13.一つの願い
ダイヤモンド、それはこの世界でオリハルコン,ミスリルの次に硬化性が高く、その無色透明な石は目を疑うほどの輝きを放つことで知られている。
ナルがハルの宝石屋から買ったブレスレットもまた、ダイヤモンドが埋め込まれていた。
そのブレスレットがこの宝石屋の存続を分けることになるなど、ハルは微塵も思っていない。ただこの時はまだ、ナルですらもこの願いが通るとは思っていなかった。
通ればハルにとっても、自分や国にとっても良いな……とナルは思っていただけだった。
♢
「このブレスレット……少し値は張ったけど、本当に美しいわね」
ナルはそのブレスレットを通した右手を少し上げて、日の光を反射した美しく輝いた石を片目で覗きながらつぶやく。
「それにしても……」
このブレスレット、本当に美しい……だけど、奥底が少し濁っている。凝視してやっと見えるかどうかの差だけど、他の品にはなかった濁りだ。
「不良品……とは思えない。となれば……」
勝手な私の見解だが、これはハルさんの祖父が加工したものではないのだろう。
これはきっと、ハルさんが自分で一から加工したもの。仮に祖父が戻ってこなくなったとしても、宝石屋だけは自分の力で続けようと頑張った結果だろう。
「それを売りに出すのどうかと思うけど……他の品には無かったし、買ったのも濁りに気が付いた私だったから、別に大丈夫か」
そう言いながら、ナルはセントリア家へと向かう街路の中で歩みを進める。
この輝きを失くすことがないように────
♢
「あ!!」
客が少なく静かな宝石屋に見合わない、何かを思い出したかのような声が響き渡る。
「ナルさんが買ってくれたブレスレット……あれ私が作ったやつだったような気が……!?」
あれは不良品でお店に出す予定じゃなかったのに……って、どうせ売れるわけないと思ってお店に出した私が悪いんだけど……。
どうしよう……今から追いかけても間に合わないよね。
「また今度会ったときに謝らなくちゃ……」
街路から離れた宝石屋で、ハルは一人で1つ決意した。
♢
――ガチャッ
「おかえりなさいませ」
「ええ、ただいま」
笑顔で挨拶してくれた執事に、私は挨拶を返した。
「カイル様は居るかしら?」
「ただいまカイル様は、ある貴族様と会談の予定があるので、屋敷にはいらっしゃいません。」
静かだな……と思っていたけれど、やっぱり居なかったか。
「それではガーフ様は……?」
「ガーフ様はお部屋にいらっしゃいます。今の時間は仕事が無いはずなのでノックすれば出るはずです」
「そう……ありがとう」
執事に一礼した後、私はガーフ様のお部屋へと向かう。
片腕を光らせながら。
♢
――コンコン
「ナルです」
「ああ、入っていいぞ」
部屋に入ると、全く同じ場所で同じ人、同じ表情なのに初めて出会った頃よりも威圧感を感じなかった。
「それで……何か用かね?」
仕事が無くても忙しのだろうか。ガーフはナルの体調などには触れず口を開くといきなり本題について問うてきた。もしかしたら、ガーフなりの気遣いなのかもしれないが。
「まず……これを見てほしいんです」
ナルはそう言いながら右腕からブレスレットを外して両手に乗せ、少しガーフの方へと近づける。
「これは……ブレスレットか。綺麗な仕上がりなものだ」
ガーフもナル同様、そのブレスレットの美しさに目を奪われていた。
「ただ……完全に透き通ったダイヤモンドじゃないな。でも熟練した技術がある。これはどこで買ったんだ?」
「これは……裏路地の奥にあった宝石屋のものです」
そこからナルは、ハルの宝石屋であった出来事について、全てのことをガーフに話した。
ハルの祖父が病で働けない状況にあること、今はハルが一人でお店を切り盛りしていること、このブレスレットはおそらくハルが作ったものだということ。
そして……ハルの祖父はハルよりも宝石加工の腕が高いこと、最後にこのままではその宝石屋が潰れてしまうこと、ナルは全てを話した。
「そうか……宝石加工をしたことない奴が、短期間でここまで腕を上げたのか……凄まじい才だな」
ガーフは肘を机につきながら顎に手をあて、そのブレスレットを見つめる。
「それで……結局ナル嬢は私に何を言いたいのだ?」
ガーフ様はきっと、私が言いたいことはわかっているのだろう。
ただ、それは私の口からお願いしなければならない。
「その宝石屋をセントリア家で買収し、改装……リニューアルして街路沿いに新しく開きたいのです」
「…………」
ナルの提案を聞いた後、ガーフは少し眉をひそめながら黙って考え込んでいた。
ただ思ったよりも早く顔を上げて口を開き、
「それは……仲のいい奴を助けるため、か?」
とナルに問いかけた。
「いえ……これは投資です。必ずセントリア家にとって多くの利益を生み出すと思います」
「ナル嬢がそういうなら本当なのだろうな。決意も伝わってくる」
ガーフはナルの瞳から決意の強さを感じていた。それに、ガーフも心の奥底では、この宝石屋は国で一番の宝石屋になる、と薄々感じていた。
「ありがとうございます!!」
と、ナルは感謝を伝えながら頭を下げる。
それに対してガーフは
「王女ともあろう者が、そう簡単に頭を下げるものではないぞ」
と微笑んだ──
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