7 耳を撫で囁く妖霊
「最後に、ギャラなんだけど、使用料という形が理想なんだけど、どうだろう」
小塚さんから、初めてギャラの説明を受けるも、 確かに大事なことなんだけど、自分は初めてのことなので、相場が分からない。
「僕らは、曲の使用料を払う形でお願いしたい。ご覧の通り、十分な金額を払うほどの予算はないんだ。
そこで、今回きもと君が作った楽曲の永続的な使用許可をもらう。対価として使用料を払う。
使用許可をもらうだけなので、楽曲の著作権はきもと君に属する。我々は、楽曲の一切の権利を主張しない、
という形にしてくれるとありがたいなと」
自分としては、ギャラ目当てではなく、好奇心やスキルアップを狙っているので、金額は出ればラッキーと考えていた。
「ギャラは、お気持ちだけで結構です。代わりに勉強代として差し引きすれば、十分見返りがあります」
他のインディーメーカーは、買い取りも多いらしいし、プロジェクトとして進めるなら、販売本数でいくら、ということになるみたい。
こればかりは、いろんな形があると思う。
インディーの懐事情はいろいろ聞いている。あるだけで上出来としないと。
お二人とも本業の傍ら、資金も持ち出しとのこと。どうして、そこまでゲームを作ろうとしているのか。
二人は元々、ゲーム会社での勤務経験があるらしい。全部に携わってみたいとのことで、独立したとのこと。ただし、食べていけないので、本業は別だとか。
「メジャー大手なんて、僕らの仕事は、ほんとにどうでもいいデザインばっかなんだよ。石のデザインとか、どうでもいいわ(笑)」
隣で、中野さんが珈琲を飲みながら語りかける。
「でもね、扉が開かないなら、こじ開けてしまえばいいんだ。それでも開かないなら、叩き壊す。
きもと君も、大人の言う事を黙って聞いていてはダメだ。
例えば、進路指導の先生の仕事は、全員を進学にしろ就職にしろ、次のステージにピースをハメないといけない。だって、それが仕事だから。窮屈でもハメて卒業させれば、いいんだ。
しかし、窮屈なピースは、本人だ。身動きとれないまま後悔していくのさ」
中野さんは、珈琲をグイッと飲み干すと、ダンッとカップを机に置いた。
自分に酔っているなぁ。
「先生の仕事は否定しないよ。立派な仕事だ。問題は、君たちだよ。良い子過ぎるんだ。
君らは、反抗、反論、意見、主張。それが仕事だ。学生のうちは許される。自己主張すべきだ」
小塚さんは笑っているだけだ。
「大人になったら、干されるけどね(苦笑)」
お二人の職場を出て部屋に戻ると、さっそく音作りにかかる。
同じフレーズを記憶してもらうために、ベースは全て同じにする。
ファミコン、スーファミ、フルオケを、それぞれアレンジしていくことに。
個人的にホラーが苦手であり、ほとんどホラーを自分からは見たことがない。
驚かす系のホラーは大嫌いだ。驚かすことは、びっくりさせればいいだけなので、何らクリエイティブなことは皆無だ。
スプラッタ系も、最悪と思う。ダイエットしたいならいいとは思うが。
苦手とはいえさすがだと思う作品は、人間の心根に存在する恐怖、脅威を炙り出すような演出はさすがだと思う。そこに苦手意識はあれど、感情を詳らかに表現出来るのは、天晴と思う。
1999年に発表された『ブレアウィッチプロジェクト』は大好きな作品だ。
パニック映画は、ちょっと違うかな。追い詰められた時の人間の露わになる感情。今回の狙いとは少し違う。
ホラーではなく、恐怖映画、恐怖ゲームとして捉えたらわかりやすいかな。
まずは映画を見てみようかな。適当なメジャーとされる名作恐怖映画を見よう。
時間がないので倍速で流してみる。
・・・怖い映画を倍速で流すと、ただの忙しい主人公になってしまって、下手をするとコミカルに映ってしまう。
曲も、ただ主人公を急かすだけの効果音だ。
この作戦は失敗した。
この間、お二人とやり取りしながら、数日を過ごした時に、
・・・ここで閃いた。
自分の曲の作り方、と書くとそれっぽいが、
結局はなんとなく偶然性に任せるか、なんとなくの何かが降りるのを待つか、の二択しかない。
これがプロなら、これを作ろうとしたら、目的に進んで作っていけるんだろう。
僕の場合、目的はわかるんだが、そこへの行き方がわからない。
夜、暗くなってから、少し遠くのコンビニに行ってくると家族へ伝える。
配信サイトで探したとっておきの場所へ行くべく、準備を整え、いざ鎌倉だ。
実際に辿り着いた場所は鎌倉ではなく、配信サイトで伝えられた、その筋では有名なホラースポットである。
終電までの時間を気にしながら、スマホの録音機能をオンにして、かつ、スマホのライトを点けて、スポットへ侵入していく。
夕方ではあるが、日が暮れるのは早くなってきていた。そして、誰もいない。
周りは、人の管理がされなくなった山奥の、向かうのは廃旅館である。
ここへ来て、さっそく気が付いたこと。普段よりも集中力を高めて、全神経を耳に向けている。
やはり、ホラーゲームの音楽の役割は大きいなと感じた。
暗いので当然視野は限られる。から、聴力に頼ろうとしている。
普段は気にしない、木々の枝が揺らめく音。枝を揺らす風の音。動物なのか、どこかからしてくるパチンッと何かを踏む音。
今夜は明るく感じる満月の夜。
遠くでは車が通る安心な文明の音。
身近に感じる恐怖の自然の音。
何か感じるが、何処かわからない気配。
強張る筋肉と、速くなる心臓の鼓動
恐怖というのは、人間から飾りを取り去る。
恐怖はあるけど、恐怖を意識したことはなかった、必要な恐怖のパーツがわかってくる。
終電のこともあるので、自分はさっそく足を廃屋になった旅館へ足を向けていく。