第二十六話 誘拐
「スネイルさんにお土産を買って帰ろう」
記念祭は終幕した。
夢から覚めたように観客は帰路につき始め、露店も少しずつ畳まれ始めていた。もう少し余韻に浸っていたいが、早くしなければ間に合わなくなってしまう。
「う、うん……」
けれど、ルナの返答は歯切れが悪い。
モジモジと太腿を擦り合わせて、何かを我慢しているように見えた。
もしかして、どこか怪我でもしてしまったのか。
「どこか痛むの?」
「い、いや……そうじゃないんだけど」
「じゃあどこか調子が悪いの?」
「そうでもなくて……ええと、その、お手洗いに行きたくて」
「あっ……」
ルナの頬は恥ずかしそうに赤くなっていた。
身だしなみを整えたり、服を選んだり、魔法劇を観るなど長時間拘束され、手洗いに行く暇なんてなかった。それに加えてあの塔の上から見る景色は絶景だったが、風が少し冷たかった。
ルナが行きたくなっても不思議じゃないのに、僕はなんて察しが悪いんだ。
「いいよ、行ってきて。少しの間一人になるくらいなら大丈夫だよ」
「うん……すぐ戻ってくるから!」
そう言ってルナは衣装の裾をたくし上げながら小走りで離れていった。
慌てて転倒しなければいいけど。
そう思いながら、露店を見てスネイルさんへのお土産を探していく。
スネイルさんは何が好きなんだろうか?
そう考えてみると、パッと思い浮かばないあたりまだまだ仲間について知らないことも多いと気付かされる。帰ったら、もっとスネイルさんの話を聞いてみたいな。
そう考えていると、どこからか子供が泣いている声が聞こえた。見れば、幼い男の子が親と逸れたらしく泣いていた。周囲の人々は急いでいるのか、それとも平民の子供になど関心がないのか、素通りしていく。
流石に放っては置けないが、あれが何らかの罠である可能性は否定できない。安全だと思っていたアネスト国でも、魔王軍の魔の手に侵されていたのだから、ここは冷静に。いや、けど……
そうやって悩んでいると、黒衣で全身を包んだ人物が男の子に近づいた。助けてくれるのか、と一瞬安堵するのも束の間、子供が抱き抱えられその場から消えるように連れ去られてしまった。
「なっ……」
あまりに自然な行動に、逆に反応できなかった。黒衣の人物があの子の親である可能性も考えたが、どう見ても劇を鑑賞に来た人物の服装ではないし、何より連れ去られる前に一瞬見えた男の子の不安そうな表情。あれは、どう見ても親に向けたものじゃない。
どうする、ルナを呼びに行くか?いや、今から呼びに行ったんじゃ間に合わない。ここの警備に通報するか?いや、ルナと同じで間に合わないし、平民の子供に対してどこまできちんと相手をしてくれるか分からない。
「クソ……!」
僕は馬鹿だ。
魔力で身体強化し、走り出しながら思う。
相手の素性も、強さも、人数も、何も分からない。下手をすればアネスト国の二の舞になってしまうかもしれない。それでも……それでも、ここであの子を見捨てたら、僕は二度とルナの隣に立てないと思ったのだ。
どこだ、どこに行った……?
黒衣の人物を探すが、人混みが多すぎて見つからない。時間がないのに。
いや、焦るな。冷静になれ。ここは一度立ち止まって黒衣の人物の立場になって考えるんだ。
躊躇なく迷子の子供を攫ったことからして、相手は誘拐に慣れているが、決して計画的な犯行じゃない。迷子の子供なら、ある程度は誰でも良かったと考えるべきだ。子供を連れてあの服装で歩けば、流石に目立つ。ということは、隠れ家かもしくはそれにつながる通路がこの近くにあると考えるべきだ。だから、探すべきは人混みではなく、あまり使われていなさそうな建物……あれはどうだろうか。
見つけたのは、少し寂れた古い建物。もとは店か何かだったのかもしれないが、灯りがついていないことをみるともう使われていないようだ。近づき、その窓から中を見つめる。
すると……いた!あの人物だ。子供は何か薬を嗅がされているのか、眠っていた。黒衣の人物は暖炉に近づくと、何か粉のようなものを入れた。すると、あっという間に青い炎が燃え盛り、そして信じられないことに、子供を投げ入れた。
悲鳴を出さないように咄嗟に口を塞いだ。何てことを……いや、違う。
暖炉からは子供の悲鳴は聞こえず、子供を投げ入れた音も聞こえなかった。そして次の瞬間には、黒衣の人物もあの炎の中に進んで行った。子供と同じく、悲鳴も足音も何も聞こえない。
間違いない。あの炎が秘密の通路だ。
扉を蹴破り、中へ侵入する。炎が消えかかっていた。
「間に合え!」
覚悟を決めて、炎の中へ飛び込む。
熱さはない。代わりに、深い落とし穴に落ちたような浮遊感に包まれる。どこまでも落ちていくような感覚が続き、次の瞬間には地面に勢いよく叩きつけられた。
「何者だ!?」
誰かの声が響く。
痛みに顔をしかめながら周囲を見渡す。そこはどこかの広い建物の中だった。そこには黒衣を着た五、六人の男女。そして誘拐されたであろう男の子がいた。いや、その子だけじゃない。もう二人ほど、誘拐された男の子と同年代の子供がいた。三人ともにここに連れてこられた衝撃で目が覚めているらしく、恐怖に震えていた。
間違いない。ここが誘拐犯の拠点だ。
「ちょっと、尾けられたんじゃないの?この服装、まさか貴族?」
「貴族が消えたら流石にバレるぞ!」
「クソガキ!テメェどこの誰だ!?」
男の一人が剣に手をかけて近づいてくる。
その手が伸びると同時に、男の手を掴み、地面に叩きつける。呻き声と共に男は気絶し、その男の手から剣をもぎ取った。
「お前たちこそ何者だ!子供達を解放しろ!」
剣を構え、子供達を背にして叫ぶ。
黒衣の人物たちは一瞬、怯んだように固まるが、こちらがただの子供でしかないことと、人数の有利を思い出したのか、すぐにこちらを囲むように動き出した。
その中の、男の子を誘拐した人物が叫ぶ。
「ふざけんな、やっちまえ!」
戦闘が、始まった。
「スネイル!」
「どうした?」
宿の扉が叩きつけられるように開き、外からルナが入ってくる。
余程慌てているのか、借りた衣装を着たまま、皺になることも気にせずしがみついて来た。
「ウィルが、ウィルがいないの!」
「どういうことだ、落ち着け!」
事情を聞き出そうにも、ルナは焦るばかりで「ウィルが、ウィルが……」と会話の要点がまとまらず、詳細が分からない。
鎮静の奇跡をかけることで少しだけ落ち着いたらしい。何とか話を聞いて要約すると、どうやら手洗いに行っている間にウィルがいなくなってしまったとのことだった。周囲の店員に話を聞くと、何やら血相を変えてどこかに走って行ったとのことだった。
「きっとウィルに何かあったんだよ。そうに決まっている!わ、私のせいだ!私のせいでウィルが……!」
「ルナ、少し落ち着け。あいつなら大丈夫だ」
「えっ……?」
顔を上げたルナは、顔を鼻水と涙でぐちゃぐちゃにしていた。
鎮静の奇跡をかけたとしても、その根底の不安までは無くせないため、再びぶり返してしまう。ここで必要なのは、気休めの奇跡じゃない。
布でで顔を拭いてやり、両肩に手を置いて、腰を落として目線を合わせた。目と目が合うことで少しだけ落ち着いたようだ。
「いいか、まず第一にウィルに何かあったにせよ、これが魔王軍の事件とは考えにくい」
アネストでは俺や孤児院の仲間たちがイルゾーストに操られていたが、もう奴はいない。従って魔王軍の仲間の人間がこの国にいる可能性は低い。さらに、このアリスにはアネスト同様、守護結界が張り巡らされており、魔族たちの侵入は困難だ。よって、魔王軍が起こした事件とは考えにくいだろう。
「第二に、敵が魔王軍でないならば、今のウィルだったら大丈夫だ。それは、お前が一番分かっているだろう」
「……うん」
「分かったなら、お前は少し休め。俺は警備隊に連絡しておく」
ルナに強い鎮静の奇跡をかけると、疲労が溜まっていたのか、ルナはすぐに眠りについた。
それを見てから、警備隊への道を急ぐ。
ルナに言った通り、今のウィルならその辺の相手であれば、何とか切り抜けられるだろう。だが、それも自分以外に足手纏いがいなかったり、相手に格上がいなければの話だ。ルナの話や、慎重なはずのウィルが、何も告げずに行動したことから考えるに、見知らぬ誰かに事件が起きて、それを助けるために動いた可能性が高い。となれば、ウィル以外にも誰かが警備隊に通報しているはずだ。そこから事件の足がかりを掴む。
本来ならば、主力であるルナにも動いてもらった方が良いが、今のあいつは冷静さを欠いている。ウィルと引き換えに死ねと言われてしまえば、あっさりと死んでしまうのではないか、と思ってしまうほどに。かつての自分も、ウィルが勇者の弱点になると思い、攫ったことはあったが、まさかここまでとは思いもしなかった。もはやウィルは、ルナの命そのものと言っていいほどに大きな存在となってしまっていた。
「無事でいろよ……!」
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