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閑話 ヨルザ視点 いなくなったサキ

 俺はヨルザ。故郷の村を焼け出されてからというもの、長らく各地を転々として暮らしていた。だが漸く、親友のシニエと、俺達が拾ってから少し表情が和らいだサキと一緒に過ごせるところが見つかって安堵している。


 ここ一年足らずは色々なことが起きすぎて、もはや二年は経っても良いんじゃないかという時間感覚である。夏にイナーグアさんと出会って、秘密裏に巫子守入団の準備をしていたらサキと出会うことになり、あれよあれよという間に入団して今や普通に講義を受けている。が、内心としては「目まぐるしすぎる! 少しでいい、一週間ほどでいいから休ませてくれっ!」と叫びたい気分だ。

 だから、サオル様とリヤフル先生との圧迫面接みたいなお話が終わって、外に出ようとしてサキが消えた時、俺はこの忙しい日々に対しての不満に、バチが当たったのかと思った。


「何だ⁉︎」


 光を視界の端で感じて振り返ったら、もうそこにサキはいなかった。

 こういう時に、シニエみたいに迅速に対応できない自分が恨めしい。やるべきことが一瞬わからない。


「何か光ったが……サキは?」


 戸を一旦閉じようとしていたサオル様が尋ねる。


「あっ、あの、移送陣みたいなのがサキの時にだけ光って、消えました」


 拙いながら言うと、サオル様は舌打ちをして、「……あー、待ち伏せてたか。繋力の色を見るにアヒノか」と呟くのが聞こえた。


(アヒノって、シニエに繋石をぶん投げた奴だよな?)


 そう自分の頭の中で結びつくと同時に、アヒノ本人への怒りもそうだが、シニエに対しての怒りも覚えた。


(馬鹿らしいなんて、もっともそうに思える理由なんか言って、お前の方がよほど馬鹿だぞ!)


 あいつは昔から自分ではあまり怒ったことがない奴だった。だから俺が代わりに怒らないとふんぎりがつかないわけだが、ともかく、あのアヒノは俺の大事な奴を二人も傷つけたのだ。許すまじである。

 リヤフル先生も出てきた。


「まず貴方は連れの方と一緒に孤巫院に連絡を入れてください。額環で位置がわかる繋力器があるので。移送陣がどこに繋がっていたかわからない以上、それで探すほかありません。わたくしは貴方の師父(おとう)様方に連絡を入れます。孤巫院まで手が回らないのです」

「わかりました。あいつのことなので、すぐ外で待っていると思います。師父(ちち)上への連絡、お願いします」


 家では師父(とう)さんと呼んでいるが、公的な場では「上」付けで呼ばないといけないらしい。他にも公的な場での言葉遣いには色々と決まりがある。俺は物心つく前から巫女造にいたせいで巫子らしい言葉遣いには慣れているものの、ちょっと面倒くさい。ともかくも先生に取り次ぎを頼んで、俺は講義室の戸に向かって駆けた。戸を勢いよく開ける。


「聞いてた。行こうぜ」


 俺達をずっと待っていたらしいシニエは威勢良く繕ってはいるが、顔が青ざめている。こんな時に怒っても無駄だととうに知っている。それが逆に俺の昂った頭を冷やした。


(落ち着け。サキが見つからないと決まったわけじゃない)


 幼い頃、なんとなく不安だった時によくしていたように互いの親指を一旦握り合って、俺達は走り出した。

 体力をなるだけ使わないよう編み出した、市街で逃げる時の走り方では巫子らしくないと言われるので、動揺を見せないように普通の顔をして早足で中心球を出て、飛板を出す。巫具を片手に握り込んで、魔霊に繋力を流すのを手伝ってもらいながら、〈郊外〉の孤巫院に向かった。

 


「サンガ・ロタンヨマ門下のヨルザとシニエです。本当に急で申し訳ないのですが、示教巫様に面会させてもらえませんか」


 俺は戸口に立って、来訪を知らせる繋力器に声を吹き込む。すぐに玄関付のラクンラが戸を開けてくれた。

 学徒同士の揉め事はまず示教巫に訴えることになっている。でも、孤巫院は示教巫だけではなく、団員全員の生命維持や健康管理を執り行う憐心巫の管轄でもあるらしい。巫子守の施設は、四大巫が二人以上共同で管轄しているのだそうだ。


「示教巫様は、今は中心球で執務をされております。御用は何でしょうか?」


 シニエに視線を送る。こういう説明はシニエの方が上手い。


「〈師上の姉()〉が知らぬ間に仕掛けられた移送陣でどこかに連れ去られました。額環捜索の繋力器を貸していただきたく」


 額環は〈目〉を塞いで繋力の暴走を防ぐためのものだが、その位置が分かることで失踪した時などに役立つことがある。


「それは憐心巫様の管轄です。憐心巫様はいらっしゃいますので、すぐに取り次ぎます」


 こちらでお待ちください、と玄関脇の腰掛けに案内される。腰掛けた尻に、ドタドタという振動が伝わった。板戸で遮られた後ろは巫子の子供の遊び場だ。いくら街の門下が幼い巫子をうちの子にして育てても、次から次に孤巫院には子供がやってくるらしい。ナフバ教が一体どんなことをすれば、こんな異常事態が起きるのだろうか。俺達はナフバ教はもちろん巫子守にも見つけてもらえなかったが、一歩間違えれば今頃ナフバの寺にいたのかもしれないし、巫子守に引き取られて生粋の巫子守団員として暮らしていたかもしれない。

 背後で泣き声と笑い声とが混じり合うのをぼんやり聞いていると、不意にシニエが呟いた。


「……そういえば、あそこでサキと会わなかったらあの金色の(たま)を握って、孤巫院に保護してもらおうと思ってたんだよな。俺たち、あの時は追われてたんだし」

「そうなのか?」


 俺は、故郷で生まれてすぐに巫女造に引き取られ、同じくらいの子供達からは隔絶されていたので、もし俺がこういう場に入ったとしても、どう反応すればいいかわからない。というより、子供特有のキンキンした高い声が少し耳に刺さってうるさい。

 それを思って顔を顰めると、シニエは苦笑した。


「多分俺もそういう顔をしたと思うんだ。俺も、子供の世界はあまり縁がなかったからな」


 わかっている、と示すように俺は頷く。

 サキは___あいつは、俺たちが飽きるぐらい長く過ごしていた、二人だけの閉塞した息苦しい世界に、風穴を開けてくれたのだ。初めて赤の他人の役に立った気がした。その恩返しというわけではないけれど、それなりに返さないと、こう、胸の奥がもやもやするのだ。


「……必ず見つけるぞ」

「ああ」


 そう誓い合った時、左手の回廊の奥から腰の伸びた初老の女性が、ずるずるした上衣の裾を引き上げて、小走りにやってきた。


「お待たせしました、ヨルザ、シニエ。憐心巫のマラーテ・リナサンルです。ご師親(両親)が来られていますから、行きましょう」


 笑顔と挨拶を返して、立ち上がる。


「ラクンラの方はお連れではないのですね」


 たしかキラナ様は、介助のためのラクンラをいつも連れていたはずだ。そう思って言ってしまった。


「ええ、キラナ様はお目が晴れやかではないので連れていますが、多忙な現役三役でない限り、あまり自分のラクンラは連れないものなのですよ」

「……シニエ、ヨルザ!」


 安堵した表情の師父(ちち)師母(はは)が廊下の奥から走ってくる。俺達もその方へ行くと、師母(かあ)さんの方に、そのまま軽く抱きしめられた。


「いっ⁉︎」


 思わず顔が赤くなるのがわかった。横を見ても、シニエも同じような反応をしていた。ばっと放し、師母さんは俺の体を上から下に見る。


「怪我はないようで、無事でよかったです。サキの繋力が入った繋石を繋力器に当てたら見つかったので、今巫士達が身柄を引き取りに行っているところですよ」


 各地で発生した魔霊を〈裏〉で弔ったり、狩りを〈表〉でするのも巫士だが、巫子守内部の治安を守るのも巫士だ。憐心巫は知らせが入った途端すぐに巫士団に連絡を入れ、サキとアヒノの繋石を取って捜索したらしい。額環とそれは繋がっているので、すぐに見つけられたのだそうだ。思わず目を見開く。


(……早いな)


「よかった……どうなることかと……」


 へらりと力が抜けるシニエを抱きしめたまま、師父(とう)さんが「サキを迎えに行こうか」と穏やかに言った。


「帰ったら、少し話がある」


 薄暗い〈狭間〉とは思えないくらいの、眩しい午後の光が師父さんの顔を照らす。


「一度許した者が思い上がってこのようなことをしたのだ。故に、私は二人の承諾を得ずに裁定巫に訴えたが、よかったか?」

「はい」


 師父の事後報告に返事をする、シニエの顔が真っ青だった。


(まったく……)

「大丈夫だ」


 俺は小走りにシニエの正面に立った。シニエの鳶色の目を真っ直ぐに見つめる。


「サキはそんなことで恨みに思うような奴じゃねえよ。あいつも今、辛いんだからさ」


 脳裏にサキの笑顔がよぎる。出会った頃はどことなくやつれていた彼女がどんどん元気になっていくさまは、本当に見ていて嬉しかった。言動はあまり変わらないけれど。幼い頃、表情が乏しかったシニエをずっと観察していたから、結構わかるのだ。


「……うん、そうだよな」


 ふふ、とシニエが微笑んでくれた。師親(両親)の前で小恥ずかしいが、頭ひとつ低い彼の頭を軽く叩く。俺達は孤巫院をあとにした。


 師父の騎獣車で家に着いた時、街の中心の方から担架布を張った飛板が四つ見えた。

 


この話は、いつも書いているサキ視点の三人称の本編より書き終えるのが早かった覚えがあります。ヨルザは私の中でちょっと癒し枠です。

次は、揉め事のあとの夜です。

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