第二十九話 戦いを終えて
最近少しずつPVが増えてきてくれて嬉しいです。
お読み頂き、ありがとうございます。
「っ……」
目を開ける。
最初に感じたのは強い寒気。そして頭が割れんばかりの頭痛。
何がどうしてこうなっているのか。
記憶を辿ろうにも、熱があるのか頭がぼんやりしていて、何も思い出せない。
すると、身体に何か温かいものが覆いかぶさっているのを感じた。
絹のようにサラサラとした美しい髪が、窓から差し込む光を浴びて、月のようにきらきらと輝いていた。
「ルナ?」
「んんっ。ウィ、ル……ウィル!ウィル、良かった!!!」
胸に何か柔らかいものが当たり、そして甘い香りが鼻腔をくすぐった。
奇妙な安心感と心地良さを感じていると、その何かがかすかに震えているのが分かった。
ルナに抱きしめられていると分かったのは、その直後だった。
「ごめん。ごめんルナ」
「馬鹿、馬鹿……馬鹿!!!」
気づけば自分自身も震えていた。
互いに子供のように泣き合いながら、抱きしめ合う。
今はこの温もりを手放したくなかった。
「つまり、要約すると連れ去られた子供を救出しに向かった先で誘拐犯と戦い、そして敵の首領が何かの薬を飲んで化け物になり、危機に陥ったところをルナに助けられ、次に目を覚ました時にはベッドにいて、ルナとイチャイチャしていたと」
「い、イチャイチャは……」
「黙れ。俺がどれだけ心配したと思ってる。しかも、泣き声を聞いて駆けつけてみれば人前で抱きついていやがって。俺がどんだけ恥ずかしい思いしながら他の神官たちに説明したと思ってんだ」
「すみません!」
頭を下げて謝る。
本当に申し訳ないことをしてしまっていた。
もう一人の当事者であるルナは、俯いたまま黙っている。けれど、よくみれば頬がわずかに赤い。
ルナも何日も寝ずに看病してくれていたらしく、冷静ではなかったのだろう。
本当に皆には感謝してもしきれなかった。
ベッドで目を覚まして数日後。
僕は魔法警備隊の人々から事情聴取を受けた。本当はもっと長い期間取り調べを受けるはずなのだが、隻腕になるほどの重傷だったことと、勇者一行の一人ということが考慮され、比較的短い取り調べだけで済んだ。
勿論、ルナの正体についてもその場にいた全員に箝口令が敷かれていた。
「まあ、何はともあれ無事で良かったよ」
「心配をかけてすみません」
「いや、話を聞いていると結果論だがお前の判断は正しかったよ。何より、子供達を無事に取り返せたんだからな」
「ありがとうございます」
スネイルさんは褒めるように頭を撫でてくれた。
少しだけ恥ずかしいと感じると同時に嬉しかった。
頭を撫でられるなんて、両親にしかされなかったことだ。懐かしさを感じて少しだけ目頭が熱くなった。
自分には兄がいないが、もし兄がいればこんな感じなのだろうか。
「甘いよ、スネイル。甘々過ぎ」
けれど、そんな感情に水を刺すように冷え切った声が横から聞こえた。
「ルナ、悪かったよ。悪かったから、いい加減離れてくれないかな」
「駄目。ウィルは少し目を離しただけでいなくなっちゃうんだもん」
「だとしても、さっきからずっとくっつきっぱなしじゃないか」
そう。
ルナは再会してからずっと、僕の左腕に抱きつくように密着し続けていた。取り調べの間でさえもだ。僕とスネイルさんが何とか引き剥がそうとしても、聖剣の力で最大限に身体能力を強化したルナには敵わなかった。
最初はどこか微笑ましげな、暖かい眼差しだった警備隊の人達もそのあまりの束縛具合に、徐々に哀れみの色が強くなっていったほどだ。取り調べが終わり、帰る際にセラムさんという警備隊の責任者が同情するように肩を叩いてくれた。
「流石に腕も痺れてきたし、離れてよ!」
「駄目!これからウィルはずっと私と一緒に行動するの!これは決定事項だから!」
そう言ってさらに腕をきつく抱きしめる。いや、もはや『抱きしめる』どころか『締め上げる』に近い。
激痛のあまり悲鳴が漏れそうになる。
治療された左腕を拘束しないのはルナのせめてもの温情なのかもしれないが、この調子では右腕も千切れてしまいかねない。
「おい、その辺にしとけよ。ウィルが痛がってんぞ。第一、ずっと一緒ったって風呂と手洗いの時はどうすんだよ」
「そうだよ!まさか一緒に入るわけないよね!」
ない。
ない、と言ってくれ……!
「そ、そんなわけないでしょ!」
ルナが頬を少し染めながら否定する。
良かった。まだルナにも人並みの羞恥心が残っていたらしい。
「私が入っている時は、目隠しと耳栓、手足を拘束して入り口のすぐそばに待機しててもらうよ」
その言葉を聞いた瞬間。
命の危険にも似た何か感じて、気づけば僕は部屋の扉へと高速で移動していた。
ルナは僕が想定外の力で拘束を振り解いたことに驚き、一瞬身体の動きが止まっている。
逃げるのは、今しかない……!
指先が扉にかかり、何とか開けようとしたその時――
「なっ……!?」
突然右腕が引っ張られ、その力に耐えきれず地面に尻餅をついてしまう。
そしてそのまま後方へとものすごい勢いで引きずられていく。
あまりの力に、まるで逆らうことができない。
「ふっふーん。ウィルの考えることなんてお見通しだよ」
頭上から、ルナの得意げな声が聞こえる。
痛みを耐えながら上を見上げると、ルナが笑顔で腕を掲げていた。その腕の先には白く輝く腕輪が嵌められていた。その台座には緑の宝石のようなものが埋まっていて、そこから光の鎖のようなものがはしっていた。そしてその糸は僕の右腕。いつの間にか嵌められていた腕輪の宝石へと繋がっていた。
「『絆の腕輪』。腕輪と腕輪の間は、見えない強力な魔力の鎖で繋がっていて、腕輪をつけた二人が離れないようにしてくれる魔道具なんだ」
「いつの間にそんなものを」
「ウィルの意識が無い間、私だってずっと看病していたわけじゃないからね。情報収集も兼ねて今後同じ失敗を繰り返さないように役立つ道具を探しに行ってたんだよ。効果は知ってたけど、実際に見ると凄いよね。流石、金貨二十枚しただけはあるよ」
「金貨二十枚!?」
村人が一年の大半を費やしてようやく手に入るほどの大金。その成果がこんな滑稽な魔道具なんて、怒りを通り越して虚しさを感じた。
村でただの草花や丸い石を見つけて喜んだり、旅に役立ちそうもない粗悪品を購入しようとしたり、ルナは本当にどうでも良い物ばかりに価値を見出す悪癖があった。
「スネイルさん、こんな馬鹿みたいな魔道具に本当にお金を出したんですか!?」
旅の資金を管理しているのはスネイルさんだ。ルナではすぐに無駄遣いしてしまうし、僕では弱すぎて魔物に奪われてしまう危険がある。消耗品の購入などを請け負ってくれているスネイルさんが、僕らの金庫番だった。
だが、そのスネイルさんは金貨二十枚という大金に固まってしまっている。明らかに知らないことは明白だった。
「心配しなくても、これは私が一人で旅をしていた時に少しずつ貯めていた金貨だから、旅の資金には手をつけてないよ。まあ、今回の買い物ですっからかんになっちゃったけど」
ルナが元気に答えるが、そういう問題じゃないと思う。恐らく、ルナは僕が行方不明になってしまった恐怖からこんな粗悪品を購入してしまったのだろう。正直、それについては本当に申し訳ない。
申し訳ないのはそうなのだが、こんな拘束じみた方法は嫌だった。
「とにかく、ウィルは今後私とずっと一緒に行動するからね」
ルナは狂気さえ感じる笑みを浮かべながら、そう言った。
「ルナ、離れてよ」
「いーやー」
道ゆく人が振り返る。
最初はルナの美しさに惹かれて。次に抱きつかれている僕に気づき、好奇心を目に浮かべる。
中には羨ましそうにしている人もいたが、すぐに僕を見て怪訝そうな表情となる。
僕は今、一体どんな表情をしているのだろうか。
「そんなに抱きつかなくても大丈夫だろ」
「駄目!絶対に離さないから」
「でも、歩きにくいんだよ。指定された店を探せないだろ」
「ちょっとくらいいいでしょ。どうせ、時間はまだたっぷりとあるんだから。スネイルのお使いは十分達成できるよ。だから、空中浮遊体験とか魔法のお菓子作りとかもっと面白そうなお店回ろうよ」
「お使いをサボったら駄目に決まっているだろ」
まるで手を離せばどこか遠くに行ってしまうとでも言うように、ルナはさらに強く抱きしめた。
そう。
僕らは今、スネイルさんからのお使いを遂行している最中だった。
『俺は引き続き、リリィの情報収集にあたる。その間、お前は俺らを困らせた罰として、旅の備品を購入しておけ。お前はまだ商品の目利きが甘いが、これも練習だ。コツを教えるからやってみろ』
本当はすぐにでも修行したい。
ルシウス達との戦いで、自分がまだまだ弱いことを痛感した。何より……
あの夜の戦いを思い出すように、そっと額に触れる。
まるで時が止まったように静止する視界。加速する思考。これらを使いこなすことができれば、自分は遥かに強くなれる。もしかしたら、いつかルナにも並び立つことができるようになるかもしれない。あの夜感じた力は、それだけの可能性を感じさせていた。
けれど、片腕が治ったばかりの今は激しい運動が禁止されている。
もどかしいが、これも自分への罰だ。
それに、これも悪くない機会だった。
そっと、隣で購入した商品を革鞄に入れて歩くルナを見つめる。
早くこの状況を何とかしなくては。
「ん、どうしたの?」
「……何でもないよ」
こうして時間は瞬く間に過ぎていった。
「はぁ、ようやく終わった――。スネイルのお使いの量多すぎでしょ!」
「スネイルさんは、これだけの量の補充をいつもやってくれていたんだから、やっぱりスネイルさんはすごいよ」
「……かんけーないね、面倒臭いものは面倒臭いの!」
何だかモヤモヤする。
最近ウィルは、口を開けば「スネイルさんはすごい」、「スネイルさんのおかげだよ」と言うことが多くなってきている。
出会ったばかりの頃は、「すごいよルナ」と褒めてくれたり、剣技を見せた時は羨望の眼差しを向けてくれていたのに、最近では何か残念なものを見るような目が増えてきた気がした。
解せない。
「……あーあ、何だか暑くなってきたなー」
「?そうかな。そろそろ戻ろうか」
「ち・が・う!!!」
道を戻りかけたウィルの頬を挟んでこちらへと向ける。
ゴキン、という音がした気がしたが、まあ大丈夫だろう。
「いい?女の子が『暑くなってきた』とか『疲れてきたね』って言ったらそれはどこかのお店に入って冷たい飲み物が欲しいとか、美味しいご飯が食べたいってことなの!」
「だったら、直接そう言えばいいじゃないか」
「言えないの!というか、これくらい察してくれないかな。全く、ウィルに彼女は当分できないね」
フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
しばらくして、チラリとウィルの方を向くと困ったような表情を浮かべていた。
少しだけ気分が良くなってウィルの方へと身体を向ける。
そして、上着の襟を摘んで胸元を見せつけるように大きくパタパタと動かした。
こうするとウィルはいつも顔を赤くして目を背ける。そして大抵のお願いは聞いてくれるのだ。
「?……何してるの」
「えっ……いや、ほら!」
「ほらっ、て何が?」
見えにくいのかと思い、見せつけるようにさらに大きく胸元をはためかせた。
なのに、ウィルは無反応のままだ。
おかしい。
見えているはずなのに、全く反応がない。
まるで、ゴブリンに怯えていた新人冒険者が、ドラゴンのような強大な魔物に遭遇してから、低級の魔物に怯えなくなったような感じだ。
どうして。
その時、脳裏に憎たらしい紫の魔女が浮かぶ。
正確には、動くたびに鬱陶しく揺れるあの肉の塊が。
「〜〜〜!!!」
「ん、どうしたの?」
「うるさい!」
パンッ。
乾いた音が空に響いた。
評価や感想を頂けると幸いです。
よろしくお願いします。




