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勇者の友達  作者: パン太
学院都市アリス
27/31

第二十七話 誘拐そのニ

「死ねぇ!」


 男が剣を振り下ろす。

 早いし、勢いもある。半端に受ければそのまま押し倒されるかもしれない。けれど……


「フゥッ」

「なっ……」


 けれど、よく見れば足腰と腕の動きが乱れていて、力がしっかりと剣に伝わっていない。それは言い換えれば、別方向から少し力を加えることで簡単に軌道が曲がりやすいということ。その考えを証明するように、剣の側面に攻撃を加えられた男は驚いたような表情でそのままよろけた。その隙を見逃さずに、男の後頭部に剣の腹を当てる。加減したその一撃でも、意識を刈り取るには十分であり、そのまま男は意識を失った。


 あと、四人。


「舐めんな!」


 今度は男が二人がかりで攻撃してくる。

 ほぼ同時に連携攻撃。仮に一撃目を防御しても、その隙にもう一人に別の箇所を攻撃されてしまうだろう。

 頭部を狙った攻撃に対し、そのまま首だけを後ろに引く。目と鼻の先を剣が走ると、少しばかり鳥肌が立った。ルナとの修行で攻撃への恐怖に慣れてきたつもりだが、未だに慣れない。けれど、そんなことはおくびにも出さず、間髪入れずに突き出された心臓への一撃もわずかに身体を逸らすことで、紙一重で避ける。そしてそのまま後方の子供達を守るように下がり、距離を取った。そしてそのまま、少しだけ口角を上げて笑みを浮かべて見せる。見え見えの挑発だったが、相手の表情を見ると、どうやら効いたらしい。彼らの殺気がこちらに集中し、肌がピリつくのが理解できた。

 今のところ、何とか互角に立ち回れてはいるが、それはこちらが魔力によって身体能力の強化が行えていることと、人質への攻撃されていないことが大きい。もし、人質へ攻撃が向けば一気に均衡が崩されてしまうだろう。それに、あまり時間がない。幸い、良い流れが来ている。早くこの人達を倒さなければ。


 


『ウィルって目が良いよね』



 男の追撃を剣でいなしながらルナの言葉を思い出す。

 魔力による身体能力強化を習得してからの約一月。ルナの剣を躱し、防御する修行を徹底的に反復した。その中で、ルナが唯一褒めてくれたのが、目の力――動体視力だった。

 あまり意識してこなかったが、ルナの剣を躱し続けるうちに目が鍛えられたのか、それとも狩人だった父さんから受け継いだのか、ルナの剣を完璧には防御できなくても、目だけはついていけていた。思い返せば、ルナと魔王の戦いも、ソールとの戦いでも、何とか目で追うことだけはできていたような気がする。


「ちょこまかと鬱陶しいんだよ!!!」


 剣を躱され続けて焦った男が一撃を浴びせようと横薙ぎに剣を振るった。だが、ただ剣を振るだけでも体力は著しく消耗する。さらに、焦りから無理な体勢から放つ一撃は、一見すると力が乗っているようにも見えるが、その実不安定で、その剣が躱されてしまえば身体ごと簡単に崩れてしまう。


「なぁっ!?」


 躱した後に、体勢を崩した男の顎を剣の柄頭で撃ち抜く。

 強かに顎を打ち抜かれた男は、一瞬あらぬ方向に視線を彷徨わせた後、糸が切れた人形のように意識を失った。

 あと、三人。


「つ、強え……!」


 このままの勢いで一人ずつ倒して行きたかったが、もう一人の男は剣を構えたままゆっくりと後ずさりし始めていた。苦虫を噛み潰したような表情で、先ほどのように闇雲に剣を振り回すことなく、こちらを警戒するように防御を固めていた。

 後ろに控えていた女は、魔物でも見るように不気味そうにこちらを見つめたまま動かず、さらにその奥にいる顔まで黒衣で覆った首領(リーダー)らしき男は、じっと観察するように目を細めていた。


(クソッ)

 

 修行の成果が出ていることは嬉しいが、調子に乗りすぎた。いや、緊張して焦り過ぎたか。相手の隙に積極的に反撃を行い過ぎた。先ほどまでのように素早く敵を倒せたのは、相手が油断し、隙の多い攻撃を連発していたからだ。逆に防御を固められると、こちらからは手が出しにくい。また、時間を与えると冷静さを取り戻し、後ろにいる子供たちに攻撃してくるかもしれない。そうなれば、こちらの負けだ。


「やるな……お前」


 思考の沼に沈んでいると、奥にいた男がゆっくりと前に進んできた。古い床からゆっくりと軋むような音が聞こえる。頭にかけた黒衣を取ると、そこから現れたのは、金の髪を靡かせた若い男だった。先ほど倒した二人や、その他の団員と比較しても、かなり若い。もしかすると一番年少かもしれない。元々は端正だったであろう顔立ちは、あまり健康的な生活をしていないのか頬が窪み、目元は酒の影響か黒ずんで見え、髪も髭も伸ばし放題で台無しになっていた。彼は杖を取り出した。奇妙な形状だった。先端は翠の宝玉と、それを守護する鷲を象った黄金の装飾がされていて、とても高価に見えるのに、その柄は中途で途絶えていた。まるで、誰かにへし折られたように。折れた杖を構えるというある意味では滑稽にも思える姿だというのに、仲間であるはずの男も、女もまるで彫像になったようにみじろぎ一つせず、呼吸すら止めていた。静寂が、場を支配した。

 ピリリ、と肌が逆立つ。

 間違いない。この人は先ほどまでの二人とは能力(レベル)が違う。その事実を裏付けるように、男の全身を魔力がゆっくりと覆っていった。


「風よ吹き出ろ。収束し、敵を射る矢となれ」


 魔力が風となって男の目の前へ収束し、まるで一本の矢のような形状へと変わっていく。

 そしてその矢は、こちらではなく子供達の方へと向いていた。

 まずい――!!!


「『風の矢(ウィンド・アロー)』」


 風の矢が子供達を襲う。

 あまりにも早い一撃。けれど、事前に魔力の収束する方向から矢の軌道を予測できていたおかげで何とか追いつき、側面に剣を当てて軌道を逸らすことができた。

 ――ドクン、ドクン。

 手が痺れ、心臓が早鐘のように脈打った。

 もし、魔力で目を強化していなければ、事前に魔力の流れから矢の軌道を知ることができず、子供達に当たっていたかもしれない。向こうはこちらが魔力による身体強化ができるなど知らないはずだ。けれど、奴は躊躇なく子供達に矢を放った。間違いなく残忍な相手だ。


「……魔力が少なく確証が持てなかったが、間違いないな。ガイ、リゼット、下がれ。奴は魔力操作によって身体強化ができる。お前たちでは相手にならん」

「何ですって、こんなガキが……ルシウス、本当かい?」

「んだと?てこたぁ、あいつは『持っている側』の人間ってことかよ」


 ルシウスと呼ばれた男の言葉に、他の二名がにわかに殺気だった。

『持っている側』……魔力操作のことを言っているのか。けど、どうしてこんなに殺気だっているんだ?

 いや、今はそんなことを考えるな。痺れた手の回復をするためにもここは時間を稼がなければ。


「どうして、他の二人はそんなに殺意を剥き出しにするんだ?それに僕が魔力操作できることがなぜわかる?」

「その発言、やはりお前は魔法警備隊ではないな。それどころか、この都市の人間ですらない。さしずめどこかの国の貴族か。これは高値で売れそうだ」

「答えろ!」

「……一つ目の質問は、この都市の人間ではないお前には説明しても決して分かるまい。よって答えはしない。二つ目については、お前が矢の軌道を読めていたからだ。風は無色透明。ある程度の形や大きさは肌で感じることができても、打ち出す前の矢の方向までは分からん。魔力で目を強化でもしない限りはな。さて……時間稼ぎはできたか?」

「っ……」


 読まれていた。

 剣を握り直す。その手はまだ少し震えていた。

 手の感覚は、まだ戻っていない。『女神の光』を習得できていれば違ったかもしれないが、この三ヶ月で習得できたのは身体強化だけだった。けれど、そんなことは関係ない。

 震える子供達を振り返り、勇気づけるように少しだけ微笑んで見せる。

 この背に背負っているのは何だ?

 まだ幼い子供達の命だ。絶対に守り抜く!


「風よ、吹き荒れろ。薄く、薄く、その身を研ぎ澄ませ。乱れる刃となり、我が意のままに敵を切り裂け風の刃(ウィンド・カッター)

「はぁ!」


 先ほどよりも長い詠唱。その詠唱の長さに比例するように先ほどの魔法よりも強い魔力が籠った風の刃が飛んでくる。三日月の形状に固められた刃は、まるで死神の鎌のようで。それがこちらに向かって四方八方に乱れ飛んできた。身体への反動を度外視し、腕に身体強化を集中させて剣を振い、刃の軌道を逸らす。結果として成功したものの、筋繊維がブチブチと嫌な音を立てて激痛が走った。意識が飛びそうだ。あと何回防ぎきることができるだろうか。

 体勢を立て直し、次弾へ備える。その姿を、ルシウスは余裕そうに見つめていた。


「ずいぶん頑張るな。後ろの子供は知り合いか?お前だけならば、もう少しマシに立ち回れるだろうに」

「小さな子供を守るのは、当たり前のことだ!」

「くだらないな。自分よりも弱い立場を守ることができるのは、強者のみだ。お前は違うだろう?」

「たとえ弱くても、それでも誰かを見捨てて良い理由にはならない!」

「青いな。それは物語の話だけだ」


 再び、ルシウスが詠唱を開始する。

 何とかして距離を詰めたいが、子供達を守りながらではそれもできない。ルシウスの両脇には二人の仲間が控えている。今はルシウスの命令で大人しくしているが、隙を見せれば襲ってくるかもしれない。いや、そもそもルシウスが出す次の魔法は何だ、あと何回魔法を使える?奴の長所と短所は何だ?それを作戦に――クソッ、考えることが多すぎる!

 

 思えば、スネイルさんとの戦いからしてそうだった。魔王が言っていた相手と自分の戦力を分析し、相手の短所に自分の長所をぶつける戦い方ができたのは、ゴブリンとの戦だけ。スネイルさんと戦った時はゆっくりと作戦を練る時間などなく、ローザさんがいなければ確実に負けていた。

 どうする、どうする、どうする……?


風の刃(ウィンド・カッター)


 空間を埋め尽くすような数の風の刃が放たれる。

 まずい。考えに集中するあまり反応が一瞬遅れた。この数の刃を避けることは不可能だが、避けなければ、死ぬ。けれど、もし避けれたとしても、後ろにいる子供達に当たる。先ほどのように剣を振るって全てを防御するには時間が足りない、間に合わない。


 刃が迫る。


 避けたら、子供達が死ぬ。避けなければ、僕が死ぬ。


 刃の速度が遅くなり、やがてゆっくりと静止していった。

 まるで、ゴブリンとの戦いで走馬灯を見たあの時のようだ。

 けれど、あの時と違うのは、ここで死ねば子供達に危険が及ぶこと。

 考えろ、考えろ。

 どちらも死なせない方法を……!


 刹那の瞬間、脳に魔力が集中し頭の中が明瞭(クリア)になる。先ほどまで山積していた思考が整理され、目の前の事象に対処することに集中していった。

 

 ――そうだ。

 

 何も全ての刃を防御する必要はない。致命傷となる攻撃のみを防御し、それ以外は捨てる。


 ――焦るな。


 刃一つ一つを見極める。

 これと、あれと、あそこ。それと……あれか。

 見定めた刃に剣を当て、その軌道を逸らす。

 

 ――これで大丈夫。


 やがて、時はゆっくりと動き出し――



 


「ん?」

「はぁっ……はぁっ……はぁ」


 ルシウスが初めてその余裕を崩し、訝しげにこちらを見つめていた。

 それもそうだろう。これまでのこちらの反応速度ならば、間違いなく喰らうであろう攻撃を見極め、致命傷のみを防御し、最小の犠牲で後ろの子供達を守ることにも成功していたからだ。

 自分で言うのも何だが、曲芸じみている。

 けれど、そんなことに構う余裕などないくらいに、心臓が激しく脈打ち、今の信じられない現象を分析することに脳を集中させていた。

 

 何が起きた?

 いや、言葉にするなら簡単だ。

 信じられないことに今……今、一瞬だけ刃が止まって見えた。まるで、時間が止まったように。

 死の恐怖から無意識に視力の強化に全魔力を集中したのか?いや、それだけではあの一瞬で思考を整理し、最適解を見つけて行動できたことに説明がつかない。

 ……いや、待てよ。思考、思考か!

 魔力によって身体強化ができるならば、同じように思考も強化できるんだ。

 ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。けれど、それは先ほどまでのように恐怖からくるものじゃない。新しい可能性を発見できた興奮からだった。


「何をしたかは知らんが、痺れた手ではそう何度も同じ手は通じないぞ」

「……」

「お兄ちゃん?」


 後ろの子供達が不安そうに声を漏らした。

 けれど今は、彼らの声に応える暇もないほどに、全ての集中力を今この瞬間に費やしていた。

 思い出すのは、先ほどの攻撃。

 心臓を狙った矢が近づき、雑念が退き思考が明瞭(クリア)になった瞬間。そして、ゴブリンとの戦いで見た走馬灯。全ての時が静止していく感覚。それらの記憶は心に巣食う死への恐れを刺激し、加速度的に集中力を高めていった。


 そして――


 ルシウスの声が酷く低くなり、波打つように不明瞭になる。

 反対にガイとリゼットが剣を握りしめた時の筋肉の収縮音、子供達が恐怖で身じろぎし床の木を軋ませた音、自分の呼吸音。それら全てが逆に驚くほどに明確に感じられた。

 間違いない、この感覚。

 今、間違いなくこの瞬間に僕はこの静止した時の住人になった。

 けれど、そのことへの高揚は欠片もなく、ただこの戦闘を制す方法を考えることだけに意識が集中していた。


 まず、相手と自分の戦力を分析しろ。


 相手の長所は、間違いなく魔法による遠距離攻撃。仲間の増援。逆に短所は、魔法の詠唱に時間が必要なこと。ただし、致命的なほどの時間を要してはいないし、リリィさんのように省略詠唱を使用していないだけの可能性もある。

 こちらの長所は、剣術と魔力による思考と身体強化。短所は遠距離の攻撃手段を持っていないこと、そして後ろに子供達がいること。


 戦力の分析はある程度整った。次は、作戦だ。


 基本方針は、接近戦でいいだろう。こちらが遠距離の攻撃手段を持っていない以上、これは必須だ。問題は、どの瞬間に行動に移すか。

 手の痺れから、そう何度も剣を全力で振えない。もう余裕はないが、相手もそれは理解しているはず。

 どうする。このままでは敗北は濃厚だ。


 もっと、もっと思考を加速させろ。埋没しろ。深く、深く――

 奴らの言葉、動き、環境。一つ一つの欠片を拾い上げて、組み立てて、勝利への戦術を創り上げるんだ……!

 これまでの戦いを振り返る。


 ――風の刃(ウィンド・カッター)


 

 ――こいつ、持っている側の人間かよ


 

 ――時間稼ぎはできたか



 ――くだらないな。自分よりも弱い立場を守ることができるのは、強者のみだ





 これまでどこか奇妙に思っていた断片と断片が組み合わさり、一つの形を成した。

 そうか、もしかしたら……いけるかもしれない。





「!?」

「コイツ、何を……」


 突然、ルシウスへ突進してきた僕をガイが防ぐように前へ出る。

 命令無視の行動だが、ガイに命令を破ったことへの罪悪感のようなものはない。殺意を滲ませながら剣を振りかぶろうとする。

 ()()()()()()()()


「がはっ!!」

「ガイ!」


 剣で応戦するフリをして、鳩尾へ向かって渾身の一撃を叩き込む。予想外の行動にガイは防御する暇もなく身体をくの字に曲げると、そのまま地面へと倒れ伏した。急所への強化した一撃に、魔力操作が行えないガイは抗えるはずもなく、白目を剥いていた。リゼットが、悲鳴をあげる。ガイが気絶していることを確認し、そのままガイを跨いでルシウスへと向かう。


「風よ吹き出ろ」


 ルシウスが詠唱を開始する。

 魔力が風へと変換されていく。


「収束し、敵を射る矢となれ」


 矢の形状へと風が収束した。そのままでも触れれば切り裂かれるであろう密度の風。

 その先端が心臓へと向いた。

 死の風に全身の肌が逆立つ。

 ルシウスの瞳に勝利の確信が灯った。

 この速度ではわずかに魔法が先に放たれる。全力で突進している分、勢いづいているし、避ける距離も足りないため、このままでは躱すことは難しいだろう。

 そして――




 


「……俺の負けだ」


 首筋に剣を突き立てられたルシウスは、目を閉じてそう告げた。

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