9 ヒヨコ? チキンである
「このバンドのアレンジやってんのよ。自分が演奏はしないけど、終わるまで見てってよ」
そう言われて、結局最後までバンドの演奏とお客の盛り上がりを見ていたが、自分の世界とは合い入れないかなと思った。
盛り上がるのは好きだが、コミュ障の世界でないかな。
「待たせたな」
例のアンチが話しかけてきた。第一印象、細ヒョロで馴れ馴れしい男だ。年齢はお酒の缶を見かけたので、20代前半か。
「率直に、どう思ったよ?」
いきなりケンカ腰になっても仕方ないなと思って、やんわりと言う。
「まぁ、良い人にとっては、いいんじゃないの」
アンチはニヤリとしながら、楽譜のペーパーをペラペラとしながら話かけてくる。
「チキンは、ゲーム専門なの? 演奏とかはやらないの?」
「名前さあ、書いてあったろ?」
「本名出してんの? マジ? かわいそうな子なの?」
彼はスマホで動画のチェックをする。
「ああ、きもとね。了解了解。この前の動画、見たよ。恐怖ゲームだろ」
「……まあ、そうね」
アンチは、片付けながら
「近くだから、ちょっと寄ってけよ」
……まさか、拉致しようとしてるわけじゃあるまいが、一応警戒をする。
「近くに、ファミレスとか無いの? そこでいいよ」
自分が最低限の警戒を見せていることがアンチは、気が付いたのだろう。
「まぁ、いいか。じゃあファミレスに寄ろう」
二人でファミレスへ向かう。
いったい自分は何しに来たのか、わからなくなってしまう。
もともとは、相手に文句の一つでも言ってやろうと来たのに、ライブですっかり飲み込まれてしまって、相手の手中にはまっているような気がする。
二人でファミレスとか、ただの仲良しじゃないか。
席へついて、いきなりアンチはスマホのアプリから曲を聞かせようとする。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
タイミング悪く注文を取りに来た。二人、ドリンクバーだけ注文して、話題は再びアプリに戻る。
「ちょっと、これ聞いてみ」
周りの迷惑にならない程度の音量で、アプリでとある曲を聞かせられた。
「ん! これ…?」
メロディは聞いたことがある。いや、っていうか、これ、先日自分がアップした曲だろ。
ベースラインからごっそり作り変えられているが、メロディは自分が鼻歌で作ったメロディだ。
しばらく二人で聞き入っていた。
「つまり、お前は最初に恐怖を感じさせたい。メインは怖さを煽るメロディで行きたいんだが、しかし、お前の廚二病が最後感動させたい的なところまで行きたい、と」
こいつが、作って聞かせられている曲は、最初に人間のヒソヒソ話のような効果音が入れられている。
それが、遠くで誰かが自分のことを良くない噂話をしているようで、恐怖というよりめちゃくちゃ不愉快。
淡々と後ろで流れるトライトーンの不安定な響きが特徴の、高音の不協和音。
「悪魔の音程ってやつだ」
不協和音の中でも『最も不快な音』
踏切の音階や、緊急地震速報で用いられる人間が本来持っている生命の危機に直接訴える音階である。
音質もわざと悪い。アナログテープを何百回とダビングを重ねると、こんな感じに劣化する。
この使い方は逆方向に行くと、神殿で反響がハモるような影響を出す。
以前聞いた、北欧のミュージシャンがこの作り方を多用していたって聞いたことがある。
(注[エンヤ enya]
きもとはエンヤを想像しているが、不勉強で勘違いしている。
エンヤが多用する200回を超す『多重録音』は、劣化を狙ったものではない)
一目瞭然、いや、聞いているから、一聴瞭然か。
目の前に正体不明なアンチがいるおかげで、ちゃんと怖く聞こえる。
「使えよ。っていっても、プライドがあるだろうから、まんま使わないとは思うけど。
でも、人間、植え付けられた恐怖があるから、それを利用できるといいな。不安定は、イコール恐怖だ」
・・・。
「おい、なんか言えって」
教えられて、感心して言葉を失う自分。我に返って情けないとしている自分。
結局は、他人にとやかく言うだけのことはあるということか。
「……聞いていいか」
「おう」
「なんで、ここまで俺にかまうの? 俺のこと好きなの?」
アンチは、ドリンクバーのストローをこちらへ向けて言う。
「……バレた?」
一番の恐怖だった。
「今、思ったろ? こいつ、ヤベーって。それを音にしてみろ!」
簡単に言いやがる。
「助言はありがたい。ただ、人の動画のコメントで暴れてくれるな」
「今日のを踏まえて、作り直してみ? 絶対良くなるから」
「……聞いてねーな」
「小さいねぇ。他人を蹴落としていくくらいじゃないと、この世界、他人が足を引っ張るぜ」
「お前みたいに?」
「言うねぇ。ヒヨコかと思ってたけど、お前は一人前のチキンだ!」