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巫子守入団試験に向けて②

「問題集は、少しはしてみましたか?」


 一番痛い質問をされ、三人は顔を見合わせる。


「少しは……」


 これ見よがしにイナーグアがため息を吐いた。


「いくら勉強が嫌に感じても、これから巫子守で活躍するには必要です。くどいようですけれど、知識はその時に味方になってくれます。受かってもらわないと、推薦したこちらも困りますので」


 何か言う間もなく、さあさあと、イナーグアは居間の茣蓙に三人を追いやった。

 前に渡してくれた問題集と、筆を持ってきて卓板(短い足のある厚い平らな板。比較的大きなものを入れるための荷袋の底板にも使われており、ここではそれを外して流用している)に置く。


「私はこれから休日以外は、昼前には来るので、それまでにはこの状態で準備していてください」

「はい」

「では、早速。どこまでやりましたか? その範囲の中で、わからなかったところや疑問に思ったことはありますか?」


 どうやら、イナーグアの講義は質問式らしい。わからないからとあれこれ質問するのも良くないかもしれない。


「あのっ」


 言ったのはヨルザだった。


「繋力の成分って、あまり実感がわかなくてわかりにくいのですが、教えてもらえますか?」

「ああ、それなら実験装置を持ってきていますよ」


 サキは二人の会話を聞きながら、自分の問題集の、該当する頁を開いた。ああ、と思う。ここは三人で頭を捻ったところの一つだ。


 その頁の解説によれば、繋力は光、命、水、火、風、土のそれぞれの特徴を持つ属性粒子と、それが溶け込んでいる流動気という成分に分かれるということであった。流動気は世界を移動する際に必要で、属性粒子はそこで物質として肉体を保つのに必要らしい。しかし、三人にとって繋力は一つのもので、成分に分解できるとは全く思っていなかったから、理解に苦しんだのだ。


 ちなみに、繋石の性質の違いも属性粒子の有無によって左右されるらしい。ないものは比較的透明度が高くて繋力を流しやすい。さっき配られた指輪の繋石もそれだ。逆に、属性粒子が濃く煮詰められて分解された琥珀色のものは繋力が通りにくいが、一度単一の繋力で満たされると、なかなか抜けにくい。こういう類の繋石は扉の鍵など、機密性が求められるものに使われることが多いそうだ。

 そして、繋力と繋石を使うことで本来なら持っていけない〈表〉の物質を〈狭間〉や〈裏〉に持っていけるし、何より非力な巫子にとって格段に暮らしやすくなる。魔霊のいる巫具を握って成分の均衡を整えて繋力を補給すれば、日々暮らすのに必要な繋力はほとんど尽きることがないので、巫子守はまさに巫子のための街と言える。


「そこは、多くの学徒がつまずくところです。毎年の試験でも最も正解率が低いところですね」


 イナーグアは薄い懐から取り出して自分の前にある教卓に置いた。それは二つ重なった透明の容器に見える。その蓋には拳大の透明な繋石があった。使いまわしやすいように繋力が入れやすく抜けやすいものなのだろう。彼女はそれを掴むと、自分の繋力を流していく。掴んだ指の間から、少しずつ彼女の色である薄い氷色の繋力が溜まっていくのが見えた。固体の中に液体が溜まっていくのがなんとも不思議に思える。繋石も繋力を煮詰めたものなので、溶け出さないか少々心配になる。


 繋石に溜まった繋力が満杯になったのか、繋力は上の容器の方に落ちていく。と、そこから一部が砂粒となって下の容器に落ち、砂粒にならなかったものは、上の方の容器で液体と気体の間のような状態になり、ふよふよと漂うようになった。


「見に来ていいですよ。でも、この砂粒、属性粒子には触らないように」

「え? 何故です」


 シニエが言う。


「問題集の解説のところをご覧なさい」

「それも分からなかったから、聞いているんです」


 どこから説明しようか、と少しイナーグアが額を押さえた。


「属性粒子と流動気はもともと混じっているものですから、他人のものであっても属性粒子は流動気の存在に敏感なんです。他人の属性粒子が自分の繋力に溶け込んでしまうと、それらは自分より組成の強い属性粒子には取り込まれにいき、弱いものには取り込みにいきます」


 光、土、火、水、風の順に組成の強さが決まっている。これは〈裏〉のそれぞれの〈領域〉の広さにも対応していて、より弱いものは〈領域〉も狭くなるのだそうだ。


「自分より弱い組成の繋力が入るのなら良いのですが、強いものが入ってきた時が大変なのです。自分の属性粒子を食われていくので、もともと肉体と魂との結びつきが繋力の影響で弱い私達は最悪の場合体がほどけます」

「ほどける?」

「うーん、用語だと緩解(かんかい)というのですけれど、体が自分の繋力の色に透き通って、末端から緩まって溶けて空気に消えていくんです。魂は〈裏〉に引き込まれ、死亡します。……わかりませんか? 貴方達も先代から巫具を受け継ぐ前、よくどこかに体が引っ張られそうになったり、中の繋力が暴走して熱をよく出したりしていませんでした?」


 三人は揃って顔を歪めた。


 あの恐怖と痛みだらけの家の中で、後ろやら前やら横やらに、まるで誰かに引っ張られているかの如く勝手に、しかも突然動いてしまう腕や脚を抑えるのにどれだけ苦労し、いらついていたか。もしかしたら、巫子として生まれた者の特性に困り果て、父もあんなふうになっていったのかもしれない。


「俺は前に生まれた次代の巫子になるはずだった子がそれで死んじまって、生まれてすぐ巫女造に引き取られたから、熱を出したことはあってもそんな勝手に体が動くことはなかった気がする」


 陰のある目でヨルザはそう言った。


 巫具に封じられている魔霊は、自分で〈裏〉で繋力を取り込むことができない。だから、巫子の死期を悟ると、後継が間に合うようにその時村のどこかの女が宿している初期の胎児から、次代の巫子を選んでその身体に繋力の特別な器を作る。つまり、魔霊は巫子の誕生に深く関わっているのだ。


 でも、巫子として生まれた子供が繋力のせいで死なない状況下に置かれるのは、帯結い式と同時に行われる選別の儀式で、巫具に触れた時からだ。その状態に至る前の子供は、巫具の魔霊と薄く繋がってはいるもののとても薄いので、魔霊はそれを頼りにただでさえ死にやすい巫子を守らなければならない。巫子の繋力は生まれつき流動気の方が多く、魔霊は常に液体と固体の間のような繋力の肉を保っていないと活動ができないから、属性粒子の方が多い組成になっている。それが巫具を通して、巫子にとっては熱が落ち着き、魔霊にとっては魂に直接まとう繋力が動きやすくなって、ちょうど良い均衡になる。したがって、巫子と魔霊は互いに不可欠な存在となっている。

 多分ヨルザは、魔霊が守りきれなくて死んでしまった子の身代わりとして生まれたのだろう。その頃にはもう当時の巫子の死期が近づいていたので、赤子のうちに親元を離れたのだ。


「巫具に触れると大体は落ち着きますが、それは属性粒子が増え、その本来の効果を発揮できるようになったからです。でも、それが少なくなると緩解しやすい。なので、他人の繋力、およびそれが混じった血には触れてはいけない、そういうことです」


 わかりましたか? と訊かれて、三人はそれぞれ実感のこもった面持ちで頷いた。

 


ちょっと説明が多い回になってしまいましたが、今後ともずっと関わってくる大事な仕組みです。

次は、いよいよ試験です。だんだん人物と話が動いてくるので、ここから少し一話分が長くなるかと思います。

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