表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

3 きっと大丈夫、たぶんね

 楽屋に戻ると、椅子に深く腰掛ける。

 自分の心があの興奮を忘れさせてくれない。

 呼吸を忘れるから、さらに呼吸が深くなる。

 何をしていいのかわからない、放心状態。

 頭の中全て出し切って空っぽになっていた。


 どんな色も、今は白く映る。

 ふと、アンチの親友家族から贈られた花に目を向ける。




 コンコンとノック。

 スタッフの方が、親友の妹と自分の家族を楽屋へ案内して来た。


 中へ入るなり、

「まさかまさかだよなぁ。ここがお前の楽屋か。立役者がお前だなんて信じられないよ」

 楽屋なんて聞いたことあったけど、自分に用意されるとは思ってもいなかった。


 父親は緊張が解けず、笑顔の作り方を忘れてしまったようだ。

 自宅を出たときより、すっかり老けている。

 一方、母親は、キャッキャと嬉しそうだ。

 こちらは、何歳か若返って見えた。

 親友の妹は抱き着いて号泣してきて、何を言っているのかわからない。


 一人気持ちよく余韻に浸りたいのだ。

 自分に酔いしれたいのだ。

 とりあえず両親は早く帰ってほしいなぁ。



 少し時間が経ち、落ち着きを取り戻す。

 ドアから、コンコンとノック。

 ドアからひょこりと顔だけ出すスタッフが、

 このあと打ち上げです、

 この時間に集まって下さいと案内された。


 家族たちは、先に帰るから楽しんでこいと告げると、先に帰路へ着いた。




 しばらく待ち、時計が約束の時間を告げる。

 廊下を歩いて、案内されたホール関係者の大部屋へ向かった。


 ここ⋯かな?

 廊下には人影を見なかったので、まだ人は、全員集まっていないようだ。


 中で待つかなと思い、ドアノブを回す。

 ドアを開けて瞬間に、たくさんの目がこちらを見てきた。


「「「ブラーボー!!」」」





 広い打ち上げ会場。

 テーブルに、気持ちばかりのごちそう。

 部屋中から一斉に湧き上がる歓声。

 スタッフ、演奏者、指揮者が自分を出迎える。


「本日の一番の功労者、きもと君です!」

 ⋯⋯演奏してないのに。



 パチパチと拍手で、よくは聞き取れないが、どうやら褒められているようだ。

 涙いっぱいのスタッフがハグしてくる。

 うわ、またお前か。

 でも、嬉しい。


「さあ、皆さま、グラスをお取りください」


 自分にもグラスを渡される。炭酸グレープかな?

 大人のみんなは、ビールやワインらしい。


「お疲れ様でした。えーようやくここまで来られて感無量です。思えば⋯⋯」


 長えーよ!と、お約束のチャチャと笑い声が入る。


「さ、じゃあ今日の大成功と、今後の皆さまのさらなる発展を祈念しまして⋯」


「カンパーイ!」と歓声!


 グラス同士のカチンという合図がお互いを称え合う。

 少しの間を置いて、みんなが拍手。

 みんなが、さっきまでの興奮を語り合った。



 それからは、いくつかのことしかはっきりと覚えていない。

 たまらずに男泣きした。笑い泣いた。

 一生分泣いた⋯そんなに長くまだ生きていないけど。


 海外の若い女性の方は、ハグしてくれてホッペにキスしてくれた。

 海外では普通らしいけど、照れる。


 みんながめちゃくちゃ誉めてきた。

 みんなが自分とハグを求めてきた。

 照れる。恥ずかしい。

 誉め殺しを聞いたことがある。


 親友アンチの、まだこっち来んなと声が聴こえる。

 称賛は凄い。人をダメにしちゃう。


 当たり前だけど、お酒は飲めない。

 なのに、顔が真っ赤だったらしい。

 この時間だけは、モテモテだった。


 自分も一生懸命にみんなに心からの拍手を送った。

 一人で、ここには立っていない。

 みんなが立たせてくれた。


 スタッフや演奏者、コーラスの皆さん何人かと、指揮者の方と硬い握手を交わし、帰路に着く。

 送迎のタクシーに乗せられてまでは記憶にある。

 ホテルの部屋までの道中、どうやって帰ったのか。

 地面を歩く足取りもおぼつかない。

 なぜならフワフワして、足が地に着かないから。


 ホテルの部屋に辿り着き、やっと自分の時間に戻ってきた。

 誰もいない部屋なのに、心の中にはまだみんながいた。



 寝ようとしても眠れない。

 心を会場に置いて来てしまったらしい。

 寝るのがもったいない。

 目が覚めたら夢でしたなんて、あってたまるか。


 この高揚は、一生大切にしよう。


 数年前の名も無い動画を始めた若造と、突然コメント欄に居着いた常連のアンチは、やがて意気投合してゲームサウンドの道へ進む。


 二人でスタートを切った矢先に、ゴールはどうやらお前一人になりそうだと聞かせられる。


 アンチの才能を全て貰い受けたのと代わりに、絶対に眺めの良い場所を見せたいと約束した。


 自分が彼女の横に相応しいかどうかはわからないけど、君の兄貴と辿り着いた場所の報告には行かないとね。 




 ホテルの部屋のベットに戻って横になるが、いろんなことが思い出されて眠れない。


 ⋯⋯この、まるでおとぎ話は、行き先の見つからない進路に発散したいと始めた出来事と、

 わざわざコメントで噛み付く、アンチコメント常連との二人から始まる。

 たった数年前の、思いつきと腹の立つ出来事。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ