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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夕立

作者: 猫鷹

 ポツリ…ポツリ…。


 雨が降り出す。


 ポツリ…ポツ…ポツ…ポツポツポツポツ…。


 雨足は強まり。


 ザーー…


 本降りとなる。


 降り出す前に、知らせとばかりに鳴り響く雷に雨宿りできる場所でよかったと公園の屋根付きのベンチの下で安堵した。

 まぁ夕立だろうなと、やることもなく、暇つぶしを思いつくことなく、ただただ強く降る雨を眺めている。





 …雨といえば。


 辺りを見回す。

 自分の立つこの場所は…。


「確か心霊スポットだったか…。」


 前に数人の男の子達がここで話していた話をちょうど聞いていた。内容は確か…。



 雨の降る日にこの場所でいると、昼夜問わずに白いワンピースを着た髪の長い女性を見る。


 こんな話だったはず。軽く辺りを見回すが人っこ1人いない。降り始めだからまだ出てこないのか、自分に霊感というものが無いから見えてないだけなのかは分からないが、とりあえず女性の霊はまだ姿を現してはいない。

 まぁ心霊話など所詮は噂話である。噂話は何処まで行っても噂でしかない。真偽はどうあれ『雨の降る日』なんて条件で幽霊が見れたなら、すぐに有名にもなるしテレビに取り上げられてるだろう。

 そう考えると、少し馬鹿馬鹿しく思えてきた。それに『白いワンピースを着た髪の長い女性』というのもありきたり過ぎる。

 男の子達の話を思い出し、少しだけ薄気味悪く感じていたが、そう考えているとそんな気分もすぐに消え去った。





 首にかけてあるネクタイをかるく緩める…。




 ずっと上を向いていたせいか、少し息苦しい気がした。




 「早く雨は止むと良いんだが…。」


 「ホントですねぇ…。」


 何気ない自分の呟きに、女性の声で返事がきこえ思わずそちらを振り向く…。




 そこには、白いワンピースを着た、髪の長い女の子がいた。

 ゾクリと自分の背中に冷水を流されたかの様な寒気が襲う。


 「いやー降るかなぁ?とは思ってたんですがここまで酷くなるとは思いませんでした。」


 「……。」


 彼女の表情は見えない。この雨で濡れた彼女の長い髪が目元を隠しているからだ。

 それがまた、昔、学生の頃に見たホラー映画で出できた幽霊を思い出させた。

 まさか本物の幽霊?

 ドクドクと聞こえてくる心臓の音…どうやら足はついている様だが…人間なのか幽霊なのかの判断に迷い話変えてきた彼女に言葉を返さない。


 「もぉ…お気に入りのワンピースも濡れたし、肌に張り付いて気持ち悪いし…ってあれ?」


 「……。」


 物言わぬ自分を不思議に思ったのか、彼女が下から覗き込む。


 「…あっ!もしかして、おじさんは私の事を幽霊とか思っちゃいました?違いますよ。」


 察してくれたのか、ケラケラと彼女は笑い出した。その言葉に、人間だったかと安堵の息をつく。


 「すまない。前に男の子達がしてた話をちょうど思い出していたからね。思わず本当だったのかと驚いてしまってね。」


 「それは良いタイミングだ。良かったですね。相手は人間でしたけど、なんちゃって心霊体験できたじゃ無いですか。話のネタが一つできましたね。」


 「いやいや勘弁してくれ。」


 笑い声の絶えない彼女に自分は苦笑でかえす。子供の前で大人の情けないところを見せた恥ずかしさもあって。


 それから良い雨宿りの暇つぶしだと、彼女と雑談がてらに先ほどのここ心霊スポットについての事を詳しく聞くことにした。

 尾鰭背鰭はついてはいるものの、長い髪の女性が雨の日に現れるという話はかなり昔からあったそうだ。彼女の祖父から聞いた話によると、戦争に出た旦那が終戦を迎えても帰ってこず、その奥さんは時間が空いてる時はいつも旦那の帰りを2人の思い出の場所で待つ様にここで立っていたそうだ。

 軍から旦那が戦死したことは伝えられていた。それでも奥さんは信じることが出来ず、自身が病に侵されていようが構わずここにきては待つ。

 そしてある日そのまま事切れたとのこと…。その日も雨が降っていた。


 それからというもの、雨の日には髪の長い女性が旦那を帰りを待つために現れるようになったという。

 これが、ここが心霊スポットになった真相だとのこと。


 悲しい話だ…。自分は心の中でそっと黙祷を行う。


 話を聞いた後も、彼女と雨が止むまで雑談をかわした。最近の子供の流行りなど、年齢との差で一部話についていけない所もあったが、新しい事を知れたりと楽しい時間を過ごせた気がする。



 ……




 「あっ!雨が止んだみたいですね。」


 彼女の言葉に空を見上げると、雲と雲の隙間から太陽の光りが差し込んできた。

 雨が止んだ事で、蝉の鳴き声もまたあたりから聞こえ始める。


 「みたいだね。ではそろそろ話もお開きにしようか。夏とはいっても君も随分濡れている。風邪をひかないようにね。」


 「そうですね。」


 彼女は、空を見ながらここから離れる。


 「暇つぶしの雑談に付き合ってくれてありがとうございます。おじさんも早く帰れるといいですね。それでは」


 こちらに顔を向けると笑顔で手を振り、そのまま家へと帰っていった。

 私は手を振りかえし、彼女の後ろ姿を見えなくなる眺めた。…さて私も帰るとするか。ゆっくりとその場から離れ…。








 …ギュッ




 急に首元がしまる。



 「…えっ?」



 そっと手で首を触ると、そこにはネクタイではなく…縄。




 ギュッ!


 急に身体がずりずりと後ろはと引き摺られていく。

 徐々に締まっていく縄をほどこうと両手で掴むが、縄は緩まることはない…。




 強く締まっていく縄、後ろにぐいぐいと引っ張る力は次は上へ上へと伸びて。




 「クァッ!…ク…カッハッ」




 次第に足は地面から離れていく。少しでも抵抗しようとベンチに足をかけようと、もがくが足は届かない…。



 「オ…オェ…カッ…」


 強く強く締まり続ける縄のせいで、呼吸を吸うことも吐くこともできない。口の端からヨダレが滴る。

 血の巡りも悪くなったのか苦しみの感覚だけは残してながらも頭が朦朧と…




 …思い出した…。




 自分は、去年ここで首をつっていた事を…。




 走馬灯が流れる様に思い出す。




 不倫して出て行った愛していたはずの妻。




 仕事ばかりに、かまけて蔑ろにした事が理由らしい…。



 (苦しみから逃れるため、足場を探そうと、足をバタつかせる)




 妻に逃げられ、少しは周りに同情されると思ったが、『当たり前だ』と職場の周りのものに嘲笑された…。



 サボるお前たちの仕事の尻拭いをしていたのに。



(苦しみ足掻けば足掻くほど、反動が縄に伝わり食い込みを強くする。)




 私はただただ真面目に生きてきただけなのに…


 あの時も…さきほどの夕立の様に急に降りだした通り雨だった。

 雨に濡れようが気にせず冷え切った身体引き摺る様に歩いてここにきた。縄を握って…。

 思考は鈍っていた。何も考える気にもならなかったんだ…。



 それはただの思いつきだった…。



 軽い気持ちだった…。



 (食い込む縄を緩めようと掴もうとする指が何度も何度も皮膚をかいて皮膚を掻き続け、血が流れ。)



 さっき聞いた女性の話を思い出す…。



 ごめんなさい…知らなかった…思い出の地を汚してごめんなさい。



 (首の痛みなんてきにならないほどに締め付けが…軋む縄の…くるし…くる…)








苦しい苦しい苦しいクルシイ苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいごめんなさい苦しい苦しいくるしい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいごめんなさい苦しい苦しい苦しいくるしい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいごめんなさい苦しい苦しい苦しい苦しいクルシイ苦しい…











 …こんなつもりじゃなかったのに…







 夏の日差しが、濡れた地面を乾かし…辺りは蝉の鳴き声が木霊した。

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