11. ナルと母親と愛情
涙を流す顔は、心からの笑顔を浮かべていた──
◇◇◇
──バッ
勢い良く起き上がろうとしたナルだったが、まだ毒が抜け切っていない体は起き上がることが出来なかった。
「あの夢は……一体…」
夢の出来事を1から何まで覚えていたナルは、頑張ったら動かせる程度の右手で右頬をなぞる。
今は、涙を流していなかった。
ただなぞった時、微かにだが、乾ききっていない肌を触った時のように少し湿っていた。
それにしても……
「ここはどこかしら?」
セントリア家ではない……記憶が正しければ、ここは初めて来た場所?
──ガチャ
ナルがここがどこか考えているいた時、不意にドアが開かれた。
「あら、起きていたのね」
「あなたは……?」
「私は薬師のサラよ。平民だから家名はないけどね」
雰囲気の良い、30近くに見える女性はそう言葉を吐きながら微笑む。
薬師のサラ……聞いたことがある。
平民だと謙遜していたものの、この国1番と言われている薬師だ。
「っ……」
「まだ無理に動いちゃダメよ。毒がまだ体に残っているから」
それにしても……私はかなり毒が回っていたはず。
体は動かせないとはいえ、どうやってサラさんは私を回復させたのだろう。
「サラさんは……この毒を解毒することができるのですか?」
気がついた時には、私はそう口にしていた。
もしかしたら、サラさんならお母様を治せたのではないだろうか、そんな疑問を抱きながら。
「完全な解毒は……きっと難しいわね。ナル様は毒が回っていたとはいえ、まだ数分だけだったから。この毒を数時間……いや、20分以上吸い込んだ時点で、手の施しようが無いとおもうわ」
「……そうですか」
お母様はきっと数十日から数ヶ月にわたり毒が盛られていた。20分で手遅れなら……サラさんも治せない。手遅れだ。
それに治せたとしても……もうお母様はこの世にはいない。
「私には分からないけれど、あまり落ち込まない方が良いわよ。きっと、それを望んでいる人は多いはずだからね」
その言葉を聞いた時、ブワァッと私にまとわりついていた煙が飛んでいく感じがした。
『無理しなくていいのよ』
サラさんと私の2人きりの部屋に、どこからともなく女性の声が聞こえる。
「……お母様?」
サラさんにも聞こえないほど小さな声で呟く。
だがその声に、返事は来なかった。
「とりあえず、この薬を飲んでおいてね」
誰か分からない声に返事をした後、虚空を見つめる私を見て笑ったサラさんは、そう言いながら薬を置いて部屋を出ていこうとする。
「あ、あの……色々と、ありがとうございました」
「いいのよ、それが私の仕事だし……それに、その顔を見れただけでも私は満足だわ」
そう言いながらサラさんは部屋を出て、部屋の扉を静かに閉める。
私……そんな変な顔していたかしら?
そんな疑問を抱き、ナルはベッドの隣にある鏡で自分の顔を確認する。
その鏡に映るナルはいつもと変わらず無表情だった。
ただ……どこか少し表情が柔らかくなっただろうか、鏡を見つめるナルは、そう感じていた──
◇◇◇
日が暮れ、窓の外が綺麗な橙色に染まっていく。
その様子を、ナルは1人静かに見ていた。
「やっぱり、まだビクともしないわね……」
サラさんが部屋を出て行ってから数時間が経ち、私はようやく上体を起こすことが出来ていた。
ただ、その状態に出来ても、まだ下半身を動かすことは出来なかった。
「…………」
興味本位で足を手で触ってみたが、触られている感覚がしない。
……壊死はしてないはず。
サラさんを信じよう。
あれから度々検診に来る人も言っていたが、私の体に回っている毒の量に対して、上体を起こせているだけでも凄い回復力らしい。
「薬を飲みながら、回復するのを待つしか無い……」
結局、何もしないで安静にしているのが1番だ。
その結論に至ったナルは上体を倒し、寝転がる。
私が倒れてから起きるまで3日経ったせいだろうが、体が固まりすぎて腰や首が痛い。
今は毒よりもこっちの方がキツイかもしれない……。
そんなことを思いながら、ナルは天井を見つめる。
夕食は食べていないが、唐突に眠気が襲ってきてしまった。夜に飲まなければいけない薬もあるし、寝てはいけない。
ただ……少しだけ仮眠をとろう。
ナルは瞳を閉じて自分の世界を描き始めた──
◇◇◇
「ん〜……」
グッと伸びをする。
時刻は午後8時26分、丁度いい時間だ。
つい先程持ってこられたであろう夕食と、夜に飲むための薬が机に置かれていた。
少し起きれないかも……と不安はあったが、無事に起きれてよかった。
「いただきます」
手と手を合わせてそう言うと、ナルは夕食を食べ進めていた。
やはり、1人の食事はゆっくりと食べられて好きだ。
それに今はなぜか、1人ではない……ような気がする。
すぐそこにお母様が居てくれるような。
本当に、お母様には感謝してもしきれない。
私に人を教えてくれて、笑顔を教えてくれて、楽しさを教えてくれて、人生をくれて、
「本当に、ありがとう。お母様」
その言葉は虚空に放たれ、目の前の壁へと一直線に進み誰にも聞こえず消えていく。
だが、その声は誰かに届いたようで、その人が照れくさそうに笑っている、そんな感じがした──────
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