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勇者の友達  作者: パン太
プロローグ
3/9

第三話 勇者vs魔王

コツコツ行きます。



「歴史の試験なんてかったりぃ」


 学院の試験に向けて勉強を重ねたルークは、長時間の勉強に疲れて窓の外を向く。今夜は雲ひとつなく、天から降り注ぐ月の光がとても美しい。こんな日に夜遅くまで勉強するなんておかしいと思った。


「そう言わないの」

「そうだぞ」


 そんな彼を学友のレイラやザックが注意する。


「歴代の魔王達について学ぶのは、私達が将来魔族に立ち向かう上で重要なことよ」

「へいへい。わかってるよ」


 教科書へ目を向け、歴代でも特に有名な魔王の名に目を通していく。


『原初』の魔王――ザイン。

 その武力で人類圏のおよそ八割を支配し、また最も多くの英雄を屠ったとされる最古にして最強の魔王。だが、力を尊び過ぎるあまり軍内部の連携がほとんど行えておらず、最初に聖剣に選ばれた初代勇者エニルと四大国の連合軍の結束の力で敗れた。


『邪智』の魔王――リビル。

 歴代でも最も長く君臨し、裏切りや罠など多くの戦略を用いて人類圏の七割を支配し最も卑劣とされた魔王。だが、姦計ばかりを用い過ぎていたため、軍の連携はとれていたものの、真の意味で互いに信頼関係が結ばれることはなく、叡智の勇者ネイスによる戦略もあって敗れることとなった。


『魔女』王――リリス。

 歴代で唯一の女性にして、領土や軍といったものを一切持たず、最も自由奔放であったという魔王。ザインのように武力に秀でた訳ではなく、リビルのように知恵に長けた訳ではないが、魔法の扱いに長け、瞬間移動や時間停止、未来視など、伝説級の魔法を数多く創り出し、使用したとされる。その最期に関しては未だ謎に包まれているが、表舞台から姿を消すと同時に今代の魔王が台頭してきたため、その際に暗殺されたというのが有力視されている。


 魔王は勇者と同じく長い歴史の中で数多く存在した。だが、二つ名をつけられるほど有名なのはザイン、リビル、リリスの三人だけだ。試験対策としてならば、この三人さえ押さえておけば鉄板だろう。


「おい、一番大切な今代の魔王を忘れているぞ」

「はいはい、そんなの言われなくても分かってるよ」


 魔王――オーマ。

 歴代では長く君臨している魔王で、逆に言えば特筆することがそれくらいしかない。

 魔領域の広さも歴代と比較してパッとしない。単体の力もそこまで脅威ではなく、唯一特徴的なのは、無駄な争いは好まず積極的に版図を広げようともしないこと。穏健派と言えば聞こえは良いが、要は臆病なだけではないかというのが専らな噂である。ついた二つ名、もとい蔑称が『最弱』の魔王。同じく『最弱』とされる今代の勇者と良い勝負だ。最低限名前と君臨年数だけ覚えておけば良いだろう。


「それは誤りじゃないが、近年は別の見方もされているんだ。お前、さては今日の授業聞いてなかっただろ」

「何だよそれ」


 どうやら昼寝をしていた間に面白い話になっていたらしい。昼寝していたことを隠そうともしない友人にレイラとザックは溜息を吐いた。


「学者たちが近年の魔物・魔族による被害報告や勇者の活動記録を調べた結果、興味深いことが分かったんだ」

「何だよそれ。勿体ぶらずしゃべれよ」

「まず驚かれたのは魔族の討伐数だ」

「討伐数?村や街への被害数じゃなくてか」

「ああ、被害数の少なさに隠れて長年気づかれなかったが、魔族たちの年間討伐数が減少してきているらしい。今では最盛期の半分以下だ」

「んだよ、そんなの襲ってくる数が少ないなら当たり前だろ?」

「ルーク。討伐数は撃退したものだけじゃなく、各地域の魔領遠征軍・歴代の勇者たちによる討伐数も入れて計算されているんだぞ」

「……」

「近年の報告によると、奴らは直属の配下である七魔を除いて決して単独では行動せず、常に連携し、互いに助け合う行動も見せている。また、個々の能力(レベル)も高くなってきているという。こんなことはかつてのリビル軍ですら見られなかった光景だ。さらに奪われた領土こそ少ないものの、補給や戦略の要所、資源の豊かな土地や閃光石のように魔物の弱点となるアイテムが採れる鉱山など、人類が必要とする領地がピンポイントで奪われている」

「何で今まで気づかなかったんだよ」

「それは、奪われた領土が各国に分散していたからだ。どこも領土を奪われた弱みを他の国に隠したがった。さらに嫌らしいことに、その多くの領土の重要度はどれも上から三、四番手で奪われても致命的とまではいかなかったらしい」

「何だよ、それ」


 ゆっくり、ゆっくりと進行する毒のような戦略。

 もし、これが偶然では無く意図的だとすれは……

 自分の考えに思わず身震いした。


「何より、注目されているのはここ十年の勇者の記録だ」

「これ以上何があんだよ」

「これを見ろ」


 渡された資料に目を通す。


 勇者ミケラ……カルケイン領にて七魔『ソール』に敗れ死亡。

 勇者シン……アーラ砦にて七魔『バイゼル』の召喚した魔物の大群による物量作戦で死亡。

 勇者アンナ……魔領域目前にて行方不明。


 一見して何の特徴もない報告書。

 だが、途中であることに気づき、書類を捲る指が震える。

 これは……まさか。


「全員、魔領域に到達する前に死んでる」

「そうだ」


 勇者の力量は、その当人の資質やその時代に敵対する魔王の脅威度によって大きく左右される。そのため、魔領域到達前に死ぬ勇者も決していないわけではない。

 ないのだが……


「この十年間で魔領域に誰も到達できなかったなんてありえないだろ」


 魔領域とは、魔族の出身地の総称だ。当然魔王城は、魔領域の奥にあるため、魔王を討ち倒すには必ず魔領域を通る必要がある。それがこの十年間誰も到達できなかったということは……


「ああ。魔王軍の練度が歴代で最も高いのか、あるいは――」







――勇者が成長する前に殺すことを徹底しているか、だ。





「魔、王……?」


 老人に対し剣を向けるルナに理解が追いつかない。最初は冗談か何かだと思った。けれどルナは決してそんな冗談を言う性格ではないし、何より仮面の奥に宿った憎しみの光が、それが真実であることを告げていた。対する老人は酷くがっかりしたように溜息を吐いた。それはまるで、孫娘への悪戯がバレて叱られたお爺さんのようにも見えて、魔王という威厳は欠片も感じられはしなかった。


「儂と少年の語らいを邪魔しおって。空気の読めん勇者じゃて」


 老人は悲しみを紛らわすように焚き火に新たな薪を焚べた。パチパチと炎が爆ぜ、その勢いを増していく。剣を向けられても気にする素振りもなく、自然体そのもの。ルナが剣を向けていなければ、本当に皆が恐怖する魔王なのかと疑いたくなる。


「さて、お主に会ったら伝えようと思っていた言葉があったんじゃ」

「何かな?」

「勇者よ。我が仲間にならぬか?ともに人類と魔族の争いの歴史に終止符を打とうではないか」

「なっ!?」

「……ふざけているの?」


 ルナの声がまた一段と冷たくなる。剣を握る手に力が籠り、その切先は怒りで細かく震えていた。落ち着いて、と声をかけようとするができない。それほどまでに、彼女の怒りは側から見ていても強く、激しいものだった。触れれば切り裂かれるほどの怒りに当てられても、魔王は和かな笑みを浮かべるだけだった。


「なんの、本気じゃよ。その少年には伝えているが、儂は人類との平和を望んでおる」

「魔族たちに有利な、でしょ?」

「そりゃあ、儂は魔族たちの長ゆえな。自身の国と民に有利な世界を望むのは、人間とて当たり前にやっていることじゃろ?」

「そのためには、親しくしてくれたウィルを騙しても心が痛まないんだもんね」

「おお、その少年はウィルというのか。儂の名はオーマ。よろしくの、ウィル」


 魔王が微笑みながら呑気そうに手を振る。

 その様に目に見えてルナの怒りが膨れ上がった。


「痛まないわけではない。騙すつもりはなかったが、すまなかったのぅ、ウィル」 

「あ、謝らないで下さい」


 魔王が頭を下げる。

 何なのだろうか、この魔王は。魔族の王がたかが一人の平民に頭を下げるのもおかしいし、それ以外にもいやに人間臭いというのか、何というのか。

 

「ありがとう、ウィル。お主は優しいの。さて、勇者よ。返答は?」

「断る」

「一応理由を聞こうかの。何故じゃ?勇者とは人類を守り、平和をもたらす者のはず。儂の仲間になることは、平和への近道だと思うがの」

「お前は信用できない。それに、その平和とやらのために、お前たち魔王軍が何をしてきたか、知らないと思わないの?各国の領土や資源を奪うために兵を送り込み、多くの人々が犠牲になった」

「否定はせんよ。力無き者の言葉など、誰も耳を傾けんからのぅ」

「お前の言う平和のためには必要な犠牲だったとでも言うつもり?ふざけないで!お前は……お前は、シロナ村のことを覚えているか?」

「……お主、あの村の生き残りか」


 ルナの涙混じりの声に、魔王は虚を突かれたように小さく目を見開いた。そして目を閉じ、何かを決意するように再び目を開けると、立ち上がってルナへと向き直った。


「あの村の生き残りが勇者に選ばれるとは、これも何かの因果かの。勇者は殺しても封印しても、すぐに再出現(リポップ)するから、戦っても不毛なんじゃが……仕方ない。やろうか」


 瞬間、魔王の身体が膨れ上がった。

 正確には、それは錯覚だったのだが、そう感じるほどに魔王の放つ雰囲気が変わった。まるで嵐のような威圧感。不可視の重圧で体が吹き飛んでしまいそうだ。その力の昂りに恐怖するかのように地は揺れ、月を雲が覆い隠し、雷が天を蒼く染める。

 瞬間、襟首が後ろに引っ張られ魔王から身体が離された。

 ルナだ。


「結界よ」


 薄い光の膜のようなものが周囲を覆う。

 ルナに近づこうとするが見えない壁のようなものに遮られて動けない。


「なんじゃ。少年は戦わんのか。まあ、良い。儂も無駄な殺生は極力さけたい」

 

 そう言う魔王の姿は、いつも間にか大きく変わっていた。

 肌はまるで蝋を溶かしたように白く、腕や脚など皮膚が露出した箇所には無数の古傷がまるで血管のように赤く浮かび上がり、心臓の鼓動に合わせて脈打っている。額からは大きな二本の角が生え、身体は一回りも大きく膨れ上がっていた。そしてその周囲には時折空気を震わせるように小さな雷が火花となって散っていた。

 バイゼルとは比較にならない威圧感。これがオーマの真の姿、魔王の正体なのか。その魔王に対し、ルナは剣を握って一人対峙している。けれども、魔王に対してその剣はまるで細い枝のようであり、あまりにも頼りなく思えた。結界に閉じ込められた僕はまた、何もできないままだ。


「なあに、勇者ルナリアスよ。お主も殺しはせんさ。ちょいと四肢を切り飛ばして『聖剣』が他の者に受け継がれんか試させてもらう」


 魔王が掌をルナへと向ける。パチッ、と一瞬火花が散ると、次に瞬間には 紫の電が刃となってルナを襲う。圧倒的な雷光。先日ルナが使用した雷鳴剣と似ているが、それとは比べ物にならない威力だ。


「ルナ!」


 雷がルナに直撃し、その余波で大地が揺れる。凄まじい閃光と、遅れてくる轟音に目と耳がおかしくなりそうだ。実際、ルナの結界がなければこんな程度では済まないだろう。耳鳴りがおさまり、光に慣れてようやく目を開けると、ルナがいた爆心地は黒焦げとなり、その中心はあまりの熱量に溶け始めて大地が赤く液状化していた。

 そんな……まさか。


「早いのぅ」

「え?」

「ハァッ!」


 魔王が突如身体を捩る。その直後、ルナの剣が魔王の身体があった場所を切り裂いた。斬撃の余波がこちらまで伝わってくる。まるで地を真っ二つに割ったと錯覚するほどの剣圧、そして魔王の背後をとる圧倒的な速度。先のバイゼル戦までとは比較にならない。


「その身体能力……バイゼルの魔石を吸収して能力進化(レベルアップ)したか」


 魔王は悼むように一瞬目を閉じる。その隙を見逃すことなく、ルナが袈裟斬りに剣を振るう。夜空を駆ける流星のような白の美しい剣の軌跡。けれども、魔王は紙一重のところで避けていく。


「剣技は悪くない。むしろ、儂が見た勇者の中でも一、二を争うレベルじゃ。聖剣の出力をもっと引き出せれていれば、強い勇者となれたじゃろうな」

「くっ!」

「バイゼルは凄かったんじゃ。奴は先代魔王リリスの弟子でな。異空間から魔物を無限に召喚し、その圧倒的な物量で敵を殲滅する――後方支援においては最強の七魔じゃった」


 一見すると魔王は防戦一方に見える。

 だが、その実魔王は避けながら喋る余裕があり、ルナは逆にその剣の一振り一振りに焦りが感じられた。

 まるで指導試合。

 おそらく魔王はルナに何度も打ち込むことができたはずだ。けれども、しない。手を伸ばせば届くほどの距離しかないというのに、その実力差には天と地の程の差が感じられた。

 これが魔王。

 魔族を統べる王の実力。僕たちが倒さなければならない、敵の力。


「奴は、儂の飲み友達での……今回のように功を焦らなければ死ぬこともなかったじゃろうに」

「なっ!?」


 魔王がルナの剣を指で止める。それだけで剣はピクリとも動かなくなった。

 ルナの表情が驚愕したように歪む。それは、僕もまた同じだった。剣技は彼女が研鑽を積んできた証そのもの。いわば、彼女の心の拠り所であったはずだ。それが、たった指二本で止められるなんて。


「お主ら人間は儂らと戦うたびにやれ友の敵、家族の敵と口にするがな……恨みがあるのがお前たちだけと思わんことじゃな」


 魔王の拳が熱を帯び、灼熱の光を放つ。

 

 熱く、熱く、熱く。

 

 足元の草がみるみるうちに枯れていき、木々からは真っ赤な火があがる。空気が渇き、裂けた唇からは血が滴った。

 その光は、先の攻撃や、ルナの雷鳴剣と比べるとあまりにも小さい。けれども、肌を震わせる威圧感は全く比較にならない。まるで小さな太陽が拳に宿っているようだ。

 

 ルナは避けようとするが、剣が動かずその場を離れることができない。勇者の彼女にとって、聖剣を手放すことは死に値するからだ。

 魔王が腰をわずかに落とし、力を溜める。たったこれだけの所作のはずなのに、素人の僕でさえ、実力の違いを理解できた。何千・何万回と繰り返されてきたであろうその所作には、一切の力みも、無駄も感じられない。いっそ優美にも見えるその所作は、魔王の研鑽の証。

 

 僕はそれに、ただただ見惚れてしまっていた。


「『皇魔』」

 

 拳が突き出される。

 ただの正拳突き。けれど、その速さはまさに神速。それが、無駄なく最短距離で突き出される。

 昼間になったと見紛うばかりの眩い光と激しい衝撃音。あまりの速さに防御が間に合わず、直撃を受けたルナは遥か後方へと吹き飛び、大岩へと激突した。


「ルナ!」







「ルナ!」


 勇者が大岩へと激突した。身体が力無く壁にもたれかかっている。ぴくりとも動かない。どうやら、気絶したらしい。


 やるのぅ。

 自然と、心の中で讃辞を送っていた。

 攻撃が当たる直前に、もう避けられず、防御も間に合わないと見るや地面に向かって雷を打ち込み、自ら後方へ飛び出し威力を軽減させおった。

 死なないように威力を加減していたとはいえ、中々できることではない。それがなければ、今頃勇者の腕の一本は消し飛んでいただろう。

 剣技だけでなく、その戦闘の才能にも見どころがある。勇者でなくとも、我が軍に引き入れたいぐらいだ。

 

 まあ、あの村の生き残りであれば無理な話だが。


「ん?」


 少年――ウィルが勇者の結界が解けると同時に突破し、慌てて勇者を助け起こそうとしていた。

 助け起こされた勇者は気絶から立ち直ったばかりなのか、目が少しばかり虚で口の端からは涎が垂れていた。ウィルは頬を叩きながら逃げるように説得しているようだが、気絶から立ち直った勇者は構わず震える身体に叱咤して立ち上がってくる。

 

 勇気、恨み……いや両方か。何にせよ、ここまで圧倒的な能力(レベル)の差でも諦めずに立ち向かってくる心意気だけは認める必要がある。聖剣に選ばれた勇者の中には、少し小突いただけで逃げ出す者もいたくらいなのだから。


「ハアッ!!!」


 勇者が再び突っ込んでくる。

 威勢は良い。

 だが、地を踏みしめるその脚に先ほどまでの勢いはない。先のダメージが抜け切っていないのは、明白だった。

 神官でも仲間にいれば、話は違ったものを。力の差に自暴自棄になったのか?つまらん。

 

 雷の刃を勇者へ向ける。

 これまでの戦闘で勇者の行動パターンは大体把握した。右に避け、背後に回り込んでの一閃といった具合か。

 剣技は目を見張るものがある。だが、憎しみと勇者に選ばれたという重圧に目が曇りすぎておる。


「終わりじ――馬鹿なっ!?」

「はあああああ!!!」

「避けずに突っ込むじゃと!?」


 雷の刃に対して、右腕に全ての魔力を集中させ、盾のように構えながら突っ込んで来る。

 無理じゃ、ありえん。

 

 全魔力を集中したとしても、互いの能力(レベル)差は明白。防ぎ切れるわけがない。案の定、被弾した勇者の腕は雷の刃に耐えきれず、斬り飛ばされた勇者の右腕が宙を舞う。

 相殺仕切れなかった雷が肉体を焦がし、勇者の身体をズタズタに引き裂いた。常人ならば、気絶どころかショック死してもおかしくないダメージ。にも関わらず、勇者の勢いは全く削がれることがなく、むしろ勢いを増しながら、その剣を振るった。

 

 何たる精神力。

 何たる気迫か。

 その狂気とも思える覚悟に、全身の細胞が裏返るような怖気が身体を支配した。


「死ねぇ!!!」


 勇者の渾身の一閃は、確かに首筋へと届いた――











 かに見えた。


「甘いのう」

「そんな……」

 

 ウィルの絶望したような声が届く。

 勇者の剣は首筋で止まっていた。

 正確には、首筋の周囲を覆う超高密度の魔力によって、だ。


「首や心臓のような急所に、何の対策もしていない訳ないじゃろう、若造が。戦闘経験の差じゃな」

「が、は……」


 勇者の首を締め上げ、月明かりへとかざす。 先の一撃で全ての力を使い切ったのか、もう抵抗はなかった。

 圧倒的な力の差にも立ち向かう勇気。腕を犠牲にして攻撃する狂気。攻撃こそ届かなかったものの、天晴れじゃ。

 そこだけは認めてやらねばなるまい。

 勇者の仮面に皹が入り、二つに裂けてゆっくりと剥がれ落ちる。


 「どれ、四肢をもぎ取る前に顔でも見て―――













              ―――ルシ、フェナ?」


『お爺ちゃん!!』


 懐かしい声が聞こえた気がした。


「ぐっ⁉︎」


 背中を剣で貫かれたような衝撃がはしり、勇者を掴む手が緩む。

 影から飛び出た何者かが落ちた仮面と共に勇者を抱き抱えた。

 ウィルだ。


「この!」


 ルシフェナを返せ!

 勇者を奪おうとその手を伸ばした、が――


「ぬぅ!なんじゃ、これは!?」


 二人の身体を光の球体が包みこんだ。まるで守るようにその身を覆う球体からは、先に見た結界とは比べ物にならないほどの魔力を感じた。

 これは聖剣の力なのか。見たことのない力だ。

 一瞬の躊躇の合間に、球体が不規則に光を発する。

 空間跳躍(ワープ)する気か。


「どけ!どかんか!!!」


 何度も全力で拳を打ちつける。そのたびに光で手が焼かれ、腕の筋繊維からは血が吹き出した。

 構うものか。

 ようやく、ようやくあの娘に。


「待て――――――――!!!」


 眩いばかりの光があたりを多い、二人の姿が消える。

 後には、力無く項垂れた愚かな老人だけが残された。








 


「魔王様!」

「……シルドか」


 翼竜(ワイバーン)とともに、七魔第一柱シルドが姿を現す。

 水色の長髪に女と見紛うほどの美貌。

 常に冷静沈着とされる第一柱は、その美貌を焦りに歪ませて近づいてきた。


「魔王様!ご無事ですか?」


 儂の腕の傷に気づいたのか、すぐに応急処置をしようとする。


 「良い。かすり傷じゃ」

 「少しの傷からでも病にかかる恐れがあるのです。全く、貴方様は昔から無茶ばかり。此度もバイゼルの訃報を知った途端に護衛もつけず直接勇者と戦いに行くなど、王たるものの姿ではありません。何のために私達七魔がいるというのですか……あまり心配させないで下さい」

 「……すまぬ」


 シルドが腕の傷を治療していく。

 誰よりも冷静沈着で忠誠心の高いこの男は、儂が絡むと途端に取り乱してしまう。

 これが無ければもう一皮剥けるんじゃが。


「しかし、貴方様が勇者を取り逃すとは。此度の勇者は最弱の部類と聞いておりましたが、認識を改める必要がありますね」

「ルシフェナを見つけた」

「なっ……それでは、まさか?」

「ああ」

「まさか、本当に?……このような形になるとは何と言えば良いのか。心中お察しします、魔王様」

「良い。むしろ、上手くすれば、この長い争いにも終止符が打てるやもしれぬ」


 賢いこの男は今の一言で全てを理解したらしい。

 ルシフェナがまさか勇者に……急がねばなるまい。


「至急七魔に命令を出す」

「はい、もちろんです。しかし、大人しく従うでしょうか?特にソールあたりは……」

「なぁに。簡単じゃよ、内容は勇者を生かして捕えること。もし、それを達成した暁には――」


 ――魔王の後継者とする、とな。
















 

読んで頂き、ありがとうございます。感想などがあれば励みになります。よろしくお願いします。


 ※聖剣


 勇者の力の源にして、証たる聖なる剣。持ち主へ身体機能・魔力の強化、病や毒物への耐性向上など多くの加護を与える。また、所有者の意思によって空間転移させることが可能であり、たとえ遠く離れた海溝に沈んでいたとしても、念じることによって一瞬で持ち主の手に舞い戻る。これまで、幾たびも魔族によって破壊が試みられたが、皹一つ入ることはなかった。聖剣の出現は、新たな勇者の誕生であり、盛大に祝われることが通例であるが一部の人間にとってそうではない。新たな勇者の誕生は、先代勇者の死を意味するのだから。


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