間章 一
「あーもう!ネタがねぇ!」
とあるホテルの一室で、戸田は嘆いていた。手にしたスマホには戸田が書いているネット記事のホームページが写っていた。
戸田の職業はジャーナリスト。毎週3日、自身の運営するホームページに記事をアップしている。記事の内容は様々であり、その時戸田が書きたいと思ったものを自由に書いている。
(昨日のことを書くか?でも一昨日の記事で、このホテル絶賛したばっかだからなぁ…)
戸田は昨日のことを思い出す。
戸田は取材のために渋谷にあるとあるホテルに来ていた。宿泊3日目に当たる昨日は、来週出す予定のシリーズ物の記事の最新号を書くために一回のロビーの共有スペースに行くために、自分の部屋である304号室を出ようとしてドアを開けると、廊下の右側から「ありがとうございます」と言う女性の声が聞こえてきた。ただ、廊下に出てみると、そのような女性の姿は見えなかった。それだけなら特別変な事でもない。ただ、そのあとロビーで原稿を書いていた時も同じ声で「へ?」という声がはっきり聞こえたが、周りに人はいなかった。
「変だよなぁ、このホテル」
そんなことをつぶやいた時、手元のスマホが振動し始めた。すぐに画面を確認すると、今泉と表示されていた。
「来たか…」
すぐに応答する。
「よお、今泉。なんか情報入ったのか?」
「池尻大橋?分かった。すぐ行く」
戸田は、電話を切ると手早く荷物をまとめて、チェックアウトをし、池尻大橋に向かう。
今泉に言われた場所に来てみると公園の塀に埋まって大破している車があり、周りには警察官と思われる人たちがいた。今泉は、その人よりさらに遠い場所にいた。
「今泉!」
そう声をかけると、今泉はこちらに気がつき振り返った。
「おー、戸田くん」
今泉の隣までくると、早速目の前の事故現場について聞く。
「何があったんだ?」
「警察の友達に聞いたんだけど、どうやら…そこの車が道に飛び出してきた子供を避けようとして、公園の塀にぶつかったらしいよ」
それを聞いて戸田は思わずため息を漏らした。
「んだよ、それじゃあよくあるただの事故じゃねえか。確かにお前が住んでる公園での事故だから、お前からしたら大事かもしれないがなぁ…」
「まあまあ、人の話は最後まで聞いた方がいいよ、戸田くん。実はね、その友達が運転手と話をしたらしいんだ。そしたら、その運転手は昨日から徹夜だったらしくてね、事故の直前に居眠りをしてしまったらしいんだ」
「居眠り…」
「そう。だから子供が飛び出したのにも気づかなかったらしい」
「は?それじゃあなんで避けれたんだよ」
「寝ていた時に、『止まって』って声が聞こえたらしい。その声で、目の前に子供が倒れているのに気づいて、急いで避けたってことらしい」
「なるほどね。確かにうちのサイトで出したらアクセス数は稼げそうだな…」
「そうそう!君のとこならこういうネタ好きかって思って!」
おそらく、運転手の変な思い込みかなんかだと思うが、俺としては明日記事が更新できて、それが面白ければそこらへんの真偽はどうでもいい。このネタなら随分面白い記事が書けそうだ。
「うちのユーザーはそういうオカルト的なネタの時は反応いいからな…よし!そのネタ、買った!」
「やったー!それじゃあ情報料は新しいメガネで!」
「マジかぁ…お前眼鏡だけはこだわりいいんだよなぁ」
「ハハ、ついでにこの壺買わない?」
「お断りします!そんなことより事件についてもっと詳しく…」