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sideルイ 守りたいものと本音


 サミュエルに突撃を受けて倒れてから、ようやく会えたエリザベスはよそよそしかった。

 なんとか誤解を解いたが、また一人で遠くに意識をやっているエリザベスにルイは苦笑する。



 『ひっそり。ひっそりが幸せへの道なのよ』



 たまにルイに諭すように告げるエリザベスのそれは、ちっともひっそりと生きているようには見えなかった。

 なぜなら、屋根に登ってそれを言われ、ごりごりと薬草を擦りながら告げられ、時には馬でかけまわりながら語られてきたからだ。


 ――これのどこがひっそりなんだ?


 そう思うが、それを告げる時のエリザベスはひどく真面目な顔をしていて、普段は好奇心いっぱいの菫色の瞳には強い意志が宿っていた。

 彼女がどうしてそこまでひっそりにこだわるのかはわからないが、行動が伴っていないことに目を瞑ると、それは魔力のことではないかとすぐに気づいた。


 エリザベスの魔力は国の基準を満たし、十四歳を迎えたら王立学園に入ることのできるレベルだ。だけど、それを隠そうとしている。

 それがわかるのも、ルイの魔力が高いからだ。そして、王家の者はそれを見極める力がほかの者より備わっているので、エリザベスのひっそりとは魔力で目立ちたくないということなのだなと独自に解釈していた。


 最初の頃はそこまで深く考えていなかった。

 個性的なエリザベスの独特な考えで、一時的に何か思うことがあってしているのだろうと思っていただけだった。


 だけど、魔力が安定しだした十二歳になっても魔力を隠そうとしたままなのに不安を覚えたルイは、王立学園に行きたくないのかと、ほかに誰もいない畑で一度聞いたことがあった。

 それに対してのエリザベスの答えは、「行きたくないわ」と単純明快だった。


 即答されたことにショックを受けた。王族として、エリザベスの才能を埋もれされるのは惜しいと言う気持ちもある。

 なので、魔力が高ければ行くべきだし、誰もが憧れる場所だと言ってみたが、「あったらね。だけど、ないもの。もし、仮にあったとしても行きたくないわ」と、しらを切られた。


 ――エリーの魔力は十分にある。なのに、なぜそこまで隠す? なぜ、そこまで嫌がるのか?


 ルイはその時、とても焦っていた。

 魔力の高い王族は、必ず十四歳で入学しなければならない。

 そうなると、こうして侯爵家に遊びにくることもままならなくなる。公務に加え、学業、年齢が上がれば上がるほどしがらみもあり、自分の欲望のままに行動できるのは今だけであった。


 それについては諦めてもいるが、エリザベスが魔力(それ)を隠す限り入学しないことになる。

 本来なら学園で会えるはずなのに、避けるように実力を隠すエリザベス。なんだか、自分だけが彼女に会いたいと思っているようで、胸が苦しくなった。


 気持ちの差、このままいくと過ごす時間が減る事実と、その認識の違いが怖くなる。目を離した隙に、エリザベスはどこかに行ってしまいそうで不安になった。

 不安とともにとても寂しくて、置いていかれるような感覚に苦しくて目の前の苗をじっと見つめる。


 エリザベスと出会うまで土なんて耕したこともなかったルイであったが、すっかり慣れてしまった動作で野菜の苗を掘った穴に入れ優しく土をかぶせると手を止めた。

 せっせと苗を植えていたエリザベスが、同じように手を止めるとルイを見て静かに笑った。


 いろいろな感情をころころと見せるエリザベスであったが、ときおりふと儚げに笑う。

 穏やかな風が頬をくすぐり、通り抜けていく。ふわりと舞うピンクゴールドの長い髪を押さえて、エリザベスは空を見上げた。


「だって、余生をしっかり過ごしたいんだもの」

「余生?」


 しっかり? ゆっくりの間違いじゃないのかな?


 わからないと首を傾げると、エリザベスはまたひとつ苗を取ると植えた。

 その時に出てきたミミズをちょいっとつまんで、また土に戻す。たくましい。


「うん。こうして野菜作って、たまに木に登って平和な街を眺めて、あんなことやこんなこともあったなって、ああのんびりとしたいい人生だったなっと振り返えられる人生にしたいの」

「それと学園に入りたくないことにどう繋がるかわからない」


 余生でも木に登るんだと、らしすぎる言葉に笑いたかったが、その時のルイは笑えなかった。


「うーん。でも、王立学園というステータスに興味がないわ。公爵家に生まれたからには役目があることはわかっている。別に魔力が高くなくても偉い人は偉いし。だから、役目さえを全うすれば、あとは誰にも文句はないと思うの。家の繁栄はきっとマリア姉様がいい旦那様を見つけて上手くやってくれると思うし。私はそれ以上のものは望まない」

「それって、結婚も? エリーの年頃の令嬢は少しでも身分と見目のいい相手を見つけようと頑張っていると聞くけど」


 未来を語るエリザベスの中に自分の存在が少しも見えなくて、ルイはぎゅっと拳を握り締めた。


「ああ、王子殿下たちとかね」

「エリーは興味ないの?」

「ええ。今は何も」


 今は、か。

 その言葉に、少しだけ希望を見いだす。


「……そうすると、マリア嬢はエリーが結婚しなければ、独身を貫きそうな気もするけど」


 そう告げると、まったく盲点だったと菫色の大きな瞳をさらに大きく見開いた。

 うーん。うーん、と首を右に左に傾げながら考え込み、最後は髪と同じピンクゴールドの長い睫毛をぱさぱさと瞬かせた。


「ああ~、まあ、そうね。それは考えなかったわ。今の感じのままだとそうかもしれないけど、うーん、なるようになるというか、するわ。まだ先の話だしその時はその時で考える。まあ、いいじゃない。魔力は並以下だから私はこのままひっそりと生きていくの」


 余生の話をしておきながら、その前にある結婚の話にはピンと来ていないようだ。

 そして、大事なことをはぐらかされてしまった。結局、どうしてそこまで魔力をごまかし、学園に入学したくないのかわからないままだ。


 エリザベスは、人前ではうまく基準を超えないようにコントロールしていた。

 ひっそりの基準がどうやら人と違うエリザベスだが、そこは徹底している。


 この歳でそんなコントロールができるくらい、高い魔力の持ち主。

 ルイとしてはエリザベスにも学園に入学してほしい。そして、ともに学園生活を過ごしたい。

 だけど、ひっそり行動はできないのに、そこは徹底してひっそり努力しているエリザベスを見ていると、ルイは他言しようと思えなかった。


 なぜそこまでするのかはわからないが、知っているのはきっと自分だけ。

 なぜって、エリザベスがそばにいても気を許し、それを見抜ける高い魔力の持ち主は自分だけだから。


 もしかしたら、魔力の高いテレゼア家の者は、エリザベスの能力値をルイほど正確ではなくともわかっているのかもしれない。

 けれども、今までそれらに何も触れていないのだから、どちらにしてもエリザベスの意思次第ということだ。


 そう思うと、エリザベスが大事にしているものをルイも大事にしたいと思った。

 そして、やはりルイももう少し、ほんの少しだけでも誰にも邪魔されずエリザベスといたいと思い、決断した。


 それからすぐに、両親に入学するのを一年だけ延ばしてもらえないかと願い出た。

 十四歳で入ることが慣例となっているのは十分承知しているけれど、どうしてもエリザベスと離れるのが嫌だった。


 その結果は、もちろん否だった。

 それでも、しつこく粘っていると父がまず折れた。


 生まれてから今まで風のように流れゆくまま、気持ちもついていかないまま、言われたことをしてきた。

 公務というなら、それが王族の役目。にっこり笑うのも公務。

 嫌ではない、でも好きでもない。生まれ持った定めとして、連れて行かれるところ、そうすべきだからそうする。そこに個人的な感情は一切なかった。


 ルイの初めてのワガママに、厳しいと思っていた父親は思ったより甘かったのだとその時初めて知った。

 父の許可が出たら、今度は国王だ。自分たち従兄弟は同じ年なので、自分だけ例外というのは難しいことはわかっていたが、何もしないよりはいい。


 当然、すんなりはいかなかった。国王というよりは、特に王子たちと話し合いの場を何度か設けることになった。

 第一王子であるシモンは、頭ごなしではなくルイの理由を聞き、最終的には「自分たちより遅れをとることを覚悟の上ならば、したいようにすればいいと思う」と淡々と告げた。

 第二王子であるサミュエルはそれとは反対に、「意味がわからない。勝手に離脱するようなことは許さない」と憤っていた。


 自分たちは程よい距離感を持つライバルという立場であった。王子本人より、その周囲の期待が馴れ合いを許さず、競うことを望んでいる。

 だが、実際は顔を合わせればそれなりに会話も弾む従兄弟同士。親兄弟は仲が良いので敵愾心(てきがいしん)を持つことはなく、国のために努力はするけれどもといった感じであった。蹴落としてというよりは、それぞれの努力の上で次代の国王が決まればそれでいい。


 王に選ばれなくても、適材適所で国に尽くしていくことは変わりなく、それぞれの能力を伸ばせる場所に属していくだけという認識であった。

 ランカスター家を名乗ることは、王族を名乗るということ。国王はその顔にすぎないと、ルイたちはそう教えられていた。

 その上での、二人の反応だった。


 ──サミュエル、か。


 そこでルイはエメラルドの瞳を不穏に揺らした。

 ここに来る前の彼とのやり取りを思い出し、ついでにエリザベスを追いかけ回し、その細い生足を見たことを思い出すと不快になる。

 初めてエリザベスの存在を認識したばかりのくせに、馴れ馴れしいにもほどがある。出会ったばかりのサミュエルに、エリザベスのあれこれを見られたのは痛手であった。


 でも、自分は手を伸ばせば届く位置にいる。それが許されている。

 そう思い、まだ心ここにあらずのエリザベスのピンクゴールドの髪をそっとすくった。


 この屋敷の者たちは本人が隠しているつもりらしいエリザベスの行動力を知り慣れてはいるが、誰か一人でも他者がいるとエリザベスは借りてきた猫のようになった。

 (かしこ)まって発言もあまりせず、目立たぬように静かに行動していた。


 実際に外部には姉のマリアの噂ばかりが広まり、エリザベスの名前はあまり出ない。

 たまにうっかり者のエリザベスは素が出てしまっているが、すぐに取り繕っているのでそこまでバレていないはずだ。


 そもそも、エリザベスが言うところの儚げで美しい頼りない美貌の姉が、エリザベスのそういったところを隠していた。

 エリザベスに言い寄る男を察知すれば、まず自分へと興味が向くように仕向ける。まるで悪女のようだが、その理由はただのシスコンであった。


「エリザベスに変な虫はつかせないわ。でも、あなたがいたらほかへの牽制になるし、エリザベスも同じ年の友人(・・)が出来て喜んでいるようなので特別に許可します」


 と、ルイが王族と知っていて随分上から目線のシスコン魂を見せつけられた。


 だから、今回の騒動もご立腹であった。悪いのはサミュエルなのに監視不届きという汚名を着せられた。

 悔しいが思い当たるところのあるルイは言い返せなかった。自分の不手際は認めるが、エリザベスに対しても不満があった。

 ちょっと、いや、結構怒っていたりもする。


 普通、裸足でスカートを捲し上げて足を見せて走り回るとかありえるだろうか?


 しかも、身体能力が優れているあのサミュエルと鬼ごっこが成立するとか、ルイが見ていない時間は一体何をしているのかと問いたい。

 深窓であるはずの令嬢が、あんなに体力があるのはどういうことだろうか。


 まあ、ルイの知る普段が普段なので、なんとなく方向性は想像つくのだけど、どうしても考えずにはいられない。

 あるはずのない王族関係の馬車に慌てて屋敷内へと入ると、足を出して走る姿を見せられて、その上、こちらの気持ちと今までの行動も疑われて、ルイの気持ちはささくれだつ。


「ねえ、エリー。疑われて傷付いたんだけど。慰めて?」


 本当はわかっている。エリザベスは悪気もなく本人はいたってとても真剣だ。

 そういった疎くてまっすぐなところが魅力なのだ。ただ、そろそろ気づいてほしい。


 先ほどのひどい誤解の弁明を聞くからに、エリザベスは己自身の認識が甘いのだ。

 自分の容姿を平凡であると認識している。確かに姉のマリアは稀にみる美貌の持ち主であるが、妹であるエリザベスも美しい容姿をしていた。


 ピンクゴールドの美しい髪色に、菫色の神秘的な瞳。何より、くるくる感情とともに色味が変わるそれは代えがたい美しさを見せ、どれだけ見ても飽きないものだ。

 造形が整っているだけでは表せない、その美しさを持ってどうして平凡と言い切れるのだろうか。


 美貌の姉を間近で見すぎたせいか、本人の認識はものすごくずれていた。

 それに、「昔から姉の美貌に目の眩んだ者が、相手にされず私を巻き込もうとするのはよくありましたので」の言葉に、本気で目眩を覚えた。


 鈍い、鈍いと思っていたが、まさか自分に言い寄ってきた者も姉への思慕者だと勘違いしていたとは。それがルイにとって良いのか悪いのかわからない。

 どんな男が寄ってきても本気だと気づかぬまま相手をしないのは安心できるが、自分も一時でもそれらと同じだと勘違いされたことに腹が立つ。


 ルイが王子と知ってひどくショックを受けているエリザベス。

 普通の令嬢なら大なり小なり喜色の反応があるものだけど、エリザベスにとってはマイナス要素でしかない。関わりたくないと豪語していたし?


 ――鈍いのも考えものだよね。


 ルイは深々と息を吐いた。

 そもそも、深窓の令嬢が窓からロープを使って降りたり、ごついおじさんと密談したり、怪しげな薬草をごりごりすってそれを並べてニンマリなんてしない。

 普通のご令嬢でも滅多にない行動だと思う。


 そんな普通でないことをたくさんしておいて、どこをどうひっそりと思っているのか、是非とも詳しく聞いてみたいものだ。

 それを実行すると、すごい勢いで弁明されるのだろう。その姿をも簡単に思い浮かぶ。


 ――ねえ、やっぱり胸が痛いよ?


 ルイはエリザベスの髪をすくいとり、どうわからせようかとショックを隠せない様子のエリザベスをじっと見つめた。




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