春季ウランサー大会(一年目)
「お帰り。お前達、二人が練習しているから、今日も見るか?」
「見ます」
今週の安息日は、春季四大族合同ウランサー大会がある。ウランサーとは、繋石製の魔霊擬きを巡って七人の〈赴〉という戦士が打ち合う騎馬戦だ。したがって、騎獣を持つ二年生以上しか参加できない。敵陣の、指令を出す〈侍〉と全員を監督する〈司〉が守る魔霊を模した像を、繋石の毱をぶつけて壊すことで勝利となる。その見習い部門、人形を使う個人戦の代表として、カイヌとクミルは抜擢されたので、猛練習中なのだ。
同じ門下から二人選出されるのはロタンヨマ族では初めてのことらしい。発表された日は師父母がとても二人を褒めていた。そして、ウランサーは巫士入団試験でも実技として採用されている必修科目なので、サキ達はこうして見学しているわけなのだ。
何か仕事を言いつけられるかもしれないので、一応巫士の訓練服に着替えておく。手先足先まで覆うぴったりした黒い下着に、平たい繋石が綴られた胴鎧を前から通して、首元を合わせると、術で一気に背まで留まる。足と腕には、糸状の繋石製の鎖帷子。肘と膝には甲がついていて、これでほぼ魔霊による繋力攻撃は防げるらしい。そして裾に向かい広がる袴と、腰までの上衣を着て帯を締める。未成年なので短刀はない。編み靴(草鞋の藁を足の甲まで編んだもの。足袋のまま履くが鼻緒はない)を持って降りて家の裏に向かった。
「お、来たな。じゃあ今日はサキ、毱を上げなさい」
サンガがそう言って、家の裏の壁にかかっている鉤槍(穂先が鍋掬いのようになった槍)を差し出してきた。〈戦知〉と呼ばれる審判は、毱をこの槍で投げ上げ、ウランサーを始めさせる。カイヌとクミルは中央にそれぞれ向かい合って、先に気体にならない程度に柔らかく調整した繋力が入った布袋を巻いた打槍を持っている。人数が圧倒的に少ないから、人形に繋石を嵌め込んで、自分の意で動かせるようになっている。
サキは渡される槍を掴んで中央、二人が向かい合っている間に走った。地面に置かれた毱を鉤で掬い上げて、放り上げる。人形が向かってきて危ないから、毱を奪おうとして槍が打ち合う音を後ろに場外に駆け出た。
十五ファという短時間で戦う個人戦のウランサーは、まず人形を動かす主が〈司〉の定位置である陣の席につかなければならない。ここ二回続けて敗れているクミルは、毱がカイヌの人形に奪われたと知るや、騎獣を腰の瓢箪から出してまたがり、陣地へ駆け出した。〈赴〉の中でも、唯一鉤槍を持つ〈受〉という役職は毱を奪えるので、それを向かわせ、三人の〈守〉という〈司〉と〈侍〉を守る戦士を自分の護衛につけているのがわかる。残り三人の〈攻〉は、今回、自分に毱がある時しか使えないという制限がかかっていた。
対してカイヌは、クミルの〈受〉の攻撃を、〈攻〉一人をつけてかわしながら、ジリジリと後退していた。首にかけて口の前にある濃い茶に染まった繋石に何事か話しながら、同じように〈守〉をつけて退がっていく。
「よく七人を操れるよな」
しばらく黙って見ていたヨルザがぼやく。
「それが大変だし、繋力を多く使うから、人形を使う個人戦はあまり人気がない。だからこそ私は二人を推薦した。どうしても二人欲しいと族長から頼まれたからな。……ほら、クミルが陣地に着くぞ」
見ると、クミルがその中央にある繋石を踏んで、防護壁を作っているところだった。カイヌの〈攻〉が向かってきていて、その顔には焦りが滲んでいる。
人形の槍先が届かないところまで壁を成長させると、次は的となる魔霊像を作る。戦況をサキ達から少し離れたところでじっと見ているモリテが、口元の繋石に何事か喋った。すると、魔霊台と呼ばれる白い柱に、小さな鹿を模した金の魔霊が立ち上がった。同時に、陣に力無く座り込んでいた二人の〈侍〉の人形が立ち上がって、魔霊をカイヌの陣営から隠す。ほどなくカイヌも魔霊を作って、その後ろに仁王立ちになった。
「何か渡された」
少し前にサンガに呼ばれたシニエが、小さな繋石を十二ほど籠に抱えてやってきた。
「形はモリテ師母さんが配るから、繋力を込めて場内に投げろって。撹乱だってよ」
個人戦のウランサーはいかに相手の集中を切るかが勝利の鍵となる。本番でも毎年観客が面白がって選手の邪魔をするようで、陣地に魔霊擬きの材料になる繋石を投げ込むのだそうだ。場内には術がかかっていて、繋石が落ちれば小さな魔霊像が作られる。その形を与えるのは〈戦知〉だが、たとえ術がかかっていなくても、他人の繋力は自分の感覚に邪魔をする穴になる。
魔霊擬きを操って遠隔で繋力を補給するための繋石を首にかけ、四つ繋力を込めて投げ込む。転がった十二の繋石は一瞬で鼠や兎、猫など、さまざまな色の小動物になった。
(こうなったら全力で邪魔するか……)
ふふ、とちょっと意地悪く笑ってみる。とりあえず四個の駒を壊されないようなるべく守りつつ、両方とも邪魔する。
「二、三は槍の揉み合うあそこと、そこに駆け出して人形の足に絡みつけ。一と四は全体を駆け抜けろ」
サキは睨むように戦況を眺めながら、道筋を示して動かしていく。攻撃されて繋力が削られれば指を触れて補給し、形を立て直す。
ふと横を見ると、ヨルザとシニエの二人ともいたずらを仕掛ける子供のような、しかし真剣な表情で駒を踊らせていた。横目で動かす道筋を考えながらふふっと笑うと、ニッと笑いを返された。仲間が見つかったみたいで、ちょっと嬉しい。
三人は再び戦況に目を向け、人形の動きを邪魔し続けた。
「ふはっ、はっ、はっ。……もう! 大変だったんだからね!?」
クミルはカイヌの像を壊すなり、サキのもとに駆けてきて、その頬を突いた。
「ごめん、ごめん」
「絶対狙ったでしょ!?」
言葉は怒っているが、顔がにやけている。
「それだと全然怒ってるように見えないよ、クミル」
「ふふっ。もちろん、怒ってないよっ」
そう言って、彼女はサキの頭を軽く撫でた。
照れで少し赤くなるサキをよそに、クミルは弟達をいじりに行く。カイヌも便乗する中、わーわー騒ぐ声が裏庭に響いた。
そして、ウランサー大会当日。応援のための身支度を整えて、出かけるために自室から階下に降りると、カイヌとクミルはもう鎧姿だった。
「……頑張って」
何か言おうと思ったが、結局言葉が浮かばなくて、それだけを口にした。
「もちろん。応援してね」
「優勝してやるから、安心しろ」
カイヌがそっぽ向きながらサキの手の甲を軽く叩いた。
競技場の場所はあの中心球の中にある。出場する二人とは観客席の廊下で別れ、席に急ぐ。「絶対に我が子の活躍を見るんだ」とサンガが言い張ったせいだ。
一番よく見える高い座敷を確保しても、サンガは膝立ちして下の会場を覗き込み、全く落ち着いていない。
「はしたないですよ、サンガ。皆様が来られているのですから。また変な噂を立てられたくないでしょう?」
やんわりした巫子らしい物言いで、しかし凄みのある声で横のモリテがサンガの肩を抑えた。すでにひそひそと声が交わされるのが聞こえていたので、さすがである。
美人な妻に言われてしょげている師父を尻目に、サキも場内を覗く。短く切り揃えられた寝心地が良さそうな芝生の長方形の両端に、陣地の防護壁を作る陣が描かれていて、その中央に魔霊台がある。場内中央には、この距離でも鮮烈な輝きがある繋石の毱があった。
一族につき二組、個人戦では二人ずつ選手を出す試合は全て勝ち抜き戦である。見習いが個人と団体で戦った後、成人巫士の男、女、男女混交の三種目がある。最初に出るのはカイヌだ。二試合目である。
「違う一族の試合でも、お前達は巫士になるのだ。ちゃんと見ておけ」
空中座敷の前にある安全柵の下には、例の繋石が置いてある。
(いくらいたずらのつもりだって、まともに当たったら大惨事になるよね?)
まったく野次馬とはわからないものである。
動きの上手と下手は初動に分かれる。なるべく傷は少なくなるよう避ける、しかし当たらないとさらに火に油を注ぐ結果となる——自分や母に向かう父の拳と蹴りの動きを、必死に見ていたサキの癖だ。故郷の漁師達を見るにつけ、勘が外れたことがない。あまり飛び込みが上手くなかった若者は、波の激しい日には、大抵は海の中、そのまま戻ってこなかった。
というわけで、彼女の独断と偏見による、「動きの上手い人」をずっと見ていた。やはり、カイヌとクミルは恐らく宿主の魔霊が強いのだろう、他人より多い繋力を上手く使いこなすようにして自分の体を操っていた。
準決勝で負けてしまったクミルが座敷に来た頃、妙に後ろの廊下が騒がしくなった。
(ん?)
ヒュッという風切り音。
「うっ」
突然シニエが呻いた。その方を見ると、彼の足元に濃い緑色の繋石が落ちている。〈風〉の巫子のもののようだった。
「おい、今のは誰が当てたのか?」
正座したまま振り向くサンガの眼の光が鋭い。糾弾は彼に任せるとして、サキはシニエのそばに膝立ちしてするすると近寄った。
「大丈夫?」
「ちょっと当たった。もうあんま痛くないから……クミル、それは大げさじゃないか?」
顔を向けると、クミルが手早く懐から包帯と塗り薬を取り出していた。準備は良いが、そんなものを持ち歩かなければいけないほど巫子守の日常は物騒なのだろうか。
「ああ、ウランサーで怪我した時のためだよ。まさかこんなところで役立つとは思わなかったけど。サキ、ちょっと布を巻くの手伝ってくれる?」
「え? あ、うん」
どうやら当たったのは頭頂部らしかった。他人の繋力の塊である繋石が体に当たって、それで出血でもしたら一大事になる。繋力はすなわち死の力、巫子は身体と魂の結びつきが常人より弱いし、血管の皮も薄い。そう説明しながら、クミルは塗り薬をその当たったところに塗る。サキが巻き布の端をシニエの顎に押さえる間、近づいてきたヨルザが手早く巻いていった。
「何か頭がふわふわするとか、変な感覚があったら言って。痛みが軽くても、他人の繋力が体内に侵入していたら後から来ることもあるから。それと薬を塗っているところを触らないこと」
「わかった。……薬と包帯、どうも」
恥じ入るようにシニエが赤くなった。
「この者だと思います」
そうやって引き出されてきたのは、スリンクルの紋が刺繍された、白いカルンサを羽織った少年だった。
「軽症で済んだようだが、これで怪我でもしていたら、大変になるのだが、其方はそれはわかっているか?」
「しかも、貴方はスリンクル族ですから、一族間問題となりますが、それもご存じなのでしょうか?」
丁寧な、しかし凄みのある言葉で尋問するのはモリテだ。ふと横を見れば、ヨルザがその少年をすごい形相で睨んでいる。一方の少年の方は、まさかこんなことになるとは思っていなかったようで、冷や汗をかいているのがわかった。
(被害者もいるこの状況じゃ、多分この人は言えないだろうな)
「師父様、師母様。わたくし、シニエを医務室に連れて行きますね」
よそ行きの口調で言ってからシニエを自分の肩を頼らせて立ち上がって、ヨルザを手招きする。ヨルザは不満そうにしていたが、やがて立ち上がってついてきた。
「手当は終わっているので、少し居させてください」
頭の包帯を見るなり心配そうにしている医務室付きの巫官を置いて、三人はたくさん引き出しのある薬棚の横、長椅子に腰掛ける。シニエをサキと挟むように腰を下ろしたヨルザが、澄ました顔のサキを軽く睨んだ。
「……何でだ?」
「『尋ねるは公正に』。……昔ヒニキが言っててね、ヨルザはすごい顔であの人を睨んでいたから、本当のことを言いにくいと思って……ね」
「連れていくのは口実だなって、最初からわかっていたぞ、俺は」
ふっと笑って、シニエはヨルザを見た。無二の親友に見られた彼は、決まり悪そうに頭を掻いた。
「あー、俺の癖だ」
そう言って、照れ隠しのようにがばっとシニエの肩を抱える。
「うわっ、」
「こいつは昔からくだらないことに巻き込まれたりするんだよ。俺は後継の関係で繋力の影響があまりないから、色々世話焼いてたからな」
「ちょっ……ヨルザ」
するり、とヨルザの腕から抜け出したシニエは、「傷に障るだろ」と言いつつ、でもとても嬉しそうだ。ちょっと羨ましい。
「二人は、仲いいんだね」
「付き合いは十年になるけどっ、これからはお前もな!」
今度こそ、という感じで、ヨルザが立ち上がって正面に回ってきて、二人の肩に手を置いた。
「三人とも。迎えにきましたよ」
「他の皆は」
「サンガが連れて帰りました。目立つといけませんから」
少し疲れた顔をしたモリテが、医務室にやってきた。少しだけばつが悪そうに、ヨルザが離れ、座り直した。
「貴方と繋力の色が似ているサンガの繋石を借りてきました。わたくしは組成が弱い風ですから、少し診させてください」
「はい」
シニエは布を解いて、頭を見せた。モリテは手袋をした手で繋石を患部にそっと置く。真紅の繋石越しに少し彼の繋力を引っ張っているのか、シニエの繋力の橙色が混ざって、中のその真紅が淡くなる。
「良かった、色に混入は見られませんね。……英断でしたよ、サキ。あの少年の出身門下の師達はやったのは本当にうちの学徒なのか、と言って被害者であるシニエを呼び出そうと躍起になっていました」
「は⁉︎ ……俺は見たぞ」
モリテはヨルザを一瞥し、頷く。
「被害者側がそう言ってしまい、相手が認めなかった場合、一族間の問題ですから、即座に裁定所、及び裁定巫である族長キラナ様に訴えられます。本人の預かり知らぬところでそうなることを防ぐため、わたくしはあえて曖昧にして、選択肢を作りました」
モリテはシニエに向き直り、座った状態の彼に視線を合わせた。
「どうします? 裁定巫に訴えますか? これは巫子守の法で示された、被害者側の権利です。どちらでも、構いませんよ」
一度軽く目を見張ったシニエが、巫子らしいゆったりとした動きで首を振るのに、いくらの時間もかからなかった。
「いいえ、俺に実害はあまりないようですから。……なぜ自分に不利になることをやるのかは分かりませんが、俺は大事にしたくないので」
「お前な……」
言いかけたヨルザを、シニエは手で制した。
「ヨルザ、馬鹿らしいと思わないか? やる方はもちろんだけど、選択肢があるのに、蒸し返して争うのも馬鹿だと思うね」
「なるほど。もしかしたらスリンクル側がロタンヨマに対して増長するやもしれませんが、貴方の選択を尊重しましょう」
朝の宣言通り、カイヌが優勝してきたので、夕食の席でお祝いをした。
やっかみを受けました。このシニエの選択が吉と出るか凶と出るか。
次は、舞の講義です。




