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勇者の友達  作者: パン太
学院都市アリス
31/31

第三十一話 学院へ

足が重い。

 部屋で休む気にもなれず、お気に入りの本を読んでも、内容が頭に入らない。けれどウィルたちの元に戻る気にもなれない。

 足は自然と外を向いていた。

 市場は賑わい、色とりどりの炎や甘いお菓子の香りで、道ゆく子供達は興奮したようにはしゃぎまわり、その後を遅れて親が慌てて追っていた。

 浮遊体験や魔法のお菓子作りの店。昨日あれだけ行きたかった店の前を通りかかっても、心が全く浮き立たない。

 まるで世界から色が失われたように、全てが灰色に見えた。


「……一人じゃつまんないよ」


 一人、呟いた言葉は誰にも届かず空中で溶けて消えていく。

 

 昔はこんなんじゃなかった。

 一人で過ごすことは当たり前だったし、寂しさを感じこそすれ、それで辛いと思うことはなかった。

 どんな時だって本があれば、それだけで満足だった。

 なのに……


「はぁ……」

「そんなに寂しい顔をして、どうしたのお嬢ちゃん」

「俺たちと遊ばない?」

「ぜってー後悔させないからさ」


 すると、いつの間にか三人の男たちに囲まれていた。

 年齢は私よりも少し上だろうか。

 黒いローブに三角帽子を着ているということは学院の生徒なのだろうが、だらしなく着こなしており、不良という言葉がピッタリだった。


「どいて」

「寂しいこと言うなよ」


 相手にしていられないと離れようとすると、手首を掴まれる。

 ぞわり、と怖気が走った。


「どうせ彼氏に振られたんだろ?相手しろよ、俺らは魔法使いだぞ」

「いい加減に」

「いい加減にしなさい!」


 空気を裂くような声が鼓膜を震わせる。

 その声に三人組が怯えたような表情を見せた。


「アレックス、サイラー、ノックス。何度同じ過ちを犯せば気が済むのですか!」


 ビリビリとした殺気が肌を刺した。

 鉄のように固く、冷ややかな声。

 鍛え抜かれた剣のような威圧感。

 どれも覚えがある。

 その人物は――


「自分よりも力のない少女を誑かそうとするなど、卑劣極まりない。魔法使いとして、恥を知りなさい!」


 リリィ・ソーサラーがそこにいた。






「う、うるさい!」

「飛び級しているからって呼び捨てにしやがって。俺たちは先輩だぞ!」

「俺たちが何しようが勝手だろうが!」


 怯えている反動か、三人組はそれぞれの言葉で強気に言い返す。

 リリィは眉をキリリと持ち上げた。


「あなた方の行いは即ち、我が学院の生徒皆の評判へとつながります。今まで、何度も注意してきたはずです。学園を出てこんな所で何をしているのですか?」

「う、うるせぇ……御託はいいんだよ!良い子振りやがって。そんなに教師共の評価が欲しいかよ」

「没落した家の復興のために必死だな、()()()

「そんなに点数稼ぎしたって、お前の一族はもう終わりだよ。それにお前じゃ、どんなに頑張ったところで姉には勝て――」


 ピッ。

 赤い雫が地面に垂れる。

 その上では、ノックスと呼ばれた男の頬が裂け、血が滲んでいた。

 まるで鋭利な刃物で裂いたような、鮮やかな切り口。

 一呼吸遅れてそれに気づいた彼らは、足をもつれさせ、時に転びそうになりながら悲鳴と共に一目散に逃げていった。


「怪我はありませんでしたか?」

「え、ううん。別に」

「それは良かったですわ。私はリリィ・ソーサラーと申します。貴女は?」

「ル、ルナ」

「そうですか、ルナさん。この度は我が学院の生徒がご迷惑をおかけしました」

「あ、いや別に私は何も……」


 リリィが頭を下げる。

 予想外の行動にこちらの方が慌ててしまう。

 先日の戦いとは、雰囲気がまるで違う。

 

 何なんだ、もう。


「私は大丈夫だから」

「そんな訳にはいきません。こちらがご迷惑をかけておきながら、何もせぬなど貴族の名が廃ります」

「いいって」

「そんな訳には」

「別に何も困ってな――」


 ――グウウ。


 手を振り解いて歩き出そうとした、その時。

 間の抜けた音がお腹から鳴ってしまった。

 嫌な予感がして振り向くと、リリィの瞳が嬉しそうに輝いていた。







「これが我が学院の誇る食事ですわ」

「……」


 結局。

 リリィに強引に押し切られ、学院に連れて行かれてしまった。

 生徒ではない者が入ることは滅多にないということだが、今回は特別ということだった。

 皿には見るからに美味しそうなパンやスープ、肉や野菜などがバランス良く盛られていた。


「頂きます」


 一口食べる。

 美味しい。

 

 少なくとも学生が食べられる範疇を超えている。

 聞けば、学院の生徒は最高級の食事だけでなく、学院の寮や設備なども最高のものを供与されるのだという。

 まさに至れり尽くせり。

 

 先ほどの不良たちがつけ上がってしまうのも無理はないと言えるだろう。

 それにしても……


 皿に盛られた食事の大半を食べ終え、周囲を見渡しているとこちらを見つめる視線に気がついた。

 それも一つではない。

 チラチラと、多くの視線がこちらに注がれていた。

 最初は学生でもない自分への物珍しさからくるものと思っていたが違う。

 その視線の多くは向かいで食事をとるリリィへと注がれていた。


 というか、今は昼時で食堂は混み合っているはずなのに、私たちの席一帯だけ人がいない。

 まるで避けられているみたいだ。


 もしかして……


「ねぇ、リリィって……」

「はい?」

「もしかして、友達いない?」

「ごほっごほっ……な、何を」


 リリィが大きく蒸せこんでいた。

 

「いや、だって今は昼食時間なのにリリィは私以外とご飯食べてないし、むしろ全体的に避けられている感じするし」

「わ、私は飛び級している関係上、どうしても周囲から浮いてしまうだけです……!そ、それに一緒にお話をして下さる方ならばいます!」

「例えば?」

「た、例えば……同じ呪文学を受けているローレンスさんには、幼い兄弟の世話で忙しい自分の代わりに雑貨屋で授業に必要な材料を代わりに買ってきて欲しいと頼まれましたわ!」

「ちょっと待って。代わりに買いに行くのはいいとしても、まさか代金を受け取ってないってことはないよね?」

「……まだ、受け取っていません。ローレンスさんは貧しいご家庭出身で、しばらくは教材費を待って欲しいと言われましたわ」


 それって体のいい使いっ走りなんじゃ……


「他にも、魔法薬学のセレナさんからは、先生に頼まれたお手伝いを代わって欲しいと頼まれましたし」

「えぇ……」

「それに、歴史学のヨハンナさんからは一緒に食事をしたいから、席を取っておいて欲しいと頼まれましたの」

「一緒に食事したの?」

「そ、それが……私が取っておいた席の数がヨハンナ様のご友人の数を合わせると一席足りず」

「まさか譲ったんじゃないよね?」

「譲りましたわ」

「……」

「で、ですがヨハンナさんは今日こそは食事をされたいとおっしゃってくださったのです。もうすぐ来るはずですわ。あら、噂をすれば……ヨハンナさん、こちらですわ!」


 リリィが手を振る。

 その先には、こちらを遠巻きに見つめていた女生徒の集団があった。

 その一人があからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 あれが恐らくヨハンナという生徒だろう。

 だが、リリィは嬉しそうに手を振り続けており、ヨハンナの表情には全く気づいているそぶりがない。

 流石に、そんなリリィを無視する訳にはいかずヨハンナは他の生徒に目配せすると、こちらに近づいてくる。

 五人。いや、六人か。

 こちらに気づいてから、さりげなく集団の人数が増えている。

 席は空いているとはいえ、数は五つ。

 一人分足りない。ということは……


「ああ、リリィ席を取っておいてくれてありがとう。でもごめん。直前になって人数が増えちゃってさ。リリィも一緒に食べている人がいるみたいだし、一席足りない。困ったなぁ―」


 わざとらしい口調。

 分かりやすい演技に後ろの取り巻き達がクスクスと笑っていた。


「……仕方ありませんわね。ここは私が「必要ない」……ルナさん?」


 立ち上がり、ヨハンナ達を睨みつける。

 彼女達の薄ら笑いが強張る。


「君わかってないの?こいつら、わざとやってるんだよ」

「な、何を」

「君はこいつらに虐められているんだよ!分かれよこの鈍感女!」

「ど、鈍感……」

「行くよ!」


 リリィの腕を引っ張り、食堂の出口へと歩いていく。

 すでに周囲は食事を止め、野次馬のようにこちらを見つめていた。

 睨みつけると、恐れをなしたように道を開けた。


 ああ、もう。

 こんなふうに目立つつもりじゃなかった。

 リリィのことだって放っておけば良かった。

 ウィルやスネイルのことを馬鹿にした嫌な女。

 

 万全の体勢ではなかったとはいえ、同世代で初めて自分に土をつけた女。

 正直あまり良い印象はないし、むしろ嫌いだ。

 けれど、その実力は認めている。

 

 学院を飛び級している才能はもちろんのこと、一つ一つの魔法の精度や威力。緻密に考え抜かれた戦略の裏には果てしない研鑽が窺えた。

 内心尊敬さえもしていた。

 なのに……


 こんな奴らに馬鹿にされているなんて、許せなかった。


「勇者に勝ったからって調子乗ってんじゃねぇぞリリィ!」


 びくり、とリリィの腕が震えた。


「お前の姉がやらかした罪はみんな知ってんだ。お前の姉のせいで、あたしの父さんは……絶対に許さないからな!」

「はぁ?何言って――リリィ!?」


 ヨハンナの言葉を聞いて、リリィが走り出す。

 まるで逃げるように、誰とも目を合わせることなくその場を駆け出していく。

 意外なほどの速度に、追いつく頃には周囲には誰もいなくなっていた。






 


「待って、待ってってば、リリィ!!」


 ようやく追いつき、腕を掴んで制止する。

 彼女は振り返らない。

 けれども、後ろを向いたその頬は濡れているような気がした。


「どういうこと?さっきの不良の奴らも言っていたけど、お姉さんが何かしたの?それで虐められているの?」


 姉。

 その単語に再びリリィの体が震えた。

 余程の思いを抱えているに違いない。


「貴女には関係がないことですわ」

「か、関係ある!」

「どのような?」

「あ……えーと」


 リリィの言葉は硬い。

 その裏には、明確な拒絶の意思が感じられた。

 暗い、暗い。人には明かしたくない秘密。

 正直言って、そんな秘密を暴く資格は私にはない。

 もっと言えば、リリィを助ける義理なんて私にはない。

 だけど……



『――ねぇ、知ってる?あの娘が噂のライトロード家の』

『ああ。妾の子って奴だろ』

『それだけじゃないのよ。例のシロナ村の大虐殺の……』


 一人じゃ抱え切れない程の罪に苦しみ。

 誰もいない孤独を味わうその姿がどこか……どこか、私と重なって見えたから。


「私も同じだったから」

「えっ……?」

「私も一人だったから。だから、放っておけないんだよ」

「……」

「リリィ?」


 リリィは無言で歩き出す。

 けれど、先ほどのように逃げているわけではない。

 どこかへ案内しているようだった。


「こちらへ来てください。私の部屋へご案内しますわ」








「ここですわ」


 リリィの部屋は、一言でまとめると殺風景な部屋だった。

 年頃の女の子らしい華美な家具や装飾品は何もなく、代わりに壁という壁をぎっちりと本が収められた棚が並んでいる。

 家具はベッドと机、椅子のみで、机の上には読みかけの教科書が開かれていた。


「ごめんなさい。来客があったことがないので椅子を用意しておりませんの」


 そう言って、ベッドに座るとその横をポンポンと叩いた。

 促されるまま横に座る。

 肩ががリリイの腕に当たって、ほんのりと温かい。

 ウィル以外の同年代でこんなに密着した人はいなかったから、くすぐったいような変な気分だった。


「私の姉は――怪物と呼ばれた魔女でした」


 リリィとその姉はソーサラー家という学院都市の中でも有数の名家に生まれた。

 何世代にも渡り、数多くの魔法使い一流魔法使いを輩出してきた魔法の名家。

 その中であっても、リリィの姉は群を抜いていたという。

 現存する全ての魔法をたった十歳で習得する才能。

 迷宮(ダンジョン)『黒死の箱庭』の単独攻略。

 新型魔導人形(ゴーレム)の開発など。


 その功績を上げれば枚挙にとまず、遂には一等魔法使いのさらに上。始祖アリスやフォルスト学長を含め、歴史上に五人しかなれなかった特等魔法使いに推挙されたのだった。

 当然、周囲の人間は姉を称賛し、ソーサラー家は今後百年は安泰と言われていた。

 リリィの両親もまた、周囲の人間に漏れず姉を溺愛していた。

 そんな両親に振り向いてもらえず、リリィは寂しい思いもしていたが、それでも姉を尊敬し目標としていた。

 ある事件が起きるまでは……



「学院卒業を間近に控えた姉は、アリス様の墓を暴いたのです」

「どうしてそんな」

「分かりません。ただ、アリス様の墓には聖剣や禁忌魔法に関する研究を纏めた手帳が納められているという伝説がありました。それを狙ったのではないかと」

「聖剣の!?」


 思わぬつながりに声が大きくなってしまった。

 その声にリリィは訝しそうに眉を顰めたが、話を再開する。


「当時の一等魔法使いが総力をあげて姉を追跡し、討伐しようとしました。けれど……結果は惨敗。ヨハンナ様の父君はその時の怪我が原因で一線を退いたと伺っています。そして、我がソーサラー家の名誉は失墜。家は取り潰しになり、お父様とお母様は精神を病み、妄想の世界に閉じこもっています」

「何それ……そんなの、リリィは悪くないじゃん!」


 ヨハンナも、学院の生徒もリリィを虐めていい理由になんてならない。

 罰せられるべきは、姉の方だ。


「それで、その肝心の姉はどうなったの?」

「学院の戦力だけでは、姉と戦うことが困難と判断したフォルスト学長は、過去の仲間とともに力をあわせて姉と戦い討伐を果たしました。あまりの激戦に遺体は残らなかったとのことです。そして遺された私はフォルスト学長に引き取られました。けれど、甘えてばかりではいられません。再びソーサラー家の栄光を取り戻すためにも、私は強くなり、功績を積み重ねていかなければならないのです」

「もしかして、それで勇者と戦ったの?」

「ご存じだったのですか?」

「え、ああ……まあ噂でね」


 実際は戦った張本人だから、分かって当然なのだがそれをリリィに伝えるわけにはいかなかった。

 功績、か。

 勇者一行の魔法使いになり、魔王を倒せばその栄誉は計り知れないが、その確率は低い。途中で死ねばそれまでだし、死なないにしても重傷を負えば家の復興どころではない。

 引き換え、聖剣なしとはいえ、勇者を倒すというのは名誉であり、一族の復興には足りないかもしれないが、その足がかりには十分な功績だろう。

 だというのに、リリィは難しい表情を浮かべていた。


「どうしたの?」

「ルナさんは、勇者様との戦いをどのように聞いていらっしゃいますか?」

「え、ええと……勇者と戦って勝ったとしか」

「それは間違いです」

「はぁ?」

「私は勝利などしていません。あの決闘は本来ならば私の敗北だったからです」


 リリィは、信じられない言葉を口にした。 

 

 

 

いつもお読み頂き、ありがとうございました。

手前勝手ながら、引越しなどの手続きで忙しく、三月はお休みさせて頂きます。更新は四月を予定しています。

楽しみにして下さっている方には、申し訳ございません。


よろしくお願いします。


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