馬は低空飛行するかのように空中を滑って、居間を出ていった。


(何だったの?)


自分は巫子だから、勝手に動くような普通ならざるモノは一般人よりは見慣れていると思っていたけれど、これはわけが違う。確実に操作されている。こんなのは見たことがない。


(……まずいかも)


何をかは知らない。


「勧誘書が来た」


 手の中で紙を開いていたシニエが、紙の中にさらに包まれていたらしい封筒を開ける。ボン、と音がして、両手で持って丁度いいくらいの大きさになった。

 サキは目を見開いたが、なんということもない顔でシニエは大きくなった紙を指でずらす。二枚ではなく三枚。さすがに疑問を隠せず、訊いた。


「……何の勧誘書なの?」

「知らないか? 巫子守(みこのかみ)


 名だけはうわさで聞いたことはある。巫子守は、国を超えての巫子の集まりだ。老若男女、国籍も問わず、村をなくした巫子を集めている。白装束の僧兵達が忌々しそうに囁いていた。いつかは僧兵に捕まると思っていたサキは、まさか逃げ込めるとは思っていなかった。ましてその名をここで聞くとも思っていなかった。


「少しは……」

「俺らはそこに入りたいと思っているんだ。まずは団員の前に見習いにならなきゃいけないんだけれど、試験があるから、これはその志願書だ」


 そこでだ、と一時の間をおいて、ヨルザはサキを見据えた。爽やかな若緑の瞳に、さらに光を宿して、いつもふざけるように笑う目が真剣みを帯びる。サキの息が一瞬止まった。


「お前も俺達と一緒に、巫子守に来ないか? 元々未毘古が憎くて来たんだろ? ……巫子守の者は未毘古出身者中心だから、断ってもいいんだが」

「えっ?」


 あまりにも突然すぎて、思考が追いつかない。しかもばれていた。思わず手を胸の前で握る。

 でも、ヨルザは落ち着いてゆっくりと言った。


「でもお前、嫌じゃないか? ……このまま、ずっと、自分が命の危険を感じながら生きていくの。巫子守はそれを感じなくていいようにするところだ。それに、俺達だけじゃない。後世の巫子達も、俺達が巫子守に入らなかったことで、苦しい目に遭わせてしまうかもしれないんだ……少なくとも、俺は嫌だ」


 ヨルザは畳みかける。


「実はな、巫子守の新入りを探している人がいて、俺達はその人と会ったんだが、その人の希望が三人入ることだった。その人は、俺達が試験を受けることになった今年の夏ぐらいから、もう一人を探してて、まだ見つけられてなかったんだ。……だからお前を拾った時、こうも思った。

 ああ、これで自分達の居場所ができるし、お前の居場所も作れる。ずっと一つの場所に落ち着けなくて、村を失えば寄り添ってくれる人なんかいなかった、俺達にも、人が救えたかも、って。……悪い話じゃないはずだ、とかは言わない。お前の心に任せる」


 シニエも一歩踏み出していた。


「お前が寝込んでいる時に、話し合ったんだ。もし、お前が入りたいって言った時に、備えておくことにした」

「……あなた達は……なんでよく知らないような人に、こんなに色々できるの?」


 最後が少し、掠れた声になった。自分達の避難場所の前に他人が座っていたら、普通は警戒するはずだ。それなのに彼らはサキを中に入れ、看病したり、食と住を保証してくれた。幼い頃は虐待され、村で巫子になってからも、崇められながらも薄気味悪がられた彼女にとって、このような扱いを受けたのは初めてだったから、接し方が分からなかった。


「お前が、俺達と同じ、巫子で、人だからだ。……って、カッコつけたみたいだな」


 からりと快活にヨルザは笑う。シニエも微笑んで、じっと彼女の返事を待っている。


 心の声が聞こえる。彼らと共に行きたい、という声が。

 その声は、渇望の叫びとなって、強く、強く内側から体を叩く。

 それに呼応してか、全身が一瞬震えた。半ば勝手に動き出す。前に、一歩出る。


「詳しく、聞かせて」

岩穴の暮らしは、サキをだいぶ柔らかくしています。

次回は、巫子守とは、です。

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