3.役にも立たないこと
しばらくして目を開けると、窓から漏れる光が淡く室内を照らしていく。
心中の混乱とはよそに穏やかな空気は、少しばかり気持ちを落ち着かせてくれる。
倒れたことで思い出した。
ああ、なんたる失態。バカみたいに転生しておいて今更? 今更ですか? エリザベス・テレゼア。
あれだけ頭を打っておいて、ちらりとも浮かばないなんて。なんでもっと早めに思い出さなかったの、私。
くぅぅっと悔しがっても後の祭り。
すっかり思い出してしまった、思い出しても役に立ちもしない記憶。
それは記憶にある一番初めの生、つまり女子高生だった時、ゲーム好きの友人がはまっていた乙女ゲームのことであった。
ある日、「うひゃぁ。まじでか。まじでか。うわぁお。おいおいおいおいっ」と今までになく興奮した友人が叫び出した。
私はちらりと視線をやって、いつものことだけれど興奮が過ぎるなと読んでいた小説へとまた視線を戻した。
家が近所で、一緒に遊んでいても彼女はゲームをして、私は小説を読み、たまに女子トークするといった、なんとも気楽な関係だった。
「やっば。わかった。これ、今までのと違ってマジ神。神なんだけど~」
「なにが?」
「脇役も脇役。モブ的な彼女が本当の主人公だったなんて。やられた。鼻血ものよ」
そう叫ぶ彼女に私は苦笑して、どうどうとなだめる。
「落ち着いて」
「これは落ち着いてられるわけがない! 興奮しまくりよ。その理由聞くよね? このぉ、聞けよ~」
「はいはい。聞かせてもらいます」
こうなった彼女は止められない。
「このゲームは主人公二人を選べるようになってるの。身分も申し分ない公爵令嬢と平民出身の健気な少女。でもでも、彼女たちをハッピーエンドにもっていくには、王子たちとくっつけるものだと思っていたらどれもこれも無理だった。そこそこの男とくっついたり、なぜか修道院に入ったり。ストレス溜めながらもあれこれやったけど、惨敗」
「ああ、いつもきぃきぃ言っていたのはそのせいだったんだ?」
今までにないくらいの興奮度合いに、若干引きながらなんとか相槌を打つ。
「そうなの。でも、そんなことはもういいの。今ではそんな時間までもが糧となる。ここに神がお座りになられたのだ」
「大げさな」
神ってなんだ? たかだがゲームに神とは。
まあ、それだけ感動したということなのだろうけど。
友人は、ふんすと鼻息荒く胸を張った。
「なんとでも言えばいいわ。そして、聞いて驚くがいい。何と目立たず名前だけある彼女をどうにかすることがこのゲームの本当の目的だと発覚、発見! マジで興奮。ライフゲージの上がりようったらない」
「本当、落ち着きなよ」
本当、そのテンションについていけないので落ち着いてほしい。
そして、さっきからその話し方はなんなのだろうか。興奮して何かが乗り移っているようだ。
「だから無理だって。もう私は燃えてるのよ。今まで苦渋を舐めさせられた分、何としてでも公爵令嬢の妹、エリザベス・テレゼアを王子たちの一人とくっつけてやるわ」
「つまりは二段階仕様ということなのね。払った対価で二度美味しい。凝ってるゲームだね。そもそも何でわかったの?」
二段階仕様は確かに面白い。
本の物語でも二転三転すると目が離せなくて、実は最初の頃にそれとなくヒントが隠されていたなんて知ったら、また読み直したくなる。一度目と二度目では見る視点が変わって、また違った深みが出てくるのだ。
「どのルートもヒロイン、ヒーローたちが彼女を気にかける言葉が出てくるの。しかも、王子は出てくるけど誰とも結ばれないし。そんなの、ありえない。だから、王子ルートは彼女なんだよ。しかも、国も絡んだ大捕物とか美味しいイベントがもりだくさんあるはず。二人の主人公も見かけによらずなかなかしぶとくて面白かったけど、さらなるそれはもう神すぎてキュンキュンものだよ」
「それはそれは。まあ、学校で居眠りしない程度に頑張れ」
ゲームのことはわからないけれど、語りたくなる気持ちも、深入りしてしまう気持ちもわかる。
あとは、授業中に寝てしまって先生に怒られないようにと先に釘をさしておく。
「それは無理かもだけど、一応頑張る。アドレナリンがどばどば出すぎてやばいわ~。エリはファンの作家さんの小説が明日発売なんだよね?」
「そう。だから、明日は学校終われば速攻帰るから」
「了解」
そして次の日、私は急いで帰宅する途中に交通事故に遭ってあっけなく逝った。
心残りは楽しみにしていた小説が読めなかったことだったので、すっかりその会話を忘れていた。
結構、友人も重要なこと言ってたよ? 薄れゆく意識の中でそんなことを思ったが、今更かと自重する。
こんなことならもっと関心持って聞いておけば良かったが、友人もエリザベスルートはまだしていなかった。だから、知ったところで何もならない。
まったくもって友人がしていたゲームの話は右から左で、しつこいぐらい何度か出てきた名前を何となく覚えてるくらいだ。
覚えているのは今の私の名前、エリザベス・テレゼア。
主人公の一人、姉のマリア・テレゼアと、平民出身の彼女、ソフィア。そして先ほど述べた王子たち。
それからゲームの名前は、『ランカスター王立学園』
サブタイトルは知らない。陰謀と愛がどうたらこうたら言っていたような、くらいのうろ覚えだ。乙女ゲームだから愛はわかるけど、陰謀とかサブタイにつけないでほしい。
――ああ、詰んだ。
何、イベント目白押しって。国って何? そんなの回避に決まってる。
私はひっそり、ひっそり生きたいの!