第二十四話 魔法劇
シリウス座。
魔法国アリスが誇るのは優秀な魔法使いや魔道具だけではない。魔物が人々を襲撃する場面で実際に炎で舞台を彩ったり、嵐の場面では風を、英雄が魔王を討ち倒した時には夜の闇を眩い光で照らすなど他の国では真似できない演出を行う魔法劇は、各国からも評判であり、わざわざその劇を見るために何年もお金を貯めた平民や迷宮で思いがけない宝を発見し泡銭を掴んだ冒険者、果てはお忍びで貴族が観劇に訪れるほどであった。
数多ある魔法劇を扱う一座でもシリウス座は最も有名であり、魔法の開祖アリスの弟であるシリウスが開いたとされていて、その劇は一夜見ただけで、生涯の虜となってしまうほどだという。
シリウス座についての説明文を読みながら僕は試着の順番を待っていた。
――数刻前
「お前ら、魔法劇に興味はあるか?」
魔法劇。
聞きなれない言葉だが、言葉から察するに魔法を使った演劇だろうか。
そういえば昔、村の誰かが昔お金を貯めてその劇を観に行ったとか言っていたような気がするけど……
「情報収集で出会った貴族にシリウス座の鑑賞券を二枚もらったんだよ。俺は別に興味ねぇし、お前ら行ってくるか?」
「いいの!?」
ルナが机を叩き、前のめりになりながら聞いた。その瞳はキラキラと輝いていて、贈り物を受け取る前の子供のようだった。
僕の視線に気づいたのか、ルナは恥ずかしそうにコホン、と咳払いすると席に再び座りなおした。
けれど、その手はうずうずとしていて、一刻も早く受け取りたいという思いが透けて見えた。
「そんなに凄い演劇なんですか?」
「凄いなんて物じゃないよ!シリウス座なんて予約は数年待ちだし、貴族の中ではそれを観たってだけで自慢になるくらいなんだから!特に今日ってたしかシリウス座が創設された記念祭でしょ?凱旋式や花火も上がってとっても綺麗だから絶対に見に行かなきゃ!」
「そ、そうなんだ……」
そうまで言われると興味が出てくる。出ては来るのだが……
「なら、ルナが行って来なよ。僕はここでスネイルさんの手伝いや次の旅の準備をしておくからさ」
「え〜〜」
ルナが不満そうな声を上げた。
けれど、ここまで僕たちの喧嘩を諌めたり、リリィさんの情報を調べたりと行動してくれたスネイルさんが劇を観ずに自分だけ鑑賞するのは気が引けた。それに、少しでもルナやスネイルさんの力になりたかったのだ。
「いや、お前は行ってこい」
「でも……」
「理由はある。まず第一に俺は寝る。流石に疲れたし、一眠りしたいんだよ。だから、お前が手伝えることは何もない。第二に、旅の準備ってことは一人で水や食料、回復薬の買い出しをするってことだが、それはまだ危険すぎる。それにお前、女を一人で劇に行かせるつもりか?」
「あっ」
そうだ。
あまり詳しくはないが、貴族がこぞって鑑賞しに行くような劇ならば、当然家族や親しい人物と連れ立っていくはず。劇が始まる前や終わった後に語らうのも楽しみの一つのはずだ。そんな中、たった一人で劇を行ったら、男ならばともかく女性ならば大恥も良いところだろう。それに……
劇が始まる前、皆が興奮したように楽しく語らう中、たった一人で俯いて待つルナの姿が、なぜだか生々しく想像できてしまった。
「あとな……」
そっとスネイルさんが耳元に囁いた。
(ルナは、だいぶ落ち着いてきたとはいえ、まだ少し落ち込んでる。それを元気付けてやれるのは、お前しかいない)
こんなことを言われたら、行くしかなかった。
「はい、行きます」
「本当?やった――!!!」
大喜びではしゃぐルナ。
ぴょんぴょんと飛び跳ねていて、まるで贈り物をもらった子供のように全身で喜びを表していた。この姿を見れただけでも、一緒に行く価値があったのかもしれない。
劇の開始時刻を見るとまだまだ余裕がある。それまではスネイルさんと一緒に少し休憩して――
「なんでゆっくりしてんだよ」
「えっ、だってまだ時間は……」
「時間はあんまねぇぞ。お前まさか、その格好で行くつもりか?」
そして、時は今に至る。
スネイルさんが用意してくれた鑑賞券は通常のものと異なり、予定外に訪れた他国の重鎮や大貴族などが観劇できるようにあらかじめ空けてある席らしく、あらゆる不測の事態に備えてあるため、整髪や手先、肌の手入れ、果ては観劇用の衣装も身繕ってくれるのだという。
訳の分からないまま、貴族の間で流行している髪型に切り揃えられ、くすぐったい肌の手入れをされるといよいよ衣装替えの時間となった。空を見ると、すでに陽が落ちはじめていた。たかが身だしなみを整えるのにこんなに時間をかけたことなど一度もなかったが、貴族の世界ではこれが普通らしい。そんな世界とは全く縁のなかった僕は終始緊張しながら試着室へ通された。
赤、緑、黄。様々な服や装飾品を試着させられ、その度に「お似合いです」と褒められるが、普段着ている服と違い過ぎて、本当にそうなのか全く自信が持てなかった。
結局、試着した中で最も装飾が華美でないものを選んだ。それでも、普段着ている服とは天と地ほどの差があるが、あまりゴテゴテしたものを着るのは趣味ではないし、黒を基調としたこの意匠は、貴族が着る服の中では地味ではあるかもしれないが、清潔感があり中々良いと思った。
鏡で改めて全身を確認すると、髪は整髪料によって整えられ、肌は茹でた卵のようにツヤツヤと輝き、一目で高級と分かるような衣装を着ていることで、まるで本物の貴族のようにも見えた。これならば、特に変装しなくても勇者一行の人間だとはバレないだろう。
いけない、早くルナを迎えに行かなければ。
試着に思った以上の時間を取られてしまった。ルナを待たせているかもしれないし、劇の時間も迫っている。仕立て師さん達にお礼を伝えると、足早にルナのいる場所へと向かった。
……遅い。
ルナの居る店へと向かってもう半刻以上経つが、まだ試着が終わらないらしい。女性の準備には時間がかかるとハリソンさんも言っていたけど、まさかこれほどとは。
空を見るともうあたりはすっかり暗くなり、眩いばかりに星が輝いていた。
早くしないと、劇が始まってしまう。礼儀に反するのは分かっているが、少し早くしてもらいにお願いを――
「ウィル、お待たせ」
店の扉が開いた。
その瞬間、それまでの焦りや思考は全て吹き飛ぶこととなった。
旅の疲労のためか、少し乾燥気味だった髪は香油を使われたのかキラキラと黄金のように輝いていて、紅い不死鳥の髪飾りが美しく映えていた。肌は化粧が施されているのかほんのりと赤く色づいていていた。彼女が纏う衣装は純白に輝いていて、彼女の黄金の髪をより際立たせていた。
この姿を見る前は、彼女一人で劇に行けば、寂しい思いをすると心配していたけれど、そんなことはありえないだろう。彼女を放っておくなんて、男じゃない。
「――ィル、ウィル!」
「……あっ、ごめん!」
「ふふーん、見惚れてたでしょ!」
「うん、見惚れてた。すごく綺麗だよ」
「んぐっ!?……ウィル、そういうところだよ」
「ん、どういうこと?」
ルナは少しだけ頬を染めると、目を細めながらそう言った。
そういうところ、とはどういうことだろうか。
ハリソンさんやその奥さんは、感謝や相手を褒める時は、素直に伝えると良いって教えてくれたんだけど……
「それを言うならウィルだって、格好良いよ!どこかの国の王子様みたい」
「えっ……」
瞬間、頬が赤くなるのを感じた。
あまり普段褒められることが少ないから、たとえお世辞と分かっていても、ルナから褒められると恥ずかしくなってしまう。
ルナを見ると、どうだ、と言わんばかりに少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。
ムカつくほど得意げな笑みだった。
「それを言うなら君はまるで、お――」
お姫様みたいじゃないか。
そう口走りそうになって、ギリギリのところで口を閉じた。
もしルナがお姫様なら、僕らはまるで……
「あっ、うぅ……」
ルナもそれに気づいたのか、頬を真っ赤にして、口ごもっていた。
僕も恥ずかしさのあまり何も言えない。
しばらく無言の時間が続いていると、ゴーーン、と街中に鐘の音が響き渡った。
劇の時間まであと少ししかない。
「行こう」
「うん」
僕たちは劇場までの道を歩き始めた。
「わぁ……すごい!」
劇場までの道を歩く。その道中、空を見上げながら、ルナが感嘆の声を上げた。
夜空には妖精の形をした色とりどりの炎が楽しげに宙を舞っている。地上に目をやると、騒がしいまでに陽気な音楽を奏でながら物語の登場人物達に扮した役者達が道ゆく観客らに手を振ったり、小さな子供にお菓子をあげていた。また、建物も物語の設定に合わせて奇抜な形をしており、まるで物語の世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。
けれど、今夜ばかりはそれら全てが霞んで見えていた。
ちらり、ちらりと道ゆく人々の視線が、妖精でも役者でも建物でもないところに向けられていた。その視線を集めている人物は、そんなことなど全く知らず道ゆく景色に表情を綻ばせ、瞳を輝かせていた。
彼女が笑うたび、軽やかに跳ねるたびに誰かの足が止まり、観客の相手をする役者の手が止まり、その視線が囚われる。それも無理はないだろう。それほどまでに今夜の彼女は異様な美しさを孕んでいた。
やがて平民で賑わう場所を通り過ぎ、貴族達専用の道へと入っていく。
そこは先ほどのように煌びやかではあるものの、妖精や役者はなく、奏られる音楽も静かで落ち着いたものへと変わっていた。だからといって決して地味なものではなく、耳をすませば、その音楽は耳が心地よくなるほどに甘く、その道はいつの間にか地面から浮いており、まるで空の上を歩いているような幻想的な気分にさせていた。
道ゆく人々も、先ほどのようにルナに視線を奪われてはいるものの、不躾にジロジロ見ることなく、何事もなかったように連れと腕を絡め、歩を進めていた。おそらく許嫁や親族、あるいはそれに近しい間柄なのだろう。僕らもそんな風に見えているのかもしれないと思うと頬が熱くなってしまう。ちらりと横目でルナを見ると、同じように頬を赤く染めていた。
……指を絡めるのは恥ずかしいが、ここでしなければ、さらに無用な注目を浴びるだろうし、何よりルナに恥をかかせることになるかもしれない。
「!……ウィ、ウィル」
「はぐれないように。行こう」
「う、うん」
互いの手を握り合う。
いつの日か握った時には気づかなかったが、あれほど力強く剣を振るうルナの手は思った以上に小さく、そして細かった。けれど、その皮膚は華奢な少女とは思えないほどに硬い。
この手でどれだけ剣を握ってきたのだろう。一体、あれほどの強さを得るまでにどれだけ剣を振るわなければならなかったのか。
まだまだ強くならなくちゃいけない。彼女がもう戦わなくてもいい世界を作るために。彼女が本当の意味で笑って過ごせる世界を作るために
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