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10.笑わない操り人形から美しい人間へ

私に覆い被さる影は、頭上から降り注ぐ鮮血だった──


その景色を見るに、私の頭がランに刺されたかと疑う。ただ……いくら待っても痛みは来ない。

少なくとも、驚いて急に止まった私の体からはこの血は出ていない。


それなら一体どこから……?


その疑問に答えを見出す前に、ナルの隣にあった影がドサッと崩れ落ちる。


辺りに血なまぐさい匂いが漂い、毒と重なり合い息が完全に出来なかった。


足元に温かさを感じる。そう感じ足元を向くと、私の靴を血が囲いこんでいた。


この血は……そう思い、やっと前を向く。

そこには騎士の1人が剣でランの心臓を貫いていた。

つまり、倒れた影はランのもの、そしてこの血も、臭いも、全て……


「ランの……もの…?」

鼓動が速くなる。

ただ頭を上手く回せない中、ナルは毒の入った瓶に蓋をする。

これでやっと、被害を収めることが出来た……。


──グラッ

安心して気が抜けてしまったのだろうか?

蓋に封をして、ランの元から少し離れた後、ナルはバタンと倒れ込んでしまった。


まずい……なるべく遠くに逃げないと……私もこの毒を吸い込んだらまずいのに……。

その気持ちを裏切るように、体からは段々と力が抜けていく。


「……誰…か…」

薄くなっていく目で最後に捉えたのは、私とランを刺した騎士を保護しに来る騎士の姿だった。


そういえば……ランを刺した騎士の人。

あの人……私が最初に見た時にランを取り押さえていた人だったかしら?

事件が起きる前は楽観的で……結局はこの事件を起こしてしまった張本人だとも思ったけれど……。


騎士は騎士だったわね……。


そう思った時、ナルは力が抜けて意識も失う。

安心して笑みを残したまま──


◇◇◇


「おい、ラン・フォン・グラシアを拘束しろ!」

ナルが倒れた後、ここに居る騎士の隊長であろう者がそう呼びかける。

その呼びかけに応えるように、毒を吸わないように装備した騎士達がランの元へと駆ける。


「これは……」

1度危険区域を抜け出すため、ランを抱えた1人の騎士が、ランの状態を確認するためにランの顔を見る。

その目に映るランの顔は血の気が引いていて、既に息をしていなかった……つまり、もう死んでいた。


ただ……やはり、この毒は恐ろしい。

毒を吸う時は想像が出来ないほど苦しく、痛く、辛かっただろうに、死んだ後は苦しまず死んだかと思うほど、安らかな顔をして眠っていた。


「……本当に、何なんだこの毒は」

ランを抱えて駆ける騎士は、思わずそんな言葉を漏らした。

そうなるほど、この毒は不可解で、

闇に包まれていた。



その後、死んでいたが無事にランは拘束された。

毒が漂う地域は辺り一帯を立ち入り禁止にし、ようやくひと段落ついたと言えるだろう。


それよりも、ラン以外の誰ひとつの命がこの世から消えることは無かった、この事実は国全体に広がり、やがて大陸中へと広がった。



だが、この事件が起きた経緯については、模索しないだろう。

というか、出来ない。

張本人である、ランが死んでしまったから。


つまり、この経緯について詳しくする知る者は、ナル以外に存在しないだろう。


それは良いことなのか、悪いことなのか、この世界に存在するものは誰一人として知らない。


だが、別に分からなくても良いだろう。

この毒について、ナルはやがて()()()()()()()()だろうから────


◇◇◇


また懐かしい夢を見ている。

お母様と仲良く遊んでいる、私の記憶。

それを第三者視点で見ていると、なんだか不思議な気持ちになる。


ただ1つ、これまでは気にしていなかったが、気にとまったことがあった。


()()()()()()()


私は物心がついた頃には既に、笑うことが出来なかった。

若干笑みを浮かべたり、形だけの笑顔はつくることが出来る。

だけどこの記憶の私は、心の底から笑っていて、一度も記憶にない笑い声を出していた。


この国に来て、笑わないことで『笑わない操り人形』として過ごしてきたけれど、それはつくっていた訳ではなく、普通に過ごしていてそう呼ばれるほどだ。


そんな私が、小さい頃は普通の子供のように笑顔を浮かべ笑っていた。


あれ……?

なぜか頬に何かが触れる感覚がある。

手で頬を触れてみると、僅かに手が濡れていた。


私が……泣いている?

感情を表すことが苦手な私が?

笑わない操り人形の私が?


その状況にナルは混乱していた。

自分が泣くことなど、これまでも、この先もずっと無いと思っていたから。


なんで……私が泣いているのかしらね。

私が泣くなんて、私らしくない。

現実では泣かないようにしないと……。


……どうして?

そんな言葉が、心から湧き上がる。どうして、泣いてはいけないの?

別に泣いてもいいじゃない、悪いことでは無いし、私も1人の人間なのだから。


もしかしたら、ナルは母親が亡くなってから無自覚に自分を塞ぎ込んでいたのかもしれない。

その塞ぎ込んでいた壁が今壊れ、泣いていたのだとしたら……。


きっとナルは、これから自分の感情を表に出すことが出来るようになるだろう。

『笑わない操り人形』ではなく、『美しい人間』として。


ナルはきっと気がついていないだろう。

母親と遊んでいる自分を見ながら、涙を浮かべる顔は、確かに心からの笑顔を浮かべていたことを──────

この作品を読んでいただき、ありがとうございます!

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