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入門式

 風呂に入って身体を清め、クミルに着付け方を教えてもらいながら正装をまとう。アウネシアでは胸を覆うさらしと腰巻きしか着たことがなかったから、上質な衣をきっちり重ね着して重い帯を締めるのは、とても新鮮な気分になる。


 先に糸飾りがあって、ちゃんと着ても手が隠れるほど袖が長い上衣は、裾が袴の上にもかぶって、くるりと回れば、帯下の布地が舞う。凝った刺繍のされた本帯をクミルに締めてもらって礼を言うと、彼女は微笑んだ。


「全然いいんだよ? ……それと、これはわたしから」


 懐から取り出した髪結い紐で、うなじの髪をクミルは結ってくれた。姿見に映すと金剛石のような透明な石が、さまざまに染められた色彩豊かな紐の中に編み込まれている。


「綺麗……」

「でしょ? 露店街で探してきたんだよ」

「え? ここの巫子って外出できるの?」


 日常の淡々と済ませる買い物ではなく、そういう品物を吟味し、時間のかかる買い物は、巫子には危険すぎてできないのではないか。そう思って聞いたら、クミルは何ということもない顔で言った。


「巫子守には互支村ごしむらといって、魔霊を倒して……あ、いや〈弔って〉ね、その村の人々の暮らしを保障する代わりに、こちらが必要な時に頼るところがあるの。そこに今朝行って買った」


 魔霊は〈裏〉の繋力を介して災いを〈表〉にもたらす。野放しにしていると、作物や家畜に影響が出るから、魔霊を〈弔い〉鎮まってもらうことは、村人にとってはありがたいことなのだ。


「さ、行っておいで。地下室で式はあるけど、ちょっとびっくりすると思う」

「……うん、行ってきます」


 びっくりする、という言葉に不思議なものを感じつつ、廊下に出ると、ヨルザとシニエが模様の違う雰囲気は同じ衣装を着て、地下室への階段の前に立っていた。


「なあ、ここに入るのか? サキ」

「何? えっ、知らないよ……」


 ヨルザが不安げに見下ろすのは、よく切れた卵白が溶かされたような、わずかに濁りととろみのある水の溜まった地下への階段だった。なぜ水で満たさなければならないのか全くわからない。


「大丈夫だ。その水の中は息ができる」


 ぼそりとカイヌが言った。


 恐る恐る、三人は階段を降りていく。ぬるま湯に浸かっているような感覚がするのだが、不思議と濡れた感じはしなかった。階段の中ほどまで降りた時に、額が疼くような感じがした。目を閉じても、何となく視界が明るい。おまけに、体の芯が変に熱くなってきた。繋力のせいだ。


(ああ、これが〈目〉か)


 何の疑いもなくそう思った。二人に視線を向けてみたら、二人もしきりに額を気にしている。


「〈目〉を開かせるためだったのかもな」


 地下室にはサンガとモリテが待っているはずなので、ともかく先を急ぐ。


「やあ、来たね」


 水で浸された薄暗い地下室でもサンガは輝くような笑顔で出迎えた。モリテも、笑みを湛えて何かの盆を持っている。


「この水、〈胎水(たいすい)〉は巫子を一時的に帯結い前の、魔霊の庇護下に入る前の体の状態に戻す力があるんだ。巫具を使ってしか呼べない特別な水だ。そして、繋力制御ができなくて別世界に飛ばされてしまうのを抑えてもくれている」


 そう説明してくれた頃には、三人は息も絶え絶えになっていた。幼い時、いつも隣にあった死が、いかに自分の魔霊によって遠ざけられていたか、身をもって実感した。かつていつも感じていたとはいえ、長らく感じなかったあとに、急にその波がやってくるときつい。


「ヨルザ、こちらに」


 少し式のあらましを教えてもらったあと、モリテがヨルザを呼んだ。三人の中では意外にも最優秀だったヨルザが、心なしかゆっくりとモリテの前に進み出る。このように、一つの門下に二人以上が入る時は、成績によって弟子の序列が決まる。モリテのする仕草に従って、丁寧にヨルザは跪く。


「わたくし達の次男、ヨルザにこの冠を与えます。我らの新しき同胞(はらから)に祝福を」


 そう呪文のように呟いてモリテは、ヨルザの額に繋力の線で浮かぶ〈目〉を隠せるほどの繋石を、そっと押し当てた。すると、繋石は彼の〈目〉の形にぴたりと嵌まるように変形し、左右に環の形をつくっていく。まるで元からあったものが復活して出てくるかのような、精巧な紋様が環に描き出されるさまに、サキは感嘆の息を吐いた。


 環の形が出来上がると、ヨルザは自身の環に溜まった繋力を指で伸ばすようにして、モリテの環の石に放った。


「私を家族として扱ってくれること、感謝します」


 どこから出してきたのか、サンガが真っ白な上物のカルンサをヨルザの肩にかけた。糸飾りのついたそれがずり落ちないよう、押さえつつ立ち上がるヨルザの肩にサンガは手を置き、胸にかけて滑らせる。それに沿って留め具ができていく。留め具の端を反対側の肩に留めながら、彼は言った。


「この白のカルンサは、どんなものでも吸い取ってさまざまに染まる、という意味がある。学徒だけのカルンサだ。背の金糸の縫い取りはロタンヨマの紋、『抱擁の母子図』。それに恥じぬように、学業に努め、巫子に自由を与えるために励みなさい」

「はい。私、ヨルザ・ロタンヨマ・ラフロは、掟に背かず、ただ此の身と一生を巫子の自由に捧げることを誓います」


 何だろう。儀礼句を一言一句違わず述べるのを見ると、今まで、ヨルザが若緑の瞳にいつも浮かべていた、からかいの色が消えて、すごく利口に見える。横のシニエが口元を押さえた。肩が小刻みに震えているのがわかる。つられて、自分も唇がひくひくと動き出した。

 自分の式が終わって、ゆるりとヨルザが振り返った。


「何かおかしかったか?」

「何も?」




 サキ、シニエと入門式が終わり、その〈胎水〉から出る。今まで自分を取り巻いていたふわふわした感じが消えて、やはりこの感覚は〈胎水〉が作っていたものなのだとわかった。

 サンガとモリテが出てきた。その瞬間、ざあっとその〈胎水〉が引いていく。


「これは君達の卒門式で使うまでお預けだ。さあ、食事にしよう。腹も減っているだろう?」

「はい」


 カイヌとクミルが、モリテと一緒に台所に駆け込んでいく。つられてサキ達も行こうとしたところ、サンガに「おっと」と止められた。


「今日は君らが主役の歓迎夕食だ。部屋に戻って着替えてからおいで。……さあ、今日はカイヌが腕を振るうぞ!」

「やめろよ、師父とうさん」


 頰に朱が差したカイヌが台所から言ってきた。カイヌは料理が上手いらしい。

 三人はそれぞれ部屋に戻った。



「さ、さ、これで手を洗って」


 クミルが水盆を差し出してきた。濡らして洗い、巫子守の普段着の帯に引っ掛けた手拭いで拭う。


「お茶をすぐ出すから、待っててね」


 ぱたぱたとクミルは台所に戻っていった。

 本当にお茶はすぐ出てきたが、じっと待つのはなんとなく気まずい。二人と顔を見合わせ苦笑し合う。ふと台所の方に顔を向けると、サンガまでもが割烹着を着て料理に加わっている。


(へぇ、師父(ちち)も家事をするんだ)


 サキの父は全くそういうことをしないばかりか、少しでも瑕疵があったら母を怒鳴りつけて、それから夜通しの揉め事に発展することも多々あった。多分この光景を幼い自分が見たら、とても驚いていたと思う。これがロタンヨマの柔軟さなのか。


 しばらくすると、香ばしい、なんともいい匂いが鼻をくすぐり、ほどなくして、茶碗に盛った飯とおかず、汁物が運ばれてきた。おかずは汁がたっぷりの肉と野菜を炒めたもので、鳥の卵が入った小皿も置かれた。どうやら卵を絡めて食べるようだ。このようなものはアウネシアにいた頃、年に一度未毘古を訪れていた時のご馳走でも食べたことがない。豪勢なものである。


「トウの実(金柑大の実。濃厚な甘味がある)もあるわよ」


 モリテが言って、そのトウの実がどっさり入った大椀を、食台の中央に置いた。

 サンガが、炒め物を箸の頭で掴み、それぞれ分けて手際よく家族の取り皿に乗せていく。


「おかわりは箸の頭でね。では、頂こうか」


 サンガは両手の親指と人差し指で繋がった輪を作った。その輪に感謝するように頭を下げ、食事に手をつけ始める。皆もそれを追って真似て、食べ始めた。


「わ」


 不意にヨルザが声を上げたので、サキはびくっとしてしまった。


「あ、サキ、ごめん。いや、新鮮な卵だなと思って……」


 弁明する彼の視線を受け、割り落とされたばかりのヨルザの卵を見る。確かに黄身がぷっくりと盛り上がり、色も濃かった。


「ああ、それは互支村で今朝もらったものだ。どんどん食べなさい」

「はい」


 思った通り、夕食はどれもこれもおいしかった。サキ達は競うように食べ終わり、就寝の挨拶を済ませて自室へ戻った。


 未毘古特有の平たく円い寝台に身を滑らせ、サキはすぐ、深い眠りに落ちていった。

 


入門して、初めての食事です。頑張って美味しそうに書いてみました。

次は、ロタンヨマ族の歓迎会(一年目)です。

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