第二十五話 魔法劇そのニ
「楽しみ……!」
座席に着いた僕たちは、劇が終わるまでの数分間、渡された説明文に目を通しながら、劇の開始を待っていた。
ルナの持っている説明文は皺ができていて、何度も読み返していたことが分かる。余程楽しみにしていたらしい。
「ねえ、今回の演目って勇者エニルの冒険譚だよね。そんなに凄いの?」
エニルの冒険は僕も知っている。
人類が魔王軍の脅威に怯える中、平凡な村人だったエニルは、ある日女神から聖剣を託される。女神の導きにより、旅を始めたエニルは神官アネスト、魔法使いアリス、戦士アスラと出会い、共に魔王討伐に挑む。多くの難敵を退け、原初の魔王ザインを打ち滅ぼしたエニルはとある国の姫と結ばれ、王として新たにエニル国を築き、世界は平和になりました。
老人から小さな子供まで、人類で知らない者はいないのではないかと思うほどに有名な物語だ。だけど、物語の結末を知っているから、そこまで楽しめない気がしていた。
「ふっふーん、それはどうかな?」
「どういうこと?」
「ウィル、ウルスラ峡谷の戦いって知っている?」
「ウルスラ?ううん、知らない」
「じゃあシャルラ迷宮の探索や宝山龍との戦いは?」
「何それ、知らない」
シャルラ迷宮?宝山龍?知らない単語ばかりだ。
エニルの冒険で登場する有名な戦いといえば、テトラ砦の攻防戦や溶峰龍の討伐じゃないのか。
それをルナに伝えると、逆にその戦いを彼女は知らないのだという。
「ウィルの住む村ではそう伝わっているんだね」
「どういうこと?」
「いい?エニルの冒険はこの世で最も有名な物語だけど、万人にウケるためにその地域や時代に合わせて物語の細部が脚色されて伝わっているの。当時は今ほど製本技術が優れていなかったから、その詳細な物語はもう誰にも分からない。けれど、このシリウス座は違う。劇団の創始者シリウスは姉のアリスや勇者エニルから冒険の内容を聞き、それを忠実に脚本に書き出した。だから、シリウス座の劇には、勇者エニルの冒険の真の全貌が記されているんだよ」
なるほど。
物語が好きな彼女にとっては、楽しみなのも頷けた。
すると、――ドン、と太鼓の大きな音が劇場に響き、周囲を彩っていた灯りがゆっくりと消えていった。
静かに周囲から音が消えていき、やがて呼吸の音さえ聞こえなくなった。
反対に、劇への期待感と興奮で心臓がバクバクとうるさく律動していた。
劇が、始まった。
『力が欲しい。大切な人たちを守るための力が……!!!』
正義感が強く、多くの人々から好かれ幸せに生きていた少年、エニルはある日村を魔族に襲撃されてしまう。
家族や友人達を皆殺しにされ、幼馴染の少女をも失った彼は、力を求めて叫んだ。
その叫びに呼応するように彼の手には聖剣が握られており、その力で彼は敵を退ける。
『聖剣を授かりし勇者よ。仲間を集め、魔王を倒すのです』
女神に導かれた勇者は、まずあらゆる傷や病を癒す聖女と噂されるアネストに会いに行く。
魔族に襲撃されていた彼女の故郷を、聖剣の力を使って薙ぎ払った彼はアネストを説得すると、共に旅をする仲間となる。
『勇者様に……この身を、捧げます』
そう言って故郷をあとにするアネスト。勇者から恥ずかしそうに目を逸らして俯く彼女の頬はほんのりと赤く染まって見えた。
『魔法も使えないあんたなんかに手を貸すわけないでしょ。魔王軍は私が倒すわ。あんた達はそこで黙って見ていなさい』
魔法を使うという少女の噂を聞き、その故郷を訪れたエニル達。
彼女と腕試しを行い、勝ったエニル。彼の実力を素直に認められないアリスは魔王軍に一人で戦いを挑む。しかし、いくら天才の彼女でも一人では叶わず窮地に陥ったその時、勇者エニルが駆けつけ、魔王軍を一掃した。
『仕方がないから、ついていってあげるわ……感謝しなさいよね』
アリスはエニルから目を逸らし、心底嫌そうな表情でそう言った。けれど、その瞳はどこか潤んで見えた。
『お前がエニルか、勝負しろ!』
エニルの噂は各地を巡っており、それを聞きつけた戦士アスラはエニルに勝負を挑む。
アスラを返り討ちにするエニル。その後も何度も勝負を挑んできたアスラをエニルはその実力を認め、仲間にすることになる。
『勇者様、どうか無事にお帰り下さい』
途中立ち寄ったとある小国。その姫とエニルはお互いに一目見た瞬間から、運命を予感し、互いに惹かれあっていた。
身分違いの恋に蓋をして、勇者エニルは姫に別れを告げることなく、旅に出る。
『多くの人々を傷つける魔族を、俺は決して許しはしない。行くぞみんな、魔王の元へ』
そうして数多の敵を退け、遂に魔王ザインをも倒したエニルは世界に平和をもたらした。
勇者エニルは聖剣の力で身分を超えて姫と結ばれ、エニル国を作った。他の仲間達もそれぞれの故郷に英雄として凱旋し、自身の名を冠した国を作り、人類が平和への道を歩めるようにその身を捧げたのだという。
エニルは、姫や家臣に助けられながら良き王となるように努めた。しかし、彼は子を為すと国を妻と幼い王子に託して旅に出てしまったため、その最期は謎に包まれている。彼は国を治めるにあたり独自の知識を持っており、それにより国を発展させていった。
その知識の豊富さ、型破りな考え方は、彼がこの世界とは異なる場所で生きた経験を持っていたという突拍子もない説が出るほどであり、彼が唐突に旅に出てしまったのは、元の世界に戻る時が来てしまったからや、また異なる世界を救うためにこの世界をあとにしたと大真面目に考察する者もいた。
いずれにしろ、彼の正体は明らかになっていない。だが、彼が遺した言葉は今もエニル建国記に記されていた。
この世界に真の脅威が訪れたその時、真の勇者は再び現れる、と。
語り部がそう締めくくると、舞台の灯りが消え、演者達が一斉に舞台に登壇し礼を述べた。
劇場は割れんばかりの拍手に包まれ、劇は終幕を迎えたのだった。
「面白かったね!」
客席を離れた僕たちは宿へと戻るために劇場をあとにしていた。
魔法劇の名に恥じない迫力だった。
エニルが聖剣を振るうたびに雷や炎、風などあらゆる属性魔法が本当に魔族役に襲い掛かり、一撃の元に屠りさっていった。これが演劇であると知らなければ、本当に消しとばしてしまったのではないかと恐怖さえ覚えるほどの迫力に終始興奮してしまった。また、舞台の建物も本物と見紛うほどの出来であり、姫とエニルの舞踏会のシーンでは、豪奢な衣装に包まれたエニル達が星が輝く夜空を舞いながら踊っており、幻想的な美しさだった。
村の人が興奮していたのも分かるし、貴族が観劇するだけで自慢になるというのも頷ける素晴らしさだった。
「……うん」
「?……ルナ?」
「ん、ああそうだね。凄かった」
口で言う割にあまりそうは見えない。
実際に聖剣を振るい、魔族や魔物と幾度も死闘を繰り広げた彼女にとっては物足りなかったのだろうか。
しかし、そうじゃないと彼女は語った。
「確かに魔法を使った演出は迫力があって凄かったし、演者の演技も熱がこもってて良かったと思う。けど、脚本がなぁ……」
「良くなかった?」
エニルが聖剣を振るって仲間を助けたり、魔族達を倒す場面はとても格好良かったのだが。
「いや、戦う場面は良いよ。けど、戦闘場面とその演出に尺を割きすぎて、登場人物の掘り下げが少なかったんまよねぇ。その戦闘場面もエニルの活躍に焦点が当たりすぎてて、あんまり仲間の活躍がないじゃん。しかも、アリスもアネストもエニルに惚れていたのに、最後までその伏線を回収しないしさ。まあ、全ての物語を劇に収めるのは無理な話だし、尺不足っていうのもあるかもしれないけどさ」
「えっ、そうだったの?」
「えぇ……気づかなかったの?ウィルって鈍感だね。いい?女の子っていうのは、絶体絶命の危機を男の子《主人公》に助けられた時にときめいちゃうものなの。全く、ウィルに恋人ができるかお姉ちゃんは心配だよ」
「たった数日早く生まれただけなのに、姉ぶるなよ」
「ふっふーん、たった数日でも数秒でも早く生まれたらお姉ちゃんなんだよ!」
最近知ったことだが、僕とルナの生まれた日はとても近く、ルナの方が少しだけ早く生まれていた。
そのことを知ったルナは調子に乗って、時折姉気取りでいじってくるのでかなり鬱陶しかった。
「そんなに自信満々に言うってことはさ……ルナにも経験があるの?」
「えっ、いやそれは……で、でも私の読んできた物語ではそう書かれてたし」
人差し指と人差し指をつけたり、離したりしながらルナは頬を赤らめていた。
経験がないことをよくこれほど自信満々に言えるものだ。
でも、少しだけホッとしたのはどうしてだろうか……
「少しだけ、歩かない?ここは劇に使用された小道具の模造品の販売や演者の凱旋式、夜空への花火なんかがあるみたいだし」
「うん、そうだね。あ、それならウィル。私、どうしても行きたいところがあるんだ!」
「ルナ。どうしてこんなところを昇るの?」
「んー秘密」
ルナに案内されたのは古びた塔だった。誰にも使われていなかったのか、鍵もかかっておらず、中は少し埃っぽい。借りた衣装が汚れないようにルナは裾をたくし上げながら階段を登っていく。その際に踝や膝の裏が見えてしまって、少しだけ目を逸らしてしまったのは内緒だ。
そのままどんどんと螺旋階段を登っていく。手すりや灯りがないため、魔力操作による視力強化がなければ、決して登りきることはできなかっただろう。それでも転倒しないように、お互いに手を握り合って進んでいく。空気が冷たいからか、ルナに手から伝わる体温がとても温かかった。
そして遂に扉を開けて頂上に辿り着いた。
「わあ!!!」
ルナが感嘆の声を上げた。それはこちらも同じだった。
夜空には満天の星が輝いていた。その星の一つ一つがいつもよりも近く、大きく輝いていた。時折、轟音と共に火花が色とりどりの花を咲かせ、さらに妖精や小人、ドラゴンなどの魔物を模った魔法が踊るように天を舞っていた。下に目をやると露店や道を歩く人々が持つ灯りが輝き、まるで宝石のような美しさを放っていた。
なんて景色なんだ。
「ここはね。お母さんがお父様に告白された場所なんだって」
ルナが語る。
彼女もまた、この景色に心奪われているのか、その頬はいつもよりほんのり赤く、瞳は潤んで見えた。その身を彩る衣装の美しさと相まって本当にどこかの国のお姫様のようだった。この美しさの前では、どんな宝石も、どんな黄金も……たとえ女神でさえも、色褪せてしまうだろう。
そんな彼女に、僕もまた視線を奪われてしまっていた。
「その時もこうやって花火が上がっていて、とても綺麗だったってお母さんが言っていたから、一度は来てみたいと思ってたんだよ……旅を始めたばかりの頃は、絶対にここまで辿り着けないと思っていたからさ」
「ルナ……」
「けど、ウィルと出会って、スネイルと出会って、私はここまで来ることができた。ありがとう。この景色を見れたことは、私の一生の思い出だよ」
ルナは笑う。
綺麗な、本当に美しい笑顔で。けれど、その笑顔はどこか悲しそうにも見えた。
まるで、もうこの景色を二度と見ることはない、と確信しているような。そんな諦めが滲んで見えた。
「ルナ。また来年も来よう」
「えっ……」
ルナの手を握る。
花火を横にお互いに向かい合い、瞳と瞳を合わせて見つめ合った。
心臓が痛いくらいに胸を叩く。
呼吸が浅くなる。言葉が上手く出ない。
それでも、今は勇気を出す時だ。
「来年だけじゃない。再来年も、そのまた次の年も。ずっとずっと、この先も僕はルナとここに来たい。だから、必ず生きて帰ろう」
「……うん、そうだね。頑張ろう」
最後の花火が上がる。
満開の花が夜空に咲き誇り、記念祭は終幕した。
評価や感想を頂けると励みになります。
よろしくお願いします。




