巫子史学の講義
「今回は一年生の分の講義の一番の山場だ。巫子史学及び巫子守学。この二つは本来は違う学問だが、巫子守の成り立ちは、巫子から見た今のところの歴史に大きく関わりがあるからね」
難しいと学徒の間でも評判で、一年生で受ける講義の中で、門下で講義を何回か受けてから試験をする唯一の座学。それはサンガのこの台詞から始まった。ドキドキしながら帳面を開いて、矢立から筆を出す。
「どこからどうして魔霊が生まれ、巫子が生まれたか。それは今もあまりわかっていない。何せ今私達のいる、〈狭間〉や巫子と関わりの深い〈裏〉でさえ、理解できていることは少ない。だからこそ、私達は世界に散らばるさまざまな記録から、私達や私達には欠かせない魔霊の起源を解明し、それを人民のために役立てなければならない」
三人は神妙に頷く。サンガが表情を緩めた。
「では、本題に入ろう。巫子が生まれたのは、人が国という大きな集団を作るよりもさらに太古の昔だ」
さすがに一番初めに生まれた巫子の記録はないらしく、具体的にはわからないのだそうだ。
「巫子は繋力のせいで生まれつき死にやすい体質だから、暴れ神として畏れられていた魔霊と交信して、巫具を生み出した巫子が現れたのはだいぶ後のことであろうな。魔霊は身体がないわけだから、自分の姿を保つために巫子の繋力を欲した」
一方の巫子の方は、労働力にならない身体だということで集落から放逐された者が多く、さらに自分の身に余る繋力に苦しんでいた。こうして利害が一致し、巫具という二者を繋ぐものを作って、表面に彫った紋様に契約の形で意味を持たせ、巫子は繋力を魔霊に供給し続けた。巫子が繋力不足に陥った時は魔霊が返し、巫具を介してほぼ同質の繋力が二者の間を巡るようになったという。
巫具を持つようになった巫子は自分の中の繋力が格段に扱いやすくなり、身体を巡る中で熱が溜まってくるたびに発散していると、その地域の〈裏〉に満ちる繋力の組成が変わって、天災が目に見えて減ることになる。すると民が自然と集まってくる。巫子は稀人として人々から崇められ、魔霊は村の守護神とされた。捨てられた虚弱な人と、荒ぶる神として畏れられ半ば忌避された魔霊は、崇拝する人々の中で確かな立場を得た。
「でもそれも、永遠には続かない。巫子は人間であり、寿命があるからだ」
「魔霊って、どうやって次代の巫子を作るんでしょうね」
帳面にまとめつつ、ほとんど独り言のようにヨルザが呟く。
「私も思った。どうやって都合のいい時期に生まれる巫子を探すんだろうね」
サキが同意を示すと、サンガと首を傾げつつ口を開く。
「……恐らく、何らかの方法で魔霊は、胎児の巫子を見つけ、自分の属性粒子を注ぐんだろう。でなければ、方法次第で巫子が胎水を呼び出せるわけがない。詳細は聞いても魔霊は答えてはくれない。このことについても、今から五十年ほど前に当時の勧誘委員が乳児の巫子を連れてきて、その子の繋力を調べてわかったことだからな。次代巫子として認められ、帯結いで巫具を受け継ぐまで、繋力中の属性粒子は極端に少ないのだ」
「その裏付けがあったことで、巫子と巫具の魔霊の繋力がほぼ同じほどの深い関係は後天的なもので、巫子の誕生に魔霊が関係していないことがわかったのですね?」
「そうだ。よくわかったな、ここまでの話で」
「こいつは昔から状況を把握するのが上手いんです」
「そうか。指揮官などに向いているかもな」
「……考えてみます」
それでシニエの話題は終わり、サンガは前の板に何か図を書いていく。
「魔霊の芯は今私たちを生かしている魂だ。死んだ肉体から離れた魂は、ここ〈狭間〉で一切の生前の記憶を捨て、繋力の満ちる〈裏〉で自我を浄化された上で、再び〈表〉へと生まれてくる。ここはわかるな?」
それぞれが頷く。
「魔霊は記憶を捨ててもなお自我が強く、その念が繋力を巻き込み、成った存在だ。ゆえに、時間と距離の感覚がない。なのにだ、魔霊が次代を探せる範囲には限りがあり、その魔霊がどれだけ繋力を蓄えられるかでその範囲は変動する。この範囲を、巫子守の巫子史学研究者は『村』と呼んでいる。この定義は中心球の試験でも出やすいからな、しっかりまとめておけ」
「はい」
返事をしたら、鐘が鳴り響いた。講義終了の合図だ。
「途中だが、今回はこれで終わりだ。今日はすごく詰め込んで頭がふわふわしているだろう。わからなかったらまた聞きにおいで」
短いですが、あげておきます。次は、初めての行事、ウランサー大会です。




