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入団試験

 それからというもの、三人は怒涛のように勉強に取り組んだ。今年の受験者名簿に載るのが遅かったので、他の受験者達と大体同等の、またはそれ以上の学力を身につけるのは、相当な努力が要る。


「うう……私、手が動かしにくくなってない?」


 三人は朝早くから日が落ちても、イナーグアに借りた発虫灯籠を明かりに勉強した。だが、サキは初めて未毘古で過ごす冬なせいか筋肉がこわばって、思うようになかなか動かせない。アウネシアでは室内にずっと押し込められていたし、冬というものがほとんど気候的になかった。初めて見る雪に、初めての肌を刺す寒さで、彼女は戸惑った。


「まあ、巫子にはあるあるだと思うぞ。寒くなればなるほど難しくなる。灯籠に近づいて温めてみろ。少しはマシになるかもしれん」


ヨルザがぼそっと言った。サキと違い、未毘古でも北の方に生まれている二人は、やりにくそうなものの慣れているようだ。囲炉裏の火もそうだが、こういう場面でもシニエの魔霊の朱雀が大活躍していた。


「うん。そうする」


 針にいる朱雀の余裕がなさそうだったので、サキは勉強道具を持って発虫灯籠に近づいた。手を握ったり開いたりしつつ、血の巡りを少しでも良くしてみる。割と明るくて暖かい、発虫灯籠の発虫はその特性から〈表〉への耐性があるので、こうして長く別世界に持ち込んでも良い。夜の勉強には大助かりだった。イナーグアも彼らのやる気に好感を持ったようで、熱心に講義をしてくれた。


 じんわりと筋肉が緩んでくる。ついでに、ちぢこまった感じのしていた足や手の腱を伸ばす。少し動きやすさが復活したように思う。


「いけそう」

「それはよかった」


 シニエが笑って応えた。


 三人はめきめきと実力をつけ、年明けすぐに行われた準備試験では、サンガ門下にこのままいけば受かりそうな成績を出した。

「あなた達の努力です」とイナーグアは褒めてくれたが、イナーグアの講義がなければ、これもなかったのだ。そのことを寝る前に二人に話すと、笑って肯定してくれた。


「俺達結構馬鹿な方だから、イナーグアさんがいないと無理だったよな」

「あとは、忘れないようにしなきゃね」


 そうやって、冬が過ぎていく。サキが今までで最も早いんじゃないかと思った、時間の経過の速さだった。

 そうこうしているうちに雪が少し溶ける頃になって、試験前日になった。


「今日の夜は勉強はさらっと確認だけして、早めに寝てください。夜明け後二半キ後には試験が始まるので、それまでにはカルンサを着て、必ず着いておいてください」


 そして夜明けの時間に設定された目覚まし鈴を貸してくれた。その夜は忠告通り、最終確認だけして眠った。


 …………リリリリリリリリン…………!


「うわっ!」


 予想以上に目覚まし鈴の音が大きく、全員がびっくりして跳ね上がった。顔を見合わせ、笑いあう。とりあえず、寝坊はしないでよかった。

 すぐさま着替え、簡単な朝食を済ます。その残りで作った弁当をそれぞれの筆記具などが入ったミグロン(背負えるような大きな巾着)に入れ、背負った。貸してもらったカルンサを纏う。


「じゃあ、行くぞ」


〈狭間〉に入れるように、合格するように、祈りながら足を踏み出せば、するりと視界は闇に包まれた。移送陣に乗り、三人は跪いて繋力を流す。群青、若草、橙に、それぞれ染まり、石鹸膜のようなものが三人を包む。と、膜越しに見ているせいか、目の前の景色が歪んだ。少しくらっと来て、後ろによろけると、ヨルザとシニエに頭をぶつけた。同じく二人もよろめいたらしい。小さく笑いあった。


 しかしそれも一瞬のことで、泡の膜が割れた時は、また厚い膜の前にいた。


(これが、防護壁か)


 移送陣の膜よりも五倍ほどは厚かろうというそれに、指輪の石を押し付ける。するりと溶けて、穴が空いた膜を抜けた。


「わぁ」


 その膜の内側にはすがすがしい朝の空が映っていた。だが、その外が闇なので、なんとなく暗く見える。

 眼前には、さまざまな民家のような建物が建ち並んでいる。それは奥へ行くほど豪華になっていて、中央には、透き通った球体が浮かんでいた。圧倒された。


(これを繋力だけで作っているって、私たちって結構すごいのかも)


「おい、ぼやっとしてないで行くぞ」


 サキは慌てて二人についていった。

 球体の真下には、石畳の広場がある。そこに本部の職員と思われる者が二人、少々離れたところにいる。


「学期制希望者はこちら!」


 拡声器のような役割を担っているのだろう繋石を口に当てて叫んでいる職員の方に歩いた。すでに何人かが並んでいて、なんとなく緊張感を煽る。


「筆記用具だけ出して、ミグロンを預からせてください」


 言われるままに、袋に入った筆と携帯用の小さな墨壺、墨汁の入った小さな瓶を取り出す。その一つ一つに文字が書かれていないか確認して、返してくれる。職員がミグロンを持ち去っていった。サキ達は袋に筆記具を入れると、墨汁がこぼれないように細心の注意を払いつつ、小脇に抱えた。


 五ファ(一ファは一分)も経つと、続々と受験生達が集まってくる。今年の受験者は五十人程度。当たり前だが、移送陣から来る元の国がそれぞれ違うので、顔の感じ、肌の感じもバラバラだ。職員達が受験者の荷物を調べるのに追われる中、少し早く来てしまったことを三人は後悔し始めていた。遅れたらいけないと早く来たが、緊張感を無駄に煽るだけだった。


 早く始まれと心なしかそわそわしていると、職員が紙を広げた。ちらちらとこちらを見ながら、数えるように瞳が動く。ややあって数えていた職員は頷き、紙を丸めて小脇に抱えた。


「全員揃ったようなので、試験場に案内します。こちらです」


 普通入門を希望していた受験者達の集団が先に行くのを待って、サキ達も進んで行った。

 本日二回目の移送陣が彼女らを運んだのは、あの浮かぶ球体の中だった。


「こちらです。二列になってお入りください」


 カツカツと靴の音を響かせながら、引率の職員はサキ達を導いていく。


「こちらです」


 通されたのは、座敷のような部屋だった。そこそこ広い。天井も高い。特徴的なのはその床で、柔畳(やわらたたみ)(い草ではなく麻糸を束ねたものを織った畳。上に飾り布が敷かれ、い草のものよりも座った感じが柔らかい)の間に一定の間隔で足を入れるための穴があり、その真上にはサキの座高はありそうな、仕切りが左右と正面にある長机がある。間違っても他人の解答を見ないようにするためだろう。上体が机に向かえば、否が応でも問題と仕切りの木目しか目に入らなさそうだ。


「あなたはここ、それからあなたはここですね」


 引率の職員は受験者それぞれに席を指定していく。サキも指定された席に座った。試験と試験の間は十五ファの休憩がありますが、鈴のなる五ファ前には戻ってきてください、と案内してきた職員は言った。

 小脇に抱えた袋を机に置き、入れた用具を出す。墨壺に墨汁を注ぎ、それに付いている矢立の金具に筆を置いた。初めは、『三世界の関わり』だ。


 問題が正面の仕切りの下の隙間から差し入れられる。


「では、始め」


 問題を開く。最初の問題の答えが思い浮かんだのちは、紙を擦る音と書きつける音だけの静寂の中で、ただただ問題を解くだけになった。


 その後も、三人は問題を解く機械のようになっていた。『巫子の歴史』『繋力の性質』『巫子と魔霊』『三世界と巫子』。五教科をこなし、日没を示す鐘が鳴る。受験者達は追い出された。


「半キほどお待ちください」


 朝の広場に五十人を佇まらせて、職員は去っていった。

 待っているうちに、問題を解いている間心を占めていた、奇妙な静寂が消え去って、出どころ不明の、思わず叫び出したくなるような恐怖が胸を締め付けてきた。これで半キ待てとはきつい。もう、全ての視線が痛い。周囲もそう思っているのか、こもるために便所に行く者もいる。別にサキも行っても良かったのだ。が、「ちょっと、ここにいろ」とヨルザに震えながら言われれば、三人で屈んで固まらざるを得ない。

 三人は肩を組み合い目をぎゅっと瞑って、その恐怖に耐える。どのくらい経ったのかわからない。でも確実に時間は過ぎていたようで、便所にこもっていた者が出てくるのが足音で分かった。


(そろそろかな)


 目を開けて、立ち上がる。ほどなく、去っていった職員とは別の職員が二人やってきた。受験者を数えると、その中の一人がサキ達を見つめた。


「今から呼ぶので、呼ばれた人はこちらに集まってください」


 受からないより一番恐怖なのは、三人が別々の集団に分かれることだ。

 しかし、三人は割とすぐに呼ばれて、集まることができた。


「こちらです」


 引率の職員はサキ達を引き連れて歩き出す。呼ばれなかった者は今年はいなかったようだ。

 大座敷のような広い部屋に連れてこられ、辺りを見回していると、その職員が手を叩いた。


「おめでとう。全員、希望する門下に受かっています」


 溜めていたような熱い歓声が上がった。シニエが安堵のあまり、へたり込んだのを二人は支える羽目になった。


「良かった〜!」


 元からつるんでいた者達が、わあわあ騒ぐ中でサキが発したこの言葉は、全受験者の代弁となった。


ついに受かりました。

次は、門下での生活がいよいよ始まります。

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