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新しい家と家族

「では、今まで住んでいた場所から荷物を取ってきてください。今夜はこの大座敷に寝袋を敷くので泊まってください。明日の朝一番、あなた達の門下に私達が送ります」


 指示された。

 とはいっても、持ってくる荷物といえば自分達の食器と置いてきた巫具、調理用の短刀ぐらいだ。もったいないので、少々残った食糧も持ってくるべきか。結局、皆で行って持ってこようということになった。

 大座敷の入り口にある移送陣で岩穴に向かう。思っていたものをとって、すぐに戻った。


「とってきました。あ、これはサンガ師への差し入れです」


 荷物を預かろうとした職員にシニエが説明しているのを横で聞きつつ、サキとヨルザは寝袋を敷いていた。


 大座敷は消灯された。廊下から漏れるわずかな光が心を安らげる。

 もそもそと寝袋に潜り込めば、何ともいえない幸福が胸に広がってゆく。望んだところに自分の力で辿り着けたのだ。達成感と充足感が全身を駆け巡るのを感じながら、三人はそっと眠りについた。

 

「ほら、そろそろ起きなよ。朝飯片付けられるぞ」


 揺さぶられて、ぶれて聞こえるヨルザの声に目を覚ます。巫子守防護壁に映った空——「紛い空」というらしい——はとうに夜明けを過ぎて、燦然と輝く太陽がまるで〈表〉にいる時のように明るかった。

サキはふあ、とあくびをして、ヨルザの手首を掴んでゆっくりと払いつつ起き上がった。


「……ありがと。もう時間がないね」

「そうだよ。お前の分残してあるから急げ」


 頷き、カルンサをまとう。〈狭間〉は名の通り〈表〉と〈裏〉の間にあるので、カルンサを着けなければ、よほど意思を強く持たない限りすぐに体がどちらかに飛ばされてしまう。飛ばされたのが〈表〉ならまだ良いけれど、〈裏〉に飛ばされると危険だ。だが、巫子守内部は例外のようだった。

 顔を洗い、食堂に残された朝食を食べる。他に人はいなかったので、本当に自分は起きるのが遅かったと実感した。


 昨日持ってきた荷とミグロンは、巫具を除いて全て門下に送られていたらしかった。試験も無事終わって、当分の暮らす場所ができた。その実感を持つと急に、久しぶりに波の魔霊と話したくなった。


 ——ようやくこちらに呼びかけてくれたか。


 憎まれ口を叩く魔霊に返す。


 ——それはごめん。そういえば、繋力供給ぐらいしかしてなかったね。


 冬の間は、勉強が忙しすぎて互いの生命維持に必要な繋力供給しかやってこなかった記憶がある。


 ——何だ、その言葉遣いは。これから巫子守に入るのだろう? 親しい者との間では良いかも知れぬが、場合によるのだぞ。人を見極めろ。

 ——はいはい。

 ——返事は一度でよろしい。


 最近封印を緩める機会が増えたから分かったことなのだが、この魔霊はけっこう説教をしてくる。脳裏に直接響くような声は冷たい感じがするが、それでも相手は元は魂だ。思いを包み隠す肉がないから、心配しているのがわかる。それで、割とするりと説教の内容は頭に入ってくる。


 昔は巫具の魔霊は神聖なものであるとして、封印を緩めるのを〈若〉達、特にカユンカが許さなかった。でも、魔霊との会話がこんなに楽しく、ともすれば人間との会話よりも安らげることを知っていたなら、誰もいない時を狙ってこっそり話したかもしれないと、サキは考えた。


「サキ、移送陣の準備が整った。行くぞ」


 サキは再び封印を締め、小走りで二人の後を追いかけていった。

 

 てっきり移送陣は門下につながっていて、話に聞くサンガやモリテに会えるものと思っていた。だが、着いたのは門下郷入り口の採寸室だった。


「おめでとう、三人とも。わたくし、昨日少し泣いてしまったわ」


 出迎えたのは、イナーグアだった。


「イナーグアさん⁉︎」

「貴方達は何を言っているのです? 私は勧誘委員副長です。新しく入る者の衣装の採寸も仕事の一つです」


 フン、とどや顔気味に言われれば、圧倒されるしかない。

 こうして三人は、男女別室に分かれ、採寸を始めるのだった。



「……疲れたね」

「これくらいで疲れてちゃいられん日が続くと思うぞ、俺は」

「まあな……考えたくないが」


 いくら言葉遣いが似ていても、サボり性なヨルザと真面目なシニエである。

 採寸が終わって手渡された頭陀袋には、パンパンに衣装が詰め込まれていた。特に三人は二つの課程を兼ねるので尚更だ。いつも着るというぴったりした下着の上下、袖先には手甲形の布が付いている。儀式に出る時や行事に着る華やかな正装、巫士の武装である舞服、巫官の調合服。門下で着る普段着、魔霊との戦いを考慮した模擬戦ウランサーの競技服。他にも、門下で弟子の証としてもらう額環(がくかん)やお守りなど、どんどん増えていくらしい。

 門下の自室には箪笥があるというが、本当にこれだけの量が入るのかとイナーグアに尋ねてみた。


「あら、わたくしの〈師上の兄(義兄)〉がそのような小さい箪笥を用意するわけがないでしょう?」

「……え⁉︎ イナーグアさん、サンガ師父しふと兄妹だったんですか⁉︎」


 驚きすぎて、サキは採寸室に大声を出してしまったのだった。


「……それはそうとお前、最近明るくなったな」


 突然、ヨルザに言われた。


「え?」

「顔が良くなってる。ほら、もうすぐ移送陣に着くぞ」


 真っ先に駆け出していく、そのヨルザが振り返ってニッと笑った。その対応に慣れていないサキが赤面し、横のシニエがヨルザを睨んだのは言うまでもない。


 彼らが、席上でも上位の門下には珍しく北西部〈郊外〉に構えるサンガ・ロタンヨマ門下に辿り着いたのは、昼のことだった。

 


 円形になっている門下郷の北西部〈郊外〉は、その正門とは真逆の方向にある。〈郊外〉は掟破りをした団員が収容される刑務所や見習いの年に満たない巫子の子供が入る孤巫院、巫士の治療などを担う医療塔が隔離されている場所なので、特に保守的な——しかも全団員の半数を占めるスリンクル族はここを忌避する。他の氏族もここには門下を構えたがらないから、どうやら自分達が入る門下は変わっているらしい。

〈郊外〉は繋力が〈裏〉で変質した土を蒔き、耕したのちに種を蒔いて薬草畑が点々とあるような感じである。さらにその間は草で埋まっている。栽培された繋力関係では貴重な薬草は、医療塔で用いられるらしい。春になり、細々《こまごま》とした花が咲いているそれを踏まないよう、三人は慎重に昼が映る闇を歩く。


「つっ」


 ふいにシニエが小石につまずいた。転ばずには済んだものの、妙に気になったので、先を歩いていた二人は駆け寄った。


「どうした?」

「いや……ん?」


 シニエが左の虚空を凝視していた。つられて、二人も視線を向ける。ヒィー、と空を切るような音がかすかにする。

 長弓用の矢だった。しかも、それはこちらに向かってくる。


「うわぁ!」


 三人は転がるようにして飛び退いたが、もともと射手は誰かに当てる気はなかったようで、(やじり)のない鏑矢(かぶらや)は吸い込まれるように、さっきシニエがつまずいた小石に当たった。

 こつ、とその鏑が小石に当たった途端、小石が光り出した。と、その先、草原に紛れ込むようにあった小石が光り出す。どうやら小石ではなく繋石だったらしい。


「へ?」


(……道筋?)


 よくわからないがとりあえず、三人は光っている小さい繋石が指し示す道を追っていくことにした。

 急斜面の丘を登っていくと、越えた先には大きめの民家のようなものがあるのがわかった。

 裏には大きな庭があり、その玄関に向かって光る繋石の道は続いている。おそらくあれがサンガ門下だ。

 カタリ、と門扉が開いたのを注視すると、自分達と同じ年頃の少年と少女が二人、手を振るのが見えた。

 三人は目を輝かせて、丘を降りていった。

 

「ようこそ、わが家へ。わたしはクミル。そっちはカイヌ兄さん」


 目があって開口一番、クミルは雲間から日が差したような、明るく暖かい声でそう言った。少し緑がかった金に近い色の瞳が、玻璃でも入っているかのように煌めいている。


「ウチのクミルが悪かったな。矢が来てびっくりしただろ?」


 南国風の色素の薄めな髪を未毘古風に結ったカイヌはクミルとは反対に低くて、しっかりした声質である。どうやら、さっきの矢の射手はクミルだったらしい。もしかしたら、彼女の巫具は弓かもしれない。


「まあまあ、とにかく入って、ウチの師親()に会わせてあげる」


 たったっ、と軽い足取りでクミルは玄関のほうに行く。


「おい、置いてきぼりにするなよ。……悪いな」


 カイヌは肩をすくめ、三人を先導する。サキ達はその後を追っていった。

 カラカラと音を立てて、引き戸が開いた。それと同時に、中から立ち上がる衣擦れの音がする。細身だがかっちりした体躯に似合う編んだ髪を背中に垂らし、その男は近づいてくる。その長身ぶりは、この年にしては比較的背の高いヨルザも見上げねばならないほどだ。彼は中腰になって、にこりと笑った。


「初めまして。私はサンガ。この門下の長をしている。共通実技・分派実技は私が、座学はモリテと二人で担当する。君達が入ってきたからには全力で教え、立派な団員にしてみせる。安心してほしい」


 すぐにするりとよけ、前を譲る。入れ替わるように出てきたのは、聖母だと言われても納得しそうな、穏やかな雰囲気の中年の女。理知的な紫陽花の瞳は慈愛に満ちている。


「ようこそ、わたくし達の門下へ。モリテです。実技はあまり得意ではないから、共通座学と分派座学を担当しています。あなた達の〈師母《母》〉として、精いっぱい努めるので、よろしくね」


 三人もそれぞれ名乗り、礼をする。


「……では、二人に自室に案内してもらいなさい。カイヌはヨルザとシニエ、クミルはサキだ。私達は入門式の準備をしておく」

「はい、師父とうさん」


 男子の部屋は一階のようで、サンガに応えると、カイヌは二人を居間の奥に連れていく。


「君はこっち」


 サキに向かって手招きをしつつ、クミルは正面の階段を登っていく。慌てて頭陀袋から布製の柔い上履きを出して履き替え、その後を追った。


「あの……クミルさん」

「ふふっ……クミルでいーよ。何? 気になることでもあった?」


 顔だけ向けるようにして彼女は返すが、その柔らかい口調は、モリテのそれと似ている。


「……じゃあ、クミル。入門式って、何をするの?」


 二階の廊下に出たクミルが、さっと振り返った。


「普通、門下では内々に行われるけどね、はっきり言えば、これをもらうの」


 そう言ってクミルは自身の額を指差す。かぶせ[#「かぶせ」に傍点]のない繋石がはまったがあった。


「ここの、眉間っていうのかな、とにかく繋石があるところにね、わたし達はもう一個〈目〉があって、わたし達はそこから繋力を発散するの。帯結い前は瞼が薄くしかなくて、そのせいで暴走しやすいんだけど、魔霊と巫具で触れ合ってからなら、それほどでもなくなるの。そして、巫子守でもらうこの環には、魔霊の繋力制御を助けてくれる働きがあるんだよ。……さっ、サキの部屋はここだよ」


 見ると、『ソルカ』の文字が焼印で捺されている戸があった。クミルが戸を開けてくれる。礼を言いつつ、中に入った。

 そこにあったのは、巫女造の祈祷の間とその周りに一続きにある謁見の間ぐらいの広さは優にある部屋だった。左手奥には、すだれと帷が垂らされた見るからに立派な寝台がある。そのほど近くには身丈ほどの鏡があり、大きな箪笥がある。


「こんな立派なの、もらって良いの?」


 巫子時代に戻ったような感じだが、どうにも立派で少し気後れがする。


「全然。わたしの部屋もこのくらいはあるよ?」

「そうなんだ」


 どうやらここの常識を理解する必要があるらしいことをサキはなんとなく理解した。

 突然、クミルが手を叩いた。


「まず、秘密基地を作らなきゃね」

「秘密基地?」

「まあ、それは誰でも持ってるから、秘密って言うほど秘密じゃないんだけどね。でも自分の繋力で作るから、自分で許可しない限り邪魔は入らない」


 そう言いながら、クミルはサキの寝台の帷をまくった。寝台の陰から浅めの壺が出てくる。口はサキの片足が入れられるほど大きい。


「足袋を脱いで足を入れて。中に植ってる繋石に繋力を注げば、空間ができるから」


 言われるまま裸足になって壺に足を入れた。底にぴったりと吸いついたなめらかな繋石の感触を感じる。と、ものすごい勢いで繋力が吸われ始めた。咄嗟に手に持っていた槍を強く握り、魔霊に繋力を流す補助をしてもらう。


「うわっ!」


 繋力の吸収が終わった途端、すっぽりと壺の底が抜けた。そのまま中へと落ちかけて、槍に掴まる。体重を槍に少しかけて慎重に床に足を下ろしてから、中を覗き込んだ。


 奇妙な空間が眼下にある。薄暗い空間は毛羽だった紙か皮を張ったかのように、薄暗い茶色の内壁がごわついている。空間は丸っこい靴のような形をしていて、その奥から妙に照っている光でなんとか見える感じだ。


「……入っている時に壺を動かされたら、どうなるの?」


 足袋と上履きを履きながら、サキは訊いた。


「何もないよ。ひっくり返されたら落ちるけどね」


 はしごを作るから、と言って、クミルは壺の入り口近くの縁に何か紙を貼りつけた。それが壁に吸い込まれたと思うと、内壁が隆起して、階段が作られた。


「さあ、入ってみて」


 そろそろと上履きの足をかけ、階下へと降りていく。後から軽い足取りでやってきたクミルが、次々と紙を貼りつけて、その度に、机やら椅子やら、休むための寝台など、さまざまな家具が隆起してできていく。


「こんなもんか。じゃあ、残りの家具の紙は置いておくから、必要になったら壁とか床に貼りつけてみて」


(誰でも持ってる秘密基地って……どういうこと?)


「……クミル達は、この部屋をどう使ってるの?」

「巫官の課題研究が主かな。一人でやれって言われるからね。……たまに何かでイラッとした時にこもったりするけど」

「へぇ」


 どうやら、ここは完全な自分の部屋らしい。クミルの顔を見ると、彼女はわずかにむくれているように見えた。


「兄さんは結構雑なところがあるから、ちゃんと教えてんのかなあ。サキの知り合いなんでしょ? あの二人が心配だよ」

「そうかな」

 カイヌのさっきの態度を見ても、そうは思えなかったが、もしかしたらぞんざいな面もあるのかもしれない。どちらにせよようやく見つけた保護者達だ。自分を良く見せておきたい。


「君はお風呂に入っておいで。一階の居間の奥にあるから。上がったらすぐ入門式なんだろうけど、サキは正装の着方知ってる?」

「まだちらっとしか衣装は見てない……」

「じゃあ、手伝ってあげるね」

「えっ?」


 出会ったばかりだというのに、着替えを手伝ってもらうなんて。


「迷惑じゃなければ、気にしなくて良いんだよ。着付け方を教えるだけだし。それにさ」


 少し彼女は微笑んだ。秘密基地が薄暗いから、その笑みに深い色を落とすが、それを撥ねのけるほどの明るい笑顔だった。


「わたし達、もう家族なんだよ?」


 じゃまた後で、と言い置き、クミルは軽い足取りで秘密基地を出て行った。

 


 サキはしばらく、そこに立ち尽くしたまま動けなかった。……そして、急に恥ずかしくなった。それは、先ほど感じた部類の恥ずかしさではなく、ただ、せっかくクミル達が自分達を快く受け入れようとしてくれていたのに、自分は何だという、そういう恥ずかしさだった。


門下での生活が始まりました。次は入門式です。

※近々ボツにした短編を供養する場所を作ろうと思っています。よかったらそちらもぜひどうぞ。

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