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学徒院での初講義

 早速翌日から、中心球でも新しい学年が始まった。基本的に講義のはじめの試験は中心球内部の学徒院で行われる。門下でいちいち試験官として〈示教管理者〉を派遣するとしても煩雑になるし、科目によっては一門下が用意できないような、高度な技術を用いた繊細な繋力器が必要になるからだ。


 特に学期制を履修する学徒は、通常より早く講義を済ませて、進級のかかった初夏の前期履修程度試験に備えなくてはならない。つまりは、共通基礎と言われる簡単なもの——一般教養はおろか、陣学、薬や用具の作成、実技は繋力の構造と扱いなどは、不合格になっていられないのである。


「覚悟はしてたんだがな……やっぱ、きついな」


 カイヌにそりで送ってもらった午後、書包を持って講義室へ急ぎつつ、ヨルザが肩をすくめた。


「必ず進級しないと、皆が俺達を引き取った意味もなくなるからな。イナーグアさんも頑張ってくれてたし」

「学期制って優秀じゃないと、勧誘委員会と示教巫の許可が出ない意味がわかった気がする……」


 しみじみ思ったサキだった。

 


「説明をします。静かに」


 学徒院大講堂。その階段状になっている床は、席の位置を線でつなぐと、縦に半分に割った椀のようになっていて、その一番低いところに先生がいる。既婚者の証として髪を編んだ男の教師で、いかにも研究者のような、厳しい目つきをしている。


「まず、皆さんはそれぞれの族の象徴色になっているところの席に階級順に座ってください」


 四大族には、それぞれ象徴色というものがある。スリンクルは神鳥ラワトの胸元の羽の色である燕脂、リナサンルはよく晴れた海の濃紺、ショナラマは砂漠の砂の黄土色、ロタンヨマは女性に抱かれた赤子の服の薄緑だ。その色が、座るところの柔畳にかけられている飾り布の淵に刺繍されているのだ。


(えっと……甲級中位)


 先生から結構遠くて高い。でも、探すのに手間はかからなかった。


「仕切りを作りますね」


 実に速い動きで彼は筆を動かして、陣を空中に象っていく。その動きに合わせて、サキの正面と左右につるりとした木の板が立っていく。それは先日の入門試験と同じ、ただ違うのは正面に繋石製の板があるのみである。拡声器でも使っているのか、先生の声はこの距離と仕切りがあるにしてはやけにはっきり聞こえる。


「問題はその板に映し出されます。問題を書き写してから解答して下さい。筆を置いてしまうとその時点で回答用紙は私に送られますから、ご注意を」


 机から羊皮紙と繋力でかける筆が出てきた。未毘古産の植物の繊維を使った紙と違って、羊皮紙は高価だが丈夫なので、繋力を洗い流して使い回せるらしい。記名して、周囲が全く見えない静寂の中、次の指示をじっと待つ。


「では、始め」

 


 時間が終わって、筆を置くと同時に羊皮紙がスッと消えた。一拍おいて仕切りも消える。


「……集計したので、発表します。合格者、丁級は全員合格」


 下からほっとする声が聞こえた。丁級には予算金があまりもらえない席下の門下も少なくないし、十分な質の教材も用意できないと聞く。


(……あれ? 丁級って意外と……)


 最初はそう思ったが、丙級、乙級と合格者が少しずつ少なくなっていく。甲級下位になってくると、合格者が出るたびに「おお」という歓声に似たどよめきが上がるようになった。


(そうか、階級で合格点が違うんだ)


 それでは、下の者ほど合格者が多いように調整されているわけだ。


「甲級中位、サンガ・ロタンヨマ門下。全員合格」


 どよめきが上がる。


「甲級中位ともなると、九割ほど取れないと難しいと聞くぞ」

「さすがは学問のロタンヨマだな。でも私達のスリンクルが負けるはずはあるまい」


(そういえば、ロタンヨマはここ数年躍進中、って聞いたような……)


 そうだとしたら、ロタンヨマの門下に入れたということは、それなりに優秀なのか、自分は。


(何だろう……嬉しい)


 そういう普通の感情を感じられている自分に一番驚いた。

 


 次は陣学に用いる記号をちゃんと暗記しているかの試験だ。勉強していれば余裕で答えられるくらいの難度だった。


「なんかまた騒めいてるな」


 呟きを聞いたシニエが目をすがめる。


「……ヨルザ、少し周囲には気を配らないと。去年のカイヌ達みたいになるぜ」

「まあ、そうだけどさ。優秀さを見せることで、この先が少しでも有利になるなら、俺は努力を惜しまんぞ」


 丙級中位から下は、本当に志望できる現役三役の内の役職が少ない。少し前に聞いた話では、そのような者達は一番危険で不確実な実地任務に当たることが多いらしい。入団式で見た対籠近くの女性のやつれ具合を思い出すと、頷けるものがある。


「せっかく大変な道を選んでるんだから、頑張らないと割に合わないよ」


 ヨルザに賛同するようにサキが言ったので、シニエは呆れたように頭を振った。

 次は繋力学の基礎、これまたほぼ復習で、合格を勝ち取るのには造作もなかった。初講義で全て合格を勝ち取った達成感を胸に、三人は家に帰った。


「三つとも合格してきました!」


 玄関に入るなり、嬉しそうに報告したのはヨルザだ。


「お、すごいじゃない」


 居間に置いてある綿詰めに転がっていた身体を起こして、クミルは笑顔で言った。


「初っ端の一般教養で、一番に解答を送って全問正解した奴が言うんだから、そりゃ頑張ったさ」


 迎えに来てくれて、わかりにくい褒め言葉を言いながら、カイヌは不器用に三人の頭を順番に撫でる。


「もう、兄さん。弟妹の褒め言葉にわたしの話入れるのやめてよ。褒めの密度が減るじゃない」

(褒めの密度って、何?)


 苦笑気味に思った。クミルはたまにこういう変な表現をすることがある。


「じゃあ今日は夕食を少し豪華にしないとダメね……赤飯にでもしましょうか」


 台所から師母《母》が顔を覗かせて言う。


「三人ともよく頑張ったなあ。私は誇りに思うよ」


 師父《父》は大股で近づいていって、シニエとヨルザを抱きすくめる。「わっ⁉︎」と二人は言っているが、直後、懐かしそうに嬉しそうに顔を綻ばせる。


「無論、サキもだ。うちの子達は頑張り屋で嬉しいなぁ」

(これが、普通の家族の姿なんだろうか)


 そうだとしたら、自分はなんて幸せなのだろうか。


「皆、ありがとう」


 そう返すのが精一杯だった。


学徒院では毎日のように試験が行われています。サキ達はすごいですね。私には無理。

次は、時系列的にきついので巫子史学の話です。短い。

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