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序章

ラジオから陽気な音楽が流れている。

その音とは裏腹に、私は不安と焦りを感じながらも慎重にハンドルを切っている。

数時間前、私の元に一本の電話がかかってきた。老人ホームに入所している私のおじいちゃんの容態が良くないという。

急いで車を走らせてきたが、山道に差し掛かったところで日が暮れてきてしまった。

早く行きたいが、事故を起こすことを心配すると、慎重にならざるを得ない。

ふと、携帯から通知音が鳴る。

少しイライラしながらも、スマホの読み上げ機能を使う。

『紲那~次の試験の内容教えて~』

友達の香苗からだ。私は、声に出して返信内容をスマホに伝える。

『ごめん!今ちょと無理。他の人に聞いて。』

すぐにスマホが次の文を読み上げる。。

『わかった。じゃあまた今度ね』

こういう時に諦めがいいのが香苗のいいところだ。

スマホにはもうあと何件か通知が来ており、『土砂災害に注意!』と一番上に出ていた。

「注意しなきゃな」

そう呟いて顔を上げると、目の前に大量の土砂が降ってきた。

『なんと言うフラグ回収の速さ』なんてふざけた文句が頭に浮かんで、すぐに消えた。

「うそ!」

反射的にハンドルを勢いよく回す。すかさずブレーキを踏もうとするが間に合うはずもなく、車は斜面の下へと…

落ちた。

地面につくと同時に、車のバンパーがメキメキと盛大な音を立てて潰れた。

その音を聞いた瞬間、私は激痛を覚悟した。体を硬直させ、歯を食いしばる。

「痛く…ない?」

全然痛みを感じないどころか、心地よいような感覚もある。

人間死ぬ時は気持ちいいと聞くけど本当だったんだ。

そう思いながらまぶたを閉じて、死ぬのを待つ。

…………死なない

全く意識を失う気配がない。流石に潰れたままのこの体勢もつらいので、車を出ようとする。

その時初めて気づいたが、私の体には傷が一切ない。

「嘘!何これ奇跡!」

痛みを感じなかったのはそのせいか。

車の中から出てみてわかったことがもう一つあった。

「これ、制服?」

着ていたのは中学時代の制服だ。もうサイズは合わないはずなのに、ぴったりのサイズになっている。

もはや理解が追いつかない。そんなことを考えながら車の中を覗く。スマホの画面はバキバキに割れていて使えそうにもない。幸い、そんなに街も離れていない。早く警察に連絡しなければ。。

そう思った私は、急いで街の方へと向かった。

この時すでに、日は登り始めていた。

十キロ(私の体感だが)ほど歩いていくと、少し大きな道路に出た。

「ここからならいけるかも」

私はその道に沿って歩いていくことにした。

途中何度か車とすれ違ったが、乗せてもらえるように手を振ってみても、乗せてくれる車はなかった。

その道沿いに二キロほど進んでいくと、だんだんと街が見えてきた。

急いで一番近くの公衆電話に駆け込む。ドアは前の人が開けたままにしていたようなのですぐに入れた。車から抜け出す時にしっかりポケットに入れておいた財布を取り出すと、テレフォンカードを取り出して、差し込む。急いで番号を押すと家へ電話をかけた。

「もしもし、誰かいますか?」

電話の向こうからは何も聞こえない。

仕方ない、電車で家まで帰ろう。とりあえず駅までの道を周りの人に聞こう。

私は、近くを通ったサラリーマン風の人に声をかける。

「すみませーん」

「………………」

「え?」

えっ、無視?

いやいやいや、聞こえてなかっただけかもしれないし。もう一度…

「すみません。あの、道を聞きたいんですけど」

「………………」

これは、そもそも聞こえてない?耳が悪いのか?

他の人にも聞いてみよう。

「すみませーん」

「あのー」

………………

誰も反応しない。

もしかして、誰も私に気付いてない?

私は自分の体を見る。半透明になってたりはしない。

とにかく家に帰ろう。ここで、考えてばかりでもあんまり意味ないような気がする。

私は、看板などをみながら、駅があると思われる方向へと向かっていった。

しばらく歩いていると、駅の方から声が聞こえてきた。

「おーい」

「誰かー」

「返事してくださーい」

もしかしたら、同じ状況の人かもしれない。そう思った私は声のする方へ小走りで向かった。

駅前の広場に近づくにつれ、騒がしさが一層増していく。

混んでいるというのもあるが、一人大声で叫んでいる人がいたからだ。

黒髪で少し小柄な印象のその人は、さっきからずっと周りに呼びかけているが、無視されている。

私は意を決して、話しかけた。

「あの…」

「えっ、あなた僕が見えるんですか!」

「いや、まあ」

「よかったー、見える人もやっぱいるのか」

「実は、私もさっきから周りの人に気づいてもらえなくて」

「うん、実は僕隣町でこんな感じになって、隣の街に行ったら直ったりするかなーて思ってきたんだけど」

「直んなかったんですか」

「マジでなんなんだろなーこれ」

「はーい。そんな二人に朗報でーす」

「うわぁ!」

悩んでいた私たち二人の前に急に現れたのは、頭に天使の輪を乗せて右肩に黒い翼をつけた女の子だった。

「あなたたちの案内役の堕天使だよ」

「堕天使?」

「そ。あんたたち死んだんだよ」

「えぇぇぇ」

しれっととんでもないことを言われてしまった。

急に目の前に現れた堕天使に死んでいると告げられる。全くもって理解が追いついていない。

「もしかして気づいてなかったの。ちょっとは察せないかなぁ」

堕天使は少し意地悪に微笑む。

「まあとりあえず、渋谷に向かいな」

「渋谷?」

「まさか渋谷がわからないなんてことはないよね」

「いや、なんで渋谷に行かなきゃいけないの?」

「それは言ってからのお楽しみ~。じゃあね」

「あちょっと」

黒い翼をはためかせて、堕天使は天へと昇っていった。

景色が左から右へと流れていく。

駅の改札すらも、私たちに反応しなかった。周りの人に無視されているというだけではない、私たちが存在しないことになっているのは本当のようだ。だからと言って、私が死んでいるというのは受け入れ難いことだ。

都心に近づくにつれ、乗る人も増えてきた。

「お互い、自己紹介でもしますか?僕ちょと静かにしてるの苦手なんで」

「そうですね」

渋谷まではまだ時間がありそうだ。

「僕の名前は大野英介。二十歳。大学生です」

「あなたは?」

「あっ、私は…」

どうしよう。なんか体が少し若返っている感じがするし、着てるものが制服だから実際の年齢じゃ違和感あるよね。

「私は霜月紲那。十四歳です…」

「ああ、じゃあ中学生?」

「そうですね」

「ふーん」

「大野さんは、自分がもう死んでいるなんて信じられますか?」

「うーん、僕建物の中でこうなったんだけど、僕が扉を開けといても他の人はまるで空いてないみたいに、ドアを開ける動作をしてから部屋に入ったりするんだよ。だから、僕と他の人とでは見えている世界が違うのかなーとは思っていたけど」

「そうなんですか」

もう香苗たちと話すこともできないのだろうか。

「けど、僕らが本当に死んでいたとしても、死後の世界はここだけではないと思うよ」

「なんでですか」

「だって、僕たちより前に死んだ人が全然いないじゃないか。ここはまだ死んですぐの人が来るってだけの場所で、もしかしたら天国とか地獄とかがこの先にあるかもしれない」

「確かに。ここには全然私たちと同じ人がいませんもんね」

天国と地獄。私も、死んだらそんな場所に行くものだと思っていた。死後の世界はここだけではない。なんとなく納得が行った。

もしかしたら、あの堕天使はここで死んだ人が天国に行くか地獄に行くか決めて、案内しているのかもしれない。そんな想像をしている間に、いつのまにか外にはビル群が見えていた。

渋谷駅に着いてドアが開くと、外からの音で一気に車内が騒がしくなり、降りようとする人の波が私の体をすり抜けていった。乗客が降りきって他の客が乗り込んでくるタイミングで、私たちも電車を降りた。

渋谷に来たのは、随分前に家族で映画を見に来た時以来だ。まさかこんなことでくることになるなんて思ってもいなかった。

ハチ公の横を通り過ぎてスクランブル交差点へと向かう。渋谷のどこかは指定されていなかったが、なんとなくそこに行くべきだと思った。大野さんも、特に疑問を示すこともなく同じ場所を目指している。

ちょうど信号が青になった。いくらすり抜けるとはいっても、人混みは息苦しい。

大野さんが交差点の真ん中で止まった。私も止まる。群集が私たちが立つ場所を通り過ぎていく。

信号が赤になった。私たちを含めて八人の人が、道路の上に立っていた。

「おー、揃ったみたいだね」

私たちのことを見下ろして、例の堕天使が言う。

私の目の前には初対面の人が六人もいる。外国人のようにも見える女性。金髪でヤンキー風の男。不安そうにお互いの手を握っている女子学生二人。背の高いスーツ姿の男性。少しだるそうにしている男の人。みんな特徴も雰囲気もバラバラだが、なんとなく親しみのようなものを感じる。

この人たちも死んでここに来たのか……

「何のために僕たちをこんなところに連れてきたんだい?」

スーツ姿の男性が聞く。

「まあまあ、そう焦らないで。ちゃんと説明するから」

そう言うと、堕天使は羽をなびかせて少し後ろへ下がる。

「これからあなたたちにはゲームをしてもらいます」

「ゲーム?」

堕天使から発せられた単語は一切予期していなかった一言だった。

「ゲームって、あのコントローラーを使ってやるやつ?」

大野さんが聞く。

「いや、どっちかって言うとデスゲームに近いかな」

「デスゲーム?」

「そう。もう死んでるからデスゲームとは言えないけど、これから八人でしてもらうゲームの結果で、君たちの運命が決まるというのは同じだよ」

「運命って?」

「あっ、そうだね。それを言っとかないとね。運命って言うのはね…」

ほんの少しの間を置いてから、堕天使はこの時をずっと待っていたかのように、今までで一番愉快そうな笑顔を見せた。

「君たちが天国に行くか、地獄に行くかってところかな」

交差点で待つ人々の中からは、常にざわめきがあった。誰が誰と会話しているのか、それとも独り言なのか、それはわからない。とにかく、皆道路の狭い部分に集まり、お互いを押しながらただただ時間を待っている。そして信号が青になった途端に、ざわめきは一段と大きくなり、なだれのように動き始める。そんな様子を紲那は思い浮かべていた

堕天使の言葉に動揺を示した人たちは、みんなとなりの人と話したり一人で何かを呟いていたりする。

私たちの動揺を確認すると堕天使はまた少し微笑んでから、説明口調に戻った。

「それでは、ゲームの説明を始めます」

堕天使が指を鳴らすと、交差点を渡りながら私たちに近づいてくる人々が地面へと沈んでいった。いや、私たちが地面ごと上に上がったという方が正しいかもしれない。とにかく、あたりは先ほどまでの人混みではなくなっていた。

「どういうことですか!」

誰かが声を上げた。声の雰囲気から十字架を持っていた女の人だろうか?

「我々が天国に行くか地獄に行くかは、生前の行いによって決められるべきです。神による審判ではなくゲームで決めるなんてあってはならないことのはずです!」

彼女の言っていることはこの場の誰もが思っていることだと思う。私も両親に良い行いをしたら天国に行けると言われてきたし、実際世間の大半がその考えだろう。ゲームで死後の扱いを決めるなんてあまりにも適当すぎるのではないだろうか?

女の人の言い分にみんな納得だったようで、同意する声も聞こえた。だが、堕天使はため息を一つつくと、慣れたように話した。

「あのねぇ、それは貴方達が勝手に信じてる迷信でしょ。まぁ実際人を殺したとかいう人は地獄に送るけど、一日に何千人と死んでる今の世の中じゃ、一人一人生前の行いなんて調べてられないのよ」

堕天使は女の人をあやすようにそう説明した。確かに一日に沢山の人が死んでいっているというのは毎日ニュースを確認している紲那も知っていたことだ。だが、それなら、こんなゲームをしている時間なんてないのではないかという疑問も湧いてくる。ただ、そんな疑問を口にする前に堕天使は説明を再開した。

「それじゃあ説明を再開します。貴方達にやってもらうゲームのルールは至ってシンプル。クリア条件は『罪を償うこと』。そのためにできるのは『生きている人に〈一言だけ〉言葉を伝える』です」

「罪?」

「そう。貴方達が生前起こしてきた罪を償ってもらいます」

「だったら尚更わかりません。私は生前神を熱く信じて、良い行いを繰り返してきました。罪などあるはずがありません」

女の人の必死の訴えに、堕天使はまたため息をついた。

「だから、『自分の罪を認め、それを償うために生きている人に何を伝えるか?』それがこのゲームの醍醐味なんだよ。自分の罪くらい自分で考えたら?」

女の人は何も納得できないといったふうに堕天使を見つめている。その時、今までずっと無表情でいた男の子が口を開いた。

「逆に、ゲームオーバーの条件は無いんですか?」

「おっ、君鋭いね」

まだ何か言いたげな女の人を尻目に堕天使は男の子に話し始めた。

「そう、罪を償うって言ってもいつまでもここに居させるわけにはいかない。だから制限時間がある。まぁ、約三十日ってところかな。他にも、罪を償う前に地獄に行くことを認めた場合も地獄に行く。他の参加者に危害を加えても地獄に行ってもらうよ。わかったかな?」

男の子は黙って頷いて見せた。

「それじゃあそろそろ僕は帰るから。あんまここを離れないでねー」

そう言うと、堕天使は少し上昇して空へと消えていった。堕天使が消えて少しすると、エレベーターで下の階に降りるときのような感覚がして、地面から人々が生えてきた。そうして私たちが立っている地面と、生きている人たちが歩いている地面が重なった。また周りにざわめきが戻ってくる。さっきの女の人はまだ不満げにしながらも、もう暴れようとするのはやめていた。皆、堕天使がいなくなったことで少し安心しながらも、仕切り役がいないためなかなか話し出せずにいる。

そんな空気に耐えきれなくなたのか、大野さんが口を開いた。

「とりあえず…場所、移動しませんか?」

大野さんの提案に周りの人も同調したため、大野さんを先頭にしてまとまって行動することになった。

渋谷の街の騒がしさは、いくらか心地よく感じられた。


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