一章 一
その日はいつもより明るかった。
カーテンから漏れ出てくる光は、目覚ましをかけていなくても私の目を強制的に目覚めさせた。冬の冷え込んだ空気に当たりたくなくて、なかなかベットを出ることができなかった。
「すず~、ご飯食べよ~」
間の抜けた声が聞こえる。姉の美鈴だ。今日は朝から委員会があると言っていたのに、まだ出発しなくて良いのだろうか?。そんな疑問を持ちながら、私は寒さを堪えて掛け布団を体から剥がす。二段ベットの下の段であるため、起きる時には頭に気をつけなければならない。朧げな意識の中リビングに向かうと姉がすでにテーブルに座っていた。私も手前の席に座る。
「いただきます」
私たちは同時に言うと、スクランブルエッグとベーコン、トーストといったいつもの朝食を食べる。
「ほら、早く。遅刻しちゃうよ!」
姉はそう急かしてくるが、姉自身に急ぐそぶりなど全く無い。いつも通り、ゆっくりと朝ごはんを食べて、いつも通り食べ終わると焦って準備を始め、駆け足で学校へ向かう。いつもと違うことといえば、やっぱり外が明るいことくらいだと思った。
通学路には交差点が何個かある。そのうちの一つを私と姉は渡ろうとしていた。学校に遅刻するかもしれないという危機感で焦っていた私は、信号が青になった瞬間に走り出した。姉の言葉も聞かず…………
目を開けてみると白い天井とたくさんの人の顔が見えた。お母さんや友達が周りにいた。みんな私に何かを言っている。何を言っているのかはわからないが、何か必死そうに伝えようとしている。けどわかんない。他の人の顔から目を逸らすように横を見てみると、父と大学生らしき人たちが集まっていた。誰かに何かを呼びかけている。多分、姉だ。
横のベットサイドモニタには、三本の線が、本当に小さく波打って横に伸びていた。
死んだ。姉が、死んだ…………
日も暮れて、部屋にはすすり泣く父と母だけ。私の横の機械は単調に音を鳴らしていた。私も泣こうとしたが、どうしても泣くことはできなかった。姉は何故死んだのだろう。横断歩道に出ていたのは私だけだ。姉はいつも安全に気を配る人だったし、運動神経も良かった。たとえ車が歩道に入ってしまったとしても死ぬほどの重症になるだろうか?そんな疑問を頭の中で巡らせる。結論の出ない問いを頭の中で繰り返していくうちに、姉との思い出が脳裏に蘇ってきた。。一番古い記憶は公園でブランコをしている私。帰りには自販機で缶のコーンポタージュを買ってもらい、姉と二人で分けた。家族でキャンプに行った時には川辺で姉が作った砂の城が波に飲まれるのを眺めていた。私の作品が都に表彰された時は家族みんなでテレビにかじりついて表彰のニュースを見た。私の緊張した顔を見て姉が笑っていた。姉が裁判員制度に選ばれた時は裁判の中継を見ながら姉がどう言う判決を考えたのか予想したりした。私の中学受験の時は一緒にゲームするのを我慢した。
思い返してみると私の人生の大切な場面にはいつも姉がいた。そして、姉の人生の大切な瞬間にも、私はいた。私が姉について行ったのか、姉が私を見守っているのか、それはわからないけれど、私たちはいつも一緒で、多分死ぬのも一緒だ。
そう思うと少し、安心した…………