二章 二
目を覚ますと、窓から入ってくる強い光に思わず目を覆った。固いベットから身を起こし、そこの床に落ちている本のページを開き、一行読む。
9年前、差し入れとして貰った一冊のミステリー小説。朝と夜の一日二回この本を一行ずつ読み進めるのが俺の日課だ。ストーリーはすでに終盤。犯人が判明し、トリックが説明されていく所だ。あと一ヶ月もあれば読み終わるだろう。今日も一行を読み、本を閉じる。
刑務官の足音が聞こえてきた。食事が提供されるのはもう少し後のなのでこの時間に刑務官がいるのはおかしい。
足音は俺の牢の前で立ち止まった。
「127番。今日、死刑執行だ」
「は?」
それだけ言うと刑務官は来た道を戻って行った。
死刑執行、随分と不気味な響きだった。だが、不思議と恐怖感はない。
朝食が運ばれてくる。
「これが最後の晩餐になると思うけど、なんか食べたいもんあるか?」
いつも朝食を運んでくる刑務官がそう言う。
「それじゃあ…カレーを」
「そんなんで良いのか?もっと良いものも用意できるけど」
「カレーをお願いします」
「…わかった」
刑務官は、少し微笑むと歩いて行った。
俺は、地面に置いていた小説を持ち上げる。この9年、毎日一行ずつ読んできた小説を一度に何ページも読むのは違和感しかなかった。刑務官の足音は、遠ざかりながらも大きく響いている。
30分ほど経ってからその人は戻ってきた。右手にはトレーを持っていた。
「はい、カレーです」
そう言って右手のトレーを差し出してくる。そのトレーの上にはカレーが大きく盛り付けられていた。俺はそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「それじゃあ」
刑務官はまた同じ道を戻って行った。今度は、足音は響かなかった。
俺はカレーに目を落とす。端置かれた赤い福神漬けが目に止まる。トレーの上に置かれたスプーンを手に取り、それを掬い、口に運ぶ。
(…甘い)
空腹ではなかったが、自然と腕はカレーを掬い続け、声が出掛かるのを抑えるように、口に入れていく。
昔から、連休には家族でキャンプに行っていた。親父はこだわりが強く、湖のあるキャンプ場にしか行かなかった。湖の辺りで家族みんなでカレーを作って、みんなで食べた。
ただ、一人暮らしをするようになってからは、両親と会う事自体少なくなって、10年近く行かないまま結局二人とも死んじまった。
二人が死んで、久しぶりにキャンプに行ってみようとした矢先に…
外でまた足音がした。
「127番。来い」
そこから先は…思い出したくもない。