7.因縁と敵討ち
「ガーフ様」
影が短くなっていく中、ナルは中庭の手入れをしていたガーフに話しかけていた。
何を話そうかは、決めていない。
ただなんとなく、話したいと思った気持ちを貫こうとしていた。
「この屋敷の中では、敬称は要らんのだがね」
ゆっくりと立ち上がってくるガーフの背丈は、ナルにとって普通の身長よりも高く見えた。
「なにか用が……?」
まだ用件を伝えられていないガーフは、ナルに用件を尋ねる。
ただ、まだ何を話そうか決めていなかったナルは、少し間を置いてから口を開く。
「街に……出かけに行ってもよろしいですか?」
咄嗟に出てきた用とは、ただ出かけるということだった。……少し安直すぎたかしら?
本当は出かけに行くと言っても、特にしたいことはない。それでも何となく、街に出てみたいと思った。
街に出てから、今こう思った気持ちは、神様にでも操られているのかと感じた──
◇◇◇
──ガラガラガラ
街に出てみたが、何年間か過ごしてきたこの街はいつもと変わらない。
お祭りでもないのに、あちらこちらに屋台を開くものや、馬車をひいて通りを過ぎる貴族。
毎日のように開かれる屋台でも、毎回人が集まっているのだから、それなりに活気のついた国なのは確かだ。
……フォルティア王国も、もっと活気づいてくれると良いのだけれど……まぁ、それは今の私にできることは少ないし、また今度考えよう。
「……〜……!!」
その時、どこからともなく叫び声……いや、これは嘆きが混じっている。
嘆きは怒りよりも恐ろしいと私は思っている。
嘆く時の心の強さは、怒りの感情よりも強いと考えているから。
「……少し、様子を見るだけ」
そう自分に言い聞かせ、声のする方向へと気持ち足早にして向かう。
もしこれで殺人騒動にでも発展したら、目覚めが悪いし。
◇
「離せ!離せって言ってるんだよ!!」
近づくにつれてはっきりと聞こえてくる声は、聞き覚えのある声だった。
それもつい最近聞いたことのある声。
大事に発展しないようにと来たけれど、既に街を巡回していた騎士の人達が居た。
そしてその騎士たちに抑えつけられている人間は……
「いい加減にしないと、お前らなんてすぐに潰せるんだぞ!」
「確かに公爵家だったら可能かもですが……もうあなたの家の爵位は下がっているのです。貴族で、しかも小さな子供でもないのですから、いい加減に現実を受け止めて下さい」
そう、騎士に押さえつけられていたのは、私をグラシア家から追い出したラン・フォン・グラシアだった。怒鳴りつけるようなラン様……いや、ランの言葉に対して、泣いた子供をあやすかのような声色で騎士の人は話しかける。
私を追い出して、国王から忠告を受けたのものだと思ったけど……まさか、爵位まで下げられていたとは。
グラシア家はそこそこ長続きしていた公爵家だったはず……この1人のせいでグラシア家の、歴史に亀裂が入ると思うと、なぜか私が先代の方達に申し訳なく思えてしまう。
「本当に……離してくれよ……」
さっきまでの怒鳴り声とはうって変わって、嗚咽を漏らすかのように懇願する。
ただ、そこで私は気がついてしまった。
先程までは角度的に見えなかった、ランが右手で掴んでいるモノについて。
「いくら貴族といえど、ソレを持っておいて、逃がすことは出来ない。それはそちらも分かっているだろう?」
「………………」
問いに対しての沈黙、それはつまり肯定を示唆していた。
……ランが持っていたもの、それは毒だった。
それもただの毒ではない、私に因縁のある毒、お母様を殺した時に使われた毒とそっくりそのままだ。
……なぜ、一介の貴族がそれを持っている?
王女である私ですら、それを見たことはお母様が亡くなった時に1度見たきり。
中身の入っている物は、初めて見た。
それを、ランが持っている。
それはつまり、その毒とグラシア家になにか繋がりがあるということ。
その毒は発売所、製造場所、原料生産場所、原料、そのいずれもが不明で、謎に包まれている毒。
私が産まれてくるよりも数十年前に、この毒が使われた、貴族の晩餐会があった。
それは大規模なテロで、国の重役が数十人と殺されたらしい。
それからこの毒はどこの国でも、大陸中、いや、世界中で使用、所持は厳禁だ。
もしそれが発覚したら、極刑で済めば良い方だろう。
考えは冷静。
至って冷静。
見た目も冷静。
ただ……なぜだろうか?
私の考えとは裏腹に、心の奥底からなにかが込み上げてくる。
この感情は……憎悪?なぜ今私の心に?
憎悪をグッとのみこみ、1度心も冷静になる。
ただ、私は今すぐに、ここで騎士に押さえつけられている男を尋問したい。
自分の手で拷問してでも、全てを吐き出させたい。
少なくとも、その毒について知っていることは、全て吐き出させたい。
全ては最愛のお母様を殺して、最愛のお父様を今現在まで悲しませている、その小瓶の中身について知るために。
その毒をどのように使おうとしたのかは、気にならない。
私に使おうとしていることは、分かっているから。
ただ今は、この感情のままに体を任せたい、このまま、お母様の仇をうちたい、その一心だった──────
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